track 05-少年の再教育と少女のワガママ
自分の姿を隠す透明のカケラが目の前に現れた男によって叩き割られる。
急いで他のカケラで自分の姿を隠して相手との距離をとるべくカケラをいくつか飛ばして牽制する。
「君はじん君たちの味方か? もしそうなら何故僕たちを攻撃する? 君らの敵は僕らじゃないだろ」
視界の隅でウミユリ海底譚の本体に誰かが話しかけているのが見える、やめろ、それはお前なんかが話しかけていいものじゃない。
引き離すべく戦いながらそちらにカケラをいくつか送る、彼女に当てるつもりはなかったのにソイツは彼女を庇うように避けた。
いい加減にしろ、今度こそ仕留めてやる。
怒りを込めてさらに多くのカケラを飛ばす、再び男がこちらに攻撃を仕掛けてきた、それを止めるために一瞬気を取られた瞬間だった。
鋭い痛みが胸に走った、頭の中が一瞬真っ白になる、視界がグルリと周り、暗転する直前には視界は満月を浮かべた真夜中の空だけになっていた。
* * * * *
汗だくになって飛び起きる、何かがすぐ隣から転がり落ちる気配を感じた。
辺りを見渡す、見覚えの無い部屋だ、そういえば何で俺はあんな深く眠っていたのだろうか。
下の方からジタバタと音がする、音のする方を見るとカフェオレのような形をした奇妙な生物が転がっていて、起き上がろうと必死でもがいていた。
警戒したいところだが、あまりにも必死で起き上がろうとしていて可哀想になってきて、手を差し出そうとしたその時だった。
勢いよく扉が開き、仮面の男とあの時俺と戦った男と一緒にいた2人が入って来た。
陰鬱な雰囲気の方の男は額に大きなたんこぶを作った少年を抱えていて、もう1人の何もできなさそうなメガネは心配そうに少年を覗き込んでいた。
「ささくれさん!戻って来てないんですか!?」
前回会った時はあんなに澱んだ空気を漂わせていたあの男が今度は張り詰めた空気を漂わせている、どうやら抱えている少年に何かあったようだ。
飛び込んできた3人とようやく目が合った。
「うっそナブナさん起きてる! なんでこんな面倒な時に!」
少年を抱えながら男はなんだか失礼な事を口走った。
* * * * *
『ポンコツディストーカー』
ささくれさんの周りの空気が一瞬揺らめき、その揺らめきが少年へと伸びていく。
しかしそれは少年に触れる事は無く、何か壁にぶつかるような挙動を見せてからゆっくりと消えていった。
「うーん……異能による精神攻撃を受けた様子は無いみたいだね……だとしたら科学的な洗脳かな……」
目を覚ましたナブナさんが暴れると思ったJunkyさんが騒いでるところに戻って来たささくれさんがグッタリした少年を見ながら言った。
「あとこのたんこぶ……」
「ごめん」
間髪入れずに手を挙げるピノキオPにささくれさんが「またか……」とため息をついた。
「とにかく、僕には治療は無理だね、ちょっと治せそうな人探してみるよ」
ささくれさんがこちらを向いて難しそうな顔をした。
「これ俺はどうすればいいの?」
騒ぎの後からずっと黙って少年が寝かされているのと反対側のソファに座っていたナブナさんが口を開いた。
「君がどうしたいか決めるといい、君の仲間の元に帰っても、どこかで異能対策部隊に見つからないようにヒッソリと暮らしても、ここに残っても、君の自由だ……そろそろ疲れたよ、僕は寝るね」
時間は既に真夜中を回っていた、ささくれさんはあくびをしながらドアへと向かう、しかしその足どりはソファからずり落ちた少年のうめき声に引き止められた。
「あ、起きた」
Junkyさんがボソリと呟いた。
少年は怯えた目で周りを見渡す、再び彼の周囲にノイズが走りだした。
「俺に何する気だ…」
少年の声が震える、例のノイズに塗り潰された文字が頭に流れ込み、それと同時に日本刀が彼の頭上に現れた、俺が知っている日本刀の1.5倍ほどの長さだ。
まずい─
声を掛ける間も無く刀が振り下ろされる、しかしそれは見えない何かに阻まれた。
『透明エレジー』
同じタイミングで異能を発動したナブナさんが刀を受け止めてたようだ。
『ウミユリ海底憚』
宙に開いた水溜まりのような穴からあの少女が降りてきた、あの時は普通に消え去ってしまったが、やはり異能の本体というだけあってナブナさんが生きてる限りは彼女も無事のようだ。
少女とナブナさんはアイコンタクトを取り少女は頷いて少年の方に向き直った。
足元をフラフラとさせながら少年が壁際まで後ずさり、新たな刀を創り出している。
次の攻撃になんとしても当たらないようにと身構える俺の隣を何かが飛んでいった。
バシャンと水の弾ける音がして少年の顔に水の玉のようなモノが纏わり付いた。
「ウミユリ海底譚の空気は濃縮すると本物の水の性質に似てくる、巻き込まれるのは嫌だから加勢させてもらうよ」
周囲に水のような玉を浮かばせたナブナさんが真っ直ぐ少年を睨んだ、隣に立つ少女は指を拳銃のような形で立ててその先に次の弾を控えさせていた。
少年は刀を取り落として苦しそうにもがいた、しかしいくら水のような性質とはいえ空気を掴めるワケはない、少年の顔はどんどん青くなっていく。
「おいそれ以上やると死ぬぞ!」
Junkyさんが声を荒げるも、ナブナさんはお構いなしだ。
少年の手からガクンと力が抜ける、ヤバい、足が竦んで少年を救う行動に出る事が出来ない、そもそも俺にどうにかなるのか──
チラリとこの能力を扱う2人の方を見る、2人の周囲に浮かんだ空気は一定の軌道を描いて回転している、他の異能者に邪魔されないためだろう、現にささくれさんが送りこもうとしたであろうカフェオレ生物が水のような空気に捕らえられてその辺に浮いている。
少女の方と視線がぶつかる、やめてくれと目で訴えるも、彼女は申し訳なさそうに視線を逸らした。
【死にたくない─】
例の文字とは違う声のような何かが頭に響き、キィンと甲高い耳鳴りがした、次の瞬間様々な声が流れ込む、あまりもの音量に俺は耳を塞ぐが、それでも声は聴こえ続けた。
【早く終わって】
祈るような少女の声が流れ込む、ハッとしてウミユリ海底譚の少女の方を見る、よく見ると涙を流しているようだった。
「やめろ……」
口を突いて出た言葉に少女がピクリと反応する、一呼吸置いて、彼女たちを囲っていた空気と少年の頭部に纏わり付いていた空気が一斉に飛沫のように弾けて消え去った。
突然の出来事に慌てるナブナさんに×マークが飛んで行き、額に直撃する。
「少年いじめちゃダメでしょ」
ドサリと倒れるナブナさんを見下ろしてピノキオPが呟き、それと同時に少女も例の空気と同じく霧散してしまった。
「君、本当に何者なんだ」
いつの間にか隣に来ていたささくれさんが真剣な声で言う、右手には例のカフェオレ生物を握っている、さっきあの空気から解放されたのを拾ってきたのだろうか。
ささくれさんはそのままカフェオレ生物を少年の方に放り投げた。
『トゥイー・ボックスの人形劇場』
カフェオレ生物を中心に巨大なおもちゃ箱のようなモノが出現する、少年はそのまま箱の中へと閉じ込められてしまった。
「少々手荒だけど仕方ない」
ささくれさんはそう呟き目を閉じる、箱の中から耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえ、しばらくすると箱はグッタリした少年を残して消え去った。
「何したんですか……!?」
「精神汚染を上書きしたんだ、異能で精神を壊された状態なら僕にでも対処できる」
そう言うと少年の元に歩み寄り隣にしゃがみこんだ。
『ポンコツディストーカー』
今度はあの空間の揺らめきがハッキリとした形を取って浮かび上がる、まるで動物のような形になったそれはゆっくりと少年の元に近寄っていった。
サクサクと何かを齧るような音を立て、その動物は少年の頭の辺りで口をパクつかせる、ぐったりしていた少年の顔に、だんだんと生気が戻ってきた。
「ゴメン、僕先に休むね」
透明な謎の動物が消えるのを見届けたささくれさんは苦しそうに言い、額を押さえながらゆっくりと立ち上がり、扉の向こうへと去っていった。
「アレは異能によって精神に負ったダメージをそっくり無かった事にして健常な状態にする異能なんだけどさ、ダメージを食べてる事になるからその一部を身体の不調として肩代わりしちゃうんだよ」
心配そうにささくれさんを見送るJunkyさんと俺にピノキオPが教えてくれた。
「あの……今の話、俺に関係あったりします……?」
少年が目を覚ましていた、虚ろだった目には光が差していたが、その表情は不穏なままだ。
「君、名前は? ボカロPでしょ?」
ピノキオPが問いかけた、正気を保ってるか試すつもりだろうか。
「Neruです…あの、ここは一体……というか、さっきの話は……」
少年はオドオドしているが、いきなり刀を振り回したりする事はなかった。
「ここは僕らの秘密基地ってところかな、ところで君、さっき僕らと会った事については覚えてない?」
戦ったと言わずに会ったと表現する辺りに、ピノキオPの優しさを感じた。
*****
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!! さつきカレーがいいって言ったでしょ!!!!! カレーじゃなきゃやだ!!!!!!! お断りします!!!!!!」
ハヤシライスを目の前に喚く少女の前で、2人の青年が困っていた。
「ハチくん、なんでリクエスト取っといてパッと見が似てるだけのやつ作ったの……」
「ごめん、ルーが無かったんだ」
「にしても、さっきからこの子の「興味」をズラそうとしてるんだけど何故か出来ないんだ」
「そりゃ大変だね、異能の一種か何か?」
多分ねと言ってメガネの青年がため息をついた。
君が拾ってきた子じゃないか、過度な人助けはいつか我が身を滅ぼすぞと忠告したのに、それを無視したばかりに痛い目見て数ヶ月も経たないうちにこのザマだ。
そんな言葉を飲み込み、青年は諦めて出前を取るべく受話器を手にした。
「ハチくん、ハヤシライス無理して完食しないでいいぞ」
鍋に並々と残ったハヤシライスを見てげんなりするヒーローの中身をやっている男に冗談めかして注意した。
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ナブナ
異能
1-ウミユリ海底憚:固有結界としての異能だが、範囲を極限まで狭める事で結界の空気がより水の性質に近付く。
濃縮版の結界を展開してる場合のみ、少女を中心にしなくても結界が機能し続ける。
sasakure.UK
異能
5-ポンコツディストーカー:異能による精神汚染や精神的ダメージを全回復させる能力。異能がそれを食べる形で処理するため、本人がそのダメージの一部を請け負ってしまう結果になる。
Neru
鏡音リン・レンを使うボカロP、作中の設定としては高校生の少年になっている。
異能
1-ロストワンの号哭:不信感を刃物として生成する能力、不信感が大きいほど刃物の切れ味が良くなり、大きな刃を持つ刃物として作る事ができる。
さつき が てんこもり
アニメやCM、アイドル等にまで楽曲提供をする凄腕のボカロP
異能
1-お断りします:自分が認めたくない事柄をお断りする異能。全力で拒絶すればするほど効果は絶大。
wowaka
思春期の少女を主人公として制作した楽曲が人気のボカロP、バンドのリーダーとしての一面もある。
異能
1-ずれていく:様々な事象や概念をずらす異能、自分が存在する位置をずらせば瞬間移動ができるし他人からの認識をずらせば誰にも気付かれずにそこにいる事ができる便利な異能。
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