第4話 空白の他者
「ううぅ、どうすればいいのだ……妾は」
街の片隅で、マントを被った怪しい人物が唸っていた。
人の少ない道を、行ったり来たり……どこかへ行こうとしては、取って返す。
その様子は誰が見ても不審者である。
「あ、あんなところにいた。雪の女王!」
と、そこに道の向こうから声がかかる。
びくっ、とマントの人物は肩をふるわせ、そちらを見た。
そこに先日会った、エクスとその一行がいる。
「……」
マントの人物は、少しためらってから、マントから顔だけ出した。
それは、声をあげたエクスの言葉の通り……雪の女王である。
女王は、あれから、街に潜み続けているのだった。
それを見て、エクス達はすぐに近づいた。
タオは女王だと確認して、息をついた。
「まだ街にいたとはな。あの遠い城まで歩かなくて良かったのは好都合だが」
「……」
雪の女王は……相変わらずのもじもじとした態度で、逡巡したように返す。
「し、仕方ないであろう。妾だって、目的があってやっているのだから……」
それから、今度は警戒したように、少し距離を取ってエクス達を見た。
「……そもそも、何用だ。妾は、何も悪いことはしていないと言ったであろう。もう、追いかけっこもこりごりだぞ。一人にしてくれ」
「あれは、女王が逃げたからそうなっただけなんだけど……」
エクスが何となく、困った様に答えると……。
そこでタオが、胸を張るように言った。
「そうだぜ。それにだ、そんなそっけない態度をとっていいのか?」
「何? ……」
女王は、タオの言っている意味がわからなくて、一瞬、眉をひそめる。
だが、すぐに気付いた。
タオ達の後ろに、一人の少年がいることに。
「!! ……カカカカ、カイっ!?」
ずさっ! と、雪の女王は盛大に一歩下がる。
そう、そこには雪の女王がずっと会いたがっていたところの、カイがいるのだった。
カイは、しばし、黙った後……。
何と言ったものかと少々迷ったようにしつつも、言った。
「雪の女王……何だか、こうして会うのは不思議な感じだね」
「あ、いや、あの、えへ、わ、妾は……」
女王は、驚きやら、照れやら、よくわからない感情がない交ぜになったか、言葉が上手く出ない。
「どうだ。カイがこうして会いに来たのに、一人にしてくれ何て言っていいのかー? まあ、坊主の発案ではあるんだが」
タオがからかうように言うと、女王は慌てた。
「いや、だって、カイがいるだなんて思わないであろう、普通……!」
涙目になっている女王を見て、エクスは、少し息をついてから言った。
「女王。カイに何か言いたいことが、あるんじゃないの?」
「……!」
それから、女王ははっとした。
次に見下ろしたのは、自分が所持している小さな袋だった。
レイナも、それに気付いたように言った。
「今日は、バレンタインデー。あなた、誰かにチョコを渡したがっていたわよね?」
「そ、それは……そうだが。でも、いいのか、妾が、その……」
「まあ、これに関してはシェイン達がどうこういう話ではありませんから。あなた自身が、勇気を出すしかありませんよ」
シェインが傍から言うと……。
段々と、女王も、落ち着いてくる。
それから、カイに向いて、チョコを差し出したのだった。
「……カイ。妾がやったことが、消えるわけではない。それでも……妾のことを、許して欲しい。その、無理なことだとは、わかっているが……」
女王は震えた声で言う。
その表情は、本当に不安なものを浮かべた……あるいは、乙女そのものの顔か。
すると、カイは、それにそっと手をのばして、受け取った。
「! ……か、カイ、いいのか」
「ありがとう、雪の女王。では、ぼくからもこれを」
続いてカイが差し出したのは、花束だ。
女王は、へっ、と頓狂な顔をした後……目を大きく見開く。
「は、花束……わ、妾に!? いいのか!?」
信じられないというように、女王はカイと花束を見ている。
エクス達についてきていたゲルダは、まだほんの少しだけ、心配そうな面持ちを浮かべてはいた。
「私も、最初はいいのかな、って思ったけど。でも、カイがそうしたいって言ったから。いいと思うよ」
カイは、その言葉に頷いた。
「女王は、見てわかるとおり、もう改心してるみたいだし。反省しているのも、わかったから。だから、よかったら受け取って」
そう言われると、女王はぷるぷると震えながら、花束を受け取った。
そうしてそのうちに何が起きたか実感し始めたのか、大声を上げ始める。
「や、やった……カイから、贈り物を……うひょーーーーーーーーーーーーい!!! やったーーーーーーーーーーーーー!」
「う、うわぁ……女王、やっぱりキャラが……」
「まあ、こちらも余程嬉しかったと言うことでしょう」
例によってエクスが引いていると、シェインがフォローする。
シェインも、未だ雪の女王については、複雑な感情を持っている。
だが、それも、あるいは“運命のせい”だとも言えた。
「女王さんも女王さんで、辛いことはあったのでしょう。……そう考えれば、この決着は悪くないかも知れませんね」
タオはここでやっと大きく息をつく。
「これで、本当に仕事は終わりだな。もうカイをさらおうなんて考えるなよ」
「わかっているとも! もちろん! 会いたくなったら、街に降りてくることにする!」
「……ストーカー行為は控えろよ?」
タオは微妙に不安そうにしつつも、まあいいか、と伸びをする。
――ただ。
これで事件が終わると思っていた四人の思惑通りには……運ばない。
想区に歪みがあるのなら、やはりそれは簡単に消えるものではないのだろう。
直後のこと。
黒い霧のようなものが発生したかと思うと、見慣れた異形が、次々にエクス達の周りに出現し始めていた。
四人は既に、厳しい目つきで、周囲に視線を走らせている。
「おいおい、女王。お前、本当に改心したんだろうな?」
「何度も言ったろう! 妾はもう悪事を働くつもりなどないと……!」
「でも、じゃあ、どうしてヴィランが……」
エクスは空白の書を構えながらも、困惑を隠しきることが出来なかった。
ちらりと女王を見る。
「実際、女王自身が言うとおり、女王にはもうおかしなところはないと思うよ。カイも元気に戻った。本当なら、ヴィランがいる理由はないはずだよ」
「……なら。もしかすれば、元々の考えが間違っていた、ということでしょうか」
シェインも、既にコネクトをしながら、言った。
レイナは、目を細めて何かを考えながら……しかし、まずは戦闘態勢に入った。
「とにかく、撃退するのが先よ。皆、行きましょう!」
そうして、エクス達はまた、ヴィラン達の中に、駆け込んでいく。
*
ヴィランは強くなく、戦闘はすぐに終わった。
だが、エクス達は四人とも、顔に明るいものを浮かべていない。
「いつまで出続けるんだ、こいつらは?」
コネクトを解き、元の姿に戻ったタオは、半ば呆れたように言っていた。
原因がわからなければ、ヴィランはいつまででも出現し続けるかも知れない。
その先に待っているのは、ともすれば……想区の崩壊。
これを放っておくことは出来ない……が、解決の糸口が見えなければ、どうしようもない。
「原因は、カイさんでも女王さんでもなかった、ということなのでしょう。……だからといって、他にヒントはありませんが」
シェインも、無表情ながらに、困惑を滲ませていた。
ただ、レイナは、戦闘中から、何かを考えているようであった。
「……。ねえ、今のヴィランの様子、見た?」
「様子、って?」
エクスに、レイナは思い出すように答える。
「女王の花とか、カイのチョコとか……そんなものを奪おうとしたとき、あったでしょ」
「確かに! 不届きな化け物だ! 妾の大事な花束を奪うとか!」
女王は怒りをあらわにしていた。
そのこと自体は事実で、ヴィランは女王やカイにも手を出そうとしていた様子はあった。
エクスは、頷く。
「言われてみれば、そうだね。何だか……単なる印象だけど、バレンタインそのものが気に入らない、っていう感じにも見えたね」
それに、一番反応したのはシェインだ。
「……新入りさん。それです。もしかしたら、そういうことなのかも知れませんよ」
「そういうことって何だ、シェイン?」
タオがあっけらかんとたずねると、シェインはそちらに向く。
「つまり、バレンタインそのものが、ヴィランを生む原因になっている……そう考えたら、どうですか」
「……そうね」
レイナが、それに頷く。
シェインの言葉は、レイナの中のもやもやを言い当てていたようで……。
レイナは思考が前に進んだというように、言葉を紡いでいく。
「きっと、そうかも知れない。だって、変だとは、思っていたのよ。バレンタインっていうもの、そのものが」
それからレイナは、ゲルダに向いた。
「ゲルダ。確か、バレンタインって言う風習は、元々街にあったものじゃない、って言ってたわよね」
「う、うん。聞いたのは最近よ。お母さんから、そういうイベントがあるって。お母さんは、街の女性の間で噂になってて、それで知ったって言ってたわ」
「……妾も、バレンタインは街で小耳に挟んだのだ」
女王も、言葉を挟んだ。
「それが、どうしても気になるのよ。バレンタインって、そもそも誰が考えたのかしら? ……元々、この想区で生まれたものなのかしら?」
「……姉御、それって」
「ええ。ちょっと、調査する必要があるわ。みんな、街の中心部に戻りましょ」
*
それから、エクス達は街で、バレンタインについての聞き込みをした。
すると、多くの人間が、それほど詳しくないことに気付いた。
女性については、ゲルダや女王程度の知識を持っているものがせいぜいだ。
「……男は、全く聞いたことがないってやつも多かったな」
一通り聞き込みを終えた後、エクス達はゲルダの家の前に集まった。
タオの言葉に、皆も頷く。
エクスが補足するように言った。
「少なくとも、街に根付いているイベントじゃなかったね」
「そうですね。誰が考えたのかもわからない。噂はいつの間にか広がっていた……」
シェインが言えば、レイナは、はぁ、と息を吐く。
「つまり、結局推測通りって考えが正しそうね」
「推測って言うと、つまり……」
エクスに、レイナはええ、と頷いてみせる。
「この想区には、元々“バレンタイン”なんて存在しなかった――」
「……誰かが考えたものでもない。運命の書にはない概念。即ち――どこか、外の想区から持ち込まれたもの、というわけですか」
シェインが見るのは、遙かな遠くだ。
そこには想区の外――沈黙の霧がある。
想区の中にいる――“運命に縛られている”人間が、通常出ることはない場所。
そこを歩ける人間となれば、種類は限られる。
「“他者”の介入によって、バレンタインはこの想区に入り込んだ……要は、こういうことですかね」
「……っていうと、やっぱり、空白の書の持ち主……?」
エクスが言うと、レイナは腰に手をあてる。
「うーん。それはまだわからない、けど。ただ、外から入った異文化が、ストーリーテラーの気に食わなかった、と考えれば、全部のつじつまは合うわね」
「何だって、その誰かさんはわざわざ外の文化をここに持ち込んだんだよ?」
タオの疑問には、レイナは少し、歯がみをしている。
「現状、バレンタインがまったく放置されていると考えると……あまりいい可能性は浮かばないけど」
「つまり?」
「多少の思考の飛躍にはなりますが。……その誰かさんが、意図的に想区に混乱が起こることを期待している、という可能性でしょうか」
シェインが言えば、レイナはゆっくりと頷くしかなかった。
エクスは、半ば信じられないように見回す。
「意図的に混乱って……。だって、下手したら、想区が壊れてしまう可能性だってあるんでしょ? そんなことする人間がいるの?」
だが、そこまで言って、エクスは少し固まる。
そんなことをする人間……それに、心当たりがあるからだった。
レイナは、とっくにその可能性を考えているようだった。
「そんな人間に、心当たりが無いとは言えない。……皆も、そうでしょう?」
その言葉に、反論するものはいなかった。
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