第18話 巨竜襲来

「ちょっと、いい」


 ヴィネウエポンショップへ訪れた朱里は、カウンターで頬杖をついている店主へ呼びかけた。


「なんでしょう?」


 と疑問を投げるヴィネだが、彼女はお見通しの視線を朱里へと向けている。望みの物を出してくださいと、彼女に言われ朱里はカウンターに右手を置いた。


「義手の強化をお願い。まず射出式アンカーが欲しい」

「ナイフや銃もセットでどうですか?」


 と他のオプションを口頭で提示しながらヴィネは作業に取り掛かる。前以て準備してあったアンカーフック射出装置を、朱里の右腕に取り付けていく。突然の機能拡張にも即日対応。それがヴィネ武器店です、とヴィネは誇らしげに宣伝した。


「他にもつけて欲しいオプションがある」

「はいはい、わかってますよー。いざという時の切り札でしょう?」


 ヴィネはウインクしながら訊いてくる。望むものを言わずにくれるのは嬉しい限りだが、自分の心を見透かされているようで、朱里は癪だった。

 しかし、それでも彼女の協力は必須だ。どこぞの誘惑してくる悪魔などとは違って、武器の扱いに関しては信用できる。


「わかるの?」


 という朱里の疑問に、ヴィネは笑顔で首肯する。


「もちろん。来たるべき戦いに備え、最終決戦仕様に変更する……。くぅー燃えますね」

「最後の戦いが近い、とあなたは思っているの」

「いえ、まだまだ中盤と言ったところです。戦いとは長引く物ですから」


 できました、という掛け声で朱里はグレードアップした義手の感覚を確かめる。基本的にカスタム前と変わらないが、アンカー射出装置が搭載されたため、腕の上部が盛り上がった。念じればアンカーが射出され、ビルの上だろうが飛行型魔獣の身体だろうが一瞬で移動できる。


「切り札は後でつけます。まだ必要ないでしょう……」

「そうね。ありがとう」

「訪問販売はしつこいですからねー。追い払うのは大変です」

「同感よ。一発喰らわせないとダメね」


 ヴィネと論調を合わせて、朱里は武器店を後にする。


「たぶん、向こうも同じことを考えてますけどね」


 朱里が出て行ったドアを見つめて、ヴィネがひとりごちる。


「待って、朱里」


 ヴィネの店から出た朱里は、ドアの前で待ち伏せしていたシルフィードに声を掛けられた。何? と訊き返すと、話したいことがあるの、と彼女。


「話したいこと? どうせあなたのことだから告白とか言うんでしょう」

「そうね、告白。広義の意味ではないけど」


 いつもの軽口ではなく、本気とも取れる真摯な瞳に、朱里は付き合うことにした。

 シルフィードは先導し、海を見渡せる展望エリアへと歩いて行った。柵の前で立ち止まり、綺麗な海を眺め始める。

 朱里も彼女の傍へと行って、同じように海を眺めた。家族で海遊びに行ったことを思い出す。幼い弟と、朱里は砂遊びをした。お城を作ろうと奮戦し、結局山作りで妥協したことを覚えている。


「海、好き?」

「嫌いじゃない。けど、嫌いになりそうではある」

「どうして? こんなに綺麗なのに」


 シルフィードの質問に、朱里は波風に吹かれながら、


「そう、綺麗だから。本当は人を呑み込んじゃうほど怖いのに、とても綺麗だから」

「着飾ってるのが赦せない」

「そういうこと。怖いものは怖いものとして、ふさわしい恰好をしていればいい。で、私に何を告白する気?」

「お、朱里ちゃん気になる? 実は期待してたりする?」

「……」


 無言で指摘すると、シルフィードは寂しそうな笑みをみせた。朱里の態度がつれないという理由ではなく、これを話せば今までの関係が維持できなくなってしまうから。そんな風に、朱里は感じた。


「私ね、トモダチ想いなの」

「それは初耳ね」

「ちょっと酷いなぁ。……ママとの約束でね、トモダチは大切にしなさいって言われてるの。トモダチをたくさん作りなさいともね。結構苦労したんだよ? ハンターはみんな疑心暗鬼だし。トモダチになったフリをされたこともあったなー。無垢で可憐な私を騙そうとした男が何人いたことか。知ってる? 私実はモテるんだよー?」

「私だってモテたわよ。十九人の男に迫られた」


 そいつらが自分をレイプする気満々だったことは伏せておく。

 朱里の出まかせを知ってるのか知らないのか、シルフィードは軽快に笑い、


「あははは。でね、バリバリのリア充だった私は、たくさんのトモダチを作ったわけ。コミュ症の朱里ちゃんとは違ってね」

「ちょっと」


 反論しようとした朱里の口を、シルフィードは人差し指を立てて黙らせる。


「こんな状況だから他人を信頼できないって子は多かった。でも、私は違うと思った。こんな最悪なところにいるからこそ、みんなで協力するべきだってね。でもさ、大抵のハンターは無気力になっちゃうわけ。朱里ちゃんは元気だけど、ハンターの末路、知ってるでしょう?」

「全てを奪われたハンターは、絶望しながら死ぬしかない」

「そ。ぶっちゃけね、希望を奪われる前に……絶望する前に死んじゃった方が楽なの。十人くらいだったかぁ……。それくらいで、もう諦めたね。普通の方法じゃトモダチを大切にできないって。メンタル弱いでしょ、私。さぁて、問題です。トモダチを大切にするために、私が思いついた新しい方法はなんでしょう?」

「……」


 朱里はわかっていたが、答えを口に出さなかった。シルフィが自問自答して、朱里に答えを教えてくれる。朱里の予想通りの答えだった。


「正解は、トモダチが絶望しちゃう前に殺すことでーす。驚いた? 私は前人未到の殺人鬼、イカレ狂ったサイコパスでしたー」


 そう告白するシルフィードの横顔はとても寂しそうで、悲しそうで。

 朱里は糾弾することも擁護することもせずに、黙って彼女の顔を見つめていた。


「ちょっと朱里ちゃん? ここは思いっきり軽蔑するところだと思うけどなぁ。もしくは、驚くとか」

「悪口は趣味じゃないから」

「ええーっ? 散々人のことバカにしてたくせにー」


 口調こそいつも通りだが、表情はいつもとは異なっている。シルフィードはずっと前を見据えて、海の輝きに目を奪われていた。

 朱里はその横顔を見て、綺麗だ、と思っている。シルフィードは同性目線から見ても美人の類だった。狩人の娘として生まれなければ、一体どんな人生を送っていたのだろう。自分の中の怪物に屈した朱里とは違って、きっと華やかな人生を過ごしたに違いない。

 だが、それは一つの可能性に過ぎない。シルフィードはここしか知らない。裏の世界で生きて、表の世界に憧れる。それがとても綺麗だから、焦がれて一生懸命手を伸ばす。でも、そこには絶対に辿りつけないことを彼女自身が知っている。


「あなたは私に糾弾して欲しかったの? それとも、私に殺されたかった? チャーチ辺りに告げ口して欲しかった?」

「さぁ、よくわかんない。聞いて欲しかったのかもね。あなたなら、もしかして、今までのトモダチとは違うんじゃないかって希望がある。こんな汚いところにいるのに、あなたは驚くぐらい綺麗だから」

「私が、綺麗?」

「ええ、綺麗よ。あなたは黒く染まってなお、自分を保てる強さがある。絶望に染まっても、絶対に屈服しない怪物を秘めている。あなたはきっと、どんな壁にぶつかっても、その壁をぶち破りながら進むんだ」

「確かに、壁は壊す主義よ。乗り越えてなんかやらない」


 義手を握り絞めると、シルフィはおかしそうに笑った。目じりに涙を溜めて、あれ? おかしいな、と疑問符を浮かべながら。


「変なこと言うから、涙が止まんなくなっちゃったよ、あははは」

「そうね、私が変なことを言ったから」


 朱里はネフィリムの時と同じように、シルフィを抱きしめてあげた。背中を撫でて、気分を落ち着かせる。正直なところ、シルフィが殺人鬼かどうかはどうでも良かった。人のためを想って殺すなら、全然信頼できる。自分のために他人を利用する人間よりはずっと。それに、怪物の友達が怪物で何か問題があるのだろうか。


「……朱里ちゃん」

「何?」

「実はもう一つ話したいことがある」


 シルフィードは意を決した表情で朱里を見上げた。視線を受けて、朱里も発言を聞き逃すまいと覚悟する。

 が、


『ハンタータカミヤアカリ。ハンターシルフィード。緊急任務が発令しました。至急、出撃ハッチへ向かってください』

「緊急任務……?」


 小城の時と似たシチュエーション。

 警戒する朱里だが、シルフィードはいつもの飄々とした表情へと戻り、


「行きましょ、朱里ちゃん。今日の獲物は何かしら」


 と楽しそうに誘ってくる。

 その変化から、この場では言えないことだと朱里は察し、頷いて彼女の背中を追って行った。



 ※※※



 輸送機にはネフィリムが同乗していない。同行者として朱里は彼女を指名していたが、準備が間に合わず、任務の緊急性を鑑みて、後から出撃するという手筈になっていた。

 朱里とシルフィードが、装備と共に乗り込んで、輸送機は日本へと発進していく。


「どう思う? シルフィ」

「どうもこうも、任務でしょ?」


 シルフィードは素知らぬ顔で朱里の質問に答える。

 だが、頬杖をつきそっぽを向く彼女の口が微かに動いてることに気付き、朱里は右眼で注視した。

 右眼の解説通りならば、


「ちょっとヤバいかもしれない。いつでも対応できるように、武器を携帯しておいた方がいい」


 とシルフィードは言っている。


「こうも立て続けに任務だと参っちゃうわよね。狩りは愉しいけど」

「その点については同感ね。ゆっくりお話ししたかったのに」

「帰ったらいつでもお話できるわよ」

「ええ、帰れたら、ね」


 朱里は左手を強く握りしめる。全神経を集中させて、到着もまだだと言うのに臨戦態勢でいる。

 出撃した時から、もう戦いは始まっている。これを仕掛けたのが誰なのかはこの際どうでもいい。絶対に生き残って復讐するから、敵については考えない。

 今気になるのは、シルフィードのことだ。自分のことは心配しない。シルフィのことだけ考える。正確には、彼女がちゃんと戦術支援を受けられるかどうかだけ、不安視する。

 シルフィードの一番の強みであるフライトユニット。あのパッケージが無事投下されれば、朱里の心配事は尽きる。朱里とシルフィの組み合わせなら、どんな魔獣にだって勝ち目はあるからだ。

 しかし、小城の件を踏まえると、無事に支援が行われるとは思えない。なら前以て装着すればいいのだが、この機にはフライトユニットが積み込まれていなかった。緊急事態のため、別のチームが輸送しているという。

 くそ、と朱里は心の中で毒づいた。また自分にとって都合の悪い展開が起きている。偶然ではなく何者かの意志が介入していることは明らかだ。


「ねえ、朱里ちゃんはさ、私のこと好き?」

「何よ突然?」


 急な問いかけを、朱里は訝しんだ。シルフィはへらへらとした調子で、瞳だけを真面目にして訊いてくる。

 朱里はどう答えるか悩んだ。素直に好きだって行ってやるべきか、回りくどい言い方をするべきか。逡巡の後、答えを言おうと口を開いて、


『警告! 飛行型ビーストにロックされた!! 至急援護を――あ、あああッ!』

「ッ!?」

「シルフィ!!」


 散弾銃を抱えていた朱里は、壁に向かって引き金を引いた。銃が穿たれ、穴が開く。そこを義手で強引に開き、シルフィードの手を取り脱出しようと試みる。

 コックピットにミサイルのようなものが着弾し、人員輸送室へ炎が溢れ出た。間一髪のところで飛び降りて、爆炎に呑み込まれるのを回避する。


「く、一体何が――?」


 地上へと降下しながら、輸送機を撃ち落としたそれをサーチする。右眼が敵を補足、解説――飛行型ビースト、ドラゴンです。


「ドラゴン!?」


 シルフィードが叫び、朱里も驚愕する。巨竜の姿を目視しながら、二人は重力に引かれて、隔離されていない市街地へと落下していった。



 ※※※



「人はビーストの存在が露見しないよう、随分気を使っているみたいね」


 少女は突然現れたドラゴンに混乱する街を、スカイツリーの上から見下ろしている。紅茶カップを手に持って、優雅に泣き叫ぶ人々を観察しながら。

 立ち入り禁止エリアだというのに、誰も咎める者はいない。元より、少女の姿は一部の人間にしか見えていなかった。


「うふふ。でも、私が気遣う必要はないわよね? だって、私は悪魔だもの――あら?」


 少女は人間の作った鉄の鳥が、ドラゴンを討伐するため現れたことを知った。戦闘機の中隊が、さながら怪獣映画のように緊急発進したのだ。


『コントロール、こちらハンター1。これよりビーストと交戦を開始する』

『コントロール了解。ハンター1、死ぬなよ』


 イーグルという別名を持つF-15戦闘機の群れが、空の王者たるドラゴンへ勝負を挑もうとしていた。少女は紅茶を片手に見世物も見上げる。

 F-15の中隊が巨大な赤竜と交戦開始エンゲージ。二十mmバルカン砲と空対空ミサイルをありったけぶち込む。本来のドッグファイトならもう少し戦術的な動きをするのだが、ビーストファイトの訓練は仮想訓練しか行っていない。それも主に地上支援という形だったので、ドラゴンとの対空戦は想定されてなかったのだ。

 しかし、当たれば倒せるはずだ。パイロットたちはそう信じて、ドラゴンに向けて総火力をぶつける。ドラゴンがどれほどの相手かは不明だが、魔獣の恐ろしさは航空自衛隊にも伝わっている。


『――攻撃が効きません!』

『何て装甲だ――ああッ!!』


 先陣を切っていた戦闘機が、ドラゴンの火球を避けられず撃墜された。戦闘機の機動性よりもドラゴンの機動力は上回り、ドラゴン退治に訪れたイーグルたちは、一転狩られる立場になった。隊列も陣形もバラバラとなり、一機ずつ破壊されていく。


『くそ、くそ! うわああああ!!』

「あーら、情けない。お金の無駄じゃない」


 ドラゴンに喰われる鉄の鳥の弱さに嘆息しながら、少女は紅茶を飲み干した。

 紅茶セットを虚空へと帰し、街中へ落ちたはずの本命へと目を注ぐ。


「ビーストを狩りたければ、怪物を用意しないと。人の身で化け物に対応できるはずがないじゃない」


 十二機にも及ぶ戦闘機が、ドラゴンの炎に焼かれ、機体ごと丸呑みされ、体当たりによって打ち砕かれた。生存者はなし。文字通りの全滅だった。

 さて、腹を空かせた飛竜は次に何を喰らうのかしら、と新しい見世物を、少女は優雅に見物し始める。



 ※※※



「くそッ。特撮映画じゃないのよ」


 朱里はなす術もなく撃墜された戦闘機の残骸へ目をやりながら呟いた。

 次にシルフィードへと目を移し――彼女は初めて訪れた東京の街に、心を奪われていることを知る。


「シルフィ?」

「街……これが、街……」

「シルフィード! しっかり!」


 朱里が肩を揺さぶると、ハッとしたシルフィが謝った。


「ご、ごめん」

「謝るのは後。……街が見たいなら、借りを返した後でいくらでも連れてってあげる」

「……え?」


 シルフィードは驚きのあまり目を丸くしていたが、すぐに笑顔となって頷いた。


「あは、あはは。ありがとう朱里ちゃん」

「礼も後。くそ、このままじゃ東京は大惨事よ。何を考えてこんな都会に――」


 広がるのは日本の首都、東京の街並み。広がるビル街の真ん中に、巨大なスカイツリーがそびえ立ち、その周りをドラゴンが怪獣よろしく飛び回っている。あれを何とかしなければならないが、その前に要請することがある。


「シルフィ。フライトユニットは?」

「サッちゃんと通信が繋がらない。故障かしら」


 シルフィードの呟きを、朱里は即座に否定した。


「いえ、故障じゃない。でもどうせ繋がらないから、今ある戦力でどうするか考えましょう」


 方針を口に出しながら、朱里は右眼で近場の狩場を検索している。都会の真ん中で魔獣と戦うのは得策ではない。どうにかしてあの巨大な竜を狩場へと誘導する必要があった。

 しかし、朱里の装備では厳しい。シルフィードの装備でも困難だ。だが、だからこそ二人の怪物は悦び、闘志を燃やしている。


「まぁ、爆裂矢なら引き付けられるでしょ。倒せはしないけど」

「どんな生物にだって必ず弱点は存在する。どこかに急所があるはず」


 朱里はドラゴンをもう一度スキャンし、弱点らしき箇所を探す。だが、右眼がスキャンを終える前に、朱里がいる交差点へドラゴンが接近してきた。


「――ッ、逃げるわよ!」

「あらら、情けないね」


 朱里とシルフィードは走って逃げる。空を舞う王者が炎を吐き、交差路を火の海へと変える。

 ギリギリのところでビルの中へとガラスを割りながら飛び込んで、熱風を回避する。飛び込んだ商業ビルで働いてたサラリーマンたちが、何事かわからず呆然としていた。


「何してるの! 早く逃げろッ!」


 朱里が怒鳴ると、人々は一斉に走り出した。しかし、どこに逃げればいいかわかっていないようで、あちこちを走り回っている。

 地下だ、と朱里は声を張り上げた。


「地下に潜れ! ビルにいたら焼け死ぬか、倒壊に巻き込まれる! 災害が発生した時と同じように対処して!」


 誰かしら緊急避難用マニュアルを熟読しているはずだと期待して、朱里はシルフィードと外に出る。

 あれ? 私らは地下へと逃げないの? とにやにやしているシルフィードといっしょに、停めてあったバイクに跨った。


「朱里ちゃん、バイクの免許持ってるの?」

「持ってるわけないじゃない。でも、私には右眼がある」


 ドラゴンに蹂躙される戦闘機を目の当たりにして、バイクの持ち主はキーを差しっぱなしのまま逃げたようだ。ありがたい、と感謝しながらノーヘルで二人乗りを行う。


「わーこれどう見繕っても犯罪だね、犯罪のオンパレードだね」

「うるさい」


 エンジンを掛けた朱里はシルフィードと共にバイクで街へと繰り出した。逃げる二輪車を見咎めたドラゴンが、人々ではなく朱里たちに狙いを集中する。


「もしかしなくても狙いは私たちだね」

「知ってるなら援護して!!」

「了解」


 シルフィードは後ろへ座り直し、器用にバランスを取りながら弓をドラゴンに向けて放った。矢は精確にドラゴンの顔に命中し爆散したが、ドラゴンは気にも掛けず突進してくる。


「狩場へのナビゲートスタート!」


 音声入力で右眼に指示を出し、ナビ通りに道路を進む。道路はあちこち渋滞し、朱里は歩道や裏路地など、様々な道を駆使して移動していった。

 ――次の通りを右です。右眼が喋り、右に向かう道路が車で封鎖されていることを知った朱里だが、車高の低い車を見つけてアクセルを全開にする。


「ちょっ、朱里ちゃん!?」

「黙ってなさい!」


 シルフィを黙らせて、朱里は車をジャンプ台にし飛び上がった。危険極まりないジャンプを行ったバイクは無事アスファルトへと着地し、人々の間をすり抜ける。

 が、ドラゴンは火を噴いて道を塞いできた。急転回したバイクだが、炎とドラゴンに挟まれて移動しようがなくなる。


「ヤバッ」

「捕まれ!」


 朱里は新装備であるアンカーショットを使うことにした。近くにあったハンバーガーショップのドアへアンカーを飛ばし高速移動。店の中へと入り、身を隠す。急に消えた朱里たちを探して、ドラゴンが周囲を旋回している。


「くそ……」

「ハンバーガーかー。お、未開封のヤツ発見」


 シルフィードは平然と、封のされていたチーズバーガーを食べ始めた。突然現れた来客に、逃げ遅れた人々が恐怖の視線を向けている。

 まだ逃げてなかったの、と驚く朱里をよそに、シルフィードはもぐもぐバーガーを咀嚼していた。


「お姉ちゃん、何者?」


 急に問いかけられて、朱里はどきり、と心臓が跳ね上がる。弟がいた――ように錯覚したが、視線の先にいたのは章久と同年代の男の子だった。男の子に問われて、初めて気付く。恐怖の視線のほとんどは右腕が機械化された自分に注がれているということに。


「すぐ、出ていくわ……」


 と裏口から店を出ようとする朱里だが、


「知ってるよ、僕。お姉ちゃん、街を守る正義のヒーローでしょ」

「そんな立派なものじゃない」

「でも、みんなを守るために、出ていくんでしょ?」


 朱里は答えない。でも、少年はわかっているように笑顔を向けている。


「頑張ってね、お姉ちゃん」

「……ええ、頑張るわ」


 少年の眼差しを背中に受け止めて、朱里はシルフィードと外に出る。

 ドラゴンにはまだ気づかれていない。なるべく人のいない場所で姿を晒す必要があった。


「あはは、朱里ちゃん、正義のヒーローだったんだ」

「茶化さないで」

「茶化してなんかいないよー。……私、本気であなたならヒーローになれると思ってるよ」


 シルフィードの視線を受けて、朱里はちょっと赤くなった。あ、朱里ちゃんカワイイ、とシルフィードがからかってくる。


「ふざけてないで行くわよ!」

「はいはい、ヒーロー様の言う通り」

「それを言うなら、ヒロインでしょ」


 と突っ込みながら、朱里はシルフィと街を駆けていく。満更でもない表情で、自分を見捨てた国の人々を救うために。

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