7:雨の日の猫は眠い

 天気は生憎の雨。これじゃあ洗濯物の乾きが悪い、と主婦みたいな悩みにため息を吐き出す土曜の朝である。七月に入ったが梅雨明け宣言はまだらしい。

 あきはさん、珍しく休日だというのに早起きでした。なんでって、朝っぱらから雨音すごくて起きちゃったんですよ。今はそれほどうるさくないから、お天気様も音量調節していただきたい。

 暇なので朝から塩ジャケ焼いてお味噌汁用意して、いつもより豪勢な朝ごはんを用意しました。お味噌汁はもちろん出汁からやったよ。

「……翠くん、ごはん食べてから寝ようか」

 今日の翠くんはたいそう眠そうである。

 起こして席につかせるまでにもいつもの倍以上の時間がかかり、今もなおごはんを食べながら寝そうだ。

 昨夜遅くまで勉強でもしていたのかなぁ。

「んぅ……」

「翠くん、寝ないで。お茶碗持ったまま寝ないで」

 危なっかしくてこっちも落ち着いてごはんを食べていられないじゃないか。




 どうにかこうにか朝ごはんを食べると、翠くんはそのままリビングのソファーにぱたりと倒れこんだ。満腹になったおかげでより眠くなったんだろう。

が、しかし。

「翠くーん。ここ掃除したいんだけど……寝るなら部屋で寝ようかー?」

「んー」

 生返事だ。すごい生返事だ。

「翠くーん」

 ゆさゆさと揺さぶってみたが効果はない。くそぅ、額に肉って落書きするぞ。

 しばらく起こそうと戦ったが時間の無駄だった。翠くんの睡魔はあたしごときには倒せないらしい。

「――いいや、掃除はじめちゃお」

 さすがにそしたらうるさくて起きるだろう。平日は大学行ってるし、リビングをしっかり掃除する時間ってなにげにないのだ。

 雨の日は埃もたちにくいし、絶好の掃除チャンスじゃないか。翠くんが寝ているので彼の妨害もない!

 今日は出かけるつもりもないのでジーンズにTシャツだ。たとえ彼氏が見てようともう格好なんて気にしない。そりゃデートならオシャレしますけど? 普段から気合をいれたら疲れるでしょ。それに翠くんは服装についてとやかく言わない。デートでオシャレすると嬉しそうな顔をするけど。

 雨が降っているけどお掃除なので換気のために窓を開ける。雨の日の湿り気のある空気はわりと好きだ。

 散らかっていたものを片付けて、上から下へお掃除は基本ですね。あとは掃除機だなーと思いながら翠くんをチェック。

「……寝てる」

 ここまでもわりと騒がしかったと思うんですけど、翠くんまさかの爆睡。すごいな。

 ソファーで丸くなってすーすー気持ちよさそうに寝息を立てている。掃除機はかわいそうかな……? と思いつつあたしは何度も忠告したし、起きない翠くんも悪い。ええい、やってしまえ。

 掃除機を持ってきて容赦なくお掃除再開だ。


 掃除機をかけていると、ふとソファーの上の翠くんがじぃっとこちらを見ているのに気づいた。ようやく起きたのか。遅いよ。

「翠くん? まだ眠いなら二階で寝ていたほうがいいよ?」

 まだ掃除機かけは終わらないし、安眠できるような環境じゃない。

 けど翠くんは無言のままあたしを見ている。

「翠くん?」

「……スキニー履いてるときの脚のラインって、なんかエロいよね」

 ……うん、教育的指導。

 べし、と翠くんの頭にチョップをお見舞いする。起きたと思ったら何を言っているんだこのエロ猫は。

 おや、しかし無反応。

「……寝ぼけていたのか」

 見ると翠くんはソファーの肘掛に頭を乗せてまた寝ていた。寝ぼけていたっていうか、寝言なのかな……。

 それにしたって今日の翠くんの睡魔はすごいなぁ、と感心しながら掃除機をまたかける。

 春眠暁を覚えずってか? 春はとっくに終わったはずなんですけどね。



「よーし終わったー!」

 結局翠くんはお掃除が始まり終わるまで寝ていた。彼が寝ているソファーの空いている場所に座って、テレビをつける。あ、猫。

『――猫の祖先は砂漠のような土地で生きていました。なので猫は水が苦手な子が多いですね』

 テレビで映った猫は砂漠の中でキリッとしている。はー……砂漠で生きていたのかー。すごいなー。

 ついついテレビを真面目に見ていると、翠くんがうーんと唸りながらうっすら目を開ける。

 そして隣にあたしがいることを見つけると、さも当然のように人の膝に頭を乗せた。うん、もう慣れた。

『猫は雨の日など狩りのできない日は巣の中でじっとしていたこともあり、飼い猫でも雨の日などはよく寝ている子が多いようです』

 テレビから聞こえた説明に、窓の外の光景と眠りこけているうちの猫を見る。翠くんは気持ちよさそうにあたしの膝枕で寝ている。

「……なるほど」

 そういえばおばあちゃん家のハナちゃんも雨の日にはずっと寝てたもんなぁ。

 これは猫の本能だったのか。



 さらさらの黒髪を撫でながらぼんやりとテレビを見たり、雑誌を読んだりして過ごしている。翠くん? ええ寝てますよ? 足が痺れてきたのでこれはすぐには立てないかもしれないですね。

「んー?」

 翠くんがもぞもぞ動き出して、ぱちりと目を開けた。

「おはよ、翠くん」

 もうお昼も過ぎましたけどね。あー。お腹すいたなー。

「…………」

 翠くんは無言のままあたしを見上げていた。

「……なんで俺いつの間にあきはの膝で寝てんの?」

 なんでって君が枕にしたからに決まっているじゃないか。

「寝ぼけてたから覚えてないんじゃない。朝ごはん食べたのは?」

「……なんとなく覚えてる」

「あたしが掃除していたのは?」

「夢に見ていた気がする」

「じゃあスキニー履いてるときの脚のラインがエロい発言したのは?」

「……覚えてません」

 なんでここで目をそらすのかな? 本当は覚えてるな翠くん?

 起き上がって壁掛け時計を見ると翠くんは「うわー」と声をあげる。

「どんだけ寝てたの俺。昨日もわりと普通に寝てるんだけど」

 なんだ。遅くまで勉強していたのかと思ったらそうでもなかったのか。甘やかさなくてもよかったかな。

「なんかねー猫は雨の日眠くなるらしいよ。本能だね本能」

 ついさっきテレビで聞きかじった知識を披露すると、翠くんはむすっとして呟いた。

「……それは猫の話であって俺の話じゃない」

 いやいやそっくりだよ。

「……ところで翠くん」

 さてここで重要な問題がある。時刻はすでに午後の二時近く。おやつの時間のほうが近い。

「お昼どうしようか?」

 足、痺れて立てないんですけども。

にっこりと笑うと、翠くんは誤魔化すように笑い返す。

「……何か買ってきます」

 外はまだしとしとと雨が降っている。エロい発言やら人を枕にしたことへの罰ゲームとしてはこんなもんだろう。

「駅前のたこ焼きがいいです」

「……はいはい」

 手早く準備して翠くんはいってきます、と出ていく。さすがにあれだけ寝たから元気なものだ。

 静かになった家の中には、子守唄のような雨音が聞こえてくるばかり。うん、猫じゃなくても眠くなるかもね。

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