第24話 準備完了

「どう? こっち座る?」

 

 キリカは椅子から立ち上がり、座るかどうか訊いてくる。


「そんな悪趣味な椅子はごめんこうむる」


 朱里は拒否して持って来た椅子に座った。じゃあ、仕方ないわね、とキリカも拘束椅子に座る。


「何かされた?」

「特に何も。それとも、私が尋問員に凌辱されたのを期待した?」

「まさか。頭に爆弾でも埋め込まれてたら危ないし」


 PHCならやりかねないと思う反面、社長は暴力での服従を好まない。力を伴った隷属はとても簡単だが、忠誠心は損なわれ、隙をみせると簡単に崩壊してしまう。社長が好むのは、打つ手がなくどうしようもなくなった相手に手を差し伸べるという精神的支配だ。事実、エペのような信者を社長は獲得し、世界情勢から鑑みても、色々な国に信仰者はいるだろう。


「――おはよう、朱里君。って感じかしら」

「そっちは仕掛けた側じゃない」

「全部見たことないから知らないわよ」


 キリカは肩をすくませて、私の心配よりも、と話を続ける。


「あなたの心配が先よ。あなたの精神状態は正常?」

「正常とも言えるし、異常とも言える」

「言葉遊びは結構。どう? あなた、人を殺せる?」

「殺そうと思えば」


 臆面なく朱里は応える。人殺しの技術は培われている。無論、朱里が人を殺したいと思えばの話だが。


「よし。じゃあ、あなたの望みは何?」

「戦争を止めること」

「嘘おっしゃい。あなたの願いはそんなものじゃない」

「……人を、救うこと」

「失笑しかできない」


 キリカは実際に失笑してみせた。正義の味方の真似事を続ける朱里に呆れて、本当の願いを言いなさい、と強く促してくる。

 朱里は観念して、正直に、自分の素直な気持ちを吐露してみせた。


「PHC社長に借りを返すこと」

「オッケー。それでこそあなたは怪物」


 キリカは満足して頷く。朱里は満足げな彼女に、あなたは一体何者? と問い質した。


「キリカよ。アメリカ支社で行方不明となったハンター。実際には、上手いこと騙して逃亡したんだけどね」

「その逃亡をシルフィが幇助ほうじょした……。一体何のために?」

「質問ばかりは幼稚よ、高宮朱里。少しは自分の頭で考えたらどう?」


 言われた通り、朱里は考える。シルフィードは自由気ままな妖精のような性格だ。そして、友達想いでもある。彼女は友達を救うためなら、自分がどうなっても構わないという自己破滅型だ。


「もし単純にあなたを救うためだったとしたら――あなたの行動理由がわからない。だから、この考えは違う」


 シルフィードがキリカを救うためだけに行方不明を偽装したのなら、むざむざ舞い戻って捕まったキリカは、とんでもない失態をやらかしたこととなる。それに、わざわざ戻ってくる理由が思い付かない。もしシルフィードに恩を返そうと思って現れたのなら、登場タイミングが遅すぎる。


「なら、あなたは別に何か目的があって、シルフィの協力を取りつけ、PHCから逃走を図った。もしくは、シルフィがあなたに何かをさせるために脱獄させた」

「まぁ、だいたいそんなところね」


 キリカは朱里の考えを肯定した。答えは腑に落ちないものの、朱里はキリカを味方と断定している。シルフィードが朱里を裏切ることは絶対にないからだ。ゆえに、朱里は質問を変えた。


「あなたは私の味方なんでしょ? 協力者、という認識で間違ってない?」

「協力者? ふん……それなら、仲間というべきね」

「トモダチではなく?」

「そう――トモダチではない」


 シルフィードの言葉を思い出す。友達とは一緒にバカをする仲を指す。であれば、仲間は同じ目的を持った同志ということになるが……。


「私を撃ち殺そうとした奴が仲間、か」

「ご不満? でも、あの時私が言った言葉は正しかったでしょ?」


 確かにキリカの言葉は正しかった。まさに生き地獄ではある。朱里は右腕と右眼を喪い、家族も喪失し、自分を救おうと戦っていた人々とすら死に別れた。


「小城輝夜とは知り合いだった?」

「いや。でも、名前は知っている。敵があまりにも強大過ぎるせいで、世界は国境を越えて一つになってるから」


 二十一世紀に入っても、世界は未だ一つにまとまっていない。文化や宗教、人種、差別意識、言葉の壁、過去の過ち。様々な要因が複雑に絡みあって、人はまだ地図に線を引き、ここが自分の領土だと声高らかに主張している。

 だが、そんな領土合戦も、上位存在にとっては面白いゲームだった。世界の主と信じて疑わない雑魚たちが勝手にこの土地は俺のだと声を張り上げている姿は、実に滑稽だったことだろう。奴らにとって、人はアリのようなものだ。アリが巣穴を創ってここは俺の土地だと言ったところで、人間きょじんに踏み潰されれば終わりである。

 弱き者にできるのは、群れをつくって自衛することだけ。種族間で争う時代はとうの昔に終わっている。いや、むしろ人間同士の戦争自体が、奴らの策略なのではないか。


「敵は多いわ。PHCだけじゃない。悪魔とも話したんでしょ? 奴らは色んな場所に潜伏して、人の愚行を嘲笑って愉しんでる。愉快な催し物を見つけると、そこに姿を現してちょっかいを出すの」

「どうやって倒す?」

「それはPHCについて? それとも、悪魔について?」


 朱里は両方だ、と答える。


「前者ならあなたの方がよく知ってる。後者は……自分で導き出すしかない」


 結局、朱里が自分で考えるしかないらしい。だが幸いなことに朱里は怪物を飼っている。実際に対峙すれば、戦ってる間に倒し方は考え付く。今知るべきことは、敵の倒し方ではなく、この少女の目的だ。


「で、あなたは何しに来たの?」

「借りを返しに来たのよ、昔、私を救ってくれたトモダチの」


 朱里が質疑を続けようとした時、ドアが開いて警備員が入ってきた。今日の面会時間は終了だ、と朱里を立ち上がらせ、強引に外へと連れ出す。


「また明日いらっしゃい」

「言われなくとも」


 朱里が尋問室の外に出ると、扉の傍にチャーチがいた。朱里は無言のままチャーチの傍を通り過ぎる。


「あまり反抗的な態度を取ると処分されるぞ。人の好みは時間経過と共に変わる。……いつまでも、お気に入りでいられるとは思わないことだ」

「誰かに気に入られたくて生きているわけじゃないからね」


 嘘だ。朱里はまた嘘を吐いた。朱里は父と母に気に入られたくて、弟の世話をしていた。今でも、家族に気に入られるなら全力を出す。……もし、朱里がPHCを倒すことで家族を守れるのなら、朱里が躊躇する理由はどこにもない。


「……」


 朱里が廊下の突き当りに消えたのを見届けた後、チャーチは尋問室へ入室した。


「こんにちは、チャーチ」

「久しぶりだな、荒垣あらがき霧花きりか


 監視カメラも盗聴器もない室内の音声は、外部には届かない。扉が閉まり、鋼鉄製の扉が大きな音を立てた。



 ネフィリムの調子は元通りとなり、出撃命令もなく任意ミッションの受注もしなかった朱里は部屋で一人考え耽っていた。テレビの電源は入っており、ぼーっと画面を見つめてはいるが、何の内容も頭に入って来ない。


(なぜ、このタイミングで捕まった。いや、そもそも捕まる必要があったの? 今のところ無事な様子ではあるけど、いつ殺されるか……拷問を受けるかわかったもんじゃない。それほどのリスクを負ってでも、やらなければならないことがあった?)


 朱里がキリカに聞きたい事柄は山ほどあった。だが、その山の一部分しか聞き出せないだろうことは、朱里も重々承知している。小城やシルフィード、常場だって、朱里にたくさんの秘密を残して死んだのだ。全て暴こうなどという傲慢さは持ち合わせていない。

 ゆえに、何を聞けばいいのか考えを纏める。しかし、聞かなくてももうわかり切っているのではという想いも頭をもたげていた。


「欲しいのは確証だけ、か……」


 朱里はPHCを倒したい。キリカも恐らく同じ目的。ならば、やることは一つだけ。議論するのは方法であり、何を成したいかという目的ではない。

 なのに、朱里は悠長にどうでもいい質問をした。キリカも、朱里に自身の目的をはぐらかした。

 まだ準備期間なのだ。次のステージには、準備ができ次第移行する。朱里の知らない計画が実行されるのは明日かもしれないし、数秒後かもしれない。

 やり残したことがないか、朱里は思い返す。必要な資料は頭と眼に叩き込んだ。義眼は既に朱里の所有物となっていると言った協力者の言葉を信じて。

 シルフィードの遺品はサブカルチャーばかりで、わざわざ携行する必要がないものばかりだった。必要なら、どこでも買い求められる。シルフィはありきたりな物しか持っていなかった。


「……無責任な約束、しちゃったな」


 ――街が見たけりゃ、借りを返した後でいくらでも連れてってあげる――。

 朱里はシルフィードとの無為な約束を思い出す。

 約束を交わした時の、シルフィードの喜ぶ顔を朱里ははっきりと思い出せる。結局、朱里は約束を果たすことなく、彼女を殺すはめになってしまった。彼女の性格上、どうせ怒りもせずにおどけて朱里に言うだろう。もー朱里ちゃんの嘘つきー。そうやって笑いかける。


「嘘をついたつもりはなかったのに」


 本気で行くつもりだった。新たな生きる目標とするつもりだったが……彼女が死んだ今、そんな言い訳をしても無駄なだけだ。

 供養などと大層なことは考えていないが、シルフィードの死は朱里の原動力となっている。


「準備をしましょうか……」


 誰にでもなく呟いて、朱里は自室を後にする。シルフィードはきっと、ぼそぼそ独り言呟いて気持ち悪いよ? と失礼なことを言うに違いない。




「ようこそ、ヴィネウエポンショップへ」

「聞きたいんだけどさ」


 朱里はカウンターに肘を乗せてヴィネに訊く。前々から感じていた疑問について。


「なんでしょうか」

「ヴィネ武器店と、ヴィネウエポンショップ。和名と英名、どっちが正式名称なの?」


 ヴィネの名前の適当加減は今更指摘するまでもない。わざわざ訊く必要のないどうでもいい内容だが、ヴィネはそうですねぇ、と顎に手を当てて、


「あなたの心の中にあるお店。ハンターの頼もしい協力者でありアドバイザー。ヴィネ武器ショップの呼び方は、それぞれのハンターが決めてくれて構いませんよ」


 つまりはどっちでもいいらしい。オリジナル名を作っても問題なさそうだ。

 もちろん朱里はそんな面倒なことをせず、会話を止めて買い物を始めた。買いに来たのは弾薬だ。魔獣には、討伐した魔獣の死骸から採取した粉末を混ぜた魔弾が有効だ。ヴィネは各武器に合わせた弾丸に魔獣の素材を混ぜ込んでいる。時には、武器の材料にも使われる場合もある。弾薬の製造方法だけでも世界へ公表すればいいと朱里は思うのだが、ヴィネはそう考えていない。


「企業秘密ですからね。ほいほい他人に公開したりしませんよ。信用できませんからね」

「少しは人間を信じてみたら?」

「ふふ。でしたら、あなたが私を信じてください。自分が信用していないのに、他者に信頼を強要するのは酷だと思いませんか?」


 ヴィネは笑いながら、朱里が注文したよりも多い弾薬ケースを並べた。見慣れない種類も混ざっている。朱里が眉を顰めると、ほら、さっそくそんな顔をして、とヴィネはおかしそうに言い、


「弾薬はいくつあっても困りませんからね。お金といっしょですよ? なくてもいいが、あった方が絶対いい」

「どうかしらね」


 朱里は弾薬を受けとりながら応える。自分の考えを告げていく。


「必要以上の武器と弾薬は重しとなって、心に疑心を生んでいく。お金もそう。生活に不自由しないくらいでちょうどいいのよ」

「無欲ですね、朱里。それでいいんです。あなたは自分の欲望を理解し、己の意志でコントロールしてらっしゃる。自分の欲望を知り、コントロールできる者こそが――正真正銘の怪物ですからね」

「じゃあね、ヴィネ」


 朱里はヴィネに別れを告げて、武器店を後にする。その背中に向けてヴィネは、


「ええ、ではまた」


 と確信した笑みで投げかける。



 名前の不確かなウエポンショップを出た朱里が次に向かったのはネフィリムの部屋だった。何が起きるかわからないなら、何が起きてもいいように備えることが危機管理というものだ。


「マスターアカリ」

「ネフィリム。調子はどう?」


 ネフィリムはテーブルの前に正座していた。申し訳なさそうな表情で朱里に応じる。


「申し訳ありません。どうやらあなたに迷惑を掛けてしまったようです」


 ネフィリムは自身の暴走について覚えていないらしい。記憶の齟齬はウヴァルから聞き及んでいたため、朱里はさして気にした様子もなく言う。


「構わないわ。問題は迷惑を掛けることではなく、どうやってお詫びをするか、よ」


 これは朱里が父親によく言われていた心構えのようなものだった。人は必ず失敗をする生物。ゆえに、失敗したこと自体は問題ではなく、どうやって失敗をフォローするかが重要視される。


「私だってたくさん失敗してきたし、払拭できないこともある。だからこそ、動くのよ。責任感じて動かないなんて情けないことはしたくないわ」


 今更めそめそ泣いて失敗を悔いたところで、死人は戻ってこないし、そんなことしたらケツを引っ叩かれる。高校生にもなってそんな恥ずかしい罰を受けたくはない。

 朱里がネフィリムを励ますと、そうですね、と彼女は朱里の考えを受け入れた。それがネフィリム本人の意志なのか、あらかじめプログラムされた通りの心理動作なのか定かではないが、朱里は前者だと信じたい。

 ネフィリムを信じるからこそ、朱里は願い事を言いに来た。朱里はネフィリムに倣ってテーブル前へ正座をし、真剣な表情で口火を切った。


「ネフィリム、私の願い事を聞いてくれる?」

「もちろん。私の主人はあなたですよ、アカリ」


 ネフィリムの快諾。だが、朱里はそうじゃないのと首を振った。


「これはあなたのマスターとしての命令ではなく、一人の友人としてのお願いよ」

「……拝聴しましょう」


 ネフィリムは一瞬戸惑い、しかしすぐに朱里の言葉に耳を傾ける。


「ありがとう、ネフィリム。まず、何があっても自殺しないこと」

「……」


 ネフィリムは肯定も否定もせず黙って朱里のお願いを聞いている。一抹の不安を感じるものの、朱里はまだネフィリムに人の心が残っていると信じていた。


「次に、私以外の人の命令に、無闇に従わないこと。私に相談するか、自分で聞くに値するか判断をして、行動すること」


 ネフィリムは口を開いて何か言いかけたが、その言葉を呑み込んだ。何やら心理的葛藤をしているように朱里は見えた。我ながら酷いお願いをしていると朱里は思う。ネフィリムは元々人の命令を聞くように設計された人造人間だ。

 だが、例え人紛いの模造品だとしても、無残に死んで欲しくない。彼女は命の恩人で、朱里の友達のひとりだった。


「生きることを諦めないこと。もし、誰か人が死にかけていたとしても――自分の命を優先して行動すること」

「……それは」


 と反論しかけたネフィリムに、朱里はしーっと人差し指を突き立てる。まだ私のお願いは終わっていない。そう瞳で黙らせて、朱里は言葉を並べていく。


「最後に……私の、高宮朱里のトモダチでいること。これはお願いではないわね。命令」

「命令……ですか?」

「そう。これは私の我儘。あなたを良い様に利用しておいてどの口が言うと思うでしょうけど――」


 と朱里が自嘲気味に述べる途中、突然ネフィリムが立ち上がり、朱里の傍へと寄ってきた。そして、頭を右手で撫でる。優しい手つきで。


「隊長に頭を撫でられた時、私は幸福を感じました。人を救う時にも悦びを感じますが、あの時以上の幸せを、感じたことがありません」

「ネフィリム……」


 朱里も立って、今度はネフィリムの白髪を撫で返した。朱里はこれでも姉なのだ。自分が頭を撫でられることは滅多にない。むしろいつも撫でる方で……少し気恥ずかしかった。

 ネフィリムも負けじと朱里の黒髪を撫でてくる。我ながら何をしてるんだ、と朱里は心の中で呆れたが、わざわざ口に出すほど無粋ではなかった。


(これで準備は整った)


 ネフィリムの頭を撫でながら、朱里は覚悟を決める。後は、自分の仲間であるキリカがどう出るか。


「楽しいですね、アカリ」

「楽しいとはちょっと違う気もするけど……」


 などと言いながらも朱里はだんだん楽しくなってきた。そうそう、無邪気に楽しまなきゃ損だよ! と心の中に潜む友人が囃し立てる。

 バカね、と吐き捨てながらも、思うつぼにはまっていく。ひどく綺麗で、恐ろしい罠だ。抜けたくても抜けられないし、抜けようとも思えない。とても怖くて、優しい、危険なトラップだ。

 朱里とネフィリムは、髪がくしゃくしゃになるまで互いを撫で続けた。おかげで、髪を整え直すはめとなってしまったが、朱里は何の不満も抱かない。



 ※※※



「これで準備は整った」


 社長は画面に目を落としながら、独りごちた。画面には、対人兵器であるパワードスーツの一式がずらりと並んでいる。

 全て派手な金色だった。戦場は美しく彩られなければならないとの考えからだ。


「地味な色だと美しくないからね。散り際は美しく輝かないと」


 現代の戦闘では、発見し辛い迷彩柄が好まれる。敵に発覚されないよう、少しでも有利に立つためだ。人の眼は意外と簡単に騙されやすく、迷彩服を着込むだけで素人でも風景に溶け込める。訓練を受けたプロならなおさらだ。

 だが、PHCが独自に用いる魔獣探知デバイスと、生体物を一瞬で見分けるゴーグルを使えば迷彩偽装など意味はない。魔獣に不覚を取った時もあったが、それはあくまで相手が特殊な魔獣だったからだ。獣ですらない人間に騙されるはずもなかった。


「恐らく一方的な試合となるね」


 カタログデータを見比べながら社長は呟く。日本の自衛隊が扱う銃器ではパワードスーツの装甲に太刀打ちできない。戦闘ヘリや戦闘機、機銃付の装甲車などは攻撃力では敵うものの、機動力で負けている。小城のような強さ――怪物を持つ人間ならば、武器の有利不利をあっさり覆せるだろうが、それほどの怪物を持った人間が自衛隊にそれほどいるとは思えない。怪物とは、基本的に無自覚に、街の中に溶け込んでいるのだ。


「もっとも……どこかの誰かが余計なことをしなければ、だけど」


 社長は端末を操作して、尋問室の扉を写し出した。尋問室内にはあえてカメラをつけない。完璧と退屈はイコールだ。完全とは、人の心が涸れることを指す。


「ああ、楽しみだ。君たちの持つ怪物は、如何にして、僕の心を躍らせてくれるのか」


 画面に朱里が現われて、堂々と尋問室へ入っていく。中で一体何が行われているのか。これから何が起きるのか。社長の想像は止まらない。



 ※※※



「さて、キリカ」

「何よ、唐突に」


 と文句を言うキリカの顔面には憎たらしいにやにや顔が張り付いている。その顔、嫌いなんだけど、と朱里が呟くと、


「それでも許容できるでしょう?」


 とキリカが訊ねる。にやりと笑みを浮かべて首肯した後、朱里はキリカの拘束を解除した。


「この程度なら不問。部屋の中で自由にしただけだからね。でも、これから行うことは、確実に問題になる。……覚悟はできてる?」


 今更過ぎる質問を、キリカは訊いてきた。朱里はふっとどこかの誰か見たく失笑し、当然の如く答える。


「そんなもの、とうの昔にできている」

「だったら、パーティを始めましょうか。携帯を貸して」


 朱里はズボンの後ろポケットに入れていた携帯を躊躇なく差し出した。受け取ったキリカは素早い速さでスマートフォンを操作していく。


「あなた、オタク?」

「藪から棒に。まぁ、オタクね。機械オタク。今の時代、こういう特殊技術が必要よ」


 キリカは小城のファイルを開いて、朱里では気付けなかった特殊コードを拾い集めていた。何するの? と朱里が訊くと、返ってきたのは朱里の予想通りの答えだった。


「ハッキング。PHCから見れば、クラッキング」

「ハッキングね、間違いなく。PHCは世界の敵だから」


 ハッキングは善いハッカーが行う善行だ。クラッキングは悪いクラッカーの行う悪行である。

 ゆえに、ハッキング。朱里はこの行為が間違いではないと胸を張って言える。

 朱里が眺めている横で、キリカは必要なコードを集め終えた。後は画面に指で触れるだけでPHCに攻撃できる。


「これで準備は整った。早速始めましょうか――私たちの大脱獄を」


 不敵な笑みを浮かべて、キリカは家族写真の真ん中に表示された実行ボタンに触れた。

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