風の魔術 応用編
あの後何が起こったのか。
母曰く、豪炎の中から顎めがけて重量をかけて殴った、とのことだった。
「ごめんなさい、ちょっとやりすぎたわぁ」
母に膝枕されながら言われる。
「い、いえ。しかしあんな魔術も存在するなんて」
「もっとあるのだけれど、基本的にあの灼熱業火の魔術で倒せない相手はいなかったわねえ。勿論対策されることもあったけれど、武術の方で乗り越えたし」
「そ、そうですか」
返事するのがやっとだった。世界がぐらついて目が回っているのが自分でよくわかる。
「おそらく明日になるでしょうけど次は氷の魔術を教える事となるでしょう。今のうちに見せておくわね。氷の魔術を操るとは、相手の世界を凍結させること」
そっと母に地面に横たわる状態になり、母が立ち上がる。
「見ておきなさい、氷と風の魔術を使えばこのようなことも可能となる」
そう母が言った瞬間部屋中が真っ白くなる。白いところを触るととても冷たかった。
「ここまでの芸当が出来る魔術師もそうはいない。最初に教えたとおり風の魔術を扱う魔術師は極めて少ない。基本的に一つの魔術しか研究しないのよね。それと相反する魔術は覚えづらいと言うのもあるわ。高温の火の魔術と低温の氷の魔術、真逆の世界よね。その世界を切り替えて想像するのは思った以上に力のいることなの。でも貴方には嫌でも覚えてもらいます」
「───はい」
返事をするのがやっとだった。まだ顎に受けた攻撃で世界が回っているためだ。
「風の魔術はあらゆる魔術に応用が出来る。火の魔術と同時展開すれば火の海に、氷の魔術と同時展開すれば凍結世界が出来上がる。風の魔術耐性があったところで氷で凍結してしまえばそれで相手は死ぬ。風の魔術を極める事は他の魔術を更なる強化することに他ならない。使い勝手の良い魔術よ」
「はあ」
「気のない返事ねえ。って、顔色が悪いわね。もう少し休みましょうか」
そう言ってしばらく休んだ後、
「すいません、ようやく立ち上がれるようになりました」
「いえごめんなさいね、説明に夢中になっていたものだから。それじゃあ応用編行ってみましょうか」
「はい、お願いします」
「では、左手に火の魔術を集中して。火の玉を作ってみて」
言われるままに左手に火の玉を展開する。
「で、次にその火の玉に向かって右手で風の魔術で相手に投げつけるように展開する」
「はい!」
そしていつも通り火の玉を投げつけたと思ったら、突然火の玉が大きく波打ち、火の波となって母に飛んでいく。
「やっぱり筋がいいわねえ」
そう母が言って掌をこちらに向けてくる。簡単に魔術を弾かれたらしかった。
「合成魔術といって、魔術同士を同時に発動することによって別の魔術になることもあるわ。色々試してみることね」
「はい!」
なんだか楽しくなってきたぞ。
もう一度火の魔術を展開し、風の魔術に乗せて飛ばす。また火の波が出来る。
面白い!
と、思っていると、
「けれどその魔術、相手が視界から消えるから使い勝手としてはいまいちなのよね」
下から母の声が聞こえてきていた。
まずい、と思い足に魔力を集中。すぐさま後ろに飛び退く。
「あら、いい反応」
母がさっき自分がいた場所で蹴りを繰り出していたのが見えた。油断したらすぐこれか。
「攻撃と防御、回避と目まぐるしく世界は展開していく。風の世界とはそういう世界。あらゆることが高速で動く止まらぬ世界と知りなさい」
そう言って母の姿が消える。
こちらも風の魔術を足に展開し高速で動く準備をする。
そうして数刻、高速の世界で体術と魔術を繰り出しているうちに限界がやってきた。
「がっ・・・はっ・・・」
急に世界がぐらついたと思ったら吐血していた。魔力が底をついたのだ。
心臓がばくばくと音を立てていて頭ががんがん響く。心臓の音がとてもうるさく感じられた。
「よく持ったほうだけれど、今日は休んだ方がよさそうね。って鼻血まで、どうしましょう」
慌てる母を制し、
「だ、大丈夫です。少し休めば」
そう、いつもなら少し休めば魔力は回復するのだ。なんの問題もない、そう思っていた。
が、自分が思っていたよりも事態は重かったらしい。
「いえ、ちょっと待って。私の魔力を分けるから」
そう言って掌を額に当てられる。ぽわっと温かい感じになったのはきっと気のせいではなかった。急に気が安らぎ心臓の音も静かになった。頭のふらつきも抑えられる。
「ふう、もう少しで貴方、魔力が底をついてそのまま死ぬ所だったわ」
「な、なんですって」
「そうよね、まだ魔術を習って二日よね。ちょっとやりすぎたわ、ごめんなさい。早く風の世界を見せようとしたのがいけなかったわ」
「い、いえ・・・有難うございます」
思えば魔力を垂れ流して動いていたのだから当然か。最後の方は命まで削って魔術を使っていたことになるわけか。魔術とは恐ろしいものだ。
「けれど、今日だけで一気に魔術の力量は上がったはず。魔力の量も一気に高まってると思う」
それは感じていた。風の魔術を使いながら、魔術耐性を張ることによる魔力鍛錬が確実に功を奏していた。かなり長い時間戦えたと思う。
「後はそれを数刻から一日中展開するだけ。常に魔力の鍛錬は怠らないこと」
そう言われ思わず苦笑していた。
「どうしたのヴェル」
「いや、父さんも同じことを言っていたな、と。魔術の鍛錬は怠らぬように、と」
「そうねえ、私もお父さんも魔術の力量を上げて欲しいと思っているのよねヴェルには。ひ弱な人間は魔族にとって餌でしかない。いくら正しいことをしていても力が伴わければ意味がないの」
深刻な顔で母は言った。
「もう一度言うわね。人間は今、魔族にとって餌でしかない。貴方にはそうなってほしくないの。だから一日も早く魔術を覚えて生きる術を身につけてほしい」
「───はい」
それがとても大切なことのように感じられたのでしっかりと噛みしめるように聞いて、返事をした。
「ところで、外の世界はどうなっているのでしょうか」
そう聞くと母は苦笑し、
「それを心配するのはまだ貴方には早い。貴方にはまだやるべきことがあるはず。とりあえずは火の魔術と風の魔術、そして明日やる氷の魔術ね」
「はい」
はぐらかされた気がしたが、確かに世界がどうなってようが構わなかった。今は自己鍛錬が一番だ。
「今日の訓練はこれくらいにしましょう。お腹がすいたでしょう。ご飯を作るから。貴方は部屋に戻って氷の魔術の勉強をしておきなさい。いい、魔術書には簡単なことしか書いてないからもう一度言うけれど、氷の魔術は、それ即ち全ての動きを凍結させることにある。相手の生命活動、運動活動を停止させる魔術、それが氷の魔術の本質よ」
「はい、分かりました」
「あ、あとね」
「なんでしょうか?」
「今のうちに出来る限りの魔術耐性をしておきなさい。それだけの魔力は回復させているから。厳しいようだけど、とにかくやってちょうだい」
「分かりました」
言われるまま魔術耐性を展開する。火と風と、さっきみた氷の魔術耐性だ。
そうして今日という日を終えた。
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