第16話 追憶思惑

 物心ついた時から、そこにいた。

 外界から隔離されたその場所に。怪物専用の監獄に。


「やぁ、シルフィード。目を覚ましたかい?」


 スーツ姿の男の声が、端末越しに聞こえた。幼い少女が目を覚ます。

 優しいおじさんは、いつもシルフィの様子を気に掛けてくれる。シルフィードが男に懐くまでそう時間がかからなかった。何かあればおじさんが助け、救ってくれたから。

 シルフィードにとって男は、親の代わりだった。だから、ついて来て欲しいと命じられた時、何の疑いもなく、その背中について行った。――初めて見た動く物を親と認識する、鳥のひなのように。

 通された部屋には、黒いビニール袋が二つ天井から吊るされていた。サンドバックめいたそれをシルフィードは不思議そうに眺めている。

 彼女に男は近づき、ケースを手渡した。プレゼントだよと言われて、シルフィは無邪気にケースを開ける。

 中には変わったオモチャが入っていた。シルフィは初めて見る――黒光りするそれは、低反動で子どもでも扱いやすい九mm弾を使用するオートマチック拳銃だった。


「なに、これ?」


 シルフィの質問におじさんは優しい声で答える。悪い敵をやっつけるための道具だよ、と。


「わるい、てき」


 具体的にどういうモノを指すのか、シルフィにはわからない。でも、もしおじさんが誰かにいじめられたら、そのいじめた奴がわるいてきだというぐらいの認識はあった。

 だから、その時のために備えよう、と幼心ながらに思った。銃を持ってみて、どうすればいいの? と教えを乞う。


「使い方は簡単だよ。スライドを引いて――」


 おじさんはシルフィに拳銃を握らせて、銃の撃ち方を丁寧にレクチャーしていく。おじさんの温かい手が触れて、シルフィードは嬉しかった。新しいオモチャを貰えたことも嬉しかったし、おじさんの役に立てる機会が与えられたことも嬉しい。

 幸福感に包まれていた。銃の撃ち方を教わった彼女に、男はじゃあ、実際に撃ってみようとビニール袋を指さした。


「アレって何なの?」

「ゴミだよ。捨てても問題ないヤツ」

「そっか。なら安心だね」


 シルフィは両手で拳銃を構えて、引き金を引いてみる。銃声にびっくりして、肩が震えた。外れちゃったね、とおじさんが苦笑する。

 なんか悔しいな、とシルフィはむきになり、もう一回撃ってみた。また外れる。ちゃんと狙えてないのだ。


「ゆっくりと落ち着いて狙ってごらん。力んじゃダメだよ。時間はたっぷりあるから」

「うん――」


 すーはーと深呼吸をして、今度こそ落ち着いて狙ってみる。両腕でしっかりと握って撃発させると、今度は的に命中した。赤い液体がどばどばと溢れてきて、シルフィはやったと喜ぶ。


「当たったよ!」

「うん、当たったね。的は二つある。もう一つの方にも、当ててみようか」

「うん!」


 シルフィは赤い液体を一瞥したが、気にせずにもう一つの的へ銃を向けた。また何度か外したが、袋から赤い液体が流れ出し、笑顔でおじさんの顔を見上げた。

 すると、おじさんも笑っていたことに気付く。嬉しいのだ。シルフィードがきちんと的を撃ってくれたことが。


「やったよ、おじさん!」

「ああ、やったね」

「ところでさ、あの袋の中身はなんなの? 食べ残しのトマト? ダメだよ、好き嫌いはしちゃ。ちゃんと野菜も残さず食べなさいって、ママに言われてるもん」

「――お母さんだよ」

「え……?」


 おじさんが言った言葉の意味がわからず、シルフィは訊き返した。

 だから、お母さんと、お父さんだよ。おじさんは笑いながら、ビニール袋を指し示す。

 その時、何を言っているのか。おじさんの言葉がどんな意味を持っているのか、シルフィにはわからなかった。両親は狩人で、今もどこかで一生懸命働いているのだ。おじさんが冗談を言っているのかと思い、シルフィはおじさんと共に笑っていた。

 おじさんの……PHC社長の言葉の意味が理解できたのは、それから数日後。シルフィードがPHCの狩人として正式に登録されてからだ。


「――人は誰しも怪物を飼っているんだ。君は自分の両親を殺した。一体どんな風に、怪物は育っていくんだろうね」



 ※※※



「……懐かしい夢、か」

「やっと起きたの」


 朱里の部屋のベッドを占拠していた不届き者が、やっと目を覚ました。

 シルフィードは事あるごとに朱里の部屋にやってくる。昨日もまた狩猟終了後、朱里の許可なく部屋にやってきて散々騒いだあげく寝落ちしてしまった。


「起こしてくれてもよかったのに」

「起こしたわよ、何回も。何度も何度も呼びかけてもびくともしないんだもの。弟だったらすぐに目を覚ますのに……」

「やー朱里ちゃんのブラコンー」


 朱里を茶化しながらシルフィは起き上がり、部屋の隅に置いてあった自分の荷物へ近づいた。中を漁って何かを取り出し、台所へと赴いていく。


「何するの」

「コーヒー。朝は淹れたてのコーヒーを飲んで、活力を得るのよ」


 独自の理論を振りまきながら、勝手にコーヒーを入れ始める。突っ込む気力の失せた朱里は、居間でテレビを見て世界情勢に関心を寄せていた。太平洋沖で航空機が墜落する事故があったようだが、すぐにニュースは芸能人のスキャンダルに移ってしまう。


「何か面白いニュースあったー?」


 と朱里に訊くシルフィードは、インスタントコーヒーを注ぎ、その後に粉末の入ったスティックを取り出した。常備されていたシュガースティックとは別の物、カバンの中から取り出した物だ。


「これを飲めば朱里ちゃんもツンが抜けてデレるわね」

「何を言ってるの」


 居間でテレビを見ている朱里は気付かない――。シルフィードは出来上がったコーヒーを朱里の元へ持って行き、手渡した。


「はい、どうぞ」

「……ん」

「お礼を言ってよ。シルフィちゃんを褒め称えてくれたまえー」

「ふん」


 朱里はつれない様子でコーヒーを口に含もうとして、止まる。右眼が異常を検知したからだ。疑いの眼をシルフィードに向けて、ちょっとシルフィ、と文句を言う。


「あなた、私のコーヒーに……」

「ん?」

「――塩を入れたでしょう」

「あはは、ばれたか」


 朱里の右眼が捉えたのはたっぷりスプーン三杯も入れられた塩だった。未知の味にチャレンジする気はさらさらなく、朱里は流しにコーヒーを捨てて新しく淹れ直す。


「全く、朱里ちゃん、待機時には右眼のスキャナーを切ってよ。イタズラのしがいがないじゃん」

「なくていいわよ、そんなもの」


 コーヒーカップを手に持って、朱里は再びソファーへ座る。

 椅子に座ってたシルフィは、はははとイタズラっこの笑みをみせて、密かにポケットへ未開封のスティックを突っ込んだ。



 ※※※



 追憶は、眠りの間にやってくる。

 暗い闇の底で映し出されるのは、迷彩服を着た日本人の男だ。

 その男は、適当な志願理由でPHCの登録狩人となった。疑惑の男に対し、サポート兼監視に付けと命じられたのは自分だった。


「果せのままに、マスター」


 人間の命令に背いてはならない。遺伝子レベルで刻まれた命令に、白い少女は従った。命令ならば、どんなことでも行う。性処理だろうが、殺人だろうが、自殺だろうが。死んでもすぐ代わりは創られる。

 重要なのは従順な奴隷であることで、彼女自身の意志は関係ない。

 なのに、その男はマスターという呼称を嫌がった。


「そういうのは性に合わん。お兄さんじゃ、ダメか」

「ダメです。多数のハンターが該当してしまいます。個人を特定できる名称を推奨いたします」


 もしここでもう一度、お兄さんと呼べと強要されれば少女は従った。しかし、男はじゃあなぁ、と顎に手を当てて思案をし、


「隊長だな。俺は自衛隊にいた頃、部隊を率いてた」

「……了解しました。では、ハンターオギカグヤ。今日からあなたのことを隊長と呼びます」

「おお、助かる。じゃあ、次いでに命令を一つするかな。君、もし誰かが危害を加えようとする意図の命令を下した場合、従うな」

「それはどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味さ。そうだなぁ、例えばエッチなことをしろ、と俺以外のハンターが命令したとする」

「命令とあれば、何でも行いますが」


 少女がプログラミングされた通りに述べると、小城は苦笑して、


「ダメだ。これは単純に君のため、というわけじゃあないんだ。もし、君が命令通りそこら辺のハンターとエロいことをしたとするだろ。すると、そいつは味を占める。何度も何度も、君を求めるようになってくる」

「それのどこに問題が?」

「大ありさ。つまりそいつは君に依存しちまってる状態だ。そんな状態じゃ、いつ死んでもおかしくなくなる。君がそいつを虜にしちまうからな。それは困るだろ、お互いに」

「…………」


 少女は合理的に考える。小城の危惧は一理ある、と結論付けて、了承の意を告げた。


「わかりました。隊長。あなたの命令通りにします」

「なぁ、後もう一つだけ、命令聞いてもらってもいいか」


 小城は気まずそうに訊いてくる。何なりと、どうぞ。少女は頷いて促した。


「もし、俺が志半ばで死んじまった場合――」

「有り得ません。私が守護しますから」

「万が一、いや億が一、さ。俺は臆病者だからなぁ。念には念を、さらには念を入れた後に、石橋を一ミリずつ叩いていくチキン野郎なんだよ」

「わかりました。どうぞ、おっしゃってください」


 小城は優しく微笑んで、命令という名のお願いを伝える。


「――俺が死んじまった時、俺の代わりに人間を守ってくれるか?」

「……もちろん。私はそのために生きています。そうプログラムされています」


 しかし、それは小城の望んだ答えではなかった。そうか、と落胆する小城へ、再度少女は言葉を紡ぐ。


「ですが、あなたの願いは聞き受けました。私なりの解釈にはなりますが、極力、あなたの命令には従いましょう」

「そうか……安心したよ。ありがとうな、ネフィリム」


 小城はネフィリムの頭を撫でた。その時、ネフィリムはとても嬉しかったことを覚えている。



『――覚醒完了。ハンター救済支援システム、再起動します』


 夢を見終えたネフィリムは、調整液の抜けた水槽から出た。研究員は彼女の見たことがない別の人間が配置されている。ネフィリムを暴走させるという失敗をやらかした不良品は、即日処分される決まりとなっている。


「ネフィリム、調子はどう?」


 白衣の女性研究員はネフィリムに訊ねるが、


「アカリはどこですか?」

「……ハンター朱里なら、出撃中だと思うけど――」


 研究員は困惑しながらも答えた。そうですか、とネフィリムは頷いて、全裸のまま研究室を出ていこうとする。慌てて研究員が服を着せて、どうしたの? と詰問した。


「アカリの支援に向かわなければなりません」

「大丈夫よ。あなたの代わりに別のハンターがサポートしているわ」

「信頼できません。アカリを守護することは私の使命です」

「止めた方がいいんじゃないかぁ、今は」

「社長っ!?」


 研究員が驚いていつの間にか背後に立っていた社長に向けて頭を下げる。ネフィリムも同じように一礼をして、なぜでしょう? と質問した。


「彼女は君が思っているほど弱くはないからねぇ。美しい怪物だし」

「しかし、万が一ということもあります。強くても敵に不意を衝かれれば死ぬのです。狩場では、一瞬の油断が命取り。強弱と勝敗はイコールではありません」


 ネフィリムは小城に想いを馳せながら指摘する。どれだけ強かろうが、死ぬ時は思いのほかあっさり死ぬ。強いから絶対勝てるなどという保証はどこにもない。もし弱い者が絶対敗北するならば、人類はとっくの昔に絶滅して然るべきだった。


「だからだよ」


 社長はネフィリムに歩み寄って、彼女を見下ろした。


「どういうことでしょう?」


 ネフィリムもまた、社長を見上げる。社長はネフィリムの瞳の奥に潜む何かを見て取って、


「朱里の欲望は、敵を狩るという暴力的なものだ。彼女は敵が強ければ強いほど興奮する。逆境を快楽へと変換できるんだ。だから彼女は怪物なんだよ」


 手を伸ばし、彼女の頭へと触れようとする。


「……ッ!」


 ネフィリムは本能的に社長から距離を取った。もし今触れられれば、自分の心の奥にある大事な何かが奪われてしまう。そんな気がしたからだ。

 数歩下がったネフィリムに社長は目を丸くしている。隣に立っていた女性研究員も驚愕して、


「す、すみません! 調整不足でした! もう一度――」

「素晴らしい」

「は……?」


 研究員の疑問をよそに、社長はネフィリムへ嬉しそうに拍手した。


「自我が芽生えたんだな。プログラムに。これは面白い。興味が惹かれるよ。ああ、君、好きなようにしなさい。輸送機は僕が手配してあげよう」

「ありがとうございます」


 ネフィリムは再度一礼し、調整室を出て出撃ハッチへと走って行った。

 彼女の背姿を見送る社長へ研究員が問う。


「よ、よろしいのですか……? 失敗作なのでは?」

「君は何を持って失敗と言うんだい?」


 社長に問い返され、愚問を口にした研究員は押し黙った。ここでの失敗は、社長のお気に召しなかった場合を指す。社長が気に入ったのなら、それは間違いなく成功だと言えた。



 ※※※



『ショットガンなんて使えるかぁ!』


 散弾銃を持つ空飛ぶ妖精が、文句を言いながら一撃離脱を繰り返している。森林地帯に現れたのはミノタウロスとケンタウロスの獣人のセットで、朱里は斧を持つ牛頭人間ミノタウロスを、シルフィードは弓矢を使う下半身馬人間ケンタウロスを攻略している真っ最中だった。

 だが、ミノタウロスを軽くいなす朱里とは対照的に、シルフィードは苦戦を強いられている。ケンタウロスは遠距離攻撃をしてくるため、なかなか接近できないのだ。


「流石の妖精さんでも、手も足もでない?」

『うっさい!!』


 シルフィは苛立って、朱里はご機嫌にケンタウロスと殴り合いをしている。斧は当たれば大打撃だが、朱里のフットワークの軽さについて来ていない。あっさりと避けて、義手で殴る。ショットピストルはホルスターに差してあるが使わない。義手による格闘攻撃で、じりじりとミノタウロスを追いつめている。

 右眼が語る魔獣情報によれば、ミノタウロスは防御力と攻撃力に秀でている魔獣らしい。パワータンクというわけだ。なので、いくら散弾銃と言えども、そう易々とトドメをさせない。決して朱里は遊んでいるわけではなく、適切な狩猟方法で狩りを行っているだけだ。外部からの攻撃を受け付けないならば、衝撃ダメージで内部から破壊する。

 しかし、嬉しそうに笑みを作る朱里を遠目で眺めるシルフィードは、そうは捉えない。チクショウ、と舌打ちして、半分以上外れて効果が薄れる散弾銃撃を繰り返すだけだ。


『当たれ、当たれ!』

「ゆっくり狙えば当たるでしょう? 高速移動してるから外れるのよ」

『向こうが速いんだから仕方ないでしょ!』


 愚痴るシルフィードが相手取るケンタウロスは、確かに車など目じゃないスピードで森の中を駆けている。そのため、シルフィはまともに散弾を当てられないのだ。散弾はきちんと全弾当てなければ効果が発揮できない。

 弓矢だったら一撃だったのに、というか細いぼやきが聞こえてきて朱里は笑う。どうだ、私の気持ちがわかったか。勝ち誇った顔で、前回の狩猟の恨みを晴らす。


『大人げない!』

「子どもだもの……くふふ」


 シルフィードの気持ちを朱里は段々理解してきた。イタズラはとても楽しいことだ。弟と遊ぶとき、朱里はいつも茶目っ気を忘れまいとしていたが、ここまで露骨なイタズラを行ったことはない。

 シルフィはひいひい言って、ケンタウロスとの銃撃を愉しんでいる。口調こそ苛立っているものの、口元には笑みが浮かんでいた。そう、敵との戦いを遊びとして興じられる――朱里もシルフィードも怪物なのには変わりない。


「さて、そろそろトドメを刺そうかな」


 朱里はチャージアタック――チャージしたエネルギーを右手に乗せて一気に放つ格闘技――を放とうとして、ケンタウロスの斧を避けながら、右眼にエネルギーの充填を指示した。すると、右眼が警告を発生――増援ハンターが接近中です――。

 朱里がチャージしながら視線を上にあげると、木々の隙間からPHCの輸送機が接近してくるのが見えた。


『アカリ、遅くなりました。これより援護に入ります』

「ネフィリム?」


 と驚愕する朱里の元へと飛び降りながら、彼女は狙撃銃アンドロイドを構える。アンチビーストライフルである大口径のスナイパーライフルは、どれだけ堅牢な防御力だろうと度外視して撃ち抜ける。加えて、ネフィリムの卓越した狙撃能力とコンバットスーツによるパワーアシストがあれば、空中落下の最中の狙撃も楽々としてこなせた。

 アンドロイドが銃声を放ち、ミノタウロスが脳漿を対獣用に作られた魔弾によってぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。もう一度ネフィリムは引き金を引いて、今度はケンタウロスを始末した。

 両方とも右眼を綺麗に撃ち抜かれている。チャージしたエネルギーを持て余した朱里は、くそ……と小さな声で毒づいた。


「アハハハ。この勝負、リムちゃんの勝ちだね」

「ハンターシルフィード、それはどういうことでしょう?」


 鬼ごっこを終えて戻ってきたシルフィードが言い、何のことかわからないネフィリムが問う。

 ネフィリムは、人は共闘するべきだと考えている。みんなで協力し、与えられた役割を全うし、狩りを行うべきだと。だから、朱里とシルフィが競争していたなどという考えには辿りつかない。

 きょとんとしている白い天使に、灰色の怪物は苦笑いして手を伸ばした。


「おかえり、ネフィリム」

「ただいま戻りました、マスターアカリ」


 左手で握手を交わす。私も混ぜてよ、とシルフィードがネフィリムへ握手を求める。

 首をかしげたネフィリムは、あなたはマスター設定されてません、と無邪気に述べる。つれないな、とシルフィードが不満げにこぼす。

 二人の姿を見ながら、朱里は握手を交わした左手へ目を落とした。


「ただいま、か」


 今の生活も悪くはないかもしれない――そんなことを想いながら。



 ※※※



 風が吹いているが、どんな強風だろうと読んで狙い撃ってみせる。そのような気迫が彼女にはある。

 丘の上から朱里たちをスコープで覗いている赤いフードを被った死神は、サイトをシルフィードの頭に狙いを付けた。引き金に指を掛ける。ふぅ、と息を吐いて、指を動かす――。


「撃っちゃっていいのかなぁ?」

「ッ!?」


 急に背後から声を掛けられて、反射的に拳銃を抜く。銃口の先には、紫の髪、黒いドレスを着た少女が立っていた。怪しげな、人を虜にする笑みを浮かべて。


「人はとても愚かしい。何でも暴力で解決しようとする。言葉を発せるお口は飾りなのかしら?」

「……お前が言うのか、悪魔。世界をこんな風にしたお前が――」

「酷いなぁ、人間。こんな世界にしたのは私じゃないわ。人の醜さが原因よ」


 死神がグリップを強く握りしめる。いつでも射殺される状況だと言うのに、ドレス姿の少女笑みは絶えない。撃たれても対処できる。そんな風に思ってしまうほどに――。


「人を堕落させるお前が言うの」

「私が人を堕としているわけじゃないの。堕ちてくる人間に、私は選択肢を与えてるだけ。力が欲しいですか? と優しく優しく訊いているだけ。はいと答えた人間には力をあげる。でもね、私たちと人間は根本的に仕組みが違うのよ。ほら、最近の電子機器も互換性がどうとか言うでしょう? 私たちの力を無理やり人に当てはめるから、びっくりするくらいおぞましくなっちゃうの。この前の触手人間も、随分気持ち悪かったわね」

「他人に易々と力を求める人が悪いと?」

「まぁ、そういうことね。あなたたちにもこんな言葉があるじゃない。騙される方が悪いって。心が汚い人間は、心象通りの怪物となる。だからこそ、私はあの子に興味が尽きない。あの子がもし私と契約を結んだ時、一体どんな怪物に成り果てるのか、とね」

「……」


 嫌悪感を隠す様子もなく、死神は少女に銃を向けている。少女は指を鳴らして紅茶セットをその場に召喚し、


「ご一緒に紅茶でもいかが?」

「殺すわよ」

「殺せるものならご自由に」


 死神は躊躇なく引き金を引く。一気に連射して、薬室内の装弾も合わせると、十六発もの弾丸が少女へと向かっていった。

 しかし、飛来したはずの弾が、紅茶を嗜む少女の前で止まる。カップをテーブルへと少女は戻し、


「ダメよ。全然ダメ。あなたの持つそれは対人拳銃でしょう? ちゃんと対獣拳銃を使わないと、当たっても死なないわよ」

「どうせ当たらないでしょう」

「よく知っているわね。ふふ、あなたが私を知っているように、私もあなたを知っている。トモダチを殺さなくてよかったわね」

「……ッ!!」


 激昂した死神は、狙撃銃を腰だめで少女へと撃った。これほど近いなら、狙わなくとも当てられる。

 ガシャン、とカップが割れる音がして、少女は影に溶けて消えていった。空から少女の笑い声が響き渡る。


「私たちは見ている――あなたたちが、起きる時も、寝る時も、食べる時も、働く時も、遊ぶ時も、殺す時も、セックスする時も、狩りをする時もね。無知なあなたたちを監視している。そのことを胸に留めておいて。じゃないと、せっかくの企みが全部無駄になるわよ」

「この――悪魔めッ!!」


 死神が空に向かって怒鳴り返す。しかし、その程度では、悪魔に打ち勝つことなどできない。

 死神は再びスコープで談笑する朱里たちを覗いた。小さな声で独りごちる。


「悪魔を狩るには武器じゃなく……怪物が必要。悪く思わないでよ……」


 言い訳めいて、述べていく。

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