6:かまってほしいんです
適度に距離を保ちつつ、時折猫のようにすり寄って甘えてみる。
あきははもともと流されやすいというか、わざと周囲に流されているようなところがあって、少しこちらが強引にするとあっさりと負けを認めた。最初はソファで隣にくっついて座ったり、転寝しているあきはの隣で寝たり、無邪気を装った攻撃は今のところすべて成功している。
……この人、本気で俺を猫か何かと思っている節があるよね。
ならばこちらとしても猫になってやろうじゃないか。利用できるものは利用してやるさ。
「あきは、膝」
「はい?」
ソファで雑誌を読んでいるあきはの隣に座って、にっこりと告げると、あきははもちろんなんのことだといった顔で首を傾げる。
「膝」
駄目押しするように告げると、あきはが「膝?」と雑誌を持ち上げた。その隙をついてそのままあきはの膝に頭をのせる。……ここまでの行動って傍目からはどう考えても恋人同士にしか見えないと思うんだけど、しかもどちらかというのバカップルとかそっち系のやりとりなんだけど……残念なことに俺とあきははそういう関係じゃない。
あきはは諦めたように俺に膝を差し出している。世の男子高生が憧れてやまない女子大生の膝枕がこうもたやすく攻略できるとは誰も思うまい。……あきはって誰にでもこんなんなのかな。うわ、むかつく。むかつくから寝ぼけたフリしてあきはの膝枕をすりすりと堪能する。やわらかくて気持ちいい。
「翠くん?」
「んー」
あきはが俺の頬をつんつんとつつきながら名前を呼んでくる。正直まだ起きたくない。心ゆくまで堪能したい。
「みーどーりーくーん」
「んー」
生返事を繰り返していると、あきはは俺の頬を思いっきりつねってきた。思わず「いって!」と起き上がる。いくらなんでも容赦なさすぎでしょ、あきはさん。
「あきは、ひどくない?」
「人を勝手に枕にいている翠くんのほうがひどいんじゃないかな」
にっこりと笑うあきはは、少し怒っているようにも見える。けれどこのくらいならまだ『ワガママ』で突き通せる範囲だ。
「だってあきは寝心地いいんだもん」
「こっちの予定もちょっとは気にしてよねー。もう、出るの遅くなっちゃうじゃん」
けろりと言い放つ俺に呆れたような顔をしながら、あきはが立ち上がる。ちぇー逃げられたなぁ、と思ってすぐに、まるで用事があるようなあきはの口ぶりに俺も目が覚めた。それは、俺を無理にどかせても行かなきゃいけない用事ってこと?
「なに、デート?」
時間としてはまだ昼前だ。待ち合わせをしていたとしてもまだ間に合う。
男なんていないと思っていたけど、違ったんだろうか。同居を始めて二ヶ月ほど、今まであきはがデートに出かけるような様子はなかったはずだけど。
「違うよー。一人で映画を観に行こうと思ってたの」
あきはは何を言っているんだ、という顔で俺の推測を否定した。でも女の人って自然に嘘をつけるからなぁ。簡単に信用できないよね。
「一人で?」
念を押すように問いかけながら首を傾げると、あきはは再びきっぱりと言い切る、
「ひーとーりで! 友達誘ったんだけど誰も捕まらなかったんだもん、しかたないじゃん」
一人っ子だからか、あきはは出かけるときも一人でも気にしないタイプだ。一人で映画というのも慣れているのかもしれない。俺はどちらかというとDVDになるまで待って家で観る派だ。けれど、そう――あきはと一緒なら、映画館もたまにはいいかもしれない。
「なんだ。それなら俺を誘えばいいのに」
俺のセリフに、あきははきょとん、と目を丸くしている。
――まぁ、そろそろステップアップもしたいしね?
「お、おまたせ……?」
急遽一緒に出かけることになると、あきはは慌てたように準備を始めた。そんななに急がなくていいのに。
昔は付き合っていた子に待たされるときは多少イラつくこともあったけど、あきはだとそうでもない。不思議だ。一足先に着替え終わった俺はのんびりリビングであきはの支度が整うのを待っていた。
急いで支度してきたあきはは、ふんわりとしたスカートにワインレッドのカーディガンを着ている。家で見慣れているノーメイクではなく、きちんと『お出かけするとき』のメイクだ。髪は女の子らしく結ってあって可愛い。俺と出かけるために整えられた格好、というだけでも嬉しいけど、これは想像以上に顔がにやける。
「あきは、次の上映時間までちょっと時間あるよ。先にごはん食べる?」
スマホで映画の時間を確認しながら街を歩く。あきははあまりヒールのない靴を履いているみたいだから、すぐに歩き疲れることはなさそうだけど、それでも自然と歩く速度はあきはに合わせてゆっくりになる。「ソウデスネー」とあきはが少し遠い目をしていた。
「何食べる?」
「んー。翠くん映画の間は何か食べる派?」
……こういうとき、あきはっていつもこっちに合わせようとしてくる。性格なんだろうなぁ、と苦笑した。そういうのって、損すること多いと思うんだけど。
「どっちでも」
だから俺はさりげなく、いつも判断をあきはに委ねる。
「そっか、あたしは食べる派なのであんまりがっつりじゃない方がいいなぁ。あたしがよく行くカフェでいい?」
「いいよ」
あきはの案内でカフェまで移動していると、人混みにあきはが揉まれている。すれ違う人と肩がぶつかったりしているのに見かねて手を差し出した。
「あきは」
あきはは俺の手を見て一瞬固まった。
「な、に」
「手つなご、はぐれそうだし」
もちろんそんなことは口実だけど、手を繋いで歩いたほうが安全そうなのは嘘じゃない。あきはは迷ったような素振りを見せながら、おずおずと手を重ねてきた。握った手は、思っていた以上に小さい。俺の手にすっぽりとおさまってしまう。
俺一人だったら一生来ることもないだろうなってオシャレなカフェに着いて、運よくすぐに席に案内された。
「デザートどうする? 食べる?」
メニューには女の子が好きそうな甘いものがたくさんある。あきはもちらりとそちらを見ていたので、昼食の他にも食べるのかな、と問いかけてみた。
「映画終わったあとにまたお茶してもいいんじゃない」
あきははたぶん、何気なく言ったんだろう。でもそれは、映画のあとにすぐ帰らずにまたどこかに寄ってもいいよっていうことと同義だ。予定外の外出で、今も映画まで時間があるからカフェに来ただけだけど。
――外出の理由になった映画が終わっても、まだ帰らなくていいというのは、まるっきりデートみたいだ、なんて。
「……そうだね」
今日はにやけそうになる頬を引き締めることに忙しい。
あきはってどうしてこう、無自覚に人を喜ばせるのかなぁ。罪づくりにもほどがあるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。