猫系男子のススメあふたー!

1:おあずけです

「あーきは」

 うれしそうにあたしの名前を呼ぶ翠くんに振り返りながら「なぁに」と応えると、ちゅ、と触れるだけのキスをされる。

 ちょちょ、ちょっと、と抗議する間もなく抱きすくめられて、だんだんキスも深くなってきて、いやまってくださいちょっとだからなんでそんなに慣れているのよ年下のくせにぃ!

「ちょ、まって翠くん」

 キスの嵐からどうにか逃れて、荒い呼吸のまま制止する。何この肉食動物。こわい。

「うん? 先にシャワーいく?」

「ちがう!」

 あのね、夜ですけどね、夕飯も食べたあとだし普通ならお風呂入る時間ですね、そうですね。でも翠くんのいうシャワーってそういう意味でしょ!

 いくら一緒に住んでいるとしても、こういうなんとなくの流れでいたすのってどうなんでしょうね!

「お風呂のほうがいい? 一緒に入る?」

 首を傾げて問いかけてくるのは可愛いけど、でもこれは頷いたらダメなやつだ。

「入りません」

 どうしてそういう話になるんですか。まぁね、高校生の男の子なんてヤりたい盛りですよね。それはおねーさんだってもちろんわかってますけどね。

 ふぅ、とため息を吐き出してあたしはこめかみを押さえる。頭痛がするわー。

「翠くん、そこに座ってください」

「はい?」

 わりと翠くんは従順です。いい子です。そのままいい子でいてくれたら嬉しいんですけどね。

「あのね、おつきあいしているわけだけど、翠くんとあたしが彼氏彼女になってまだ一ヶ月なの。常識的に考えて、これ以上先に進むにしては早すぎると思うのね。一緒に暮らしている以上、まぁそういう雰囲気になってしまうのも致し方ないかもしれないけど、そういう流れだけでしてしまうのは問題あると思うわけですよ?」

 お付き合いしておりますけども、同居(ここ重要。ノット同棲)しておりますけども! 節度は大事です。節度あるお付き合い、すっごく大事です。

「はい」

 押せ押せだった翠くんも少しは反省しているのか、心なしかしょんぼりしている。

「しかも翠くんは高校生です。未成年です。あたしは大学生で、これでも一応大人です。そういうところはきちんとしたいと思うわけです」

「はぁ……」

 イマイチ納得してないような返事だな、翠くん。お姉さんは怒りますよ?

 あのねぇ、と口を開こうとしたところで、スマホが鳴った。あたしのだ。

「――んん? 蒼くん?」

 表示された名前を見て呟くと翠くんが不機嫌そうに「出なくていいよ」と言ったけど無視する。あたしのところにかかってきた電話ですから。彼氏だろうが猫だろうが関係ないですしね。

「もしもーし?」

『もしもし、あきはちゃん? 翠とつきあうことになったってホント?』

 久々に聞く蒼くんの人懐っこい声に、兄弟なのに似てないよなぁ、と思う。

 うんん? 蒼くん、その情報はどこから仕入れたのかな? 翠くんが言ったのかな? それともうちの母親あたりから漏れたかな? どちらかというと後者の方がありえる。

「うん、そうなんだけど。蒼くんごめんね、今ちょっと立て込んでおりまして」

 詳しくはまた今度に、と切り上げようとすると、蒼くんが「え」と声を漏らす。

『え、ごめんまさか最中だった?』

 おまえら兄弟はどうしてそう下に結びつける!! あたしは! 翠くんをお説教しているところだったんですよ!

「違う。断じて違う」

 そもそも最中だったら電話に出ませんよ。どんな変態ですか。あきはさんはそんな特殊なプレイを楽しむ変態じゃありませんよ。きっぱりと言い切ると蒼くんも『冗談だよ』と笑っていた。くそう、女の子をそういう冗談でからかうのどうかと思うんですけど!

『いつかはくっつくかなーと思ったけどけっこう早かったね』

 向こうでくすくすと笑う蒼くんに「はぁ……」と曖昧な返事をする。くっつくかなって思われていたのか……。

「あきは? 兄貴と何話してんの?」

 翠くんが嫌な気配を察したんだろうか、そっと近寄ってくるけれど、逃げる。

「いや今ちょうど躾けていたところなんですけども」

『あはは翠も若いからなー。もしもの時は容赦なくぶん殴っていいよ? ああでも――』

 蒼くんは楽しげに笑いながら、少し声を落とした。低くなった声になんだ、と少し緊張する。

『……本気じゃないなら手ぇ出すなって釘刺してあるから、ふざけているように見えたとしても、あいつあきはちゃんのことは本気だよ』

 囁くような蒼くんの声に「へ、あ、は」と変な声しか出てこなかった。

 そんなやりとりあったんだー、と思いながらも顔が熱い。まずい絶対赤くなってる気がする。恥ずかしくなって翠くんには見えないように背を向けた。

『面倒なやつだけど、本当に好きになった子と付き合うのは初めてだろうからさ。多少のことは大目に見てやって』

「う……」

 多少って。多少ってどこまでですか。蒼くんに助けを求めたいところだけど、そんなこと聞くわけにもいかない。あたしにだって羞恥心はある。

 じゃあまたね、といいながら半ば逃げるように電話を切る。うん。戦術的撤退ってやつだ。こちらにもね、心の準備ってものが必要なんですよ彦坂兄弟。

「……さて」

 ――仕切り直しましょう。

 ふー、と長く息を吐いて、吸って、頭を切り替える。火照った頬は少し落ち着きを見せた。

「つまりは、けじめをつけましょう、ってことですよ翠くん」

「うん、まぁ、それは、はい」

 よい心がけですねー。うんうん。

 すぅ、と深呼吸して、あたしはきっぱりと宣言する。


「キス以上のことは、翠くんが高校を卒業するまでしません」


「え!」

 思わず、といった感じに出てきた声に、あたしはにっこりと笑う。翠くんはしまった、と顔をひきつらせた。

「なにか不服でもありますかね、翠くん?」

 不服があるようなないような複雑な顔をしている。百面相っていうのはこんなときに使うんだろう。

「んー……まぁ、うん、いいよ。不服といえば不服だけど、我慢します。俺もあきは大事だし」

 ……そう、さらりと「大事」なんて言われると照れるんですけど。

 翠くんの腕が伸びてきて、気がつけば抱き込まれている――というのもわりと付き合い始めてから日常で、慣れてきちゃったんですけど。慣れたらまずいかな。いやでも今さっき我慢するって言ったよね!

「翠くん?」

「ん?」

 ちょ、あの、後ろから抱っこされるとですね、つまりはあたしが翠くんのお膝に乗っているような状態でして、どっちが猫だよっていうか声が近いし耳に息がかかるんですよ!

「高校卒業したら、あきはのこともらうからね?」

 耳元で囁かれて、腰が砕ける。

「~~っ! それまでは! おあずけですから!」

 悲鳴まじりに宣言でするけど、翠くんは肉食動物のようににやりと笑みを浮かべる。

 もう、この子は将来いろんな意味で不安なんですけど!?

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