4:ミルクはお好き?

 うむ。やはり寒いときにはあったかい飲み物だなぁ。ホットミルクをふーふーしながら飲みつつ、一息つく。猫舌なんです。猫じゃないけど。猫は翠くん担当だけど。

 外では夕方からちらほらと雪が降っている。そろそろ最後の雪になるだろうか。


「ただいまー」


 お、噂をすれば翠くんのご帰宅だ。

 まっすぐにリビングにやってくると、翠くんはあたしがプレゼントした手袋を外したあとで、ネイビーのマフラーをとる。男子高生の防御力は尋常じゃないと思う。なんでブレザーの中にカーディガン着ただけで寒さがしのげるんだ。生足の女子高生はそのさらに上をいくと思うけど。

 マフラーくらいしか使わない彼らの身体に防寒具になりそうな脂肪なんてないのに。うん、謎。すごい謎。若さか? ついこの間まであたしも女子高生でしたけどね。冷え症だし生足なにそれおいしいの? って感じでした、はい。黒タイツでした、すみません。

「あきは、何飲んでるの?」

 きょとん、とした顔をして翠くんがマグカップの中身を覗き込んでくる。そのかわいらしさはどこからやってくるんだろう。見習いたい。

「ホットミルク」

「……おいしい?」

 んん? 翠くんは牛乳苦手な子だったかな?

 微妙な表情の翠くんに、あたしは首を傾げた。

「おいしいよ。あたしは好き」

 牛乳臭いから嫌って人もいるよねぇ。うちの母親がそれだ。

 でも紅茶でもコーヒーでも、ココアでもない気分のときってあるじゃない。ほっとしたい時ってあるじゃない。そういうときはホットミルクに限ります。寝る前とか最高に睡魔を呼んでくれます。はちみつを入れてもいいし、カモミールミルクなんてのもおいしいのよ。

「ふぅん?」

 興味はあるけど飲んでみようという気はない、という雰囲気。まぁそんなこんな言っているうちに飲み干してしまいましたがね。

 常々思うけど、翠くんはわりと食べ物に関しては保守派だよね。




 翠くんは食事の準備はあまり手伝わないけど――というかあたしのペースが崩れるのであんまり手伝わせないんだけど――基本はわりとマメな男子である。さぞモテるだろう……ってモテるんでしたね、はい。

「あきはー。あったかいの飲む?」

 たとえば、寒いときに自分がコーヒーやらお茶やら飲もうと思ったとき、必ずあたしにも飲むか聞いてくれる。 このささやかな気遣いができるかどうかってかなり重要なポイントだと思うの。元カレはあれだよな、むしろ喉乾いたからコーヒー淹れてきてってタイプだよなぁ……そんな亭主関白的なところが良いかもなんて血迷った時もあきはさんにはあったんですよ。

 ……でも、こうして甘やかされることを覚えると無理だなって思う。

「うん、欲しいかな」

「はいはい」

 ケトルでお湯を沸かして、あたしがぼんやりしているうちに翠くんはマグカップを片手に「はい」と渡してくる。漂う香りはコーヒーですね……とカップの中身を見下ろして「んん?」となった。

 真っ白なその液体は、どうみてもホットミルク。あれ、いつの間に電子レンジで温めたんです?

「……翠くんはコーヒーだね?」

 だって香りがしますもんね。翠くんのカップの中身は黒いしね?

「うん」

「……なんであたしはホットミルク?」

 もしかして、お子様扱いしてます? いやいやもしかしてじゃなくても、してますよね? あきはさん、君より長く生きているんですけど?

 今までついでに飲み物用意してくれるときは、いつも同じだったのに。わざわざ別の用意するってめんどくさくない?

「好きなんでしょ? ホットミルク」

「好きだけど」

 さっきも飲みましたね。気持ちとしては紅茶とかコーヒーとかせめてカフェオレとかが良かったんですけども。

 ――まぁいいか、とおおざっぱなところはあたしの美点でもあると思う。ありがと、とお礼を言いながら一口飲む。うん、おいしい。

 翠くんは隣に座って、ぴっとりと肩をくっつけてくる。スキンシップ好きですよね、翠くん。素なのかとちょっと気になって蒼くんに調査したところ、懐いた人間にはおおよそこんな感じらしい。懐くといっても身内なんかに限られているようだけど。

 でももう親に甘えるような年齢でもないし、お兄ちゃんにくっつくのも男臭いし、最近はそんなに甘えん坊でもなかったよ~なんて電話口では笑っていたけど、つまりこれはその反動なのかな。と、あきはさんは思うわけです。翠くん、末っ子だしね。甘えん坊なんだよね。


「あきは」


 甘える声に「うん?」と答える。

 握っていたマグカップが、翠くんの大きな手に奪われる。ことん、とテーブルに置かれたのが横目で見えたけれども。

「――ん」

 なぜそちらを横目でしか見ることができないのかと言えば、翠くんにホールドされたあげくにちゅーされているからでありまして。

 あ、ちょっと苦い。なんて思ったときには唇は離れていた。

 ぺろり、と翠くんが唇を舐める。翠くんそれはえろい、えろいよ。高校生男子のやることじゃないよおねえさんのHP削られるからやめよう。あきはさん瀕死だよ。


「……あまい」


 ぽつりと呟いた翠くんに、あたしはソファに撃沈した。

 くそ、この猫これを狙ってホットミルクにしたんだな……!!


 マグカップに残ったホットミルクがいろんな意味で飲めなくなって、腹いせに翠くんのコーヒーを奪い取ったんだけど。今のあたしの精神状態としてはコーヒーくらい苦い方がちょうどよかったんだけど。

 間接キスだよ、と嬉しそうに笑う彼に、あたしはまたも負けた。

 ……もうこの子に勝てる気がしない。

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