神様がいない街

波止場

プロローグ

 二〇一六年十月一日。秋の強い日差しが眩しく光る朝だった。

凛として咲いてる彼岸花が朝日を反射してきらめく朝露を零す。

東雲朱音は自分の何十倍も大きな鳥居をくぐった。

何十年、何百年と人々を迎えたのであろうその年期の入った灰色の鳥居は、ただ何も言わずそこに在るだけだったが、聞こえない声で厳粛にせよと伝えている気がする。

掃除が間に合わないのだろう、足元には鮮やかな赤と黄の、虫食いや、星形の落ち葉が散乱していた。

足を一歩踏み出す度にそれらがさくっさくっと軽快なリズムで音をたてる。

ふうっと吸い込んだ空気は強い光に洗われたように、澄んでて、おいしくて、体がすっくと休まるのがわかった。

 二つの影がこの街――陽夢街――の神を祀る<神家>の<家中>を歩みだした。

絨毯のように万遍無く落ちている枯葉の上を<神家>の中心建物である<神本>にその二つの影は向かった。

途中で、落ち葉に埋もれた道の脇にある水湧き場で、二人は手を清めた。

水は秋の

<神本>には祀られている神を呼ぶための大きな鈴が揺らすための縄と共に天井からぶら下がっている。

その奥にある巨大な扉は開け放たれていて、奥の座敷が見えていた。

座敷には、神が座るといわれている座布団が置かれており、その隣には、供え物である白飯が供えられている。

 二人は今時の若者にしては珍しく、<神家>での正式な作法通りに行動した。

まず、深々と一回お辞儀をする。鈴を鳴らす。

鳴らした鈴の音は、早朝で二人以外誰もいない<神家>中に盛大に響きわたる。今にも、鈴が落ちてきそうなぐらいガランガランと大きな音がたった。

そしてパンパンパン、と三回手を叩く。

ぎゅっと目を瞑り、願いを思い浮かべる。

そして今度は二回、お辞儀をする。

以上が、<神家>でのお祈りの作法の手順だ。

すべてを終えたあと、気のせいだろうか。座布団がまるで誰かが座ったかのようにへこんだような気がした。

すべての作法が終わると、朱音の傍らにいた男子が口を開いた。

「なんてお祈りしたんだ?」

そう聞いた彼を一瞥し、落ち葉をローファーで心地良い音を立てて踏みながら、彼女は言った。

「それは内緒よ。私と、神様だけの約束だから」

落ち葉が一枚ひらひらと二人の間を、風に乗って駆け抜け、道に落ちた。

まるで、神様の吐息に乗せられたかのように。

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