2:メリークリスマス!

 世間もどこかそわそわと浮き立つ十二月。すっかり寒くなって、吐き出す息は白い。

 いつもならクリスマスも正月も我が家にはたいして意味あるイベントではない。なんでって、あたし一人だからさ。クリスマスは友だちに誘われれば遊びに行くこともあるけど、大学生になってからは恋人と過ごす子のほうが多くなった。そりゃそうだ。

「……今年はホールケーキ買ってもいいかなぁ」

 駅前を歩きながらそんなことを思う。なぜなら今年はおひとりさまじゃないから。翠くんがいる。

 小さめのホールケーキなら食べられるだろう。なんならクリスマスっぽいごちそうを作ってもいい。あれ、あたしもちょっと浮かれてるな。でもほら、クリスマスだし。いいよね? だって街中もすっかりクリスマスモードだもん。

ああそうだ、クリスマスプレゼントどうしようかな。といってもまだ付き合い始めたばかりだし、気合いいれすぎるのもどうよって話だよね……。む、意外に難しい。

 食べ物の好みについてはもう完璧に把握しているけど、それ以外はやはりまだまだ知らないところが多い。けっこう良いものを大切に使っているって感じはある。こうやってプレゼントをどうするか悩むのもまた楽しみのひとつだよね。

 いつもより少し手の込んだごはんを作るのもいいなぁ。久々にクリスマスが楽しみだ。



「翠くんって甘いもの平気だよね?」

 帰ってきた翠くんに確認もかねて問いかける。たまに食べたくてコンビニスイーツとか買ったときに翠くんも食べているから、けっこう好きなんだと思うけど、念のため。

「どうしたの突然。わりと好きだけど」

 きょとん、とした顔で翠くんはマフラーを外していた。あー首元寒そう。

「クリスマスケーキ、いつも買わないんだけど今年は翠くんがいるから予約しようかなって。チョコのといちごのどっちがいい?」

 ケーキ屋さんなんかはもう予約を締め切ってるところも多いけど、コンビニならまだ予約を受け付けていた。持ってきたチラシを見せながら問いかける。

「いちごの」

「わかった! じゃあ予約しておくね」

 一番小さいやつでよかろう。ごはんはどうしようかな。照り焼きチキンとか? ローストビーフとか? それっぽいのを作ろう。

「……あきは、友達と遊んだりしないの?」

「え、しないけど。翠くん予定あった?」

 そりゃ彼氏のいない寂しい者同士で騒ごうぜって話は今年もあったけど、あたしは寂しくないし。いるし彼氏。友達には言ってないけど。

「ないよ。彼女より優先する用事なんてないでしょ」

「うぐ」

 高校生のくせになんでまたそういうことをさらっと言えちゃうのかな!

「……それを言ったらあたしだって彼氏より優先する用事なんてないし」

 もしかして、彼氏そっちのけで友達と楽しく遊んでくるような人間だと思われてる? いやいや、恋愛に関してそこそこドライかもしれないけど、でも優先順位はわかっているし、なにより。

「……翠くんとクリスマス、たのしみなんだけど」

 そこを疑われるのは不本意なんですけど、と不満気に翠くんを見ると、翠くんは天井を仰ぎながら顔を手で覆っていた。あーもー、という唸り声がする。

「あきはのそれって計算? 無自覚? 無自覚なの?」

「……なんのお話でしょうか」

「はー……無自覚かー」

 今度はがっくりと項垂れている翠くん。なんだっていうんですか。

むす、と不機嫌を示していると、翠くんは苦笑した。

「用事を聞いたのは別に蔑ろにされてんのかなーとか考えたわけじゃなくて、ただの確認だから深く気にしなくていいよ」

 伸びてきた翠くんの指先が、ふくれっ面になったあたしの頬をむにっとつまむ。

 ……そういえば何も考えず家で過ごすつもりだったけど、世間一般の彼氏と彼女はもうちょっとムーディーにデートするものじゃない?

「……クリスマスっぽく、どこかに出かける?」

「うん? 俺は家でのんびりするほうがいいけど。あきはのごはん食べたいし」

 出かけたい? と首を傾げられて、あたしは首を横に振る。家でごはんなら、せっかくだし気合いを入れて美味しいもの作りたいし。そうなると時間かかるし。

 おうちでクリスマスって、すごく、久しぶりだし。

「翠くん、何が食べたい?」

「あきは」

「却下」

 おっさんか。即答すると翠くんも冗談だったんだろう、くすくすと笑っている。

「んじゃあ肉」

「……翠くん、もう少し具体的な料理名は出てこないもんなのかね」

 いつも思うけど、リクエスト聞いて返ってくるのが「肉」ってさぁ……。

「俺だとハンバーグとか唐揚げとかそんなんしか浮かばないし」

「……まぁそうだね……」

 ああでも、じっくり味付けした唐揚げっていうのもいいな。でも鶏肉ならクリスマスっぽくトマト煮もいいかもしれない。

 くすくす、と少し大人びた顔で翠くんは笑う。その顔にあたしはたいそう浮かれていたのだと気づかされた。だってほら、翠くんったらはしゃいでいる子どもを微笑ましそうに見つめる大人とおんなじ顔していたんだもの。

 ……なんか悔しいから明日の晩御飯は魚にしてやる。





 恋人同士も家族でも盛り上がるクリスマスイブ。腕によりをかけて作ったご馳走がテーブルの上に並んでいる。

「わー……すげ」

 ケーキを取りに行った翠くんが驚いたように目を丸くしていた。ふふん、あきはさんが本気を出せばこんなもんですよ!

「ご飯の前に、先にプレゼント渡しちゃうね」

 あたしが悩んで選んだのは手袋だった。だって翠くんの防寒はマフラーだけなんだもん。寒そうで。

 時計とかいろいろ考えたけど、付き合い始めたばかりでそれって重いかなって思うし。手編みとかさすがに出来ないし、それこそかなり重いし買ったものですけどね。

 はい、と綺麗にラッピングされたプレゼントを渡すと、翠くんはふんわりと笑いながら「あけていい?」と首を傾げる。くそ、かわいいな。もちろんあけてみてくれよ。

「手袋だ」

「だって翠くん寒そうなんだもん」

 早速手袋をつけながら、その手でぼふりとあたしの両頬を包む。うん、あったかいですね。

「ありがと」

「……どーいたしまして」

 今日の翠くんはひときわ眩しいぞー。あきはさん直視できないぞー。クリスマス効果かな?

「じゃあこれは俺からね」

 はい、と手のひらの上に置かれたのは小さな箱だ。大きさからしてアクセサリーだとわかる。

「……あけていい?」

「もちろん」

 高校生でアクセサリーを買ってくるとは……やはり侮れないな、翠くん……。うわーそわそわする。

 小さな箱の中にはハートをモチーフにしたネックレスがあった。シンプルな作りで使いやすそう。さすがというべきかセンスある。

「わーかわいい……! ありがとう翠くん」

「気に入ってくれてよかった。指輪はさすがに早いかなと思って」

 ソウデスネ、確かに付き合い始めたばかりなのに指輪はちょっとヘビーですね……。

 だから、と翠くんは笑う。うん? あれ、さっきまでのかわいい笑顔はどこへいった? なんかちょっと黒い笑みだぞ??

「首輪にしておこうと思って」

「…………首輪、デスカ」

 いや首輪って……猫は翠くんのほうだと思っていたんですけど……? あたしはやり返して同じようにネックレスをあげればいいの? 翠くんなら喜びそうな気がするんだけど。仕返しにならないんだけど。


 まぁ……何はともあれ、メリークリスマス……?

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