第21話 妖精幻影

 朱里はシルフィードの遺体と共に帰還した。本当は彼女の遺体を社外に埋葬したかったが、機密保持の名目で拒否された。

 まずは医務室へと赴き、治療処置を行った。PHCの医療技術を用いれば、三日足らずで完治するという。なぜこれほど高度な医療が出回らないのか疑問だが、PHCの理不尽さを考えれば当然なのかもしれない。

 朱里が部屋へと戻ると、朱里の代わりに涙を流すネフィリムがいた。彼女は輸送機の爆発から難を逃れて無事だった。

 シルフィードのことは、残念です。泣きながら語るネフィリムにそうね、と同意して、


「あなたは私の代わりにたくさん泣いてあげて」


 トモダチの痕跡を洗い流すため、シャワールームへと向かって行った。

 シャワーはいい。身体も心も洗い流して、思考を纏める猶予をくれる。


(気になる点は大雑把にわけて、三つ)


 一つ目、シルフィードの遺言。自分を殺そうとした赤い死神を探せ。

 これが誰なのか、朱里にははっきりと思い出せる。朱里がビーストに襲われ、右眼と右腕を喪失したあの日、カワイソウねと言いながら朱里を殺そうとしたあの女だ。

 朱里はあの死神を、狩場から魔獣を外に放った張本人ではないかと疑っている。狩場には、魔獣が外に出ないようまき餌が仕込まれている。ドラゴンのような例外を除き、魔獣が隔離地域から逃げ出すことは滅多にない。

 もっとも、ただ単に朱里の運がなかった、とも考えられる。これについては推測しても仕方ない。どうせ探さなければならないのだ。

 二つ目、スモークグレネードを輸送したヘリ。通信不能の状態で、朱里の思考を先読みしたかのように現れた援護。

 戦術支援を要請不可だった朱里のピンチにかこつけて、颯爽と出現したヘリコプター。当初こそPHCの支援かと思われたが、だとしてもタイミングが良すぎる。一瞬社長が指示したのではと脳裏によぎったが、あの男がオモチャである自分に、そこまでの支援をするとは思えない。

 では、別の勢力の可能性が示唆されるが、そう考えると一番可能性が高いのは協力者、正体不明のメール相手だろう。協力者がなぜ朱里を援護するのか未だ疑問は尽きないが、各国政府は独自にPHCに対抗するため水面下で動いている。小城と所属が同じかどうかは定かではないが、似たような思想を持った人間が内部に潜入しているのかもしれない。もしくは、外部からスポットしているか。

 三つ目、最後の疑問は、シルフィードの弓を叩き落とした謎の狙撃について、だ。

 これも二つ目の問いと被る。まるでずっと自分を監視していたかのように都合よく、援護の銃撃は放たれた。あの狙撃がなければ、朱里が無事で済んだかはわからない。だが、だからと言って手放しに感謝はできない。悪魔だって人間を支援する。契約した人間が堕ちるのを見て楽しむために、協力する。よくわからない相手の都合のいい契約に乗ってはいけない。自分の頭で考えて、目の前の存在が味方であるかどうかを判断しなければならない。


(敵のような奴は味方で、味方のような奴は敵。かと思えば味方みたいな人が味方で、敵は敵である場合もある。厄介ね)


 小城、ネフィリム、常場、ヴィネ、ウヴァル、シルフィード、彩月、チャーチ、死神、悪魔の少女、そして、社長。

 それぞれがそれぞれの思惑のため行動している。故人である小城、常場、シルフィードと、自分を裏切らないであろうネフィリムを除いても疑わしい人間は多い。

 もっとも、人間であるかどうかさえわからないのだが。

 ――言わば、よく漫画やアニメであるセリフの“有り得ないは有り得ない”って状況ってことだね。やったね朱里ちゃん。今日からあなたは主人公だよ!


 シルフィードの言葉が再現されて、朱里はふ、と微笑を浮かべる。


「その通りだわ、全く。図々しい奴」


 死んでも自分の中に居座るとは――本当に面倒くさいトモダチだ。

 朱里がシルフィードに想いを馳せていると、右眼を通じて通信が入った。オペレーションルームからだ。どうせ彩月だろうし、同性に裸を見られたところで気にならない。


「もしもし」

『本日付であなたのオペレーションを担当するエペです。どうぞお見知りおきを』


 ところが、現れたのは彩月ではなく金髪の外国人らしき少女だった。エペと名乗った少女は淡々と報告を続けていく。


『まず、ハンターシルフィードの資産の引き継ぎについての件ですが』

「ちょっと待って。彩月は? 説明もなしに話を進めないで」

『したでしょう。本日付であなたの担当になりました、と。フランス生まれの私が、日本人であるあなたの日本語理解力を指摘しなければならないのですか?』


 半開きの目で咎めるエペに、そうじゃないわよ、とシャワーを止めて朱里は言い直す。


「なぜ彩月と交代したのか訊いているのよ」


 ああ、そういうこと、とエペは納得して、


『彩月は今、懲罰房に入っています。へまをしたんですよ。ドラゴンの出現を予測できたのに、パイロットに通告しなかった』

「……生きてはいるんでしょう?」


 心配する道理は朱里にはないが、間違いなくシルフィードなら訊いたであろう質問を、朱里は口にする。いくら彩月の態度に不満を抱いてるとは言え、流石に死なれてしまったら寝覚めが悪い。そもそも、彩月も朱里と同じようにPHCに囚われた被害者なのだ。

 朱里の心配を聞いて、へぇ、と感心したようにエペは相槌を打ち、


『生きてはいます。肉体的には。精神的に無事かどうかは知りませんが』

「だったらいいのよ。そこまで気にしてやる義理はないし」

『ドライなお方。しかし、そんなセリフを吐けるハンターを担当したのは初めてです。面白いですね、あなた』

「報告を続けて」


 了解しました、とエペは素直に言う事を聞き、


『シルフィードはあらかじめ書類にサインしていたようです。すごいですね、あなた。人を丸め込む才能がおありですか? ほとんど他人の力で、ランクAに昇格しましたよ』

「……Bじゃないの?」

『ハンターシルフィードはかなりの大金持ちだったようです。彼女もあなたと同じように、複数人の財産を引き継いでいる。加えて、ドラゴンは通常ランクSのハンターが迎撃するビーストです。二つの要因が重なり、あなたのハンターランクはAになった、というわけですね』


 エペは嬉しそうに――人を小馬鹿にするように言っているが、朱里は特に何とも思わなかった。ここでのランクはあってないような評価基準だ。アクセス権やシステムアップデートなどの機能追加以外はどうでもいい事柄でしかない。


『まぁ、ご存じの通り、ランクがあっても死ぬ時は死にます。どうせなら、ランクに見合った名誉ある死に方をしてくださいね。伝説になれますよ、ハンタータカミヤアカリ。多くのハンターを誑かした、魔性の女として。異性だけでなく同性すら誘惑するとは、さぞ夜のハンティングも素晴らしい実力で――』

「報告は以上よね」


 朱里は一方的に通信を切断し、再びシャワーを浴びる。シルフィードは朱里のことを皮肉屋と言っていたが、自分よりももっとひねくれているオペレーターが担当となってしまったらしい。


「でも、あなたならきっとトモダチになるのでしょう」


 本当に魔性な妖精は、無邪気に、鬱陶しく、朱里の中に土足で踏み込んできた。最初は嫌がっていたのに、今や自ら戸を開けて彼女を招く始末だった。

 だが、彼女はもういない。朱里を救うために堕落して、朱里に殺されてしまった。なのに、死んだ後もまだ、朱里に余計なお節介をするらしい。


「本当、図々しい奴」


 シャワーからお湯が放出されて、朱里の身体を洗い流していく。



 シャワールームから出ると、携帯に協力者からメールが届いていた。ネフィリムはテーブル横の椅子に座ってシルフィードに哀悼の意を捧げていたため、朱里はタオルで頭を吹きながら、ソファーへと腰を落とす。


『計画は第二段階に進行した』

『第一段階がどんなものか聞いてないけど』


 朱里が返信すると驚くべき速さで返答が返ってくる。


『進行度は気にならないか?』


 気になるかどうかと問われれば、確かに気にはなる。朱里は素直に言う通りね、と返した。


『誰か人探しでもすればいいの?』


 思い切って、カマをかけてみる。シルフィードと協力者が通じていればイエスと返ってくるはずだが、


『お前はまだ行動するべき段階ではない。追って連絡する』


 とはぐらかされてしまった。

 それ以降の受信はなし。さらに送信不能ときた。自分の言いたいことだけを言い、こちらの質問には答えない。

 自分で考えろ、と暗に告げられている。ここにはそういう奴が多すぎる。うんざりしたが、他に方法はない。

 朱里は火照った体を冷やすため、冷たいコーラを口に含んだ。シルフィならここで汚らしくゲップをしたが、朱里はそんな痴態は晒さない。


「風呂上がりにはコーヒー牛乳だっけ……」


 いや、ただの牛乳だったか? 朱里は記憶を辿っていく。シルフィードが日本ではそれが常識なんでしょ、と得意げに朱里の知らない新常識を語っていたが、記憶が曖昧で思い出せない。

 さて、どっちだったか。ああ、悩むなら両方頼んでしまおう。朱里はコーヒー牛乳と牛乳をウヴァルに注文することにした。

 とても厄介だ。こうして注文パネルを操作する合間も、シルフィードのからかい文句が浮かんでくる。

 朱里は寂しそうに嘆息した。そして、独り言を呟く。


「胸がどうとかどうでもいいわよ。身長も十分あるし」



 ※※※



「どういうことだねこれは! 契約違反ではないか!!」


 椅子に座って早々聞こえてきたのは、顧客の怒り狂った怒号だった。

 PHC社長は日本政府に呼び出されて、適当に見繕われたホテルの一室で代理人と話し合いをしていた。珍しいことに、傍らにはチャーチが立っている。油断も隙もない眼光で威圧されて、代理人の護衛は圧倒されていた。

 チャーチの存在感が、余計に代理人を昂らせている。参ったね、と社長は苦笑して、


「笑いごとではないぞ! 人々はビーストの存在に気づいてしまった! もう情報操作で隠匿できるレベルを超えている! 連日マスコミはドラゴンの存在を報道し、我々が秘匿していたのではないかと疑っている!」

「だったら、彼らを殺せばいい。報道の自由の弾圧、言論統制。政府による恐怖政治の始まりだ」

「何を……!」

「君たち、昔は似たようなことしていただろう? というか、今もしてるよね。何人のハンターを見殺しにするんだい? 僕はばれても構わないと言っただろう。見てみたいんだ。無知な人々がどういう反応をするか。今の君たちのように僕たちを毛嫌いするか……それとも、真の救世主として崇拝するか」

「お前たちが救世主だと? バカげたことを」


 政府代理人の黒スーツは社長の言葉を鼻で笑い、両手を組んで深刻そうな表情となる。


「いいか、事態は一刻を争う。この問題は日本だけではない。ドラゴン出現のニュースは世界に拡散されつつある。我々は報道規制を試みたが、もう手遅れだ。いずれ世界が気づく。世界には、核やテロリズム、犯罪や自然災害の他にもより切羽詰まった危険が潜んでいることに」

「潜んじゃいなかったさ。君たちが隠した」

「隠さなければ世界は前代未聞のパニックに陥っていた!」


 代理人はテーブルを叩いて立ち上がった。おお、怖い。社長は身震いしてみせる。怖がっている様子は微塵も感じられない。


「本当にそうかな。宇宙人が侵略してきたとでも言えば、人々も戦う覚悟を決めるだろう」

「宇宙人の方がまだマシだった! 言葉が通じる可能性はあったからな! だがお前は我々の通告を一体何度無視すれば気が済む!?」

「フェアにいこう、フェアに。君たちが僕の頼みを聞いてくれれば、僕だって君たちの願いを聞くよ。だというのに、君たちは自分に都合よく従えと言ってくる。ああ、酷い。実に酷いなぁ。そう思わない? チャーチ」

「さて、私には判断つきかねますが」

「話にならん!」


 交渉は決裂したと言わんばかりに代理人は怒鳴って、社長とチャーチから距離を取る。またあれかい? と呆れるように社長はため息を吐いて、チャーチがスーツの内側に手を伸ばした。


「止めた方がいい。ホテルの従業員が可哀想だ」

「残念だったな。ホテルの人間は全てエージェントだ」


 突然部屋のドアが開き、拳銃を持った従業員や客の恰好をしたエージェントがなだれ込んできた。

 さらに、窓側からはヘリからラペリング降下した特殊部隊が窓を突き破って現れる。社長とチャーチは完全に包囲されていた。

 しかし、絶対絶命のピンチだというのに、社長は座ったまま、やれやれと呆れて、


「チャーチ」

「……」


 貸しきりであるホテルの一室から、銃声が響き渡る。



 ※※※



「ハンターキラー?」

「ええ、ハンターキラーです。正式名称ではなく、通称ですね」


 そのまんまなネーミングを、朱里は輸送機の中で呆れながら聞いていた。手元には、いつものポンプアクション式ショットガンモンストルではなく、オートマチック式のコンバットショットガンを携えていた。名前を破壊者デストロイヤー。これまた安直な名称だが、破壊者の名の通り圧倒的な速度で連射できるこの散弾銃はあらゆる魔獣を木端微塵に吹き飛ばす。

 今朱里がネフィリムに聞いていたのは、シルフィードが探せと言い残した赤い死神についての情報だった。


「伊達に殺し屋キラーなんて名前はついてないんでしょ?」

「ええ。既に数人のハンターが彼女に殺されています。ですが、正体はよくわかりません」

「PHCでもわからないことがあるの?」


 思わず嫌味を口走った朱里だが、ネフィリムは真面目にええ、その通りですと首肯する。


「PHCのデータベースは完璧とはいえません。何度かクラッキングされたとも聞き及んでいます」

「……どこかの国に情報を奪われた?」

「さぁ詳細は。しかし、奪ったところで知識だけではどうしようもできません」


 ネフィリムの言う通りだ。もしクラッキングで情報を入手したとしても、扱えなければ意味がない。

 そもそも、本当に奪えたのか疑問だ。小城のデータでは、水面下で日本を含めた世界各国の情報機関が動いているらしいが、どこもまだ目に見えた成果を上げられていない。上げられたのなら、もっと強気に出るはずだ。


「死神の……ハンターキラーについてだけど」

「女性……私たちとそう歳の変わらない少女であることはわかっています。残された弾痕から、PHC由来の魔弾を使用していることも確認されています。ですが、彼女が登録されたハンターなのかは依然として不明であり、データ不足である、というのが現状です」

「ドローンでスキャンやら斥候やらは……」

「どうやら彼女には外部の協力者がいるらしく、忽然と姿を消してしまうのです。加えて、隔離地域外でのPHCの活動は日本政府によって制限されています。そのため、まともな追跡も困難であり、放っておいても被害は少ないので放置する……というのがPHCの出した結論です」

「ハンターの死はどうでもいいんだったわね」


 死んだところで代わりはすぐに補充できるし、PHCの業務は社長にとって半ば趣味の範疇に入っている。損失が出たところで痛くもかゆくもない。

 金は十分なほど稼いだだろう。それこそ、国を買えるぐらいには。それでもまだ社長の席に甘んじているのは、それが愉しいからに他ならない。まさに金持ちの道楽だ。


「私は納得しかねますが」

「そうね、あなたは納得しないであげて」

「了解です、マスターアカリ」


 ネフィリムは従順に頷く。これ以上の情報は望めないと、朱里は右眼に表示されたデータを参照しながら作戦を組み立てていく。

 今回討伐するのはサンダーバードとゴルゴンだ。無論、サンダーバードはイギリスの人形劇でも映画でもなく、雷を使うワシ型の魔獣で、これ自体の対処は簡単だった。問題はゴルゴンの方だ。髪の毛が無数のヘビになっている人型の魔獣で、メドューサと聞けば知ってる人も多いかもしれない。ヘビには毒があるが、厄介なのはそんなものではなく、目が合ったものを石化させるという石化能力だ。


「ヘビに睨まれたカエルにはなりたくないし……どうするシルフィ?」


 ともういない相棒に問いかけて、自分の失言に朱里は気付く。


「アカリ……」

「……ネフィリム、あなたならどうする?」


 質問相手をネフィリムに変えると、ネフィリムは思案し始める。しばらく黙考した彼女はそうですね、と口を開いて、


「敵が正面を向く前に仕留めるのが、安全かつ最善かと」

「そう上手くいけばいいけど、まずは最悪な状況を考えましょう。私とゴルゴンが一対一で対決する場合……」


 髪の毛のヘビの視覚はゴルゴン本体と繋がっているらしい。敵は三百六十度視界をカバーする化け物だ。パッと思いついたのが、スタングレネードを用いた目潰し。次に、スモークグレネードを使った煙幕だが、同時にゴルゴンの反応も朱里は予測する。


(ヘビを使ってスタンを防御されるかも。スモークは有用そうだけど……。確かヘビには赤外線を使ったサーモグラフィと似たような働きをする器官があったはず)


 ピット器官と呼ばれるヘビの第三の目だ。ヘビは視界による索敵だけではなく敵の熱源を探知して獲物を捕食する。

 ゴルゴンのヘビ髪に同じ器官があるかは不明だが、あるものとして考えた方がいい。すると、朱里の取れる行動は限られてくるが……。


「だったらもうさー、目を瞑って直接ぶっ叩けばいいんじゃない?」


 シルフィードの幻が対面座席に現れて、あっけらかんと考えなしに提案する。無理よ、そんなのと冷たく否定すると、酷いなー朱里ちゃんはと苦笑して、


「あくまでゴルゴンの邪眼の効果は肉眼で見た場合に限るでしょ? 朱里ちゃんにはあるじゃない。どんなモノも見通せる鷹の目が」

「本当に見たいものは、何一つ見えないけどね」

「アカリ? 大丈夫ですか?」


 何でもないと答えて、朱里は瞑った右眼に触れる。

 完璧とは言い難いが、作戦は決まった。そして、作戦が不完全であればあるほど、朱里は無上の強さを発揮する。



 サンダーバードは狙撃能力の高いネフィリムに任せて、朱里は廃墟街の真ん中で堂々と姿を晒していた。

 敵は不意打ちを避けるため、どこかに隠れている。まさにヘビのように縦横無尽に動き回るため、捜索を諦め向こうから出てきてもらうことにした。

 十分ほど待っていると、上半身をヘビ髪で覆い隠した奇怪が、朱里へと歩み寄ってくる。ゴルゴンは女性の魔獣だ。朱里は作戦通り、左眼を瞑って義眼だけで魔獣と向き合う。

 瞬間、にっと余裕の笑みをみせるゴルゴンが隠されていた素顔を晒した。皮膚が青色であること以外は人間と大差ない。間違いなく美人の類ではある。シルフィードには遠く及ばないが。

 朱里の義眼とゴルゴンの邪眼が交差した瞬間――朱里は悲鳴を上げて苦しみ出した。


「ああ、ああああッ!」


 膝をついて、絶叫する。ゴルゴンの勝ち誇ったような笑い声と朱里の悲鳴が混じり合う。


『アカリ!? どうしました!?』

「か、身体が、身体が石に!」


 朱里は右手を押さえて苦悶する。ゴルゴンは行動不能に陥った朱里を喰らおうとしたのか、ゆっくりと接近し、


「――なんてね」


 平然と立ち上がった朱里と目が合い、瞠目する。


「シルフィの言った通りだわ。義眼ならゴルゴンの邪眼を無効化できる」


 人を消し飛ばせる凶悪な戦闘用散弾銃を携えて、朱里はゴルゴンへと歩き出す。ゴルゴンから余裕の表情が喪失し、怯えるように後ずさる。

 ゴルゴンがランクA以上の狩人討伐対象に指定される理由は、石化能力が強力だからだ。ヘビの噛み付き攻撃も脅威と言えば脅威だが、それ以上の戦闘能力はゴルゴンにはない。

 邪眼を無効化された以上、ゴルゴンは朱里の敵ではなかった。ゴルゴンは無数のヘビを伸ばして朱里を攻撃してくるが、圧倒的な連射力を持つコンバットショットガンに、ヘビたちは肉塊へと変えられていく。


「手品は所詮、手品。種を見破られれば打つ手はない」


 常識では考えられない魔術も、知らないから脅威なだけだ。知ってしまえば、大したことはない。回避可能なら回避するし、防御可能なら防ぐ。対策が取れるなら対策を取り、どうしようもないなら文句を言って諦めればいい。


「チャージ、開始」


 ゴルゴンはギリシャ語で何やら朱里のわからぬ言葉を発している。右眼曰く、有り得ないと狼狽しているようだ。

 だから、朱里は教えてあげる。この世界の本当の姿を。悪魔すら屠る、自分の中の怪物を。


「有り得ないは、有り得ないわ」


 義手に充填されたエネルギーを拳に乗せて、一気に解放。強烈な打撃を受けたゴルゴンは、内臓器官をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。

 血を吐きこぼしながら斃れたゴルゴンから目を離し、夜空に浮かぶ星空と月を見上げる。


『サンダーバード、討伐しました』

「了解。……お疲れ様」


 ネフィリムを労って、通信終了する。


「早く出て来なさいよ、死神。あなたには用があるんだから」


 朱里は夜空に向かって独り言を放つ。その邂逅が何を意味するのか知らぬまま。

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