風の魔術 基礎編
次の日、父は不在だった。曰く、出かけてくる、とのことだった。
「お父さんは出かけているから今日は私が貴方の魔術を訓練してあげる。約束通り風の魔術を教えるから練習部屋に行っていなさい」
母にそう言われ、朝食を済ませるとすぐにも練習部屋に行った。
しばらくすると母が入ってきた。そして距離を開けて対峙する。
───と
「母さん、そんなふりふりの服を着ていて大丈夫なのですか?」
昨日の狩りとはうって代わり、ドレスにスカートをはいた状態でやってきた母を見て心配するヴェルファリア。
「ああ、ええ。大丈夫よ、今日は魔術ですものね。では風の魔術について説明するわ。風の魔術は風を感じることから始まります。この部屋中に伝わる風、感じられるかしら?」
そう言われ、なるほど。確かに風がゆったりと流れている気配がした。
「はい、母さんの方に風が向いています。けれどそれが」
なんの意味があるのだろうか、と言葉を続けようとすると、手で遮られ、
「では、動こうとしてみなさい」
首を傾げながら動こうとするが動けない。なんだこれは、と思っていると
「今貴方の動きを風の気流で制御しています。ちょっと息苦しくなってくるわよ」
そう言われるのと同時。今度は周囲に風を感じ始める。そして言われたとおり息苦しくなりだした。
「今貴方の周りの風を高速で動かして空気を遮断しました。このまま続けたら死んでしまうからやめるわね」
そう言うなり周囲の風が止んだ。思わず咳き込んでしまう。
「ごほっ、なんだ・・・これ」
火の魔術はまだ分かりやすかった。目で見えたし、回避も出来た。想像もしやすく、結果的には詠唱なしで攻撃にまで気を回せた。
けれど風はどうだ。掴みどころがない。目で見えない。
「そう、風の魔術は自然の魔術と同義。自然に流れる風を操る魔術が基本ね。勿論、風の魔力で風を起こすことも出来るけれど。───ほら、こんなふうにね」
そう言って母はわかりやすく掌に魔力を込めて風を周囲に形成した。風が球状になっているのが目に見えて分かる。
「まあ、この球を当てて攻撃、なんて方法もあるけれど私から言わせれば二流のやり方ね。風の魔術師たるもの見えない攻撃をしなければ、と思うのだけれどどう思う、ヴェル?」
「そう、言われましても・・・」
答えに窮する。
「風の魔術を操る魔術師は極めて少ないわ。何故ならば地味だから。風を操ってなんの意味があるのだろうか、と思う魔術師の方が圧倒的に多い。だからこそ最大の弱点となり得る」
これは昨日教わったことだ。魔術を操れないということは即ち、その魔術に対して耐性がないということなのだから。
なるほど、たしかに最大の弱点となるかもな、と考えていると、
「では、魔術耐性を張って。今張っている火の魔術耐性をそのままに、更に上から風の魔術耐性をつけるよう想像して。風を遮断する、そんな感じでいいわ」
そう言われ目を瞑り、周囲の風を感じられなくなるまで魔力を高める。徐々に息が上がっていくが、これは魔力を大量に消費しているためだ。
「風の魔術はとりわけ使う魔力が多い。だからこそ操れる魔術師は極めて限られる。使うとなると魔法陣や触媒を通常用いるでしょうね」
「では、それを容易く操る母さんは・・・・」
思わず尋ねていた。
「ただの人間よ、人間は知恵において魔族を上回る。それだけのこと。弱きものほど知恵を発揮する、魔術はその結果にすぎません。さて、魔術耐性は無事張れたようね。魔術耐性は受けて体感しなければ基本的に操れません。多くの魔術を見て体感し、経験することが即ち魔術耐性を得ることとなります」
「は、はい・・・」
火の魔術耐性だけでなく、同時に風の魔術耐性を張るのは極めて困難だった。が、とりあえず出来ているようなのでよしとしよう。
「逆をいえば、未知の魔術があればそれが即弱点となり得ることを決して忘れぬよう油断なく戦いなさい」
「はい!」
しばらくすると風の魔術耐性を張るのも慣れてきていた。周囲の風を全く感じない。
「筋がいいわね、さすが私の息子といった所かしら。ただ、風の魔術はこういった使い方も出来る」
そう言うなり、母の姿が目の前から突然消えた。
何が起こったのか、と思ったときには遅かった。
いきなり目の前に母の姿があったと思ったときには軽く蹴り飛ばされ、後ろの壁に吹き飛ばされていた。
「がはっ・・・!」
壁に激突し受け身も取れず直撃し吐血する。
これは、なんだ・・・?
口元の血を拭きながら考えていると、また母の姿が消える。
風の魔術であることは間違いないだろう。流石に他の魔術ではない。だが、なんだこれは?
今度は左側から軽い衝撃が走る。軽く打撃をもらったらしい。
思わず左側を向き防御の姿勢を取るが母の姿はない。
どこだ?
すぐ傍にいるのは確かだ、これは魔術なんかじゃない!
いつも父を鍛錬している自分には何となく分かっていた。これは単純な体術だ。
───と
「後ろががら空きねえ」
そう言われ、声のする方を向こうとしたのと同時
今度は思い切り蹴り飛ばされる。
「───っ!」
吹き飛んだが、すぐに受け身を取り立ち上がる。
───と
目の前ににこにこ笑う母がいた。それも三人も。
「風の魔術の利点は相手を気流によって束縛することより、私は自己強化出来ることにあると思うのよね」
そう言うなり、今度は母が一人に戻った。
一体何が起こっていたのだろうか。
「何が起こったのか分からないって顔をしてるわねえ。魔術を扱う人間にとっての弱点って結局の所何かしら?」
そう言われ、
「魔術耐性を持っていない魔術で攻撃されることですか?」
と答えると、
「うーん、惜しいわねえ。それは武術に秀でていないこと、かしらね。魔術と武術を同時に鍛える魔術師は極めて少ない。だからこうした魔術を扱おうとする魔術師がいないだけのこと」
そう言って母が軽くその場で飛んだかと思うと、急に目の前にぱっと現れた。
「見えたかしら?」
「いえ、気づいたら前にいましたが」
「そう、じゃあ見えるようにしましょうか。私の足を見ておきなさい」
言われるまま母の足を見ていると、足の周りに風が集まっているのが見えた。
「風の魔術で自分の身を軽くしているの。ただそれに耐えうる筋力が必要となるけれど。これを応用すれば、持っている物を軽くすることも出来るし、逆に負荷をかけて重くすることも可能よ」
そう言われようやく何が起きているのか理解した。
単純に風の魔術で自己の体を加速していたのだ。だが、これが人間の為せる技か?
「勿論ヴェルにも出来るわよ。けれどこの魔術にも弱点は存在する。風の魔術は魔力をとりわけ使うと言うのは説明したわよね。そして自己強化に魔術を使うということは、要は魔力を垂れ流しすることに他ならない。これを維持し続けることは極めて困難よ」
「難しいです、つまり、どういうことですか?」
すると、母はにこにこしながらこう続けた。
「攻撃に転用するはずの魔術を自己強化に使うわけだからそれだけ魔力を必要とするの。更にその上風の魔術耐性を周囲に身にまとっておかないと自分の風の魔術で自爆してしまうという弱点もある。そうね、今私が足の周りに張っている魔術耐性を切れば足がはじけ飛ぶでしょうね」
「それは、あまりに危険ではないではありませんか!」
「けれどそれだけに強力な魔術となり得る。それだけの価値がこの魔術にはある。速度を上げ相手の意識しない所から不意打ちをつけることの意味はさっきので理解出来たはず。考えてみなさい、もし私が素手ではなく武器を持っていたら?」
そう言われ、あっ、と思わず声を上げていた。
「そうか、あらゆる魔術耐性を持っていた所で剣で攻撃されればひとたまりもない、下手をすれば首を飛ばされ即死・・・」
「そういうことになるわね。だから武術を扱う者にとって風の魔術はそれだけで最高の魔術に変わるの。あらゆる魔術師は魔術での攻撃を想定し日々魔術武装している。けれど、果たしてそれが最高の武装といえるかしら」
「それは、不十分かもしれません」
でしょう、と母が頷きながら言うと、こう続けた。
「ヴェル、今貴方が出来るのは体術と火の魔術の初歩と風の魔術耐性。けれどそれだけで十二分に戦っていけるだけの力は既に有している。後は風の魔術の特性をつかみ、どう扱うか、それにかかっているわ。じゃ、早速やってみましょうか。足に魔力を集中しなさい」
そう言われ足の周囲に風の魔術を展開する。魔術耐性が上手くいかず足元が少し切れたが気にしてはいられない。
歯を食いしばりながら魔術を展開する。
「いいわ、そのまま私の方に飛びなさい。一歩でいいわ」
そう言われ一歩歩いたと思った瞬間
───世界が弾けた。
気づけば自分の体が前に弾け飛び、母の方に突っ込んでいっていた。
「そう、これが風の魔術の世界。風の魔術を操るとはこういうことよ。基本編ね」
そう母が言って自分をそっと受け止める。
気づけば心臓の鼓動が大きくなっていた。もし母に受け止められなければ。
そのまま正面の壁にぶつかって気絶していたのではないか。
「ちょっと魔力制御が出来ず大きすぎたみたいね」
そう言って母が自分の足にそっと手を当ててくる。すると足についていた傷がすっと消える。
それを見て、
「そういえば、その傷を塞ぐ魔術。これも風の魔術なのですか?」
ふと、尋ねていた。
「うーん、愛の魔術かしらねえ」
「は、はあ・・・」
どうにも答えをはぐらかされた気がするが、あまり気には止めなかった。
「そんなことより風の魔術を今日中に制御出来るようになりましょう。風の世界で戦えるだけの自己強化を身につけるの。貴方は今日から風になるのよ」
「はい、母さん!」
そう言って、お互いに風の魔術を展開する。勿論母は風の魔術で攻撃もしてくる。それを耐え抜きながら足に魔力を集中させ、気流を操り一気に距離を詰め攻撃する。
「攻撃時にはしっかりと重量をかけなさい。風の魔術で重さを調整するの!軽く出来るのだから重くも出来るわ」
「は、はい!」
そう言って高速で動く母に近づき、蹴りを繰り出す。
───が
軽く手で払いのけられ、そのまま関節技に持って行かれそうになる。それを風の魔術で自分の体を軽くし浮かせ、一気に空いた足で蹴り飛ばし弾く。
「まだ軽い!もっと重く!」
「はい!」
「じゃ、次は火の魔術も織り交ぜていくわよ」
そう言うなり、母は火の玉をこちらに飛ばしてくる。
───遅い
そう思い、玉を回避した瞬間、
「いやいや、玉は陽動に決まってるでしょ。攻撃を疎かにしない」
そう言って一気に距離を詰められ殴られる。それを寸での所で防御し、後ろに飛び距離を取る。
「っ、申し訳ありません。もう一度お願いします」
「わかったわ、いくわよ」
と、今度は火の玉ではなく火の波が押し寄せてきた。
「火と風の魔術を応用した魔術、これは私の魔術ね。灼熱業火の風を受けきれるかしらね」
───無理だ。こんなの受けたらひとたまりもない。だが回避する術もない。
その時、ふと思い返された言葉があった。父はなんと言っていたか。
「受けきれ」
確か、そう言っていた。
臆するな、受けきれ・・・!
火の魔術耐性と風の魔術耐性に魔力を集中する。そして足回りの魔力も一度切り、防御に全てを回す。
「いい判断ね、そう。魔術全てが回避出来るとは限らないわ。受けきれるとも限らないけれど。けど、どうしても回避出来ないのならば受けるしかないわよね」
豪炎がこちらめがけて襲い掛かってくるが、熱くもないし息苦しくもない。
しっかりと魔術耐性が出来ていたのだ。よし、と思った瞬間
「───けどまだまだ甘いわねえ」
下から母の声が聞こえたと思った瞬間、顎に衝撃が走り、そこで意識が途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます