7:お留守番も得意です?

「ちょっとあきは!」


 大学に着いて同じ学部の友人と遭遇した途端に、すごい勢いで詰め寄られる。なんだなんだ。あたしが何をした。

「な、なに」

「あんたいつの間に彼氏できたの? しっかもあんないい男!」

 ――はい?

 残念ながらこちとら去年別れて以来彼氏なんていませんけど? 誰かと間違えてませんかね。

 紹介してよー! とはしゃぐ友人にむしろあたしに紹介してくれといいたい。あー、でも翠くんとの同居もあるし、当分彼氏はいらないかなぁ。彼氏ができたら面倒そうだよね。そりゃ彼氏だって彼女の家に男が居候していてしかも実質二人暮らしみたいなものだったら嫌じゃんね?

「人違いじゃない?」

「いやいやあきはだったよ。黒髪のちょい細めな美形!」

 土曜日に一緒に歩いているの見たよ。そう言われて「ああ」と納得する。それはあれだ、彼氏じゃないよ翠くんだよ。

「一緒に映画に行っただけで彼氏じゃないよ。あーなんだ、あれだ、知り合いというか友人というか、あれだ、幼なじみみたいな」

 うん、それだ、とようやく出てきた幼なじみという単語で落ち着く。近年会っていなかったけど間違っていない。

「え? あんたって鈍い子だったっけ?」

 あんなに分かりやすかったのに、と呟かれて首を傾げる。

「よくわからんけどなんか失礼じゃない?」

「失礼なのはあきは、君だ。なんて損害だ。人類にたいする冒涜だ。美形くんが哀れだから早く気づいてやってくれ」

 え、なんでそんなに壮大な問題になってんの。人類を冒涜するような罪は犯してないはずだけど?

「で、あきは、今日ヒマ? うちで宅飲みしない?」

 他には瑞穂と、晴花を誘ってるんだけど、と問われる。うむ、どうしようか。最近飲みに行ってないし女子トークもしたい。以前だったら気にせず泊まりに行っちゃうんだけど、今は家に翠くんがいる。

「ていうか強制参加ね。いろいろ聞き出したいし問いつめたい。バイトもしてないし明日も三限目からだからいいでしょ」

「え、いやちょっと」

「参加は決定! 泊まりかどうかは別に強制しないからさー」

 あー。これは逃げられないな、と苦笑して「わかったよ」と無駄な抵抗はやめることにする。じゃあとでねー! と去る友人に手を振りメールを送る。


 ――友達の家で飲むことになりました。今日は帰れないかもしれないから、夕飯は昨日のカレーを温めてね。


 送信先はもちろん翠くんだ。よかった、偶然にも昨日の夕飯がカレーで。いやまぁ、翠くんだって高校生だし自分で作るなり何か買うなりできるだろうけどさ。

 その後講義も全部終わって荷物をまとめる。スマホを確認すると、翠くんから着信があった。

「もしもし、翠くん?」

『あきは?』

 あ、ちょっと機嫌悪そうだな。電話口から聞こえる声は、いつもよりも心なしか声が低い。

「ごめんね。講義中だったから」

『いいけど。今日、泊まってくるの?』

「んー。その可能性が高いかな。帰れても遅くなると思うし」

 大学の近くで一人暮らししている友人の家で飲みだから、終電までに抜けて帰れないこともないけど。正直夜遅くに帰るならそのまま泊まって朝に帰る方が楽なんだけど。途中で帰ると場もしらけちゃうしね。

『それって、女友達? ていうか本当に友達?』

「へ? なに? もちろん女友達だけど。いくらなんでも男友達の家での飲みには参加しないよ」

 いくら女友達がいるとしてもだ。彼氏なら別だけど。そこまで親しい男友達もいないし。

『ふぅん』

 あれれ、機嫌悪いままだなぁ。

『もし夜に帰ってくるなら連絡して。駅まで迎えにいくから』

「え、いいよ。悪いし」

『夜遅くに女の子の一人歩きなんて危ないでしょ』

 機嫌悪そうなままだけど、言っていることはやさしい。ここは素直に甘えておくほうがいいのかな?

「うん、じゃあ帰るときは連絡するよ」

 まぁそもそもそのつもりだったけどさ。

『楽しんできて』

 と、わずかに声音がやさしくなったところで、通話終了。



「で、あきはさん。例の人はどうなんです?」

「え、なになにそれ。例の人って?」

「あきはってばいつの間に!」

 しまった。失敗した。問いつめられるとは思ったけども、三対一というのは分が悪い。しかももう既に酒が入っているせいでテンション高い。

「だーかーらー! 幼なじみだって言ってんでしょうが! しかも三つ下! ありえない!」

「三つか。年下かなって思ったけど結構離れてるねぇ。いやでもあの顔ならいける。全然いけるよ」

「マジで? イケメン?」

 つっこむ前に食いついてくる友人たちを無視してチューハイをぐっと飲む。

 時計をちらりと見ると、時間はもう午後九時を過ぎていた。あーこれはもう泊まりコースだなぁ、と思う。そのつもりだったけど、翠くんはもしかすると待っていてくれるかもしれない。

 しかしここでメールすると絶対にのぞき込まれそうな気がする。話題を逸らさねばなるまい。

「瑞穂こそ先輩はどうなったわけ? いい感じなんじゃなかったっけ?」

「あー、あれ? ダメダメ。先輩マザコンだったんだよ」

「それはないわぁ」

「ねー」

 よし、うまく方向を変えたぞ。さりげなくスマホをチェックしているように見せかけてメールを打つ。


 ――ごめんね。抜け出せそうにないから泊まります。


 と手早く打つと送信。

 するとすぐに返信がきた。


 ――本当に女の子だけ?


 え、気になるのそこですか。あれかな、あはんうふんな想像させちゃってる? まさかあたしが彼氏といちゃいちゃらぶらぶするために嘘ついてるって思われてる? いやいやいや! それならいっそ彼氏とデートだってはっきり言うに決まってるでしょ! 

 そもそも彼氏がいるなら、膝枕なんてしてないよ!

 しかたないので、あたしはすっとカメラを起動する。

「みんなー笑ってくださーい」

「え? なに撮るの?」

「ん。親が女子会かどうか疑っているみたいなので証拠提出します」

 ここは親ってことにしておきます。口うるさい親がいる子なんかはよくこうして無実を証明している。いくら大人になったとはいえ、まだ二十歳そこそこの女の子を心配する親は少なくない。

「えーあきはのお母さんそんなに厳しくなかったんじゃなかった? わりとはっちゃけてたよね」

 しまった。選択ミスだったかな。でももう写真は撮ったから大丈夫。

「年の割には軽いけどね。たまに母親っぽいことしてくるの」

「あーなるほどーあるよねそういうの」

 実際には「お泊まり? ああ、はいはいいってらっしゃーい。ちゃんと避妊はするのよー? その年でお母さんになったらたいへんでしょー。まぁ私は若いおばあさまになれるからそれでもいいけどー」という人だ。それはそれでどうかと思う。


 ――心配しなくても女の子だけだよ。


 と本文と一緒にさっき撮った写真を添付する。既にある程度できあがっているのでノーメイクだし髪もてきとーに縛っていたりする女子の様子を見ればこの場に男などいないとわかるだろう。ノリのいい子は変顔してるし。

 さきほどより少し遅くに返信がきた。


 ――疑ってスミマセン。久々の女子会だろうから楽しんできて。


 ありがと、と短く返信する。

「んで、あきははそのイケメンくんどうするのー?」

「年下育てちゃう? いいんじゃない逆紫の上みたいな」

「そんなに年離れてないっつうの」

 紫の上って。あたしはショタコンじゃないっての! それに光源氏ほどの年の差はないって。

「えーでもあきはって今まで年上とつきあってなかったぁ?」

「去年別れたのって先輩だったっけ?」

 なんで人の恋愛を掘り返すかなぁ。あんまり酔わないあたしはテンションの高い周りについていけなくなってくる。飲み会はこれだから苦手だ。理性がストッパーをかけるので、あたしは醜態を晒すほど酔わないけれど、それはつまり周りと温度差が出てくるってことでもある。めんどくさくなって気づかれないように小さくため息を吐き出した。

「別に、年齢は気にしないけど」

 ――たまたまつきあったのが年上とか同い年だったってだけで。

 いやーていうか翠くんかー。うん。実はあんまり考えないようにしていたんだけど。だってほら、片思いの相手と同居とかっていろんな意味で心臓に悪いし。今までノーメイクでパジャマ姿なんていうのも恥ずかしくなっちゃいそうだし。

 それにほら、そういうの意識したら、翠くんが甘えてくるアレにも、緊張するじゃないですか。

「あんなかっこいい子、気にならないの?」

「ならないわけじゃ、ないけど」

 そりゃね? 手をつないだときもどきっとしましたよ。あたしの手なんてすっぽりおさまっちゃうくらい大きくて。男の子というか、すっかり男の人なんだよなって思いましたよ。しかしなんというか、一応こっちは成人済み、向こうは未成年っていうのもさ。けど甘えられたりするのが嫌じゃないってことはそういうことかなぁ、とか、思いますけど。


 恋に落ちるっていうけど。

 落ちるってさ、勇気がいるじゃん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る