track 04-不信感の刃

異能本体を異能者の意思と関係無しに動かす、そんな本来有り得ないことを俺は簡単にやってしまったらしい。


「とにかく、参考になる現象が少なすぎる、バックフジ君と異能本体に関する現象については今後はもっと注意して見ていかないとね」


完全に伸びてしまったナブナさんを連れて拠点らしき施設に戻ってきたささくれさんが開口一番に言った。

異能者は異能の本体が酷い傷付き方をすると本人もそれなりのダメージを負う場合もあるらしく、ナブナさんはそのケースが当て嵌まっていたらしい。


「ささくれさん、この人連れて帰っちゃって大丈夫だったんですか?あんな広範囲に力が及ぶ異能を使う人がここの中で暴れたら大変ですよ……」

「彼が帰りたいなら僕らに彼を拘束する権利は無いし、ここにいる人たちの安全を脅かすようなら僕は全力を以て彼を止めにかかるよ、安心して」


そう言ったささくれさんの手のひらの上にキラキラとしたカラフルな光が集まり、収束する。

数秒もかからずその手の上には俺があの牢屋で見たカフェオレのような生物が立っていた。

カフェオレのような生物はピョンと手の上から飛び降り、ソファに寝かされたナブナさんの側に座り込んだ。


「見張りは付けとくよ。とりあえずバックフジ君、今日はもう疲れただろ、空き部屋があるから案内するよ、Junky君もゆっくり休んでいいよ」


ささくれさんに手招きされて着いて行く、外から見た建物より明らかに内部が広すぎる気がするが、これも誰かの異能なのだろうか。

食堂やシャワールームなんかをついでに案内されながら色んな人たちとすれ違った。


「賑やかなところなんですね」

「それだけ僕らの考えに賛同する人が多いって事さ、やっぱり皆平和が一番なんだよ」


そして最後に1つの部屋に案内される、扉の向こうはビジネスホテルの一室のような部屋になっていた。


「少々質素な部屋だけど、ここに居るつもりならこの部屋を好きに使ってもらって構わないよ」

「あの、元々住んでた部屋に帰るって事はできないんですか?連絡を取りたい人もいますし……」

「構わないけど、あまりお勧めはできないね。君は既に異能の一端を異能対策局に知られて異能者リストに載ってしまっているだろうし、また捕まったとしても僕らが確実に君を助け出せる保証は無い」


無言を諦めと判断したのか、ささくれさんはそのまま扉を開けて廊下へと戻ろうとする。


「ささくれさん、あの……言い忘れててすみません、助けていただいてありがとうございます」

「……僕は僕にできる事をしただけだよ、こっちこそ、僕たちを信じてくれてありがとう」


ささくれさんはそう言って部屋を後にした、ドッと疲れが溢れて来た俺はベッドに倒れ込む、この数日で色んな事が起こりすぎたんだ。


今後どうするか、俺の身に起こっている事について、色々と思考を巡らせているうちに、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


* * * * *


目を開く、自分しかいないはずの部屋なのに目の前に誰かがいるのがぼんやりと見える。

寝ぼけた眼を擦り瞬きをする、だんだんと視界のピントが合っていく。


特徴的な、白地に目の周りや口の辺りが黒く塗られた仮面を被った何者かがこちらを覗き込んでいた。


ホラー映画なら絶叫して逃げるところだが、色々な事がありすぎた俺は妙に冷静になっていた。


「……あの、どちら様ですか?」


問いかけに応じたのか、仮面を取って素顔を見せる。


「はじめまして、地球人さん」


いや、問いかけには応じていないようだ。

しかしどこかで聞いた事のあるフレーズだ……数秒の沈黙の末、俺はあの仮面とセットでそれが何なのかを思い出した。


「知ってくれてたみたいでなにより、簡潔に説明させてもらうよ、今からある施設に囚われてる異能者の奪還作戦があってね、それに君を連れて行くようにささくれ君に言われたんだ」


優しそうな顔に再び仮面を被せ、くぐもった声で彼は言った。


「とりあえず、ご飯食べて来なよ」


仮面のボカロP、ピノキオピーさんはそう言って俺の部屋を後にした。


* * * * *


食堂で合流したJunkyさんとピノキオPとの3人で建物の外に出た、ささくれさんはどうやら別件で朝から出かけているらしい。


「ここ連日ずっと奪還作戦に出てる気がする……」

「隠密作戦に向いてるもんね、Junky君の異能」


そんな感じで普通に会話をしながら公共の交通機関をいくつも乗り継ぐ、何故周りの乗客はピノキオPの仮面を一切気にしないのか疑問に思い道中でこっそりとJunkyさんに聞いたが「アレはそういったもんなんだよ」と笑うだけで一切疑問は解決しなかった。


「それよりささくれ君から聞いたんだけど、君って他人の異能の本体の意思に干渉する事ができるんでしょ? それってどれぐらいまでできるの?」


バスを降りて山道を歩く途中で、ピノキオPから質問をぶつけられる。

どうやら実験をしてみたいらしく、既にその隣には仮面と同じ顔をした不思議な生物が浮かんでいた。


「すみません、自分でもよく分からないんです……」


そうか……と呟くピノキオPの隣で不思議生物が一緒にどうして……と呟いた。


「さて、到着だよ」


高い塀、その上には有刺鉄線、門の向こうに見えるのは見張り台や運動場、そして施設のメインの建物と思われる棟が2〜3に分かれて建てられていた。

しかしこの施設、まるで刑務所のようじゃないか、本当に異能者の隔離施設なのだろうか。

いや、あの異能者差別の様子を見るにこれぐらいの施設の方が彼らにとっては普通なのだろう、実際に地下牢のような場所に閉じ込められた事を忘れてはいけない。


「それじゃ、潜入しよっか」


Junkyさんの肩に手を置いて不思議生物を門の方へと飛ばす、俺もピノキオPに倣ってJunkyさんの肩に手を置いた。


『メランコリック』

『どうしてちゃんのテーマ』


変化する視界の中で「どうしてちゃん」が門の前でカミソリを数回振る、門の閂が鋭い音を立てて落ち、ギィと音を立てて門が開いた、当たり前なのかもしれないが、カミソリの切れ味とは思えない切れ味だ。


「あれ、あの人じゃない?」


門を通ってすぐにJunkyさんが言う、施設の出入り口の辺りで高校生ぐらいの少年が何やらボソボソと呟きながら座り込んでいる。


「確かに、看守ってワケじゃなさそうだしね」


ピノキオPの言葉を聞いてJunkyさんがステルスを解いて少年の前に立った、異能を使っていた時間が短かったためか、今度はあの雰囲気のモードには入っていないようだ。


「君、もしかして異能者だったりする?」


その場にしゃがみ、少年と同じ目線で語りかける、少年は下を向きながら未だにブツブツと何かを呟いていた。


『ロス■ワ…の号ko//』


頭に流れ込んだ文字がいつもと違う事に気付く、強いノイズがかかったかのような感じに文字が認識しにくくなっていた。


「……どいつもこいつも……皆して僕を殺そうと……」


少年の呟きの声が大きくなったと思ったその瞬間だった、彼の頭上に一振りの巨大な刀が現れた。


「死んでしまえ!」


少年の叫びとともに刀がJunkyさんに襲いかかる、Junkyさんは間一髪で避けて尻もちをつく、地面に突き刺さった刀はそのまま塵となって消えていった。


「もう嫌だ……こんな力のせいで俺は……こんな連中に命を狙われて……」


今度は少年の周りにノイズが走る、今度は刀だけでなく大小様々な刃物が少年の周りに出現した。


「これはまずいね……」


ピノキオPが手を宙に突き上げて目を瞑った。


『胸いっぱいのダメを』


少年とこちらの間に壁をつくるかのごとく大量の×マークが降り注ぐ、その直後に鈍い音を立てて×マークの向こうから刃物の先端がいくつか飛び出てきた。


「一応コレで防げるくらいではあるみたいだね、視界も塞いだし一旦隠れよう」


2人でJunkyさんを助け起こし、異能で再び姿を消した。


「あのノイズ……あの子何かおかしいですよ!」

「ノイズ? 何も見えないけど、確かに様子はおかしいけどさ…」


Junkyさんが不思議そうな声で返す、続けてピノキオPも「僕もそんなものは見えなかった」と答えた。

俺にだけ見えてるのか? そう思い×マークの壁を見る、壁の向こうにいる少年が移動しているのか、時々見えるノイズが移動を始めた。


「うっわ……」


Junkyさんが絶望的な声を上げる、即席の壁の向こうから現れた少年の周りには小さなナイフがとんでもない個数となって浮かんでいたからだ。

アレが飛んで来れば能力を使っていても当たってしまい見事にズタズタにされてしまうだろう。


「どこに隠れた……早く倒さなきゃ……」


目が完全に虚ろになっている、どう見てもまともじゃない。


ゴツン


鈍い音がして目の前で少年が仰向けに倒れ、周囲の刃物が一斉に消えた。

すぐ隣には例の×マークが転がっている。


「あっやりすぎたかな」


隣でピノキオPが呟くのを俺は聞き逃さなかった。


* * * * *


「やだやだやだやだ!!!! 何で助けに来てくれたのがボサくれたお兄さんなの!? もっとピシッとしたお兄さんがいい!!!!! お断りしますぅぅぅぅぅ!!!!!!」


牢屋の中で駄々をこねる少女を、前髪の長い青年が困ったように見下ろしていた。


「そうか、じゃあまた出直すしかないのかな……」

「あ、でもお兄さんイケメンだしいいや」


さっきまでの駄々っ子っぷりが嘘かのように唐突に青年の元に駆け寄る少女、普段はそれほど表情の移り変わりのない青年でも、さすがにこれには困惑の表情を隠せないでいた。


「……外にいた子はピノキオ君が保護したみたいだよ……え、何その子…?」


様子見から戻ってきた青年の同志が彼に纏わりつく少女を見て先ほどの青年と同じく困惑の表情を浮かべた。


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ピノキオピー

独特な歌詞やイラストで人気のP、作中に登場する仮面は実際に本人がライブやインタビュー等で付けているもの。

異能

1-どうしてちゃんのテーマ:自立型異能「どうしてちゃん」を指示通りに動かす異能。能力の発動判定は攻撃や特定行動時に発生する。

2-胸いっぱいのダメを:×マークを自由に生成し操れる異能。×マークは非常に硬いため拘束や盾などいろいろなものに使える。


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異能

1-(ノイズのため名称不明):不信感を刃物として具現化する異能。不信感が大きければ大きいほど切れ味のいい長大な刃物を作れる。

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