第3話 バレンタイン・デー


「ああ、夜空の星が綺麗だなぁ……。ウフフ……、ホラ、ゲルダも見てごらん、あんなに瞬いて」

「カイ、今は昼だよ」

「っていうかゲルダもいねーから。しっかりしろよな、マジで……」


 その日の昼下がり、カイとエクスは、外でカイの様子を窺っていた。


 あれから、ゲルダとの約束通り、カイには何も話していない。

 エクス達は時々現れるヴィランを倒しながら、バレンタイン当日までの時間を待つ、という過ごし方をしていた。


 バレンタインまでは、まだ日がある。

 というわけで、それまでカイの状態を見ておこう、と思っての二人の行動だったが……。


「カイのやつ、だいぶ参っているな」

「うん、本当に、ゲルダから何も教えてもらってないみたいだからね……。あのままで平気か、心配になるね……」


 エクスは、かなり不安げにカイを見る。


 カイは見ての通り、元気がない。

 というか、もはやそれを通り越して、意識だけがどこかあっちの世界に行っていた。

 顔もやつれていて、見ていて心配になるのは事実だった。


「ゲルダに信頼されてない、って思えちまう事実が耐えらんねーんだろうな」

「それだけ、ゲルダのことが好きなんだろうけどね……。ねえカイ。家に帰って休んだら?」

「え? ハハ、休む必要なんかないって。ぼく、今なら空だって飛べそうな気がするんだ……」

「……これはヤバイな。完全に現実から逃避しちまってる」


 タオはエクスと見合って……ため息をついた。


「とりあえず、一度ゲルダに話をしに言ってみるか?」





 タオとエクスは、家に戻った。

 ちょっとでも、カイが元気になるような何かがあればと思ったのだが……。


 二人の心配をよそに、ゲルダの家はというと、和気藹々としていた。

 台所で、何かを始めているところらしい。


「あっ、もうー、エクスもタオも、今はだめだよ? ちょうど試作しようとしてたところなんだから!」


 ゲルダは楽しげな表情で、ボウルを片手に台所から首を伸ばす。


「試作って、なんのだよ?」

「チョコレートに決まってるでしょう? バレンタインはもうすぐなんだから、今日はちゃんとしたものを一回、作っておきたいの」


 指をぴっと立てて、そんなことを言う。

 一生懸命ながらも、楽しさが抑えられない、そんな表情をするゲルダであった。

 エクスは台所をのぞいてみる。


「何で、僕らはダメなの?」

「チョコを作るのは女の子の仕事でしょ? だからこそ、今からこの家は、男子禁制なのよっ!」

「はあ、男子禁制……」

「そういうわけらしいです」


 と、居間から台所へ歩いて行くのは、シェインである。


「シェイン達は眺めていてもいいらしいので、そうさせてもらうつもりですが。チョコレートを作るところなんて、中々面白そうですしね」

「へえ……」


 そう言われると、エクスにも多少、興味が湧いてくる。

 が、男子禁制と言われてしまっては、無理に入るわけにも行かない。

 次に、家の中でくつろいでいるレイナの方を見た。


「レイナも、チョコ作りを眺めていくの?」

「私? 私は決まってるじゃない」


 レイナは腰に手をあてる。


「だって、チョコ作りには味見役が必要でしょ! 仕方ないから私がやってあげないとね!」

「ああそう……」


 するとレイナは、せっかく帰ってきたばかりのエクスとタオの背を押して、追い返し始めるのだった。


「チョコを好きなだけ食べられる貴重な機会だし……。そういうわけだから、さあ、男子は外に出た出た!」

「わっ、と。わかったよ。……タオ、僕らは、出ようか」


 そうして二人は、また外に取って返すのだった。





「結局、戻って来ちゃったね」


 タオとエクスは、再び花畑の前まで戻ってきた。

 何となく、ひなたぼっこでもするように座ってみるが、それも今まで散々してきたので、退屈ではある。


 一応、カイのことも見ておかなければならないので、ここを離れるわけにも行かず……有り体に言って、やることがなかった。


「この疎外感……こうしてのけものにされてみると、カイの気持ちが何となくわかるな」


 タオも、あくびをしつつも、はぁ、と息をついているのだった。

 カイはというと、路頭に迷ったようにふらふらとその辺りを歩いていた。


「はぁ……自分の家にいても、つまらない……ゲルダと作ったこの花畑だけが……ぼくの安らぎの場所だなぁ……」


 そんなことを言いながら、花畑を周回している。

 エクスは、それをただ眺めるしかない。


「……カイを、あのまんまにしておいて平気かなぁ……」

「いいや。オレは実感した気がするぜ」


 すると、タオはその場で立ち上がっていた。


「あのままじゃカイはダメになる。何か、させないとな」

「……でも、口止めされてるわけだし、出来ることなんて」


 エクスは言うが、カイは何か思いついたことがあるように笑みを浮かべていた。


「ま、それでも、少しは気を紛れさせた方がいいだろ?」


 それに、と、タオは続ける。


「なんつーか、カイは、プレゼントを受け取るわけだ。一方的に、ただもらうばかりってのも、どうかな」

「? どういうこと?」


 エクスが疑問を浮かべると……タオはカイのところへ、すたすたと歩いて行った。


「なあ、カイよ」

「おや、どうしたんですか。お隣のジョニーさん」

「オレはジョニーじゃねえ。しっかりしろ、カイ」


 タオは一瞬とまどいつつも、カイの肩に手を置く。


「カイ。お前にひとつ話がある」

「話?」

「そうだ。ゲルダのことが、気になるんだろ?」


 すると、茫洋としていたカイの目の焦点が、微妙に合ってくる。

 そしてカイはまたはぁ、とため息。


「それは、そうだけど。でも、ゲルダに何を聞いても、ごまかされるし……」

「オレが言ってるのはそういうことじゃねーよ。ゲルダのことが大事なら、ただ聞きたいことを聞き出そうとするんじゃなく、こっちから、何かプレゼントでもしてみたらどうだってことだ」

「え? プレゼント?」

「ちょっとしたもんでいい。普段の感謝を形にする、っていうとあれだが、そういうものを準備してみたらいいんじゃねーか。態度で示すってやつだな」

「普段の感謝を……」

「まー、これは全部ゲルダの受け売りだけどな」

「え?」

「おっと、何でもねーよ」

「タオ……」


 何となく、エクスは意外な思いで、それを聞いていた。

 エクスには思いつかなかったことだからかも知れない。


 おそらく、タオにはカイと同じように、大事な存在があるからだろうか。

 そんなふうに、少しだけエクスは思う。


 カイも、思ってもみなかったこと、というふうに腕を組んでいた。


「プレゼントか……」

「いいものをあげろって言ってるんじゃねーぜ。タイミング的には、まあ、明日くらいに渡せるくらいのもんがいいかもな」

「? どうして?」

「……と、喋りすぎたか。まあ細かいことは気にすんな」


 タオがごまかしていると、カイはそれでも、頷いていた。


「……うん、ぼく、少し考えてみる。良いアイデアだ。ありがとう、タオ」


 タオは、別にいーぜ、と言って話を切り上げていた。


 と、黙って見ていたエクスだが、そこで、ふと思いついたことがあった。

 それは別に、何よりも重要なこと、というわけではない。

 が、何となく、放っておけない存在に対しての、心遣いのようなものであった。


「カイ、もうひとつ、考えてみて欲しいことがあるんだけど――」

「うん、うん――」


 ……と、エクスがカイと相談をして、それが終わった頃のこと。


 ちょうどそこに、シェインやレイナが家から出て、歩いてきた。


「いやあ、中々、興味深い製造工程でしたね」

「そうね……」


 話し合いながら近づいて来る二人にエクスも気付いた。

 こちらも会話を切り上げて、そちらに向く。


「あ、二人とも。えっと、用事はおわったの?」

「ええ、つつがなく完了しました。準備は万端だそうです」


 シェインは、カイに気付かれないように気遣いつつも、そう言った。

 一方、レイナは言葉少なな様子だった。


「お嬢は、さんざ食ったんだろ? どうした、腹いっぱいなのか?」

「……え? ま、まあね。といっても、バケツ一杯分くらいだけど」

「いや、それは充分過ぎるよ……」


 思わず一歩引いてしまうエクスだった。

 ただ、エクスも、レイナが何か変なのは見て取った。


「レイナ、どうしたの? 何か様子が変じゃ……」

「え? い、いや私は別に……って」


 そこで、レイナが不意に言葉を止めた。

 ……その視線は、周囲を巡っている。


 その様子に、タオやエクスも、すぐに表情を変えた。

 それは、倒すべき存在が現れた証拠であったからだ。


「っち、このタイミングでかよ」


 空白の書を構えながら、タオが言う。

 その周囲に現れたのは、平和な野道から出現してきた――ヴィランの集団だ。


『クルルゥ……! クルルゥ……!』


 その異形は、取り囲むようにして、一気に距離を詰めてくる。


「やらせないよ!」


 エクスは即座にコネクトし、戦闘を開始。

 ヴィランに魔力弾を撃ち出し始めた。

 タオも、鎚でヴィランを薙ぎ払っていく。

 固まっているカイに顔を向けた。


「カイ」

「な、なんだい」

「ヴィランも、そうやって落ち込むのも、もう少しの辛抱だぜ。あとちょっとだけ、我慢しろよ!」


 そう言って、いっそう力強く、鎚を振るうのだった。





 そして、日は変わり――

 とうとう、街はバレンタイン当日を迎えた。


 といっても、街自体には、目に見える変化は無い。

 エクス達は、何かのお祭りのようにでもなるのかと思っていた部分もあったが……街はいたって、これまでと変わらぬ様子だ。


 だが、エクス達やゲルダには、待ちに待った日でもある。

 爽やかな晴れ空のもと――エクスとタオは、花畑の前で待機していた。

 勿論、カイを連れて。


 カイは不思議そうな顔をしていた。


「二人とも、ぼくをここで待たせて、何するの?」

「まあ、待ってろよ。そうやって暗い顔するのも、これで終わりだぜ」


 言って、タオとエクスはカイから少し離れた。

 エクスは息をつく。


「やっとこの日が来たね。長かったような、短かったような……」

「ま、無事に迎えられてよかったな」


 タオの言葉通り、ここまでに、大きなトラブルはなかった。

 ヴィランが出現することはあっても、それはエクス達の敵ではなかった。

 この当日まで、ゲルダも楽しみにしていた様子で……万端の状態で、今朝を迎えることが出来ていた。


 そして、花畑の前で、カイが所在なげにしているところで……。

 家の扉が開く。


 まず出てきたのはシェインとレイナだ。

 離れたところにタオとエクスの姿を認めて、合図する。


『どう?』と口の形だけで言ったエクスに、シェインが『ばっちりです』とこちらも口の形だけで返す。


 そうして、女子二人も少し距離を置いたところで……最後に、ゲルダが出てきた。


 ゲルダはまっすぐカイのもとへ歩き、近くに立った。


「ゲルダ……」


 何日かぶりに、すぐ近くでその姿を見たのか、カイは何となく、どうしたらいいのかと迷っている様子だ。

 そんなカイへ、ゲルダは綺麗にラッピングされたチョコレートを差し出した。


「カイ。今まで内緒にしてごめんね」

「え? これは……」

「今日のために、隠しておきたかったの。今日は、バレンタインデー。大事な想い人に、チョコレートをプレゼントする日なんだって」

「プレゼント……」

「いつも、ありがとう。私の気持ち、受け取ってくれる?」

「……ゲルダ……!」


 カイは、事情を段々察してきたのか、目に涙を浮かべてゲルダを見つめた。

 それから何となく情けない表情をして固まっているので、見かねて、エクス達は近づいた。


「ゲルダはこの日のために、チョコレートの練習をずっとしていたんだよ」

「これを……ぼくに、渡すために……?」


 カイの言葉に、うん、とゲルダは頷いた。


「チョコレートなんて、ちゃんと作れなかったから。それに、びっくりさせたかったの」


 ゲルダはちょっとだけ恥ずかしそうにした。

 それから改めて言う。


「もらってくれる?」

「……うん! もちろんだよ! こ、これを、ゲルダがぼくのために……」


 カイは、おそるおそるといった手つきでチョコを受け取る。

 この数日、ゲルダへの恋しさがねじ曲がった方向に行ってしまったのか、かなり挙動不審でもあった。


 が、そのチョコレートに、確かな愛情を感じ取ったのだろう。

 みるみるうちに、カイの顔には生気が漲ってきていた。


「ゲルダがぼくのために……ぼくのために……ひゃっっっほーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 そうして、声を張り上げて野原を駆け回るカイだった。

 タオはちょっとだけ引いていた。


「カイが壊れた……」

「ゲルダがぼくにプレゼントをーーーーーーーーー! チョコをくれたよーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!! うっほほーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!」

「ま、まあ、それだけ嬉しいってことなんだよ。多分……」


 エクスも何とかフォローする……微妙な表情でカイを見つつも。


 そして、ひとしきり、カイが駆け回り終わるまで放っておいた後……。

 タオはようやく、というように息をついた。


「まあ、これで一件落着だな。……お? シェイン、どうした?」


 と、そこでタオは、近くでシェインが何か言いたげな、そうでないような態度をとっているのに気付いた。

 シェインがそんな様子になるのは珍しいので、すぐに目についたのだ。


「……いえ、でもそうですね、言いたいことがあります」


 シェインはちょっとだけためらっていた。

 だが、すぐに持ち前の素直さを表に出したように、何かを後ろから取り出した。


「あれ? それって……チョコレート?」


 エクスが意外そうに声を出すと、シェインは頷く。

 それは、ゲルダが作ったものとはまた別の、チョコレートであった。


「……実は、シェインも、用意してきました。タオ兄に。大事な、兄貴分ですからね。……もらってくれますよね」


 そういうシェインは、ほんの少し照れているようでもあった。

 また、かすかにだけ、不安げな表情でもあったが……タオは、それをすぐに受け取った。


「おお! もちろんだぜ! まさかシェインがオレにチョコをくれるとはな!」

「……嬉しいですか?」

「当たり前だろ! ありがとな! ……お、うめーな!」


 タオは、豪快に取り出して、すぐにバリバリと食べていた。

 その様子に、エクス達は一瞬驚いていたが……シェインは、安堵したような、微笑ましいような、そんな表情で眺めていた。


「……よかったです」

「タオも、よかったね」


 エクスは、正直に祝福したい気持ちを滲ませて、言った。

 なので、しばらくレイナが隣でもぞもぞしているのに気付かなかった。


「……? レイナ?」

「……そわそわ。そわそわ」

「何だか明らかにそわそわしてるけど……。どうしたのさ?」


 レイナはその言葉に、いえ、と言いつつ、しかしそわそわは止まず……。

 そのうちにぼそぼそとしゃべり出した。


「いや、実は、その、私も……」

「? 何?」

「だ、だから! 私も作ったって言ったの! は、はいっ!」


 ボリューム調整を間違えたような声を出したレイナは……そのまま取り出したものをエクスに押しつけた。

 それはまごう事なきチョコレートである。


「……え? 僕に?」

「そうよ! 他に誰がいるのよ!」

「ご、ごめん。でもどうして?」


 エクスは頭に疑問符を浮かべて、正直に言った。

 一方、それを見ていたタオは、にやついている。


「ほー。お嬢が坊主にチョコレートを。ほー。そりゃあ、理由は決まってるんじゃねーの? なあお嬢? ん?」

「何よその口調は! ええい、からかうな!」

「がふっ」


 レイナは顔を赤らめてタオを蹴りつける。


「そういうんじゃないわよ! 別に、特別な意味はないの! 練習の時に、ゲルダが勧めてくるから、仕方なく……!」





 それはあの日、ゲルダがチョコレートを試作するために、タオとエクスを追いだしたあとのことである。


 ゲルダ自身のチョコレートは、割と早く、上々のものが出来ていた。


『なるほど。チョコはこうやって作るのですね』

『うん。おいしーい! いくらでも食べられるわ!』


 シェインは興味深げに、レイナはチョコレートの余りをぱくつきながら、過ごしていた。

 そこでゲルダが言ったのだ。


『ねえ二人とも。せっかくだから、二人も作ってみたらどう?』

『え?』

『は?』


 最初、二人は当然の如く、頓狂な反応を示した。


『シェイン達が、チョコレートを作るんですか?』

『バレンタインデーって、好きな人にあげるんでしょ?』


 それに対して、ゲルダは明るい顔で返した。


『大事に思ってる人にあげるんだよ。シェインちゃんはタオのこと、大事でしょ?』

『まあ、それはそうですが』

『じゃあ作ればいいじゃん』

『……そう、ですかね……?』

『私はあげる人なんて、別に……』


 レイナは、最初、あくまでそう言っていた。

 ただ、それにもゲルダは言葉を返した。


『エクスがいるじゃん』

『いや、……それは……』

『普段は言えない気持ち、形にしてみたら?』

『べ、別に、普段は言えない気持ちとか、そんなのは……』

『いいから、ほらほら! 二人とも、準備準備!』

『わ! ……仕方ないですね』

『え、わ、私も本当に作るの?』


 そうして二人は、ゲルダに作り方を再度教わり……チョコレートを形にしていくのだった。





「だから、これはあれなのよ。義理! 義理であげるんだからね!」


 レイナは、言い訳するように、チョコレートをエクスに握らせていた。

 なるほどな、と、皆は一瞬納得しかける。


 が、それに気付いたのは、正気を取り戻したカイであった。


「でも、そのチョコレートのラッピング、すごく丁寧で綺麗だね。ゲルダが作ったものに負けないくらい」

「……」


 確かにそれは、かなりの時間をかけたことが窺える、見るからに愛情の篭もったものだった。

 シェインは頷く。


「ゲルダちゃんに教わって、一生懸命やっていましたからね。涙ぐましいほどに」

「ちょっとシェインまで! これはあれよ……そう、どうせやるなら、ちゃんとしたかっただけよ! 私って完璧主義だし」

「なるほど。まあそういうことにしておきましょうか」


 と、シェインも、そこで折れることにして、終わりにした。

 エクスは、大事そうに、チョコレートを手にしていた。


「レイナ、ありがとう。すごく嬉しいよ」

「……う、うん」


 そうすると、レイナも素直になって頷くのだった。

 タオはよし、とひとつ頷く。


「これで終わり、と言いたいところだが。カイ」

「あ、うん! そうだ」


 と、タオの合図で、カイが自分の家に入っていった。


 今度は女子陣が怪訝な顔になったところで……カイは戻ってくる。

 その手に持っているのは、美しい花束であった。


「ゲルダ」


 そう言って、カイはゲルダに花束を差し出した。


「お返し、ってわけじゃないけど」

「カイ……これ」


 驚くゲルダに、カイは言った。


「実は、タオに、何かあげたら、って言ってもらって準備したんだ。ぼくからは、今はこれくらいしか、あげられるものはないけど」

「カイ……すごい、綺麗な花束」

「ぼくが一人で育てている分の花で、作ったんだ。……僕の方こそ、いつもありがとう。受け取ってくれるかな」

「……うん、私、すごく嬉しい! カイ、本当にありがとう! ありがとう……」


 ゲルダは、花束を手にしながら、少し、涙をにじませていた。


 ゲルダにしても、カイに隠し事をしているのは心苦しい部分があったかも知れない。

 でも、二人の心は通じ合っていた。

 それがきっと、わかったのだろう。


 レイナは感心したような顔をしていた。


「へー。タオもオシャレなことするじゃない」

「オレは、カイがマジで死にそうだったからどうにかしようと思っただけだぜ。それにな……カイ、ちょっとこい!」

「え? うわっ!」


 カイは、タオに引っぱられて、カイの家に消えた。

 ついでにエクスも引っぱられて、一緒にいなくなる。


 女子陣がまた顔を見合わせていると、すぐに三人は家から出てきた。

 なんと、タオとエクスは、それぞれに花束を持ちながらである。


「はぁはぁ……よし、オレ達も、お返しってな。どうだシェイン!」

「シェイン達にも、花束を?」

「ああ、受け取るがいいさ!」


 シェインは、驚いたように、花束を受け取る。

 しばし、花とタオを交互に見ていた。


「本当に、タオ兄にしては気が利きすぎていますね。あらかじめ準備してあったんですか?」

「いや、たった今大急ぎで作ったのさ。オレ達だけお返しなしじゃ、かっこわりーだろ?」


 タオは誇らしげに胸を張った。

 手伝わされたカイは、先ほど走り回ったのも効いてきたのか、ぜーはーと突っ伏している。


「なんだか、それを言ったら意味がない気もしますが……でも、ありがとうございます」


 そう言って、シェインは少し、花束を抱きしめていた。

 エクスも、花束を、レイナに渡す。


「えっと。僕らのは急造だけど。受け取ってもらえるかな……」

「もちろんよ。嬉しいわ、ありがとう」


 レイナは、受け取る方となると、素直に感謝を浮かべて、受け取った。


 皆が、気持ちを贈り、気持ちを受け取った。

 そこにあるのはおそらく、幸福感か。

 けれど、それでもまだ終わりでないというように、エクスが言った。


「そう言えば、まだ最後の用事が残ってたんだ。カイ、みんな、ちょっとだけ付き合ってくれるかな」

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