霧にまみれた城下町
エディによると、この想区で使われる石材は、極最近の物でなければ長方形で、正方形を2つくっつけたような形の物がスタンダードなのだそうだ。
石材は全て、南北に長い辺が向くように配置し、それらの石には北を向く方へ丸い穴が空いている。おそらくこの《想区》が出来た当初からある『願いの宝珠』に命を捧げる祭壇でも、その石が使われていた。エディはこの想区で培った経験で、それを見て洞窟の方向が分かったようだ。
洞窟の2つある出入口の一方は真っ直ぐ祭壇に向かっており、もう一方は城下町へと向かっている。洞窟は、本来ならエトワールが冒険の途中で寄る道だったようだ。カオステラーにより歪められたこの《想区》では、避難所と化していたが。
城下町はというと、住民はヴィランから逃げて今現在誰もおらず、静寂に包まれている。
このままだと、この想区は――
「着きました。一応此処、だと思います。僕が目覚めた場所は」
長方形の石で明らかに人工的に舗装された地面。クリーム色の長方形の石を積み上げて作った家が並び、やはり、見通しの悪い視界が続く。
「なぁ坊主」
「? 何、タオ」
「ここら一帯、特に濃い霧の所為か、大ボスに近付いている割に戦闘が少ない気がするぜ」
「そういえばそうだね。この霧、本当に深いし。大丈夫、レイナ? ちゃんと付いて来て・・・・」
エクスはふと、後ろを振り返った。
「・・・・あれ?」
「どうかしましたか、新入りさん」
「・・・・レイナは?」
「姉御なら、ずっと新入りさんの後ろに」
シェインもエクス同様後ろを振り返ると、大して表情を変えずに「あー・・・・」と呟いて、小さく息を吸ってから、小さな溜め息混じりに言い放つ。
「いませんね」
そんな抑揚の無い、しかしハッキリとしたシェインの言葉に、タオがぎょっとして振り返った。
「おいおい、この霧の中でお嬢がついに迷子になっちまったのか?!」
「そ、それまずいじゃないですか! 早く探さないと! あぁでも、この霧で案内役の僕が迷子になったら本末転倒だし・・・・」
「いえいえ、そんな面倒な事は必要無いようですよ」
シェインが指差す方向に人影が見える。
1つだけならまだ良かったのだが、
「――・・・・っ、・・・・っ!!」
その内の1人が、こちらに腕を伸ばして何か言っている。
「―― っ、・・・・す・・・・っ! エクス! タオ! シェイン! 気付きなさいよぉ!」
「あ」
息を切らしながら向かってくるその人影は、青い瞳を潤ませる少女、レイナだった。
全力疾走で駆け寄ってくる。
「あ、じゃ、無いわよ! ちょっと遅れて気が付いたらみんなどんどん先に行っちゃうし! 此処で離れたら大変な事になる事ぐらい気付きなさいよ!!」
レイナの後ろには、もはや見慣れてしまった、炎のように揺らめく光が。
「いえ、そのくらい気付くというか知っていますし。予想以上に体力が無い姉御もそれなりに悪いかと」
「ちょっとー?!」
「と、とにかく、音で援軍が来る前に早く倒さないと! 栞を!」
「チッ、いつもと違うパターンだが、前言撤回だぜ。ここはもう、敵陣の真っ只中って事か!」
此処は霧の中。再び苛つき始めているのか、タオは頭をかきながら栞を取り出した。
「いくよ! レイナはいける?」
「ぜぇ、ぜぇ、わ、分かったわよ・・・・!」
「あわわ・・・・」
イキナリの事でエディは混乱しているようだが、そもそも彼は非戦闘員である。ここは霧にまぎれてもらうのが得策である。
何しろ、敵もこの濃霧の中では動きが鈍くなるのだ。
「エディ! 静かになるまで、何処でも良いから隠れていて!」
「え、あ。うんっ!」
エクスの声に一度肩をビクつかせつつ、エディはハッとなって白い霧の中へと姿を消す。彼はこの想区の出のようだから道に迷う事は無いはずだ。その辺りは心配しなくても大丈夫だろう。
別のヴィラン達と遭遇すればまた話は変わってくるが、その時はその時だ。何事も無い事を祈る。
そうして、この想区で幾度目かの戦闘が開始されたのだった。
「最後の一体! てやぁっ!」
ザンッ、と、空気を切るような音が響くと、目の前で黒とも紫とも言える煙が弾ける。自身に宿していたヒーローの姿を戻し、エクスは胸を撫で下ろした。
見える範囲での脅威は去った。戦闘の所為か気のせいか、濃霧も少し薄くなったようにに思える。敵がいない事を確認し、とはいえヴィランの光は霧の中でも見やすいので、それが無いから安心できたのだ。
「エクス君!」
エディもそれが分かっているようで、戦闘が終わってすぐに駆けつける。エクスは静かになったら、とは言ったが、光の数とその動きで大隊の戦況は読めるのだ。
「よかったぁ。みんな無事、ですね!」
「うん。そっちは何も無かった?」
「はい!」
と、エディとも無事に再会できたわけだが、その一瞬の気の緩みが災いした。
一瞬の内に、何処からかソレは湧き出たのだ。
「・・・・クルルー!」
「きゃあ?!」
「っ! レイナ?!」
エクスは咄嗟に、例なの悲鳴が聞こえた方へと振り向いた。
何と、頭頂部で揺らめく光を手で隠し、奇襲をかけるヴィランが現れたのだ!
「ちょ、何こいつら・・・・えっ、栞、手、とどかな・・・・っ?」
4、5匹のヴィランがレイナを抱え上げ、城とは別の方向へさっさと走り去っていく。
ヴィランは、元はこの《想区》の住民。とはいえ、カオステラーによって『運命の書』を書き換えられ、元となった人物の記憶があるのかどうかは不明。
感情はあるようだが、何を考えているのかも分からない。統率などの意味も理解できないような連中のはずだ。それが息を合わせて何かを運ぶ、攻撃に転じる隙を与えず邪魔する、などという好意をする事が、一行は信じられなかった。
「あ。え、ちょ、レイナぁー?!」
信じがたい光景に目を奪われ、エクスが気付いた時には、レイナを攫ったヴィラン達の光は霧にまぎれて消えてしまいそうになっていた。
当然、残される形になった4人は急いで追いかけ、城とは正反対に近い道を走る。
城へ向かう前の一騒動である。
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