火の魔術 基礎編
ひっそりと森の中にあるとある家。ここがヴェルファリアが生まれ育つ家である。
魔族から隠れるように、同時に人間に隠れるように作られた家。
ここでヴェルファリアは今日も魔術の勉強に明け暮れていた。家には父の書斎があり、一日では、否。一年かけても読めない程の魔術書が置かれていた。
その中でも父から初歩の魔術と言われた火の魔術について勉強をしていた。
「魔術の基本、同じ属性を使う者が攻撃と防御を行える。つまり、火の魔術を学べば、火属性の攻撃と防御どっちも可能というわけか」
───と
外からこんこん、と扉を叩く音がした。
「はい」
「入るぞ」
父の声がした。そして扉が開く。そこには背中に羽をはやし、立派な体格を持った父が入ってきた。片目は戦争の傷跡、と言っており、失明をしていた。体中にも傷だらけの父、だがそれがヴェルファリアにとっては誇りでもあった。
だが自分はどうだろうか。鏡を見ればひ弱な体。何故父が魔族で、自分が人間の姿なのかさっぱり分からない。母は人間だが、どうして母に似て生まれてしまったのか。そもそも自分は魔族なのか、人間なのか。そんな悶々とした日々を送っていた。
そんなヴェルファリアを見かねた父が、ある日、
「弱き心は自分でしか打ち払えぬ。まずは魔術を学び自信をつけるところからはじめてみるか。どうだ」
と言われ、嬉々として承諾したのが事の始まりだ。だが、魔術は思った以上に難しかった。まず詠唱が必要であることが大前提であり、そこから魔術の射出、そして発動の制御、全てを行うことは集中力を要することだったのである。
「魔術の勉強は捗っているか?」
父の厳かな声が聞こえる。
「はい、火の魔術の初歩は出来るようになったと思います」
「そうか、では試してみるか」
「わかりました!」
即実践、これが父との修行の流れである。日々体術を教わり、武術を教わってきたが一向に勝てる気配がしない。その上魔術の勉強。それはとても大変なことであった。
だが、父は魔術を始める折、こうも言っていた。
「いずれ、俺はお前に追い抜かれるだろう。勿論、追い抜かれない努力は怠らないが。が、お前はいずれ到達する、ある点に。極めてみせろ。今のお前に出来ることはそれだけだ」
その言葉を信じているからこそ、ヴェルファリアは日々厳しい訓練にも耐え抜き、心折れることなく真っ直ぐ生きてこれていたのであった。その言葉のみを支えにして。
そして同時にこうも言っていた。
「そして今のお前をお前自身が超えた時、今度は頂点が見えることになるだろう。今度はそれを超えることだ。俺ではなく、更に上にいる者をな。全てを教えるつもりだ、だからついて来い」
意味は分からなかった。だが、いずれ分かることなのだから焦ることはない。時間はいくらでもあるのだ。その日もそう信じて疑わなかった。
そんな昔のことを思いながら家にある訓練所についた。訓練所の重い扉を開け、父と一緒に入るとしっかりと扉を締めた。外に魔術が漏れないようにするためだ。
この訓練所は特殊な作りになっており、外に魔術が出ないように設計されているようだった。父曰く、家は特殊であらゆる魔術から保護される材質の物で作られているとのことである。
きっと日々鍛錬に必要なのだろう、とヴェルファリアは思っていた。実際、訓練の時にしか役に立っていない気がするのだからそうなのだろう。
「では、いくぞ。ほら、よ!」
そういうと、父の掌から火の玉がぼん、と出た。
「───え?」
詠唱は?
魔術の大前提は詠唱、発現に必要な集中力、そして制御力・・・。
そんなことを考えていると、
「いいから構えろ、火の魔術耐性!」
「は、はい!」
言われるまま、火の魔力を込めた透明な壁を作る。
魔術は同じ属性の魔術しか耐えられないようになっている。この場合、火の魔術には火の魔術でしか対応出来ないのである。
違う属性を選んだならば、即死に至る、ということで間違いない。子供心に
ヴェルファリアは思っていた。
「この火の玉をまずは受け止める、そしてこちらに投げ返すことから始めるぞー」
「はい、分かりました。では来てください」
父はにこにこしながら、ほーらよっと火の玉をゆっくりと飛ばしてきた。
───と
まっすぐ飛んで来ると思ったら急に玉が変化して手前で落下したのだ。そして腹に火の玉が直撃する。
「ぐっ・・・はっ・・・」
あまりの威力に吐血する。だが、これはいつものこと。慣れっこである。
「玉がまっすぐ来るとは限るまい。変化球というやつだ。それもう一発いくぞ。そら!」
掌に再び火の玉を作り、こちらに飛ばしてくる父。
「くっ、今度こそ捉えてやる!」
今度は速球が飛んでくる。今度こそ直線だ。でこに両手を構え、腰を屈め火の玉を受け止める体制を取った。
「おいおい、いいのかそんな防御一辺倒な構えで。まあ、いいが」
父のそんな言葉と同時。火の玉の勢いが一気に増し加速する。そして今度は頭でしっかりと火の玉を捉えたが・・・
「ぶっ・・・うわあああ」
あまりの威力に今度は吹き飛ばされる。思わず後ろに飛び威力を殺しながら火の玉を捉えることに成功はした。
───が
あまりの威力に火の玉を抑えきれず、後ろの壁に激突し、
「がっ・・・はっ・・・」
またしても吐血。
「おいおい、火の魔術の初歩は学んだんじゃなかったのか?ほら、次いくぞ次!もっと耐性上げていけよ」
「ちょ、まっ・・・」
容赦なく飛んでくる火の玉。思わず回避しようと左に飛ぶ。
───が
今度は火の玉が左側にぎゅんと曲がり直撃する。
「ぐはっ・・・」
寸での所で魔術耐性には成功したが、威力が殺しきれず吹き飛ばされ地面を転がった。
「お前はなあ、癖が読めるんだよ。何かあればすぐ左に避ける癖、直せ」
「く、くそ・・・」
口から出ている血を拭いてよろめきながら立ち上がる。
「大丈夫か、流石に休憩するか?」
父から心配の声が出た。
「いえ、まだです。まだ、いけます」
が、父は、
「いやよそう。今のお前では丸焼けになるのが目に見えている。いいか、魔術はな。己の限界を知ることが始めなのだ。俺の考えた火の玉投げはまず限界を知って、その上で魔術で遊ぶ遊びなのだ」
遊び、父は確かにそう言った。
「人間が、そう。確かキャッチボールといったかな。キャッチボールとやらをしているのを見て考えついた特訓法だ。どうだ、いいだろう?子供と楽しそうにしていたのを見てこれはいい、と思ったんだがな」
そう言われた所で限界だったのだろう。自分の膝から力が抜け、がくりと地面に這いつくばる形となる。
「まあ、お前はよくやった方だよ。手加減はしたがな、よく耐えた。まずは耐性を上げることを考えろ。詠唱が必要なのは誰もが魔術を扱えるようにした、いわば人間用の道具に過ぎない。魔族はそのようなものは必要としない、いい勉強になったか?」
「くっ・・は、はい」
地面に這いつくばりながらとりあえず返事をする。
が、あまりの悔しさと情けなさに涙が出てきた。
何も出来なかった。単なる遊びですら付き合えないなんて
「おいおい、泣くやつがあるか。悪かったよ、変化球はやりすぎたよ。だから泣くな、な?」
「ぐす、はい、僕は泣いてなんて、いません。これは汗です!」
「ははは、分かった分かった。けれどあとでしっかりと顔は洗っておけよ。泣いているのがばれたら母さんにぼこられちゃうからなあ俺が」
「分かっております!」
何故か母さんには勝てない父である。不思議であるが、きっと世の中は女の方が強いのだろうな、とヴェルファリアは勝手に思っているのであった。
実際、母は怒ると怖い。体術のみで屈強な父を弾き飛ばし、地面に倒した後は乗っかかり、顔面をぼこぼことひたすら無言で殴り続けるのだ。気が済むのが次の朝、という事もしばしばあった。
あまりの恐怖に母は怒らせてはならない、ということをヴェルファリアは幼心に知っていたのである。というより正確には恐怖が刻まれていたのである。
「よし、火の魔術耐性はしっかり身につけるように。今日は衝撃のみだったが、実際は爆炎を起こす魔術、爆発を起こす魔術、相手に触れずに内部から直接弾け飛ばす魔術まで、ありとあらゆる魔術法がある。だから常に魔術耐性は周囲に張り巡らせる必要がある。分かったな?」
「はい、分かりました」
そう言ってよろめきながら今度こそ立ち上がった。
「まあ、どの属性の魔術にも言えることだがな。あらゆる魔術を身につけることは、あらゆる魔術の耐性を得ることとなる。逆に身につけられなければ、それ即ち弱点となり、そこを突かれれば誰しもが即死に至る。そうだな、試しに明日は狩りにいこうか。火の魔術のみで獲物を取ってくるんだ。火の玉でもいいし、今言った爆炎でもいいだろう。まあ、爆炎なんて使ったら獲物は食べられないだろうがな」
そう父は苦笑し腕を組みながら言うのであった。
「つまり、相手に合った魔術を使え、ということでしょうか」
「理解が早くて助かるな。その通り、あらゆる方法が取れるということは確かにいいことだが、生け捕りにするとなると手段は限られてくるわけで。魔術選びが重要となる。いずれ魔術のみで旅に出ることもあろう。その時に困らぬよう、今のうちに練習だ」
「はい!」
父が嬉しそうに言うので、ヴェルファリアも喜びを隠しきれず元気に返事をする。
「よし、続けようか。じゃ、今度こそ真っ直ぐいくからしっかり取れよ。で、投げ返せ」
「分かりました」
今度こそ火の玉がゆっくり飛んできて、それをしっかりと捉えることに成功したヴェルファリア。
やった、と心の中で思った。
だが、熱い。熱すぎる!
「うわ、熱い!」
思わずごろんと火の玉を落とす。と、瞬間。火の玉が爆発する。
「うわああああ!」
爆発による炎熱、そしてあまりの爆風の勢いで吹き飛び壁に直撃した。
「うむむ、爆発魔術は早すぎたかな?」
爆発魔術、これが・・・。耐性をもっと上げねば熱すぎて持てたものではない。しかもすぐにも投げ返さねば爆発する二段構えの攻撃法。
火の魔術恐るべし。
なるほど、確かに魔術耐性を上げねば攻撃に等気を回す余裕はない。
そう思うと自然と普段体術を行う構えを取っていた。
その構えを見た父が、ほう、と関心するような声を上げ、
「そうか、そう来たか。ならばいくぞ。───直線だ」
「分かりました。来てください!」
それと同時、凄まじい勢いで火の玉が飛んできた。
それを左に回避し、それと同時に一気に蹴り上げた。
火の玉は天井にあたり爆発する。
それをさらに右に飛び、地面を転がり爆発を回避。
回避したのと同時。右手に火の魔力を込め、火の玉を形成。思い切り父に向かって投げつけた。
「───なっ・・・青い火の玉だと!?」
父が思わず地面を蹴り火の玉に向かって走る。玉が加速する前に一気に火の玉を掴むなり天井に放り投げた。そこで青い火の玉は音もなく消えていく。
「ほう、やるじゃないか。火の威力は赤から青になることによって威力が増す。青い火の玉は最も火力の高い魔術。だが、最も集中力を要するわけだが、よく出来たものだな」
無我夢中だった。ただ、普段鍛えている体術を組み合わせた結果至った偶然の産物である。
───と
突然目の前がぐらついた。そしてとても立っていられないようなだるさが一気に体にのしかかってきた。
「な、なんだこれ・・・」
「魔術は遥かに攻撃に使う魔力の比率が高い。こうやって連発する方が実は稀なのだ。魔術師同時の戦いは基本的に一瞬で終わる。決まれば即死なのだからな」
そして気づけば口から血が出ていた。
「魔力の分配が鍵となる。攻撃に用いる魔力と防御に用いる魔力。いいか、ヴェルファリア。とにかくまずは防御だ。常に、寝る時も無意識のうちに魔術耐性が出来るようになれ。魔術師の攻撃はいつ来るか分からない。それも、分かるな?」
「そうか、夜その気になれば離れた所から爆発させられることも可能なのか」
「不可能であり、可能でもある。というのも、そこまで遠距離かつ限定的な爆発魔術は人間なら数日の詠唱が必要となるだろう。それに触媒と呼ばれる道具も必要となるし、魔法陣で魔力を高めてくる必要がある。高度な魔術師になれば魔術探知、あるいは魔力探知と言った芸当も出来るからその先で詠唱を行っている魔術師を殺せばおしまいだ。詠唱中は基本それに集中するため、防御の魔術耐性は全くない。全ての魔術が通ってしまう状態となる。まさに無防備な状況。そんな命がけの芸当、果たして何人が出来ようか。まあ、何人かいたが、全員殺してきたけどな俺は」
「うーん、では何故普段から魔術耐性が必要なのでしょうか」
そうだ、そんな限定的な事が不可能なことであれば魔術耐性を常に張っておく必要はないはずだ。
「それは後に教えることにしている呪いの魔術だな。これは遠距離による殺害が可能な魔術だ。あるんだよ、限定的な魔術を可能とするものが。しかも低魔力で、触媒もそう大したものを必要としない効率的な魔術がな。世の中には火、水、風、土、雷、光、闇、といった属性魔術の他にも呪いや自然の力を用い魔術を使わない魔術も存在する。だからこそ常に魔術に対する警戒を怠ることのないよう魔術耐性を張る必要があるのだ」
「うむむ、呪いですか・・・」
と言われてもよく分からなかった。
「まあ、明日の狩りで見せてやろう。いけ好かない魔術だから普段は使わないが特別だぞ。とにかく魔術耐性を身に付けろ、全てのな。───そう、全て、だ」
「分かりました」
「いいか、今日からとりあえず火の魔術耐性のみ寝る時も張るようにしろ。夜見回りにいくからな。起こしてでも耐性は張ってもらう」
「はい!」
「魔術耐性を常に張っていれば魔力は常に鍛えられる。魔力が増えればそれだけ攻撃に回す魔力が増える。だが気をつけろ、攻撃の際に魔術耐性が剥がれる事が多い。武術で言う所の反撃が待ち構えているんだ。そこを狙われたら魔術師はひとたまりもない。攻撃こそ最大の弱点、それが魔術の基本だ。基本ばかり叩き込むが重要なことなので言っておく。攻撃と同時に防御も常に張り続ける意識を今のうちから養え。回避はない、受けきれ、そして返せ」
「分かりました!」
その日から、ヴェルファリアの眠らない日々が始まった。
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