火の魔術 応用編

次の日。眠さと疲労からなかなか起きれずにいたヴェルファリア。この日以来、とりあえず覚えた火の魔術耐性を張り続ける日を開始したためだ。


夜疲れ切って気づけば寝ていたが、すぐにも父に叩き起こされ魔術耐性を張り直しさせられた。また少しして気づいたら意識が遠のき、起こされ、それを繰り返しているうちに朝を迎えた形となったのである。


よろめきながら食事に向かうと、母が首を傾げ、


「どうしたの、夜更かしでもしたのかしら。眠そうねえ?」


座っていた母がゆっくりと立ち上がり、こちらに向かってくる。


母の美しい金髪がたなびいているのを見、今日も綺麗だなあ、などと考えながら、ゆっくりとポツリとこぼすように、


「魔術耐性の鍛錬を始めたのです。一日中張るように、と」


と、答えた。


その一言に、あらあら、と言うなり母が怒りの気を出しだした。


「お父さん?」


笑顔だが、目は笑っていなかった。


「いや、まて母さん。これには深いわけが!」


奥で座っていた父が突然慌てて逃げ出そうとする。が、それを追い詰めるように母の姿が消える。


気づけば壁の端っこで父を追い詰めていた。どんと壁に手をつき、父に顔を近づけ、暗い笑顔でこう言うのであった。


「魔術を教えることはいいことだけれど、一日中とは言い過ぎねえ。いきなりでしょ?まあ、通常なら数刻持てばいいほうだけれど一日持ったのね?」


「は、はい」


小さくなる父。


「じゃあ今日は休ませなさい!」


「いえ、お母様。今日は息子を連れて狩りにいこうと思っておりまして」


しばらく無言の時間が出来る。


先に口を開いたのは母だった。


「分かりました、私も行きます。あの子の魔術耐性は私がある程度引き受けましょう」


「い、いえ。お母様は家で待機を、ですね」


「何、私の言うことに反対があるとでも?」


「ございません・・はい」


何故人間の母が魔族の父より強いのかは分からない。


だが、唯一分かることがあった。女は男より強い、ということだ。


食事を済ませると、身支度を開始した。


家にはあらゆる武器があったが、とりあえず何も持っていかないことにした。弓は不器用で使えない上当てられないし剣は荷物になる。素手の方がよっぽど早く獲物を仕留められるためである。


しかも今回は魔術限定での狩り。武器は持っていく必要はあるまい。


母も狩りのための服を来ていた。緑の洋服に、細い足を包み込む布のズボン。

母は弓の名手であった。というよりも武芸全般の名手であるので言うことはない。


武術ならば父よりも上なのでは、と思っていると父が出てきた。何故か普段よりも小さく見えるのはきっと気のせいだろう。


「では、参りますか。あの、この森からは決して出ませんので・・・」


父が静かにそう言うと、


「当たり前です!」


と、母が怒鳴るのであった。


何故当たり前なのかは知らないが、森から出てはいけない事になっていた。


「ヴェル、いい?この森からはまだ決して出てはいけません。もう魔術を少し習っているから言うけれど、この森全体に魔術耐性、結界を張っています。ここから出れば即座に魔術から狙われると思って、いいわね?」


「そうだったんですか、分かりました。まだ未熟なので決して出ません」


「勿論それもあるけれど、なるべく他人に出会わないよう生きていきたいの私達は。時に来訪者もいるけれど、あれは気にしたらいけません」


「分かりました」


来訪者、確かに時々来ていた。だが、常に隠れるよう言われていたし、その通りにしてきていた。自分の存在は決してばれてはいない。


「では、行きましょう。私の魔術も見せましょうね」


「本当ですか、母さん」


母の魔術は回復魔術だけだと思っていたので意外だった。だから素直に嬉しかったのだ。


そうして三人は森の中に入っていった。


獲物はすぐに見つかった。熊である。母は見つけるなり、すぐさま弓矢を構えた。


「じゃあいくわよ。いい、これが風の魔術。更に火の魔術だったわね」


そう言って、矢を引き絞る母。父が腕を組んでその様子を伺っていた。


───と

突然矢が静かに青く燃え上がった。そしてそのまま矢を発射したと思ったのと同時


果物が潰れた時の音が遠くから聞こえた。


「説明すると、風の魔術で矢の速度を上げ、火の魔術を乗せた矢で攻撃、相手を破裂させたわけね」


母が丁寧に説明してくれた。


「勉強になります」


「風の魔術は得意な所だから今度私から教えるわね。秘密の技まで教えちゃうんだから」


そういって母は片目を軽く閉じてペロっと舌を出しながら言った。普段なら美しい顔だが、そんな顔をされるとなんていうか、可愛らしかった。


「うむ、まだヴェルには早かったように思うがいいだろう。今のは爆裂ではなく炸裂に分類される魔術だな。まあ、火の耐性さえ身につければ大きな衝撃で済む。衝撃は並の人間なら気絶するほどだからひ弱な魔術師には効果的な魔術と言える。だが、炸裂の魔術は基本的に速度が鈍足でまず当たらないといっていい。罠として使うことが多い魔術だ。最初からあらかじめ設置しておき、踏んだら炸裂する、といった扱いだな。が、今のように風の魔術等と応用して使うことによって炸裂の魔術の扱いは一変する」


父が補足するように説明する。


「そうですか、ならば僕には扱えませんね。僕は不器用で弓が使えないから」


「いや、そうでもない。お前にはお前なりにあるはずだ。そう、投石だ」


父が腕を組みながらそう言ってきた。


そう、自分は手軽な投石を使っての狩りをしていたのだ。どこでも弾はいくらでも補充出来るので基本的に投石を用いて狩りや修行を行っていたのだった。


が、個人的にはこの投石技術の向上と共に思うのが、あまりに格好が悪いのではないかと気にし始めていた。やはり器用に武器を用いて戦う方がいいのではなかろうか。


だからこそ、こう言っていってしまった。


「なんていうか、投石は格好悪くありませんか。投石が得意な英雄なんて話、聞いたことがないですし」


「そうでもない。投石を用いた兵士は山ほどいる。英雄は、確かに聞いたことが無いが。そもそもお前は英雄になりたいのか?」


そう言われ、思わず首を傾げてしまった。


確かに、憧れる、ことはあるけれど自分が英雄になろうとは思わなかった。


「そう、ですね。憧れは抱きます。歴史に名前を残す程の偉業を成し遂げたい、バルバロッサのような」


「そうか、だが俺は泥臭く生きる名も無き人に敬意を払うが。まあ、英雄譚なんてものはいいところしか話をしない。大切なのは物事の本質、その人間、魔族の本質を見極めることだ」


「本質ですか、難しいですね」


だろうな、と父は大きく頷きこう続けた。


「バルバロッサは確かにこの大陸を一つにした。大きな国家も築いた。だが、彼一人の力でそれをなし得たわけではない。そうだろう?」


「申し訳ありません、考えたことがありませんでした」


素直に答えていた。


「だろうな。普通は考えない。人は良いものを見たがるものだ。誰がその国家を本当に作ったのか。例えば誰が城壁を築いたのか。大工というものが必要だ。建築家が必要だ。これは人間による作品なのだ」


「そうなのですか」


森の外の話を聞くことは滅多にないのでもっと聞きたいと素直に思った。


「食べるのには何がいるか。農業が必要だ、農家が必要だ。いいか、ヴェル。英雄譚はいくらでも出来る。だが、本当に大切なのはその英雄を英雄たらしめた何か、だ。結果は大事だ、だが過程をよく考えるのだ。過程と本質、そして結果。今は難しいだろう。だが、いずれ必要となる考え方だ。今のうちから覚えておくがいい。そして魔術も同じ。発動する過程があれば結果がある。だが、結果を捻じ曲げる魔術という物も存在する。魔術においては結果が全て、ではない。これも覚えておくのだ」


よくわからなかった。結果を捻じ曲げる?


首を傾げていると、


「いや、今は理解しなくていい。いずれ分かることだ。因果の魔術を扱える魔術師はそうはいない。俺も苦手で扱いづらい所ではあるし。さあ、話はこれくらいにして、今度はお前がやってみるんだ。投石で火の魔力を込めて投げつけろ」


父に促され、はい、と答え手頃な石を見つけて獲物を探し始めた。


───と


探さなくても獲物は向こうからやってきた。狼である。複数いると考えていいだろう。


とりあえず投げつけるか、と思うと父に無言で手で遮られ止められた。


「どうして止めるのですか」


「あの狼にさっきの獲物はくれてやろう。あれは子供に餌を与えるために獲物を探していたらしい」


その言葉に首を傾げる。


「そんな、何故わかるのですか?」


「何故って、ああ、そうか。いずれお前にも教えよう。言葉の魔術も存在する。言葉がわかるんだよ、あらゆる動物のな」


「なっ、それは凄いではありませんか」


そう言うと、父は珍しく笑い、


「俺の得意な魔術だ。言葉は重要だ。巧みに扱えばあらゆることに応用出来る。戦争を起こすことも止めることもな。戦争のことは考えたことがあるか?」


「いえ、ありません。あるとするならばそこに勝ち負けがあるからでは」


「そうだろうか、そこに損得があるからじゃないのか。何故隣地に攻め入る?危険を犯してまで。それは得たい何かがあるからだろう。それを言葉で引き出すのか、力で引き出すのか、その差に過ぎない」


どうにも納得がいかなかった。


「勝った方が正しいということではないのですか?」


そう言うと、父はふむ、と言い、


「勝った、というのは今で言う所の熊を倒したお母さんのことかな?」


「そのような話はしてません!」


「いや、考え方を少し変えてみろ。その上で答えてみなさい。お母さんは確かに熊に勝った。けれど戦う必要はあったのか?たまたま俺達は狩りに来ていただけで、しかも食事に困っているわけでもない。たまたまた出くわしただけ。そうだろう?」


「それは、そうですが」


そう言って母さんの方を見ると、こちらを笑顔で見ているのみであった。


「お母さんに助けを求めてもだめだ。いいか、その気になれば熊に話かけることも出来た。その上で逃がすことも。が、対話した結果力量を誤って襲ってくることもあるだろう。これならば争うになんのためらいもないところだろう。そこの選択肢なく熊は死んだわけだ。戦争も変わらんよ。力量なきものは突然殺される。それは本当に正しいことかな、ヴェル」


「それは、どうでしょうか」


「言葉を濁してごまかしてもだめだ。正しいか、正しくないか」


「では、正しくない、のだと思います」


「物事は確かに正しいか正しくないか、この二つで割り切れるものではない。しかしながら常に自らが正しい行いをしているのかは考えなさい。今回の狩りは、お前の経験のため行うことだから正しいこととしておきなさい。お前がここで力量をつけなければ、この森を出ることがあった時、お前は即座に死ぬこととなるだろう。か弱い人間の姿をしているのだからな」


しばらく沈黙した後、深いため息をつき、


「はい」


そう答えるしかなかった。


その頃には狼は仲間を呼び死んだ熊を食べ終えていた。そしてこちらをちらりと見ると、姿勢を正し、すっと頭を下げ、そのまま去っていった。


「狼は賢い。対話がまだ出来る獣だ。ま、全てがこうとは限らないから気をつけることだ。では、火の魔術の練習に入るとしよう。今度こそ獲物を見つけたら迷わず石を投げなさい」


「はい!」


そう言って気を取り直して獲物を探す。


───その日、獲物らしき獲物は見つからなかった。


あまりに面白くなく、あの時逃した狼を思い出して、


ああ、あの時に殺しておけば練習出来たものを、と言う考えが一瞬よぎったが首を振り考えるのを止めた。


それは強者の考え方だ。言われたではないか、正しいか正しくないか、と。


正しいことをしたのだ。


だが、なんだろう。この面白くない気持ちは。


と考えた所で、ああ、そうか、と思った。


とりあえず試してないから面白くないのだ、と言うことに気づき、


「今日は狩りは終わりですね。面白くはなかったので最後に試したいと思います」


地面に向かって握った石に魔力を込め投げつけた。すると石が地面にめり込み、地下の方で爆発した。


あまりの威力に自分が驚いた。


───これが、火の魔術。


そうしてゆっくりと顔を上げると、父と母がこちらを見てにこにこと笑っていた。


「お前は正しいことをしたよ、ヴェル。魔術は成功したじゃないか。良かったな」


「そうね、さあ帰りましょう。今日のご飯は腕によりをかけるわね」


なんてことはない。獲物などなくとも魔術は試せたのだ。


今日のことで一歩成長し自信がついた自分が確かにそこにいた。



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