猫と苺

𝚊𝚒𝚗𝚊

真実

 猫と呼ばれている男が組織を裏切り、消えた。猫の目のように、相手が変われば自分を変えて接する性質を皮肉って猫と言われていた男が寝返ろうが、組織の中の誰も不思議に思わなかった。苺と呼ばれている女だけは猫の裏切りを信じなかった。猫と苺は愛し合っていたのだ。苺の名前の由来は毒という漢字から。その漢字の通り、毒と薬物が苺の武器だった。小さい頃から毒と薬物への耐性をつけてきた。その組織は殺人を請け負う集団。全員の共通点は、同じ児童養護施設の出身者だということ。ヘビイチゴはドクイチゴという名前も持っているけれど毒はない。苺はヘビイチゴを食べながら、誰の名前も知らない、と思った。自分のIDに記された名前。それが日本という国に登録されている。猫の名前も知らない。きっと猫も私の名前を知らない。それはただ単に割り振られた記号と同じ。必要がないのだ。苺は猫を猫と呼び、猫は苺を苺と呼んだ。


 聖愛園。ふざけているのか、と思うような名称の施設が彼らの実家。苺は、自分だけが毒キノコにあたらなかったこと、その日から毎日の食事に極少量の毒物を入れられていたことを思い返していた。猫はその性質だけではない、動物の猫のような敏捷性と、身体の柔軟さを持ち合わせていた。永遠トワ。きれいな昇り鯉が入った背中を晒しながら、永遠と呼ばれる男が苺を押し倒していた。

「あまり仲よくしていると、あなたの呼吸は止まるよ」

「試してみる?」

 呼吸が止まるまでの時間があれば永遠も苺を殺せるだろう。


 猫の足取りを掴もうとして永遠に捕まった。鍛え抜かれた永遠の筋力で、衣服の上から体を押さえつけられている苺と。毒が含まれた苺の吐息と、皮膚に直接触れることを避けている永遠は、そのまましばらく身動きをせずにお互いの隙を探っていた。


 なんちゃって。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る