虚構
横浜の服飾販売員の苺。毒なんか喰えるか。イチゴが好きなだけ。猫。苺がつけた名前。だって彼も猫も大好きだから。苺は十八歳で猫も十八歳だった。猫は靴屋でバイトしていた。苺が非常階段に座って煙草を吸っていたとき、初めて猫が声をかけた。話しかけないでくれる? と言った苺に猫は、レズビアンなの? と訊いた。デミセクシャルかもしれないリスセクシャルだけれどリスロマンティックかもしれないし。同じフロアのショップで働いていた猫と苺は話すようになり、一緒に食事やクラブに行くようになった。苺と同じショップのカトルちゃんは、もっと前から猫を気に入っていて苺に嫉妬しまくっていた。猫と苺がクラブに行くときはカトルちゃんもついてきた。厚木まで帰らないといけないのにお疲れさま。カトルちゃんも十八歳。バイトの服飾専門生だった。猫が行くクラブ。オーナーのG。出来てるんじゃないの?と苺は思う。それくらい猫は美しい。
苺にとって横浜の実家や両親のことはどうでもよかった。十五歳のときに家出して湘南で男に拾われた。元右翼で土木作業員の三十四歳。男の妻と息子が一緒に住んでいる家で苺も暮らした。男の妻と仲良くなって、いつも一緒に酒を飲んでいた。苺は男の妻をアーちゃんと呼んでいた。男の息子は二歳上の苺のことをバカ女と呼んでいた。スナックで働いていたアーちゃんの代わりに苺が作る夕食を美味いと言って食べてくれた。息子が傷害罪で逮捕されたとき、苺は従姉のふりをしてアーちゃんと面会に行った。二回目の鑑別だったので、息子は少年院に致送された。息子が家族について書いた作文を読んだ教官が、苺ちゃんって誰だ? と訊ねた。息子は、オヤジの愛人だと答えた。海には一度も行けなかった。実家から歩いて通える服屋で働くことにした苺は横浜に帰った。元右翼の男は昇り龍という図柄の墨を入れていた。左腕に昇り龍。胸や腹や背中を通って、右腕に降り龍? 知るか。海も墨もどうでもいい。猫が靴屋を辞めた。連絡が取れない。Gのクラブもなくなっていた。
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