気分転換

次の日。何故か憂鬱な気持ちで起き上がったヴェルファリアはいつものように朝食に向かった。


朝御飯を食べているときも、どこか上の空だった。理由は昨日の光の魔術である。


「どうしたの、ヴェル?」


母に言われるが、


「何でもないです」


そう言うのみだった。自分でも理由が分からない事なのだからそう答えるしかなかった。


ただ、光の魔術の奇跡に当てられたのか。昨日やった鍛錬法が悪かったのかとにかく気分が優れない。


───今日は魔術の鍛錬、したくないな


何となくそう思っていると、父が、


「今日は気分転換に出かけるとしよう。いや、何。闇の魔術を扱うには最も優れた者のいる所に行くだけだ。走ればすぐにも到着するだろう」


それを聞き、ヴェルファリアは驚いた。


「森から出るのですか?」


それに、ああ、と父は答えた。


「魔術耐性は十分についているだろう。闇の魔術耐性はこれから身につけてもらう。それとお前に紹介したい子もいるしな」


「紹介したい、子?」


「そう、今お前に必要なのはひょっとして魔術の鍛錬よりもお互い共有出来る友達かもしれない、とふと思ったのだ」


「ふーん」


どこか気のない返事をしているのであった。


同じ子供か。


「お前よりも立派だぞ。何より槍さばきは見ていて気持ちが良かった」


「槍を使うんですか」


それは相性が悪い。万が一相対した時自分に勝ち目はないだろうな、とどこかで考えていた。


自分が得意とするのは体術である。槍の間合いをかいくぐって攻撃を叩き込むまでに一体どれだけの力を必要とするのだろうか。


───と


「おいおいヴェル、別に戦うわけじゃないのだから、そう考え込むな。ただ紹介するだけだ」


父は苦笑しながらそう言ってきた。


いけない、顔に出ていたか。


そう思い無理矢理に笑顔を作った。


「けどいいんですか、母さん。森からでても」


話をすり替えるように母に話を振ってみたが、母はにこにことし、


「同い年くらいの子らしいわ。女の子らしいから仲良くしてきなさい」


そう言うのみであった。


女の子、か。


「あ、けど僕、男の子とも女の子とも付き合ったことがありません」


「いつも通りでいいわよ」


と、母に苦笑されてしまった。


そうか、いつも通りでいいのか。


そうして朝食を済ませ、昼は向こうで食べるから、と父はそういうなり、


「では走るぞ。風の魔術を使え」


そう言って家から一気に走りはじめた。それに付き従うように走る。


「魔術探知、魔力探知も常に扱えるようにしておけ」


「はい」


走りながらそう答えていた。


魔力を込め集中し周囲に魔力が発生していないか、魔術の痕跡がないか探知する魔術を行うが取り立てて反応はなかった。


しばらくして町に近づいてくると、とりわけ大きな魔力を感じることが出来た。


「父さん、魔力を感じます。ここからでも感じられるほど大きな」


「ああ、今日そこにいくのだ。闇の魔術師のいる所だよ。さて、ここからは歩くぞ」


町の近くにつくなり歩きはじめる父。


「どうして町まで走らないのですか?」


「我々が魔術師だとばれるだろう。なるべく普通に振る舞うのだ」


「そうか・・・」


迂闊だった。この距離からならおそらく人にも見えてはいない。力を抜いて歩くことにした。


歩きながら父が珍しく色々と話しかけてくる。


魔術の鍛錬はどうだ、女の子と会うのは楽しみか、自信はついたか、と。


自分はそれに対し、どうということもなく、と答えていた。


それに父は、そうか、と苦笑するのみであった。


そうしているうちに町中に入る。周囲に魔力は感じられない。強いて言うなら町の外れ、奥の所に巨大な魔力を感じるくらいだ。


周囲の目を初めて気にする。誰かに狙われているのか、それを心配していた。


「そう構えるな、ヴェル。殺気が漏れている。大丈夫だ、普段通りにしておけば問題ない」


「そう言われましても。こんなに人が、魔族がいる所にきたのは初めてですし」


活気があるのかないのかは分からない。ただ、人が多くいる、という印象を受けた。


周囲の家は石造りで出来ており、時折食べ物などを並べている建物があったりするだけだ。


「なんですか、あれは」


「あれは店だな。買い物をしたことがないのだったなお前は」


「はい」


計算は出来るが、実際に買い物をしたことはなかった。


「では買い物をしていこう。あそこにある果物を購入しよう」


「買うのですか?森から持ってくればいいのでは」


「それでは意味を為さぬ。バルバロッサがやった貨幣の統一はこういう所で生きてくる」


そう言い、父はお金を手渡してきた。3シルバーである。


この大陸の通過はシルバーだ。その統一を成し遂げたのがバルバロッサという話は聞いていた。


「じゃ、いってこい。3シルバーで買えるだけ買ってくるのだ」


「分かりました」


そう言い、商店に近づいていく。


「へいらっしゃい!」


大きな体の男にそう言われる。


「らっしゃい?」


なんだろう、その単語は。


「いらっしゃい、ということだよ」


「ああ、いらっしゃいませ、ということか」


その単語なら聞いたことがあった。いらっしゃいませというのが当たり前だと思っていたが、やはりここは実践、知識とは違うものがあるらしい。


「3シルバーで果物を買えるだけ全て下さい。ああ、なるべく良さそうなのをお願いします」


そう言い、3シルバー全てを男に手渡す。だが油断はしない、もしかすると襲ってくるかもしれない。襲撃に備え構えながら渡すと男に笑われた。


「どうしたんだい坊主、そんなに硬くなって」


「硬くなどありません、果物をお願いします」


何を考えているのかも分からない。魔術は使うなと言われている。この男から魔力は一切感じないし、魔術を使っている気配もしない。殺気もしなければ、こちらに危害を加えてくるわけでもなさそうだ。


安心して、いいのか?


分からない。分からないからとりあえずいつ攻撃が来てもいいように準備だけはしておく。


───しばらくすると、普通に果物を三つ手渡してきた。


しばらく無言。


───本当にこれがいいものか?


疑う。とりあえず疑ってしまった。


「これ、本当にいいものですか?」


「おいおい、俺の目利きが気に入らないってのか。なら坊主が好きなのを決めな」


そう言われ果物を見るが、なるほど確かに一番よさそうな果物を見繕ってくれたらしい。


「すいません、疑って。確かにこの果物がよさそうです」


「坊主に果物の何が分かるってんだい!」


そんなことを言われてしまった。日々森の中で果物を見ている自分にとってどれが美味しいものかは簡単に見分けがつくが、まあよしとしよう。


無事に買い物も終わり、父の方に戻る。


「買ってきました」


「なんだお前、たったそれしか買えなかったのか?」


父に驚かれた。


「───え?」


こんなものではないのか。そもそもシルバーの価値も今ひとつ分かっていなかったことに今更気づく。


「お前、物には価値というものがあってだな。物価というんだが。それが大事だぞ。交渉してもっと多くの買い物をすればよかったものを。俺なら五つは固いな」


五つ買ってくる、そんなことが出来るのか?


「まあ、物価の交渉はまだお前には早いか。というかそんなのをすっ飛ばして魔術の勉強ばかりさせてきたからな。俺も悪いか」


笑いながら父はそう言うのであった。


何か分からないが面白くはなかった。だから


「けれど一番良いものを買いました。あの果物の山のなかからですよ」


「そうか、まあ量より質という言葉もある。そういうことにしておこうか」


「そうなのです!」


思わず噛み付いていた。


「そうかそうか」


父は笑うのみであった。


そうこうしているうちに巨大な魔力の塊のある家についた。思えば町からだいぶ離れた場所に立っているが。


この建物は町中にあってあまり目立たない場所にあった。立派な石造りの家ではあるが・・・


「何やら雰囲気が暗いですね、ここは」


「ここは貧民街の更に奥にある家だからな。誰も寄り付かない」


喋ることに夢中になっていて気づかなかったが、確かに町の入り口の方と比べると少々家が寂しい感じだったかもしれない。道中には木造のぼろぼろの家もあったし、あれでは雨風を完全にはしのげまい。


ここに来て自分は実は裕福な育ちだったのかもしれない、と思ったがシルバーを持っていないのだからそんなことはないか、と思い至った。


そんなことを考えながら、扉の前に立つ。


魔術を使っている素振りはない。魔力は感じるが、魔術を行使しているとは思えない。


父が扉を叩く。


「俺だ」


「ああ、ファフニル殿ですか。もう一つ小さな魔力を感じますがどちら様かな?」


そんな声が聞こえて来、がちゃりと扉が開く。


迎えに出てきたのは優しそうな人間、だったが見間違いだった。背中には立派な羽が生えており、魔族であることを示していたのだ。


「どうぞ、お入り下さい」


そう言われ魔力耐性を一気に上げながら一歩家に入る。


「あらゆる魔術を扱えるのですな、その子は」


奥の部屋に案内されながらそう言われる。


「最低限の魔力耐性は身につけさせた。残るは闇の魔術のみ。お前から教えてもらおうと思ってな」


「うーん、私からでも良いのですが、この子と一緒に遊んでもらえませんかね。この子もつい最近闇の魔術を教えたものですから」


───噂の槍の使い手か。


出てきたのは可愛らしい女の子だった。ふりふりの漆黒のドレスを着てそれが長い黒髪とぴったりと合っているから驚きだ。


全身が黒い。そして、背中の羽も。


けれど、こんな可愛い女の子が槍使い?


どうにも疑わしい。


「リリスと言います、さあ、リリス出ておいで」


そう言われ、リリスと呼ばれた女の子がこちらに歩いてくる。そして軽く会釈すると、


「リリスと申します。ファフニル様は今日も元気そうで何よりです。そちらの人間は?」


「ああ、息子のヴェルファリアと言う。ヴェル、挨拶なさい」


父に言われ、


「ヴェルファリアと言います、今日はよろしくお願いします」


そう言って頭を下げる。


そうして頭を上げてリリスと目が合った。


とても冷たい目をしていた。憎しみにも似た目である。そして隠すことなく出される殺気。


「人間ですか、わたくしとは相容れないかもしれませんね」


おそらくそうだろう、と自分も思った。


「それは手厳しいな。息子に闇の魔術を教えてやってはもらえないか」


「ファフニル様、またまたご冗談を。人間が闇の魔術を扱えるとは思えません」


「そうだろうか、案外試してみないとわからないこともあるかもしれないぞ」


そういう父。そしてあくまで教える気のないリリス。


「父さん、帰りましょう。闇の魔術は父さんが教えてくれればいいではありませんか。あ、これさっき買ってきた果物です。美味しいと思いますから食べて下さい。では」


「待てヴェルファリア。お前はなんとしてもこの子から闇の魔術を教えてもらえ。今日はそれまで帰ってはならぬ」


「───なっ」


リリスと思わず声が被っていた。それにむっとするリリス。


と思ったら何か思いついたのだろうか。にやりとし、こんなことを言い出した。


「分かりました、私に勝てれば闇の魔術を披露しましょう。けど人間が私に勝てるでしょうか?」


面白いじゃないか。


何故だか何時にも増して体が熱かった。おそらく怒っているのかもしれない。


「面白いじゃないですか、勝てばいいんですよね」


「あら?勝てる気でいるのかしら」


あくまで強気なリリス。


「勝算のない戦いはしない。悪いが勝たせてもらう」


といった所でしまった、と思った。魔術は扱えない。人に見せるものではないからだ。つまり体術のみで何とかしなければならない。


「勝算なあ、お前、あるのか」


父が心配そうに言ってくるが引っ込みもつかなかった。


「確か槍が得意だとか。けれど魔族ともあろう者が槍なんて使うわけないですよね」


「いいえ、油断なく戦うのが私の流儀。勝算が有ると言うのなら尚更」


まずいことになった。どう戦ったものか。


「あ、ヴェル。魔術使ってもいいぞ。殺さない程度にな」


父にそっとそう耳打ちされ、安堵する。


それにそっと無言で頷き、リリスに向かう。


「どこで戦うつもりなんですか?」


「地下に訓練所がありますからそこに致しましょう。どうぞこちらへ」


「では、私はファフニル殿と話があるので。闇の魔術、教えてもらえると良いですね」


にこりとリリスのお父さんに言われる。


「そう、ですね。上手くいけばいいのですが」


「お手並み拝見ですよ。あの子にとっても良いことでしょう」


向こうの方へ歩いて行くリリスを二人で見、ぽつりとリリスのお父さんがそう呟くように言っていた。


力量は分からない。ただ分かっているのは槍を用いて戦うということだけ。


「では、行ってきます」


「どうぞ、存分に力を振るわれるがよろしいでしょう」


そう言われ力強く頷き返した。


僕は魔術師だ。こんな所で負けるわけにはいかない。


武術で劣っていても魔術なら、そう思いリリスがいる地下に向かうのであった。










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