track 23-ジベタ教の男

「げっ、日向先生……?」


異能力科学再現研究所から連れ帰って来た男を見たれるりりが心底嫌そうな顔をした、ソファに横たわる男は小さく呻き、そのままソファから落下した。


「何処だ、此処は」

「よぉ、お目覚めのようで」


目を覚ました男に声をかける、前髪が長くて目元が隠れていて、それでいて高身長なのがなんとも腹立たしい、キャラがモロ被りではないか。


「君は誰だ、その前髪、もしかして同志か?」


同志、そういえば『アンノウン・マザーグース』で意識を失う直前にも似た様なことを言っていたなと思い出した。


「何のことかさっぱりだ、それより、君は異能者だろ? 名前は?」

「其処の君、其れは我が校の制服だな、見かけない顔だが──」


この男、命の恩人に対して完全スルーときた、別に感謝してほしかったり見返りが欲しかったりするわけじゃないが、こういう扱いを受けるとさすがの俺も少し嫌な気分だ。


「日向先生、自分のクラスの生徒の顔ぐらい覚えられないんですか?」

「あぁ、悪かった、興味の無い事は一切覚えない主義でな」

「教職者の言葉とは思えないね」


帰るなり自室に篭って爆睡していたwowakaが戻ってきた、異能の影響がまだ残っているのか、少し眠そうにしている。


「日向電工さんでしょ、あの施設に収容されていた人はそれほど多くなかったからね」

「うちの学校のセンセーだよ、まさか異能者だったなんて」

「異能? 何の話だ?」


男が怪訝な顔をする、前髪で隠れた目元が、ほんのりと光った様に見えた。


「此の力をあの様なモノと一緒にするな、此れはジベタ様の奇跡だ」

「この人ちょっとヤバい宗教に入っちゃったんだよ」


れるりりがため息混じりに説明した瞬間だった、男の周りに奇妙な記号が浮かび上がり、目元の光がハッキリとした形を作り出した、浮かび上がった記号と同じ様な模様、まるで──


「……文字?」


wowakaが身構えながら言った。


「『ジベタトラベル』」


男がその場でしゃがみ込み、床に手を触れる、その瞬間に彼の姿は消え、俺の眼前数センチまで迫ってきていた。


「『スパークガールシンドローム』」


閃光が走る、誰にも助けを求められていない故にパンダヒーローが発動できない、俺は持てる力全てを振り絞りその場から飛び退いた。

バチンと音を立てて天井の蛍光灯が弾けた、あの野郎、完全に殺す気でかかっている。


「助けた相手からこんな事されるなんてな」

「何の話だ……『ワープアンドワープ』」


男が拾い上げたグラスをこちらに投げつける、咄嗟に避けるが、目の前から男が消え去っている事に気付いて気をとられてしまった。


「『スパークガールシンドローム』」


男の声と共に再び閃光が走る、後ろからだった。


「……何故無事だ、確かに直撃させた筈だ」

「残念ながら、俺はお前より二手も三手も先を行く、じゃないとヒーローなんてやってられないからな」


『リンネ』の発動には少しタイムラグがある、範囲が広ければ広いほどそれは大きく、線路が一周するまでの間は攻撃を食らうわけにはいかなかった、だが──


「完成した『リンネ』の環状線の内側では、誰も死なない、誰も傷付かない」


男の姿がグニャリと歪み、ストンと落ちるように足が床へと沈んだ、wowakaの『ずれていく』で彼が立っている位置そのものがずらされたようだ。


「さぁ、話をしようじゃないか」


* * * * *


「非礼を詫びよう、恩人に危害を加える事は、ジベタ教の教義に反する故、此の様な事は本来在っては成らなかった、申し訳なかった」


ひと暴れしてメチャクチャになってしまった住処の中で土下座をする男は中々に違和感の強いものだった、ゲームを終えて部屋から出てきた少女が試しに『ネクストネスト』で修復を図っているが、少し時間がかかりそうだ。


「堅い言葉使うなぁ」

「とりあえず顔上げろよ、片付けからだろ」


男を促し、住処の片付けを始める、買い出しが色々面倒なことになりそうだ。


「おじさん、行き先無いんならここでハチさんのお手伝いしたら?」


少女がとんでもない事を言い始めた。


「手伝い?」

「巷で有名なパンダヒーローの正体はこの人なの、ねぇ、5人ってちょうど戦隊ヒーローみたいでしょ? ここからが本当のハチレンジャーってことでさ」


興奮気味に話すさつきを男が怪訝な目で見つめた、当然の反応だ。


「その場合、私の色はどうなる?」

「うーん、黒? 遅れて加入したし」


ダメだ、意外とノリノリだった。

諦めの意味をこめたため息をついた瞬間だった、あの感覚が襲い掛かった、まったく、住処の片付けすらさせてくれないのか。


「来たのか」

「ああ、近い」


『パンダヒーロー』が誰かの危機を知らせる、現れた金属バットを握り、移動に備える。

少女たちが俺の腕を掴む、さつきに至ってはあの男の手を引いたままだ。

景色が一瞬で塗り変わり、助けを求める誰かの元へと、俺たちは送り込まれた。


* * * * *


「僕はただの通りすがりのボカロPですよ、こんなの酷くないですか?」


EZFGが人質のように捕らえた男がヘラヘラと笑う、周囲に浮かんだカラフルな時計から楽しげな電子音が鳴り響いていた。


「……状況が読めねえ」

「同じく」


街のド真ん中で騒ぎが起こってると思ったら、つい最近見かけたばかりの奴が3名、そして全く知らない誰かが1名がその騒ぎの中心にいた、どうやら俺を呼んだ「ピンチ」はこの男のものなのだろう。


「いやぁ手間かけるね、あの人起きたと思ったら急に「じんさんはどこだ! ナユタン星人はどこだ!」って暴れ始めちゃってね、僕はそこのメガネ君のせいでまだ食べきれない状況だったしアレは音の異能じゃないから『ゴチャゴチャうるせー!』でもダメらしいんだ」


すぐ近くにいた暴走Pが簡単に説明をした、よく分からないが面倒なことになっているのは間違いないようだ。


「要はあの男を助け出せば良いのだろう」


日向電工が俺に訊いてくる、確かにそれが目的ではあるのだが、EZFGが何故そんな状況になっているのか理解しないことには手出ししようがないだろ。


「まずあの異能がなんなのかを知る事だね、迂闊に近づくと何をされるか分かったもんじゃない」

「『ジベタトラベル』」


話を聞かずに飛び出す日向電工、wowakaが珍しく唖然とした表情をしていた。

一気に距離を詰めた日向電工の動きが止まる、今度はカラフルな光の粒が出現し日向電工を取り囲んだ。


「『マトリョシカ』」

「エターナルフォースブリザード!」


光の粒の動きが一瞬揺らぐ、その隙に氷の塊が地面から現れ、日向電工をこちらへと押し戻した。


「どうやらあの男の異能がEZFGのために都合よく動いてるらしい、2人分の異能を操る奴を相手にするってワケだ」

「何言ってるの、こっちは5人じゃん」


れるりりが巨大な槍を取り出しながら笑った、そう言われれば確かにそうだ。


「こうなったのも僕らのせいだ、協力する、だから7人」


暴走Pが隣に黒い服を着た初音ミクを召喚しながら言った、まだ食べられないといったジェスチャーをしているようだが、何か作戦でもあるのだろうか。


「単純な2対7ってワケじゃない、あの男を傷付けないで助け出すのが目的だ」

「先程使って見せた異能は使えないのか」

「リンネは使いすぎると俺がダウンする」

「成る程」


日向電工はそれだけ言うと、その場にしゃがみ込み、地面に手を付けた。


「先程の勝手な行動、申し訳なかった、本気を出させて貰う」


再びあの文字のような記号が浮かび上がる、今度は地面にも広がっている。


「『アンダワ』」


周囲の景色が様変わりする、まるで街の一角がそのまま丸ごと、地底に飲み込まれたかのように、辺り一帯がドーム状の壁に包まれてしまった。


「ご案内しよう、流転輪廻のダンスフロアまで」


────────────────────────

日向電工

独特な語彙力を持った歌詞に定評のあるボカロP。 本編内ではただのヤバい人。


異能

1-ジベタトラベル:地面に触れた瞬間に視認できる範囲の地面を一瞬で好きに移動できる、床も地面と判定される。


2-ワープアンドワープ:直前3分間までの間に触れていた任意のモノの位置にワープすることができる、ただしワープの座標のモノは異能者本人が居た場所に飛ばされる。


3-スパークガールシンドローム:手のひらから放電することができる、出力を調整することで周囲の電子機器を壊したりすることも可能。


4-アンダワ:指定した範囲を地底に沈めることができる、人が活動できる範囲と明るさは確保される。


さつき が てんこもり

異能

4-ネクストネスト:ネスト(住処)を整える異能、本来は次に住むための場所を確保する異能だが、同じ場所を次に指定することで今の住処にも適用できる。


ハチ

異能

3-マトリョシカ:相手の感覚を歪ませる異能、異能そのものも対象となるため、攻撃を逸らしたりすることも可能。

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