6:適度に遊んであげましょう

 んー。これはいったいどういうことでしょうかね?

 最近ちょーっと翠くんのスキンシップが激しいかな? いやでも気のせいかな? と思っていたわけなんですけども、これは甘えたな猫がご主人様にごろごろしているだけ、ですよね? ちなみに現在翠くんはあたしのお膝で眠っております。寝ぼけているのかどうなのか、ときどきすりすりするのやめてください翠くん。

 ちなみにこれは、あたしが寝ている間に翠くんが寄ってきたとかそういうわけではございません。十分ほど前のことになりますが、翠くんがあたしの隣に腰を下ろしました。


「あきは、膝」

「はい?」

 雑誌を読んでいるあたしにそう言って、もう一度念を押すように「膝」とにっこり笑ったのです。膝? と雑誌を持ち上げたらすかさず翠くんはごろんとあたしの膝を枕にしたわけで。

 数分後にはすやすやと寝息をたてて現在に至ります。

「翠くん?」

「んー」

「みーどーりーくーん」

「んー」

 起きてるなおまえ。絶対に起きてるだろ。

 いらっとしたので思いっきり頬をつねってやると翠くんは「いって!」と目を覚ました。おはよう翠くん。寝てなかったみたいだけどね?

「あきは、ひどくない?」

「人を勝手に枕にいている翠くんのほうがひどいんじゃないかな」

 別にさ、嫌ってわけではないですけども。慣れてきているあたしもどうかと思うけど。でもさすがにこれはただの同居人としてはおかしいよね? 猫っぽいとはいえ翠くんは猫じゃないしね?

「だってあきは寝心地いいんだもん」

 けろっと言い放つ翠くんにうなだれる。というかもうすぐお昼になっちゃうじゃん。今日の予定をどうしてくれるんだ。

「こっちの予定もちょっとは気にしてよねー。もう、出るの遅くなっちゃうじゃん」

 もうこれ以上膝を枕にされないようにと立ち上がりながら文句を言う。短時間だったから足が疲れたわけでもないのが幸いか。

「なに、デート?」

 背後からぞわりとするような低い声がする。んん? あれ、翠くん不機嫌? 起こされたのがそんなに嫌だったんだろうか。

「違うよー。一人で映画観に行こうと思ってたの」

「一人で?」

 念を押すような声に、何をそんなに探りを入れてくるんだよ、と笑う。あたしに男の影がないことくらい、かれこれ二ヶ月以上一緒に暮らしていればわかりそうなものなんだけど。

「ひーとーりで! 友達誘ったんだけど誰も捕まらなかったんだもん、しかたないじゃん」

 話題の映画を観よう観ようと思っていたら公開からけっこう経ってしまい、友達はほとんど観に行ってしまった、というんだから。別に一人で映画も嫌いじゃないしね、うん。一人っ子なのでぼっちスキルは高いんですよ、あきはさんは。

 すると翠くんはきょとん、とした顔で「なんだ」と笑う。

「俺を誘えばいいのに」

 ――はい?




 まぁ、なんということでしょう。

 一人で行くはずだった映画に豪華なオプションがついてきましたよ?

 にこにこと上機嫌な翠くんが映画の上映時間を調べております。うん、あちこちから視線が痛いです。チェックのシャツにあったかそうなニットのカーデ、ジーンズに明るいブルーのスニーカー。爽やかかつ高校生にしてはちょっと大人っぽい感じ。あたしに合わせてくれたのかなぁ。落ち着きすぎているけど足下がスニーカーでバランスとっている感じ。

「あきは、次の上映時間までちょっと時間あるよ。先にごはん食べる?」

「ソウデスネー」

 気楽にでかけるはずか、オプション翠くんのおかげで準備から疲れたよ。もうへとへとだよ。さすがに美形な彼の隣に並ぶ以上はそれなりに気合いをいれて自分を磨きましたとも。お気に入りのスカートにブラウス、それにワインレッドのカーデを合わせました。足下はあまりヒールのないパンプス。女子の平均身長よりわずかに背の高いあたしはそれで十分。十センチヒールなんて履いたら翠くんと身長差なくなるんじゃないかな? 寒さ対策にストールも持ってきている。

 メイクだって下地からしっかり気合いを入れつつ、派手に見えすぎないように。明るい色に染めている髪はハーフアップに。家を出るとき、翠くんはあたしをちらりと見てにっこりとうれしそうに笑った。合格ってことですかね、はいはい、ありがとうございます。

「何食べる?」

「んー。翠くん映画の間は何か食べる派?」

 あたしはついつい口寂しくて定番のポップコーンとかポテトとか食べちゃうんだけど。そうなるとお昼であんまりお腹いっぱいになっても困るんだよ。

「どっちでも」

「そっか、あたしは食べる派なのであんまりがっつりじゃない方がいいなぁ。あたしがよく行くカフェでいい?」

「いいよ」

 カフェまで移動しながら、ああさすがの土曜日。人が多くて嫌になるよね。肩がぶつかったりしながら歩いていると、翠くんが「あきは」と名を呼びながら手を差し出してくる。自然に差し出されたその手を見て、あたしは思わず口籠る。

「な、に」

「手つなご、はぐれそうだし」

 いやいやたとえはぐれたところで、そう距離が離れていなければ翠くんはすぐに見つかるよ。すごく目立っているもの――と口から出そうになったけれど、なぜだろう、あたしは素直に翠くんの手を握った。うわ、意外に大きくてごつごつしてる。指が長い。ぎゅっ、としっかり握りしめられて手汗大丈夫だったかな、なんて心配になる。

 これでもあたしだって彼氏がいたことあるし、手をつないでどきどきなんてどこの中学生だよって話なんだけど。悲しきかな、元彼の誰もが翠くんのスペックには届かない。

 カフェの定員さんも翠くんにちょっと見とれている。あたしはサンドセット、翠くんはパスタセットを注文した。デザートどうする? とさらっと聞いてくるあたりで翠くんはやっぱり慣れているよなぁ。ちょっと初心な高校生男子っぽくオシャレなカフェには慣れてませんって感じを期待したわけじゃないけどさ。

「映画終わったあとにまたお茶してもいいんじゃない」

 何気なくそう答えると、翠くんは一瞬目を丸くして、その後「そうだね」と笑った。


 話題になっているというだけあって、映画はなかなかよかった。もっと早く観にくればよかったなぁ。

 その後ぶらりと買い物をして、そしてまた休憩がてらお茶をして、このまま夕食も食べて帰ってもいいんじゃないかという時間だったけど。

「どうする? 食べて帰る?」

 と問いかけると翠くんは少し考えたあとに「家がいい」と答えた。

「あきはのごはんが一番おいしい」

 うぐぐ。それは殺し文句というものですよ翠くん。


 あれ、それにしてもこれってもしかしてデートってやつだったんですかね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る