第1話 嘆きの森

「ここは一体どんな想区なのかしら? 随分薄気味悪い森ね…」



島のように点在する《想区》と呼ばれる世界を渡り歩き旅する四人の若者は 想区と想区を分かつ海のように広がる深い沈黙の霧を抜け新たな想区へとたどり着いた


想区にはそれぞれ《ストーリーテラー》と呼ばれる創造主が綴るシナリオがあり、住人は生まれるとき自らの役割が記された《運命の書》が与えられ その筋書きに疑問を抱くこともなく従い生き死んでゆく そして新たな住人が生まれては同じシナリオを永遠となぞり続けるのであった


時に暴走したストーリーテラーは《カオステラー》となり想区を恐怖と混乱に陥れる


旅の行く先を決めるのはカオステラーの気配を感じ取ることのできるレイナという女性


彼女は故郷をカオステラーによって滅ぼされただ一人生き残った王女で、殺された者たちの無念を抱き旅に出たという経緯を持ち、唯一カオステラーによって書き換えられた想区の定めをもとに戻し浄化する力を持つ《調律の巫女》と呼ばれている


一緒に旅をする兄貴分のタオと妹分のシェインはもともと《桃太郎》の想区の住人で、それぞれが持つ《運命の書》が何も記されていない《空白の書》であったために多くの苦労と困難に見舞わされてきたが、同じ《空白の書》を持つもの同士『義兄弟の契り』を交わし 何者にも支配されない世界を求め旅立ちレイナと行動を共にするようになった


最後に加わったのはエクスという《シンデレラ》の想区の住人で彼もまた《空白の書》の持ち主であった



レイナたち一行がたどり着いたのは不気味なほど静かな森の中で、濃く色づいた木々は陽の光を遮り 風すら通さないほど深く根を張り枝を広げていた


「こんなところじゃ情報収集も無理そうですね まずは森を出て人を探しましょう」


少しでも状況を把握できないものかと辺りを見回しながらシェインが言うと、同じく周りを見回しながらタオも口を開いた


「しっかし、これじゃぁ森を抜けるのも一苦労って感じだな…」


どこを見ても木々が生い茂るばかりで道らしい道といえば森の動物が通ってできた獣道くらい、右も左も分からないようなこの地をどう動き出そうかと思い悩むタオの横で何かを見つけたエクスは茂みの奥を指差して声を上げた


「ねぇ、あそこっ!」

「? 何か動いているみたいね…」

「あっ、姉御ひとです!しかも少数ですがヴィランに囲まれています」

「まじかよっ」

「みんな行くわよ!」


四人は急いで駆け寄りそれぞれの《空白の書》にヒーローの力の宿った《導きの栞》を挟み接続コネクトをしてそのヒーローの力を借りヴィランの中へと突っ込んで行く


ヴィランの反応は鈍く動揺しているようにも見えたので、不意打ちが効いたのだと感じ勢いづこうとしたその時、ヴィランの後ろから声がした


「やめてください!此の子たちが何をしたと言うのですか?」


突然のことに驚き 動きを止めた一行の目の前に真っ黒な布切れのようなものを羽織った女性が両腕を横に伸ばしヴィランを庇うように躍り出ると 片方の手で杖を掴み臨戦態勢をとりながら一行を睨み付けていた


「もしかして、あなた方も私を連れて行くために城から遣わされた使者ですか? とうとう国王はこんな若者まで駆り出して…」

「ち、ちょっとあなた何を言っているの? 私たちはあなたを襲おうとしたわけじゃないわ」

「そうです シェインたちは旅をしていてたまたま通りかかったらあなたがヴィランに襲われているように見えたので助けようと思って」


その返答に自分の早とちりだと気付いた黒衣の女は慌てた様子で杖をしまい居直った


「ご、ごめんなさい 私とても失礼な勘違いをしてしまって なんとお詫びを申し上げればいいのか…」

「いいわよ気にしないで 私たちも急に飛び出したわけだし、それよりあなたは何でヴィランを庇ったのかしら?」

「ヴぃらん…? それは此の子たちの名前ですか?」

「あぁ、こいつらは想区を滅茶苦茶にする危険なやつさ だからとっとと倒しちまわないと何しでかすかわかりゃしねぇ」


再び武器を握りなおしたタオの姿を見て黒衣の女は素早く自分の身を盾にしてヴィランを庇い それと同時にエクスもタオを諫めた


「なぜです? 此の子たちは何もしていないのに…悪として生まれたら悪者ですか?」

「おいおい、人の話聞いてたか? こいつらは危険なんだって…」


タオは話が噛み合わないのを感じつつ もう一度同じことを伝えるがその表情は依然として曇ったままであった


「悪として生まれたら それは存在することすら許されないのですか? 誰もが望んだ姿で生まれるわけでもなければ、好きで悪の道を選ぶわけでもないとしても…」


その言葉にシェインは自身の過去と重なり俯いてしまい、その様子に気付いたタオはその場を何とかしようと言葉を探していた


「な、そういう意味じゃねぇーって だけど何でそこまでしてヴィランを庇うんだ?」

「此の子たちは私のせいでこんな傷を負ってしまったのです」


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私は城の兵士たちに終われていました


「さぁ、今日こそ城まで来てもらうぞ!」

「なぜ そうまでして私を連れて行こうというのです?もともと招待すらされていないのですから放っておいてください」

「そうはいくか、国王の命令であるぞ!お前が来なければこの国は滅茶苦茶になるというではないか」

「あなた方は知らないのかもしれませんが 私が行けば城は恐怖と悲しみに包まれることになるのですよ?」

「そんな脅しなど効かぬ!国王はこの国の為を思っていらっしゃるのだ お前の身勝手は多くの者を不幸に陥れるのだと自覚せよ!」

「勝手なのはどちらです そんなに招きたければ招待状を持って来ればよいではないですか」

「それでは意味がないと国王が…」


兵士たちとのやり取りはいつも同じ平行線をたどるばかりで一向に結論に至ることはありませんでしたがそんな私たちの前に突然此の子たちが現れたのです


「クルルルルゥ」

「な、なんだこいつら」

「この女ついにこんな魔物まで呼びやがった」


当然私には心当たりのない出来事でしたがこれは好機と思いすぐにその場を離れることにしました


「仙女が逃げるぞ!早くこいつらを蹴散らして追いかけるぞ」

「しかしこいつら一体何なんだ?」

「なかなか手強いな…」

「くそ、このままでは埒があかない 一度城へ戻り応援を呼ぶぞ」


兵士たちは今まで相手にしてきた賊や獣共とは明らかに違うそれらを相手に苦戦を強いられ 奮闘したもののその場を離れて行きました


私もそれらが何者なのかがどうにも気になり兵士が去った後こっそりここへ戻ってくると傷ついた此の子たちは小さく声を上げていました


初めは得たいの知れない存在に戸惑いましたが此の子たちから襲い掛かってくることはありませんでしたし、私は此の子たちに救われた…いいえ私が巻き込んでしまったのですからせめて手当てだけでもと思ったのです


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「ヴィランが人助け…ですか? 俄に信じがたいですね」

「だけどヴィランがいるってことはこの《想区》が何らかの干渉を受けているのは間違いないわね」

「そういえばレイナ カオステラーの気配はどう?」

「それが…」

「ソーク… 顔?…ステラ??」


突然聞きなれない言葉が連発されシリアスな表情から一変してきょとん顔の女を見て 少し気落ちしかけていたシェインは思わず気が緩み「ふふっ」と吹き出して、自分たちの事を話し始めた


この世界にはいくつもの《想区》と呼ばれる世界があり、それぞれの想区には等しくストーリーテラーの描く《運命の書》を持つ住人が居ること、この想区の筋書きが 異常をきたす存在カオステラーのよって書き換えられようとしていること、その証として現れ始めたヴィランという存在、そして自分たちはそんな想区を《調律》して元に戻すために旅をしているということを


「なんだかよくわからないけれど、大変な旅をなさっているのですね…筋書きが…書き換え……」


女は何か考え込んだような、または理解できない出来事を整理しているような複雑な表情をしていると遠くの方から複数の声が聞こえてきた


「どこにいる!」

「おとなしく出てこい!」

「さっき変な魔物に襲われたのはこの辺りのはずです」


その声に反応し女は一行から距離をとった


「ごめんなさい 私はこれて失礼します」

「え?ちょっと待って」

「そうだよ、追われているなら僕らが力になるよ?」

「彼らは城の兵士 私と居てはあなた方も疑われてしまいます…さようなら」


矢継ぎ早に別れを告げた女は まるで風が通り抜けたかのようにするすると森の中へ消えていった


「おいおい 一人で行っちまって大丈夫か?」


しかしすでに黒衣の女の姿はなく後を追うこともできなくなり行く当てをなくしかけたそのとき


「お前たち こんなところに集まって怪しいヤツめ!皆の者かかれー!」

「おいおい、何で急に襲い掛かってくるんだよ!俺たちは何もしてねぇ~だろうが」


問答無用で襲い掛かってきた兵士の一太刀目をかわすタオ


「ダメですタオ兄 この人たちまるで聞く耳を持っていません」

「とにかく一度応戦しよう 冷静になれば話し合えるかもしれない」


どう釈明しようにもはなから会話をするつもりのない相手にはタオの声は届かず、四人は極力相手を負傷させないように手加減をしながら応戦することにした


一人、また一人と兵士たちはその場にへたり込み ついに最後の一人も地に膝をついた


「くそ、…貴様らは何者だ」

「体は動かなくても口だけは威勢のいいヤローだぜ」

「はぁ、私たちは旅をしていてこの森を抜けられなくて困っていたのよ」


レイナは問答無用で斬りかかってきた失礼な兵士たちに少し腹を立てながらも自分たちの旅の目的を簡単に話したが、到底話しの解らない兵士たちはまず、敵意のない相手にいきなり襲い掛かったことを詫びた


「まずは事情も聞かずにすまなかった」

「ほんとにすまねぇと思ってんのか?」

「だがお前たちの処遇を決めるのは我々ではない、一度城まで来てもらおか」

「あ? とりあえず城で尋問でもしようってのか?」

「貴様 隊長に向かってその無礼な態度慎まぬか!」

「そうだ、もしお前らが何か企んでいればそのまま牢獄へぶちこんでくれるわ!」


奥でへばる兵士たちも口だけで援護を始めた


「んなこと言われて城までついてくヤツがいるかよ」

「じゃぁこの森を一生さまよっているがいい この森の中には城の他にも仙女の小屋はあるが、その正確な場所を知らないお前らでは到底たどり着けまい」


今にも取っ組み合いを始めそうなタオと兵士たちの言い争いは激しさを増していく

エクスも兵士隊長もそれをとめようとするが すでに回りが見えない状況らしく諦めムードが漂いかけたその時


「グルルルルゥ」

「ぅわぁ また出やがった!」

「こいつらか 見たことのない魔物と言うのは」


突然現れたヴィランによって言い争いは一瞬で収束した


「ある意味ナイスタイミングですね」

「ほんと助かったけど…このヴィランたちはやる気満々ってかんじね とにかく今は協力してヴィランを倒すわよ!」


一行が導きの栞の力を使い 目の前に飛び出してきたヴィランと交戦を始めるとそれに続くようにへたり込んでいた兵士たちもその体に鞭を打って応戦した


必死の兵士たちをフォローしながらも襲い来るヴィランを退けた一行は、冷静に話し合いここにいても埒があかないと兵士たちと共に城を目指すことにした




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