第2話 不思議な声

(ほんとに寝るのかな……?)

 周りに流されるままに桜の根元で横になったエクス。

 目はつぶったものの、どうすればいいのかわからず、ただただそわそわしていた。

『……寝ちゃったの??』

(あっ……)

 そこに聞こえたあの声。

 エクスは、さっき睨まれたばかりだったから、とりあえず誰かが反応するまで反応はしないことにしていた。

『……本当に、寝ちゃうの??』

 その"声"は無視されているのに諦めることなく声をかけ続ける。

『ねぇ、寝ちゃうの?』

 誰も、反応しない。

『寝ちゃったの??』

 弱々しくなっていく声。

『……どうして、無視するの??』

 その声は、だんだん哀しみに染まっていった。

『ねぇってば』

 まるで駄々をこねる子どものような。

『無視しないでよ』

 涙を必死に堪えているような。

『ねぇ、聞こえているんでしょ??』

 桜の樹がざわめく音が聴こえる。

『……』

 やがて、声は聞こえなくなった。

 エクスは、すこし申し訳ない気持ちになってきた。

 ずっと、必死に声をかけ続けているのに、誰も聞いてくれないなんて、きっととてもつらい。

 もしかして、今のこの声は僕にしか聞こえてなかったんじゃないだろうか。

 そんなことを考え始めたその時。

『……もういいや、誰も聞いてくれないなら、この想区にあなたたちはいらない』

 さっきまで哀しみに包まれていたはずの声が急に無機質な、無感情な声で響いた。

 そして、急激に膨れ上がるのは―――

(殺気―――っ!?)

 エクスはこのままではいけないと思い、すぐに起き上がった。それは、他の3人も同じだったのか、全く同じタイミングで起き上がっていた。

 そして、すっ……とエクスの頬を桜の花びらが撫でた。

「……っ!」

 そして、その花びらが撫でた部分は浅く切れていた。

 急に激しく舞い踊る桜の花びら。

 その1枚1枚がまるで刃のようだった。

 撫でるように肌に触る花びらと、触れた瞬間の痛みとともに残る薄い切り傷。

「やっぱり、正体は桜なんじゃねぇか!?」

 タオが腕で顔をかばいつつシェインを睨む。

「……そうですね」

 シェインは小声で「もしくは、この想区そのものかも知れませんが」と呟いた。

 それは"この想区にあなたたちはいらない"という言葉から思ったことだった。

 シェインは声を大にして叫んだ。

「すみません、桜の樹さん!!あなたの正体を探るためにスルーしてました!」

 シェインの声に、タオも負けないくらい大きな声で叫んだ。

「悪かったよ!」

 すると、ほんのすこし、桜の花びらの攻撃が緩む。

「よければ、この想区のこと教えてくれませんか?」

 シェインは、それを話を聞いてくれるのだと感じ、言葉を重ねた。

「シェインたちは旅のものですが、このような場所は初めてきました」

 攻撃の手が緩んだことで、視界が少しだけ広がる。

 仲間たちの姿を確認すると、タオとシェインが顔を守るようにしながら立っているのに対し、レイナは小さくうずくまっていた。

「……ついでに、自己紹介なんかもしませんか?」

 そして、とうとう桜の花びらから刃のような鋭さが消えた。

『……本当にお話聞いてくれるの?』

 その声は、無感情なあの声とは別物で、また感情を含む声だった。

「はい、もちろんです。是非聞かせてください」

 シェインは攻撃が落ち着いたことに安堵しつつ、会話を続ける。

『もう、無視しない??』

 "声"は泣き止んだばかりの子どものように、心細げな声だった。

「当然です。先程は本当にすみませんでした」

 シェインの言葉に、"声"は落ち着いたのか、乱舞していた桜の花びらも落ち着きを取り戻し、ただただ舞い踊っていた。

『……わかった。いいよ、さっきのは許してあげる』

 "声"の許しに、シェインはお礼を言う。

「ありがとうございます」

 そして―――一番聞きたかったことを口にした。

「ところで……貴方のことを聞いてもいいですか?あなたは本当に、この桜の樹そのものなんですか??」

 そのシェインの言葉に、"声"はかすかに笑ったようだった。

『……あ、でもその前にお願いしてもいいかな?』

 その声はなにかに気づいたような調子の声だった。

「何です?」

 シェインがきくと、"声"は『アレを倒してほしいの』と言った。

「アレとは??」

 シェインが言ったそのとき、背後から"アレ"の声が聞こえた。

「クルルゥ……」

 それは、沈黙の霧から続々と現れた。

「あ、これですか」

 シェインは合点承知ですと"声"に向けて言った。

「……とりあえず、こいつらを倒せばいいんだな」

 話が一段落したのを感じ、タオがシェインに話しかけた。

 シェインも、その言葉にうなずき、"導きの栞"を手に取る。

 エクスは、ふと視界の端で未だに小さくうずくまったままのレイナに気づいた。

「……レイナ、いつまでそうしているの??」

 エクスが声をかけると、レイナがすぅーっと顔をあげた。

「……え?」

 いつの間に桜の花びらの攻撃がやみ、戦う準備をしている仲間たちの姿が目にはいる。

 レイナは恥ずかしさにほんのり顔を赤くした。

 しかし、目の前にヴィランがいることに気づいたレイナは、"導きの栞"を手にした。


 その時のレイナの戦いは、まるで恥ずかしさを全てヴィランたちにぶつけているかのように、容赦ない攻撃だったとか―――。






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