序章 プロローグ2

対して魔王軍二百を率いていたのは、この辺境の地に赴任して間もないヴェルファリアという男であった。


敵に対して突撃の布陣を敷いたこの男が出した作戦は「一点突撃」というものであった。


「ヴェル様、初陣だからと逸る気持ちは分かりますが」


漆黒の鎧に身を包み、漆黒の斧に似た槍を持った長い黒髪の女性が馬上から話しかけてくる。


「逸る気持ち、か。そのようなもの、俺が持ち合わせているとでも?」


「では、違うと申されるのですか」


漆黒の女性がヴェル様、と呼んだ馬上の男に訊ねる。


「違う、というと少しおかしいか。ただ、この戦、相手を全滅させたらおしまいなのか?」


「と、申しますと」


「まあ、相手は勝てる気でいるだろうな。向こうも初陣らしいが相手は千。逆にこちらは二百。数の上で勝っている」


そのままヴェルは言葉を続ける。


「が、その内訳は相手が歩兵、と呼べるかは分からないが民草が千。訓練している兵士はその半数もいないとみて良いだろう。で、最初の話に戻る。要は困るんだ、相手が全滅すると」


「よく、仰る意味が分かりませんが」


「うーん、俺も言葉が上手く伝えられないがそうだな。農民が全員死んだら誰が畑を耕すんだ、と伝えればいいだろうか」


そこで漆黒の女性は得心がいったように「あっ」と一声あげた。


「そういうことでしたか。領民全てを殺せばその後の領地の面倒を見、誰が税を納めるのか、と」


「まあ、そういうことになるな。で、勝つ方法を考えたら一つしか手がないんだ」


「と、申されますと」


ヴェルファリアは馬上で腕を組み、顎に手を乗せながら言葉を続ける。


「いや、もうあの領主を真っ先に殺し早期終結を図る、これしかないんじゃないか」


「そうは申しましても相手も簡単では・・・」


「そうだろうか。まず相手からじゃ横陣に見えているこの陣だが、実際は剣型になっているのはわかるかな。前衛は俺が動く、中衛にはミリア、お前に頼みたい」


「呼ばれましたか?」


ミリア、と呼ばれた薄着の女が後ろから馬に乗ってやってくる。腰には異国の剣、「刀」と呼ばれる武器を左右に二本携えていた。


「馬は途中乗り捨てても構わない。どうせ、走った方が早いんだろう。それとも最初から走るか?そこは任せるが」


苦笑いしながらヴェルファリアは言う。


「くすくす、ならば最初から走りましょうか。私の舞、お見せ致しましょう」


ミリアは馬から降り、腰にぶら下げていた刀に手を添える。


「そうですね・・・二刀流、も試して見たかった事ですし。大将はお任せしても?」


ミリアがヴェルファリアに訊ねる。


「任されよう。ミリア、すまないが俺の武器を持ってきてもらえるか」


心得ました、とそう言いながらミリアは後ろの陣幕の方へ歩いていく。その歩く姿を兵士たちがこっそり見ていることにきづかないふりをしながらヴェルファリアは言葉を続ける。


「で、リリス。お前が後衛を。三段構えの突撃で横から切り崩しこちらに撤退。万が一俺が仕損じる事があれば、お前に任せた」


そういうとリリス、と呼ばれた漆黒の女は背中から漆黒の翼をばさりと出したかと思うと、槍を大きく振り、


「確かに任されました。ただし、私が先に獲物をとる事があることもお忘れなく」


と、頼もしいことを言うから困ったものである。


それと同時に、ミリアが後ろから黄金の槍を静かに手渡して来て、それを静かに受け取る。


「さて、誰が、どちらが初陣で逸っているのか。この戦場で見極めようじゃないか」


そう言ってヴェルファリアは魔王軍二百の最前列に立つ。


「先陣は俺が行く。お前たちは後で来い。俺が遅いと思ったら後ろから切りかかってきても構わんぞ。敵を右翼に一点貫いてこちらに一時撤退。その後の判断は各自に委ねる。ミリア、リリス。頼んだぞ!」


「かしこまりました」


と、リリスが静かに言い、


「分かりました」


と、くすりと笑いながらミリアが答える。


「相手が最後の突撃をしてくるようなら構わん。こちらも本気で行かせてもらうだけだ。こちらの突撃で全員なぎ倒す、いいな!」


そのヴェルファリアの声を待っていたといわんばかりに「おおおお」と大声を上げ、答える二百の兵たち。


───初陣に逸っていたのは他の誰でもない。この二百の猛者達だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る