第5話 カジョス(牛もつ煮込み)
当時、私が勤めていたレストランで働くスタッフは、ほとんどが外国人であった。メトレと呼ばれるホールの責任者は、地元のカタル-ニャ人であったけれども、給仕も厨房もほとんどが中南米やフィリピンからの移民であった。もちろん日本人もいたけれど、日本人は板前経験の有る無しにかかわらず、もっぱら寿司カウンタ-に立つように言われていた。(その後は中国人の寿司職人も増えていった)これは、寿司カウンタ-に日本人がいないと日本食レストランとして雰囲気が出ない、というオ-ナ-の考えに基づいていたのである。
「近藤君。これは労働許可証申請書のコピ-だ。これさえ持っていれば、警察に止められても強制送還されたりしないから安心して仕事をしてくれたまえ」
日本料理の調理師として経験があったからかもしれないが、私はオ-ナ-に可愛がられた。そのせいか、他の外国人スタッフから妬みともやっかみとも取れる視線を痛いほど感じた。彼らは皆、その労働許可をオーナ-に申請してもらうまでに一年以上辛抱させられていたのである。そんな嫉妬もあったけれど、ともかく私は大手を振ってこのスペインで仕事をしてもよい身分になれたことに胸をなでおろした。これで、いつ警察の手入れがあっても、不法就労で強制出国させられる心配はなくなった、と思うと随分気が楽になったのである。
寿司カウンターに座りたがる客は、日本食ファンの常連客が多い。そのほとんどが地元の人である。当時はまだ、日本料理と中華料理の区別のつかない人が多かったけれども、ここの客層はずいぶんと日本料理になじんでいる様子であった。
レストランのメニュ-で一番の人気は、やはり寿司である。握りで人気のネタは、マグロ、鮭、うなぎ、うに、いくら、海老、といった味の濃い高価なもので、反対に酸っぱい光り物や、甘い卵焼き、硬いイカやタコなどはあまり一般受けしないので、リクエストがない限り、寿司の盛り合わせには入れないようにとオーナ-から指示されていた。
***
カウンタ-に座る常連客の一人に、寿司以外のしかも上ネタしか注文しないスペイン人のおじさんがいた。名前はフェルナンドだったか、ラファエルだったかそんな様な名前であった記憶はあるけれど、あだ名しか覚えていない。その人は、スタッフの間でジャグア-さんと呼ばれていた。何の商売をしている人かは知らないが、お金持ちであることは間違いないようであった。なぜかというと、ジャグワーというメーカーの車を何台も持っていたからである。
中でも希少価値が増していくヴィンテ-ジ・ジャグワ-を買い集めることが生きがいらしく、店に来るたびに年式の古いジャグワ-に乗って来てはオーナーに自慢していた。彼の車がどんどん旧式のジャグワ-に変わっていくのに反比例するかのように、彼が連れて来るセニョリ-タはどんどん若い娘に変わっていった。
寿司の食い方には各人それぞれに思い入れや流儀がある。注文する寿司ネタの順序とか、醤油のつけ方などという一通りの目安はあるけど、必ずしも従わなくてはいけないというほど厳しい物ではない。しかし、下記の5点は、私がスペインで寿司を握るようになってから感じた、できれば客にしないで欲しいと思った食べ方である。
① シャリが崩れるほど醤油をびちゃびちゃつける
② 醤油に飽和状態になるほどわさびを溶く。それでもわさびが足りない場合は、ねたの上にわさびのかたまりを載せる
③ 握り寿司をナイフで半分に切り分け、寿司桶や寿司下駄などの木製品を傷つける
④ 塗り箸を鼻に入れたり、もしくはカンザシのように髪にさしたりする。また、皿やコップを打楽器のように叩いたり、刀のように振りまわしてちゃんばらをする
⑤ 石鹸のような味がするガリなんかいらないから、その代わりにウニかイクラをくれ、などと無茶な交換条件を持ち出す
こんな食べ方をするジャグワ-さんは、私にとってよく言えば自由奔放、悪く言えば粗野で野暮の見本であった。「にぎり寿司は手でとり、少し傾けてシャリにではなく、ネタに軽く醤油をつける」という食べ方が寿司の一つの作法ならば、ジャグワーさんの食べ方も対極の作法かもしれない。
中でも一番嫌だったのが、ガリの代わりにウニをくれなどということを言われることであった。私がニヤニヤと笑ってごまかしていると、「この分量のがりの仕入れ値はいくらだ?」などとしつこい。仕方なく大体の値段を言うと、「じゃあ、がりを返すから、ウニを何グラムかイクラを何粒かくれ、などと実にせこいことを恥ずかしげもなく言ってくるのである。
その上ジャグワーさんは、寿司を食うたびに椅子から立ち上がる。ナイフとフォークを使って一カンの寿司を持ち上げ、醤油に満たされた呑口の中に静かに沈めていく。そして、さらにその上から醤油をかける。醤油にはすでに多量のわさびが溶かれていて、気味の悪い緑色をしている。
シャリも寿司ネタもわさび醤油をすっかっりを吸い込んだ頃を見計らい、ジャグワーさんは左手で呑口を持ち上げる。(ウニの季節ならウニの握り、トロもウニもない時は、うなぎの握りから始められる)。この時、握り寿司が震えているように見えるのは、ジャグワーさんの片手に持たれたフォークで突っつかれたり、転がされたりしてしまうからである。フォークは、シャリの下になかなかもぐりこんでくれないのだ。
「日本人はお寿司を手づかみで食べるんですよ」
それとなく、ジャグワーさんに手で寿司を食べること進めてみたこともある。というのも、すくいにくいフォークを使って寿司との格闘が長引けば長引くほど、醤油を吸ったシャリは崩れてしまうし、それでも無理やり持ち上げようとすると、口に到達する前に醤油のプールに落下してシャツやネクタイに点々とシミを作ってしまうからである。(私は最初、このシャツに飛び散る醤油のしみこそが「ジャグワ-さん」というあだ名の由来だと思っていた)。そのたびに、こちらは耳障りなののしり言葉を聞かされることになる。その上、染み抜きスプレーやふきんを用意させられるなど、余計な仕事も増えてしまうのである。
それでもジャグワーさんは、決してフォークを手放そうとはしなかった。さすがは石頭のアラゴン地方出身だけあって、頑固であった。土砂崩れの原因はフォークにあるのではなく、しまりのない握り方をされたシャリにあるのだからもっと思い切り硬く握ってくれれば良い、と言って譲らないのであった。
「君、うちで働かないか?」
溶け切れなかったわさびと米粒の浮いた呑口の醤油をくいっと飲み干して、(これが彼の”あがり”の代わりである)ジャグワーさんが言った。
「実は、俺も日本食レストランを始めるつもりなんだ。ここの社長には内緒だぞ」
給料は今の倍払ってくれるという。すでにジャグワーさんに打診をされた同僚は皆快諾したらしい。私は、嬉しいけれども今この店を辞めることはできない、と断った。オーナーに労働許可を申請してもらっている身の上である。いくら給料を倍貰えたとしても、再び不法労働に逆戻りしたくなかった。
「お前はだまされている」
ジャグワーさんは鼻で笑った。
「労働許可申請の控えを見せてみろ」
私がその控えを見せると、そら見たことか!と得意満面であった。
「ここの社長は、いつもこうやってお前達をだましているんだ。見てみろよ、この控えの一体どこに労働省の受領印が押してある?これは申請書にお前の名前やら住所やらを書いただけの、しかもコピーだ。法的には何の効力も無いよ」
その話を聞いたときは、にわかに信じられなかったけれども、後で同僚に確認した時は、頭に金づちで打たれたほどの衝撃を受けた。
「外国にいる日本人同士、助け合わないとね」
ここの社長は、そうやって何も知らない日本人スタッフを安心させ、何年もの間不法で働かせている。そのあいだ社会保障を納めなくていいから、多少高い給料を払っても節約できるのだ。とジャグワーさんは教えてくれた。
「しばらく考えさせてください」
私は即答を避けた。話が良すぎる。それに、私はどうもジャグワーさんという人間を好きになれなかった。
ジャグワーさんが箸でちゃんばらをする女性と一緒に来た時の事である。その日は店が込んでいて、ジャグワーさんの注文を握り始めるまで時間がかかりそうであった。私はサービスの人に、仕込んでおいた牛もつの煮込みを突き出しとして出すよう頼んだ。ところが、小鉢を覗いたジャグワーさんから露骨に嫌な顔をされて呼び出された。
「おい、キタオ。何だ、これは?」
「日本風の味噌味カジョス(もつ煮込み)です」
「カジョスだと?そんな貧乏人の食い物を俺に食わす気か?」
ジャグワーさんは、店中の人にカジョスばかり食べさせられた自分の幼少期のエピソ-ドを話し始めた。笑いを誘う為に大げさな脚色をしているであろうことは私にも想像できたが、私は笑えなかった。「こんなもの」を出す料理人として、恥をかかされてしまった気分であった。
その話をカルメンにしたら、鼻息を荒くしながら同意してくれた。
「私、あの成金のおっさん大嫌い!」
カルメンは、スタッフで唯一ジャグワーさんから引き抜きの誘いをかけられていなかった。後日、私はジャグワーさんの申し出を丁寧にしかしきっぱりと断った。
***
ジャグワ-さんの店が開店して数日後、私が働く店に警察の手入れがあった。不法滞在者が働いている、という通報を受けて2人の警官が店に入ってきた時、オーナーが顔色を変えて私のところにやって来た。その時、私は運良く冷凍庫にイクラを取りに来ていたので、寿司カウンターに来た警官には見つからなかったのである。
「近藤君、警察の手入れだ。早くこっちへ隠れて!」
「でも、僕は不法労働者じゃないですよね?」
「いいから!」
オーナーは有無を言わさず、私を突き飛ばすように冷凍庫の奥に押し込んだ。その時になって初めて、積み重ねられたダンボールの後ろで凍った壁にへばりつけば、冷凍庫の扉を開けられても簡単には見つからない、といつかオーナーに冗談まじりに言われた事を思い出した。
警官達はなかなか帰らなかったのか、私が冷凍庫に隠れていることは忘れられてしまったのか、ずいぶんと長い時間が経ったように思われた。零下25度の暗闇の中で吸う息に鼻毛を凍らせながら、私はいつか日本のテレビドキュメンタリーで見た国後島だったか樺太島だったかの映像を思い出した。
暖房機の不足するその島に、日本から大量の石油ストーブが送られたけれども、燃料不足のために島民達は相変らず寒さに震えている、というエピソードであった。「イクラ」という単語はロシア語である、と聞いたことがある。この冷凍庫にあるイクラはアラスカ産であったせいか、パッケージのどこにも「イクラ」とは書かれていなかった。
突然扉が開いた。私は冷え切った体を凍った壁にへばりつかせた。明かりは点かなかった。
「キタオ?」
カルメンであった。
「やあ!」
にっこりと笑って出迎えると、いきなり抱きつかれた。ものすごい力であった。
「可愛そうなキタオ!あなたにこれ以上、こんな惨めなマネはさせないわ!」
「でも、仕方がないよ。労働許可をもらうまで、我慢しなくちゃ」
「どうして仕方がないなんて諦めちゃうの?スペインでは「待ったまま死んでしまった」っていう諺があるのよ」
「そんな事言われたって、他に方法が無いよ」
「あなたって、どこまでも鈍い人ね!私と結婚すればいいじゃない!」
「あぁ、そうか!」
「アーソウカ、じゃないわよ!」
カルメンは、さらに体を締め付けた。
「Te quiero, Kitao」(愛してるわ、キタオ)
「Yo, también」(僕もさ)
「¿Tú también qué?」(僕も、何?)
「Yo también te quiero」(僕も愛してる)
「¡Ahora sí! Habla más claro, Kitao 」(そう!もっとはっきり言いなさい、キタオ)
カルメンに愛のささやき方を注意されながら、私達はいつまでも冷凍庫の中で抱き合った。警官たちは、いつまでも立ち去らないのか、寿司の注文も入らないのか、私達を呼びに来る者は誰もいなかった。
***
ジャグワーさんの店は、街の中心であるカタルーニャ広場に近い一等地に華々しく開店したが、一年も持たなかった。おまけにスタッフには「いよいよ来月から君たちの給料を上げよう」と約束しておいて、給料を未払いのまま夜逃げしてしまったのである。
ジャグワーさんの店がこのような結末を迎えたことは、カルメンに言わせると「最初から分かっていた」らしい。悪事を働く人は必ず報いを受けるのだ、という自説をカルメンは鼻息荒く語っていた。私たちが自分達の店を持つ、という目標を共有するようになったのは、その時からであった。
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