第15話 イタズラ好きのトモダチ
ヘリポートは、風がびゅうびゅう吹いてうるさい。風の妖精であるシルフィードはフライトユニットの羽部分をふぁさふぁさと揺らし、朱里に拳銃を向けている。
「なに? 銃を突きつけあって決闘でもするの?」
「まさか」
シルフィードは拳銃を手放して、遠くへ蹴っ飛ばした。フライトユニットを外し、背中に掛けていた弓や、腰に差していたリボルバーを放り投げる。
朱里はその行為でシルフィの意図を察し、自身の武装を解除した。口頭で右眼に命じる。右腕の出力を対人用にセーブして。
「うふふ。察しが良くて助かるわ」
「丁度、人を殴りたかった気分なのよ」
朱里が拳を構えると、シルフィードもそれに倣ってくる。二人は闘志を燃やしながら、それでいて笑顔だった。風が吹き止んだ瞬間、朱里が奔り、シルフィも同じように駆けてくる。
まず交わしたのは右ストレートだ。互いに顔を逸らして避ける。左手でジョブを繰り出し、まともに拳同士がぶつかり合う。近距離まで接近した二人は、全く同じタイミングで右蹴りを放ち、次は頭突きで相討ちとなった。
「人の攻撃を真似るな!」
「それはこっちのセリフ!」
距離が離れ、朱里は飛び上がって殴りかかる。シルフィはその右手を掴んで拘束してきた。拘束から逃れようと朱里は左手で腕を掴み返し、密着状態となった。殴って、蹴って、投げをする。狩人同士の格闘戦。
朱里が攻撃すれば、シルフィードが防御をし、朱里が打撃を防げば、シルフィードが攻勢に出る。お互い一歩も譲らない乱戦の最中、無線で彩月が悲鳴を飛ばす。
『ストップ! ストーップ! 明らかな任務外乱闘は規約違反です! お願い止めて! 私の責任問題になる!! あぁ……胃が……』
しかし、朱里もシルフィも愉しい
「一旦終いね」
「ああ、一旦ね」
お互いに負けたつもりは一切ない。どちらも後少しで自分が勝ったと思いながら、武器を拾って輸送機へ乗り込んだ。
「後少しで私の勝ちだったのに」
「いやいや勝利者はシルフィちゃんですよ」
いや私が、いやいや私が、と言い合いながら二人は着席する。
朱里は心地よい疲労感に包まれて、心が晴れ晴れとしていた。ここまで健康的なスポーツに興じたのはいつ以来だろう。口元に笑みを浮かべて、同じように笑みを作っているシルフィへと顔を向ける。
「やるわね、あなた」
「あなたもね。私ほどじゃないけど」
「そう思ってればいいわ」
譲らない頑固さを見せ合って、相手の強さを認め合う。
装備を外し、上着を脱いで半そで姿となった朱里はタオルで汗を拭き、そういえば、と自分の気分が爽快である一因について口にする。
「彩月の狼狽っぷり、最高だったわ」
「うん? ああ、確かに面白かったわね。私の胃がーッ! って」
シルフィードが彩月の声真似をして、朱里は腹がよじれる勢いで笑った。彩月に対して少なからず思うところがあったし、彼女が自分と同じ哀れな被害者だという点を含めても、彩月にはもっとまともな対応をして欲しいと思っていた。
『ケダモノどもめ……』
「何か言った? 私のオトモダチ」
『い、いえ……あは、あははは。よろしくお願いしますね』
イヤーモニターから彩月の乾いた笑い声が響く。シルフィはにっとして、朱里も満足げな表情となる。
「ああ、そうそう。この勝負私の勝ちよね」
「……まぁ、二回戦をノーカンとすれば、だけど」
不本意と言わんばかりのシルフィの不満顔。一応、一回戦である狩りの結果判定は公正なものだったらしい。
勝者である朱里は、どうしようかしら、と顎に手を当てて考える。もちろん思考するのはシルフィードを奴隷とするかというふざけた冗談ではなく、彼女を信頼して友達になっていいかどうかだ。
だが、やはり全面的な信頼というのは難しい。味方に見える者が敵で、敵に見える者が味方。ここはそういう場所だ。相手が死ぬか、自分が死ぬか。どちらかが死なない限り、相手を信用することはできない。
しかし、シルフィードが愉快な奴であることは確かだ。
「きゃー私、奴隷にされちゃう? 性奴隷としてあんなことやこんなこと、されちゃう?」
「ちょっといいかもと思えてきた」
「えー酷いよ朱里ちゃん」
「……でも、今は二十一世紀。奴隷制は古き悪しき制度だって、世界史で習ったしね」
学校で習った知識なんて半端なもので、実際はどうだか知らないが、あれはあくまで勢いで言っただけで、朱里にとって大した意味のある言葉ではない。
重要視するべきはもっと他のことだ。朱里は左手をシルフィードに差し出す。
「ん? トモダチになってくれるの?」
「ならない。けど、バディを組んであげる」
友達にはまだ早い。朱里はそこまで甘い人間ではない。
だが、相棒なら組んでもいい。元よりそういう指令なのだ。
「つれないな、朱里ちゃんは」
文句を言いながらも、シルフィードは朱里と握手した。
「よろしく、朱里ちゃん」
「よろしく、シルフィ」
左手で、生の腕で握手を交わす。最後に握手したのはいつだったろうかと朱里は記憶を遡る。
朱里とシルフィが手を握っている合間も、輸送機は監獄へ向けて飛んでいく。
「朱里ってどういう意味なの?」
部屋で朱里がくつろいでいると、勝手にコーラを飲んでいるシルフィードが訊いてきた。
「何よ、突然」
「名前の意味」
「……さぁ、どうだったかしらね」
はぐらかして、テレビモニターに写るニュースを閲覧する。テレビなどただの飾りでしかなかったが、シルフィードと相棒になってから初めてつけてみた。家にいた時は、いつもドラマや映画、ニュースなどをよく見ていたが、今はあまり面白いとは思えない。
きっと、創作物よりも面白い現実を知ってしまったからだろうな、と朱里は分析している。
「何で教えてくれないの」
「教えないんじゃなくて忘れちゃったのよ。名前なんて本人確認のための記号でしかないでしょ」
言いながら朱里は違うと思っている。両親が想いを込めてつけた名前だ。ただの記号なはずがない。
なのに、朱里はあえて間違った答えを口に出した。そういうものかなぁ、と納得しなさげにシルフィードは首を傾げている。
「名前は大切な情報だと思うけどなぁ」
「流石、風の妖精さんは言うことが違うわね」
「まぁ、私の場合はただのコードだしね」
「
「そう、コード。私はPHC生まれだからね」
あっけらかんと笑うシルフィだが、朱里は同情心と好奇心を刺激されて、彼女をソファーへと手招きした。
「ちょっとこっちに来て」
「やー、朱里ちゃん、お盛んね」
「ジョークじゃなくて。あなた、PHCで生まれたの?」
朱里の問いに、シルフィードは首肯で応じる。どういうこと、と愚者が疑問を感じた瞬間に、名も無き賢者たる右眼が解説し出した。
――PHCでは、狩人の出産から育児、教育まで、完全態勢でサポートいたします。シルフィードは、登録ハンターである彼女の両親がアメリカ支社で生んだハンターチルドレンです。
「ハンターチルドレン」
「ふざけた名前でしょ。PHCの連中ってネーミングセンス皆無よね」
関係者が聞いたら怒りそうなことをシルフィは平気で言う。シルフィードもまた、PHCに文句を言いたい人間のひとりのようだ。いや、文句のない人間など、ここで働いているだろうか。従順にPHCに尽くす人間を朱里はたったひとりしか知らない。
「チャーチぐらいね。不満を抱かないのは」
「その通り。チャーチは従順なPHCの狗だから」
どうやら既知の間柄であるシルフィードはチャーチをそう分析した。偶然にも、朱里と同意見だ。
「教会って名前通り、無骨なガチガチ人間よ」
「……チャーチって教会を意味するの?」
小城のノートが脳裏をかすめて、朱里は思わず訊き返した。知らなかったの? とシルフィードはペットボトルから直接コーラを飲み始め、
「ほら、やっぱり名前ってのは大事でしょ? 名は体を表すって言うし、意味を知ることでその人間がどういう人物かわかるかもしれないじゃん。ま、偽名の可能性だって十分にあるし、鵜呑みにしちゃいけないけどね」
「…………」
シルフィードの言う通りだ。朱里は無条件にチャーチを信頼しそうになった自分を戒める。名前にどのような意味があろうとも、その人物が味方かどうかは不明なのだ。むしろ、調べることで妙な先入観を抱いてしまうことを避け、勝手に右眼が開いた辞書を閉じさせる。
信じるべきは名前ではなく、行動だ。さっさと謎のメール相手が何者かはっきりすればいいのだが。
シルフィードは上機嫌にコーラを飲み干して、汚らしくゲップをしている。朱里は顔をしかめながらも、ぼそりと最初の問いの答えを呟いてみる。
「周りを照らす明るい子に育って欲しい……」
「朱里ちゃん?」
「何でもない」
朱里はあくまでクールに、シルフィードの視線を受け流す。
んんー? と疑いの眼差しを向ける風の妖精をどうやり過ごすか悩んだ朱里だったが、丁度シルフィの新たなトモダチの放送が響いて、この件はうやむやとなった。
『ハンタータカミヤアカリ。ハンターシルフィード。魔獣の出現を確認しました。至急、討伐に向かってください』
「今度は私が勝つよ」
「いや、今度も私が勝つ」
朱里は黒い半そでの上に上着を羽織り、出撃ハッチへと歩き出す。
※※※
ヴィネは珍しく展望台で海風に当たっていた。彼女の髪色と同色の青い海が一面に広がっている。
「海が青いのはなぜでしたっけ?」
「海は青くありませんよ、先輩。青く見えるだけです」
おや珍しい、と後ろからやってきた後輩へヴィネは目を向ける。ウヴァルの髪色は赤だ。空に浮かぶ太陽のように真っ赤であり、ヴィネとは対照的である。ちなみに、胸の大きさも対照的である。ウヴァルは慎ましく、ヴィネは豊満だ。背丈が同じにも関わらず。
「今余計なことを考えたでしょう? 私は何でもお見通しですよ」
「それを言うなら私も全てを見渡せるよ。あなたが来るのを予見して、疑問を口にしたんだから」
どちらともわかったような口ぶりで、予定調和の会話を続けていく。と、不意に二人が影に覆われた。
太陽を遮る形で、輸送機が通ったのだ。ヴィネとウヴァルは輸送機を見上げ、
「綺麗だね」
「海ですか? それとも空? はたまた……」
「わかってるくせに。あなたとの会話はつまらない。全部わかってしまうから」
「そんなぁ。先輩のいじわる」
輸送機は日本方面へと向かい、どんどん小さくなっていく。ヴィネは遠くを見つめて、想いを馳せるように呟く。
「風は火を強くする。火を炎へと変え、周囲を煌々と照らす
「ですが、永遠に燃える炎はない。いずれ、灯りは風前の灯へ」
二人は先を見ている。海ではなく、空でもない。もっと遠く、宇宙を通り越し、世界の狭間を越えた先を……。
「哀れですね」
「それはどちらに向けて放たれた言葉ですか、先輩」
「さあて、どうでしょう」
ヴィネは意味深に笑い、ウヴァルも理解しているようで質問しない。
「永遠に燃える炎がないのなら、無限に吹く風も存在しない」
ウヴァルが目を瞑りながら言う。ヴィネもまた目を閉じて、
「風が、止みました」
海風が止んだことを告げる。
※※※
弓を持った少女が、一心不乱に狩場を駆けている。顔には汗が滴って、焦りを隠せていない。
「くそっ」
廃墟街の廃屋へ身を隠した獣へ、矢を射った。しかし、外れる。風に流されたのだ。
調子が全く出ずに、追いつめられている。焦りを募らせる少女へ空から飛来した魔獣グリフィンが、彼女を喰らわんとしてきた。グリフィンとは巨大な茶色い大鷲で、鋭いくちばしと爪を持つ。
「……ッ!」
が、少女が弓を射る前に別方向からの矢が、グリフィンの胴に突き刺さり、苦悶の悲鳴を泣き叫ぶ。
直後にイヤーモニターから通信。人をからかうような笑い声が少女の耳に響いてくる。
『ハハハッ! 流石の朱里ちゃんも不調かなー?』
「当たり前でしょ! 弓なんか初めて使うもの!」
珍しく感情をあらわにした朱里が、怒鳴り返した。
朱里は今回、銃ではなく弓を使っている。同じ武装で戦った方がフェアでしょというシルフィードの独断で、彼女の装備は強制的に変更されていた。おかげで、朱里はまだまともに魔獣を狩ることができていない。加えて、シルフィードが装着するフライトユニットは朱里の装備に含まれていなかった。これのどこが公平だという朱里の抗議をシルフィードが無視したのは言うまでもない。
『まぁまぁ怒らないで。今度は装備を逆にしたげるから』
「チッ……!」
朱里は弓を仕舞い、腰に差してあるリボルバーを取り出す。シルフィは弓とリボルバー、ナイフを基本装備とする狩人だ。彼女の持つリボルバー――名を
それに、早撃ちにも適している。反動は義手が押さえてくれるので、スパイラルとの相性は朱里の方がシルフィードよりも良い。
「このッ!」
不公平とは言え勝負は勝負。イライラしている朱里は、右眼が教示してくれたリボルバーの特殊な撃ち方にチャレンジしてみることにした。
引き金を引きっぱなしにし、左手で撃鉄を叩く。ファニングと呼ばれる西部劇御用達の射撃方法であり、朱里はシングルアクションであるリボルバーを驚異的な速さで連射した。
マグナム弾の雨に当たったグリフィンは、シルフィが矢をつがえるよりも早く轟沈。結果的に朱里は、シルフィの獲物を横取りした形となった。
『ちょっと、何よそれ!』
「弓なんてのは中世の遺物よ。私は近代の狩り方を選ぶ」
心なしか顔が自慢げだ。近くへ飛んできたシルフィードは朱里の笑顔を目の当たりにし、悔しそうに吐き捨てた。
「義手がなかったら当たらなかったのに」
「可能性の話なんてしてもしょうがないと思うけど?」
「うう、くそッ!」
シルフィードは雑魚魔獣であるユニコーンを狩り始めた。朱里は大物であるグリフィンこそ仕留めたが、ペガサスなどの中級魔獣はシルフィードに奪われてしまった。
結果として勝負には敗北したが、朱里の気分は晴れやかだ。次は私の得物で勝負しよう、と子どものように無邪気な顔で企んでいる。
※※※
金色で彩られた飛行機が、夜空を優雅に飛んでいる。外観が金なら、内観も金だった。個人用ジェット機は、持ち主の趣味で独特で個性豊かなカスタマイズを施されている。
一人で座るには広すぎる部屋の中、テレビで記録を見ていた社長は、鳴り響く通信端末を取り出し、不思議そうに声を漏らした。
「おや。珍しい」
通信相手は不明の表示だが、社長は相手が誰か把握していた。電話に出て、やぁ、と挨拶する。
「君が電話を掛けてくるなんて珍しい。僕は嫌われてると思ってたけどね」
『…………』
相手は無言だ。いや、社長にしか声が聞こえていないのだろう。社長は気にすることなく、無言の電話相手に受け答えする。
「君の気持ちは想像つくよ。アレが欲しいんだろう? しかし、アレは僕も目を掛けていてね。ただであげるつもりは毛頭ないんだ。……ええ? どうしても? うーん、君の願いは極力聞いてあげたいけどね。彼女の価値は金では買えない。代わりを用意してくれるなら構わないけど、それなら君がわざわざ頼み込んだりしないだろうし。……うーん、悩むなぁ。実に悩む」
社長は悩んでいる素振りをみせることなく、口調だけ悩んだ振りをする。端から交渉するつもりがないのだ。
そんな社長の態度を気にいらなかったのか、ジェット機が大きく揺れた。おお怖い、と社長が白々しく怯えてみせる。
「ああ、君。どこぞの空軍でも洗脳したのかい? 困るなぁ。とても厄介なことになったぞ」
社長が窓の外を覗くと、戦闘機が三機ほど後方から迫ってきていた。戦闘機の種類はわからないし、どこの軍の物なのか社長は知らない。興味があるのは金と面白い物だけで、つまらない物に関心が湧かない。
「ほら、僕を殺す使命を持った鉄の鳥が追いかけてきた。ああ、無粋だ。この機体は僕のコレクションなんだ。もし万が一撃墜されたら、どうやって弁償してくれるんだい? ……え? しなくても買える? いや、まぁその通りなんだけどさ」
社長は余裕の笑みを崩さない。愉しそうに、電話相手とのお喋りを続けている。
機内に警告アナウンスが流れた。所属不明機にロックオンされました。焦り気味のパイロットの声が聞こえてくる。
しかし、社長は大丈夫だよ、と声を張り上げて、
「ワン、ツー、スリー」
手品師のように指を鳴らす。と、後方で爆発音が鳴り、戦闘機の一機が墜落。次に二機目が主翼を撃たれ、操縦不能となりパイロットが射出装置で脱出した。
だが、そのパイロットは恐怖の叫び声を上げることになる。裏切った僚機の一機がパラシュートを開くパイロットへと接近。翼によってパイロットを八つ裂きにし、使命を終えて帰還した。
「奥さんの治療代はちゃんと振り込んでおくよ」
と社長が別端末でパイロットに礼を言う。そして、電話していた端末へ耳を当て直し、
「全く、君も意地が悪い。彼らには僕が殺せる存在だと認識させているんだ。これでもし、僕の強さに気付いてしまったらどうしてくれるんだい? え、僕を殺せる怪物はごろごろ存在する? アハハ。だったら君も危ういねぇ。僕が死ぬってことは君も死ぬ可能性があるってことだ。ああ、君、愉しんでるね。そう、僕もだよ。自分が死ぬかもって思うとすごいゾクゾクする。強いってのは辛いよねぇ。ホント、生き損だよ」
社長は饒舌に会話をしていく。会話を咎める者も、金色の鳥を阻める者も、この場には存
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