第1話

 十月二日。前日と同じく、秋の太陽がギラギラとコンクリートを照り付ける日だった。

南花秀英高等学校三階、二年四組の部屋は、いつも通り賑わっていた。

昨晩のテレビ番組の話をする人、九月に行われた文化祭の話をする人、もうすぐ始まるテストの話をする人等々……なんともない世間話が部屋を満たす。

そんななか、谷川こころもまた、こういう場でよくある“恋バナ”を話し出した。


「朱音! となりのクラスの男の子とデートしたって本当!?」


――しかしこの街――南花街――では“恋バナ”はよくある話ではなかった。

大きな声でこころが叫んだ台詞は一瞬、クラスメートを水を打ったようにシーンとさせた。

そして次に、クラスメートたちはざわざわと何か話しながらこころと朱音を見る。まるで突然、教室に罪人が現れたかのような冷たい視線だった。


(なんてこと言ってくれたの……!)


朱音は焦った。

こころは、朱音のように転校生であり、あまり人と話すタイプではなく、なかなかクラスに馴染めずにいる人にも積極的に声をかけてくれる日向のように明るい性格を持つ人物なのだが、こういうところでおせっかいなのだ。

朱音は深くため息をついて、クラス中に聞こえるよう少し大きな声で言った。


「私に恋人なんていないわよ。隣のクラスの……河合はただの友達」


それでもなおざわつく声は静まらなかったが、自分に突き刺さる視線が確かに減ったのを感じ、ほっとした。

こころもほっとしたように言う。


「よかったあ。朱音まで退学になったらどうしようかと思ったよ」


「なるわけないでしょ。そもそも、私に恋人なんていらないわ」


朱音は、引っ越してきたこの街での“掟”を思い出す。

“南花街に住む者は、恋をしてはいけない”

南花街を含む、周辺の街は、一つの街に一つずつ神を祀っている。

その中心的建物が<神家>である。

<神家>はその名の通り、、神の家とされており、そこから、各々の街の神様が人間のために願いをかなえたり、雨を降らし豊作を援助したりするといわれている。

そして参拝客を迎えるのはもちろんのこと、年末年始や、夏の祭りなどあらゆる行事における中心地ともなる場所だ。

南花街の<神家>では、縁結びの神が祀られていた。

しかし、約六十年前の一九五〇年。突然<神家の主>により<神家>が封鎖された。

わけがわからない、突然の<神家の主>による奇行に街の住人は戸惑うばかりだったという。

もちろん、参拝も行事も中止。

この街は神様がいない街となった。

また、この街の神が縁結びの神であったことから、きっと、神がいなくなったせいなのだろう、南花街の住人が恋をすると必ず悲惨な結果に終わる、という街全体に呪いがかけられたような最悪の事態が起きた。

恋人を持つ者に事故や事件による死人や行方不明者が続出。

止めることができない悪夢の連鎖の中で、街の人々の間に、恋をしてはいけないということが自然と広まり、やがてそれは掟となり、法となった。

そして六十年たった今もそれは続いている。


「でもさ、恋人が作れないって、悲しくない?」


こころは窓の景色を見ながらそっとつぶやいた。

朱音は思わず周りを見る。

大丈夫。ほかの誰にも聞こえてない。

ほっとすると、朱音はどこかでガラスが割れるような音を思い出した。


「どうかしらね。恋なんて脆いものよ。確かに見た目はきれいかもしれないけれど、落としたらすぐ割れちゃう」


「でも……恋だけじゃなくて人間関係全般に言えることだけどさ……人と人との関係なんて、何回も壊れて何回も壊れて、でもそのたびに直して、見た目はボロボロだけど中身はきれいなもんじゃないのかな」


朱音はため息をついた。

こころは人間関係を築くのが上手だからそんなこと言えるのだ。

私みたいな、たった一言の弾丸でも、脆く崩れてしまうような人間には通じない理屈だ。


「そうかしら。私は一回壊れた時点で疲れちゃうわ」


こころは悲しそうに眉を顰めた。


「そんなぁ」


その時、ピンポンパンポン、と放送がなった。


「これより緊急全校集会を行います。生徒のみなさんは速やかに体育館に移動してください」


 体育館では、生徒の群れが一年生から三年生まで各クラスずつ、黒蟻のように並んで座っていた。

なんで集められたんだろう、また説教か、とがやがやと賑やかな館内で、朱音は一人ぽつんと体操座りしていた。クラスで唯一人話せるこころとは出席番号順になると少し距離が離れてしまい、彼女は特に話す人もおらずいつも一人ぼっちだった。

「静かにしてくださあい」

「前を見てくださあい」

 やがて、先生や学級委員長の注意により生徒は徐々に静まっていく。

しかし完全に静まるのをまたず、南花秀英高等学校の教頭先生が壇上に上がった。

教頭は白が混じったぼさぼさの頭に、本当に飯を食べてるのかと疑いたくなる、ガリガリといってもよい細さだった。目つきは険しく生徒を睨むようにして壇上の卓からあたりを見渡している。

そしてマイクの電源がONにされ、キンキンとハウリングが響く声で教頭は話しだした。


「みなさん、今月は何をすべき月かわかっていますか?」


また、ざわざわとあたりを見回す生徒が増えた。そして口々に今月は何があったかと相談しだす。すぐに答えは出て、その周りの人たちの声で朱音も思い出す。

――ハートレス月間。


「もうみなさんおわかりですよね? 今月はハートレス月間です。南花街という街に生まれた以上、恋愛は禁止されています。その中でも今月は特にその法を意識しようとする月です。それなのに……」


教頭は平手でバンッと卓を強く叩いた。


「やらかしてくれた生徒がいたのですよ! これは由々しき事態です」


また体育館がにぎわいだした。バレないはずないのにバカなやつがいるもんだ……いったいだれのことなんだろうと、疑問や呆れを口にする。


「静かに! 名前はあげませんが、男子生徒のほうは禁止されている男女交際を始めようとした咎で退学、女子生徒も誘惑するような態度があったとして今月いっぱい停学となりました。みなさん、気を付けるよう。どうせうまくいかないおつきあいをしてる暇があるならしっかり勉学に励みなさい! 以上」

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神様がいない街 波止場 @hatoba

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