第12話 堕ちる者

 ネフィリムに肉体的な異常は見られなかった。

 精神的な問題を抱えているという説明が一言告げられて、彼女は隔離された。PHCの医療チームが治療にあたるというが、ここの連中は朱里に無理やり義手と義眼を装着したのだ。手放しに信用はできない。

 とはいえ、だから朱里に何かできるか問われれば、そんなことはない。

 そのため自室で休息を取ることにした。外傷は見られなかったとはいえ、疲労が蓄積している。いつ狩りに呼ばれるのかわからないのだ。休める時に休むのが狩人の心得だった。


「…………」


 無言で部屋に入る。ただいまも、おかえりもない。そんな世界はとうの昔に遠退いた。

 だから、急に携帯が鳴り響いた時、朱里はびっくりして飲もうとした水入りコップを落として割ってしまった。


「な、なに……」


 訝しみながらも、テーブルの上に置きっぱなしの携帯を見る。

 PHC内では携帯が通じない。独自の情報端末を使い狩人たちは連絡を取り合っている。ゆえに、ここで携帯が鳴るはずがなかった。万が一の奇跡、など有り得ない。何者かの意思が介入した必然だ。

 恐る恐る携帯に手を伸ばし、届いたメールをチェックする。アンテナは圏外と表示されていた。


『シェミハザを倒すとはやるな』


 身元不明のアドレス。たった一言の本文。

 警戒しない要素はゼロだ。注意深く朱里は画面を見つめ、咄嗟に周囲を見回した。


『そうきょろきょろするな。挙動不審だぞ』

「……ッ!?」


 監視されている――朱里は驚愕して、室内の機器を右眼でスキャン。だが、監視カメラも盗聴器の類も何一つ発見できなかった。

 朱里の行動を予想しているかのように、相手はメールを送信してくる。


『監視カメラなどない。ただ、カメラは備わっている』


 どこに……と探した朱里は気付いた。今手に持つ携帯だ。スマートフォンには撮影用のカメラが表と裏に一つずつ備わっている。

 朱里は嫌悪感を募らせた。この携帯は自分の物だ。他人にハッキングされていい気はしない。

 それに、ハッキングされたということは、小城のデータも抜かれているかもしれない。それだけではない。右眼からPHCへと情報が送信されてしまう可能性もある。

 だが、やはり謎のメール相手は朱里の思考を先読みし、


『心配するな。右眼はもうお前の物だし、携帯に入っていた情報を公開したりしない』

『どうやって安心すればいいの』


 朱里は意を決して返信してみた。すぐに返信が返ってくる。


『義眼を再起動してやっただろう?』

『あれはシステムが復旧したからではないの?』


 もっとも、朱里はそう考えていない。小城の資料を読み耽り、彼は意図的に消されたのだと確信している。黒幕について薄々勘付いているが、朱里に手出しはできない。敵は無敵なのだ。


『小芝居は止めろ。勘付いているはずだ』

『ええ』


 ウソをついても無駄だと思い、朱里は素直に白状した。


『味方かどうか悩んでいるようだが、そちらに選択肢はない。今、お前はどうやってこの監獄から抜け出せばいいか困っている。そのため、藁にも縋る想いでこちらを頼るしか手立てはない』

『藁だという自覚はあるのね』


 思わず皮肉を送ってしまった。名無しのメル友は皮肉を無視し、


『計画は密かに、だが着実と進行しつつある。今、こちらがそちらへ出せる指示は待機だ。こちらのことは協力者と思え。以上』


 と言って強引にやり取りを終わらせた。


「ちょっと待て……!」


 とメールを再度送信するが、画面に表示されるのは、圏外ですという注意書き。一体どんなトリックで朱里の携帯に接続したのか謎だった。

 居ても立ってもいられず、朱里は部屋の外に出る。と、おや? と驚いた顔でドアの前に立っていたヴィネと鉢合わせた。


「なんて良いタイミングでしょう。私がどう理由を述べて部屋に入るか悩んでいたところ、そちらから出てきてくれました」

「今の、あなたが?」

「……はい?」


 ヴィネはきょとんとしている。

 その様子から見るに、ヴィネがメール相手ではない? いや、結論は早過ぎる。朱里は気を取り直し、ヴィネの訪問理由を訊いてみた。


「何しに来たの?」

「や、お詫びをと思いましてね。まさかネフィリムがあなたの銃を撃ってしまうとは思いませんでした。仕様変更しなければ」


 ヴィネは自分の創った銃器での殺し合いを好まない。自分がカスタマイズしただけの武器なら放任しているが。

 彼女は本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。詫びの品として銃をプレゼントしますよとはにかんで、


「試作品ですがね。ショットピストルです。散弾銃のピストルバージョンですね」

「……別に、お金なら払うわよ?」

「これは私の好意です。人の好意を無下にする人は嫌われますよ? まぁ、協力者から」


 瞬間、朱里は目を見開いたが、ヴィネは気付かないまま、


「……優良顧客の素晴らしき協力者、ヴィネ武器店からのささやかな贈り物です」

「そう」


 朱里は頷いて、了承の意を伝えた。言葉を呑み込んで、投げそうになった質問を心の中へと仕舞う。まだ断定するには早かった。これでもしヴィネが協力者でなく敵であれば、朱里は謀反を企てた者として処分されてしまうかもしれない。

 PHCなら、朱里ひとり消すのは容易いだろう。小城の遺した資料によれば、政府の要人すらあっさりと抹殺する組織なのだ。そして、今のところ反抗できている勢力はない。経済政策や武力による強硬手段すら、PHCには効果がない。この世唯一の供給主を黙らせる手段は需要者にはないのだ。

 これほどバカバカしい会社もあったものではない。映画や小説などで出てくる悪役企業もここまで露骨ではないだろう。自分がいる場所が本当に現実なのかと朱里は疑いたくなる。

 しかし、義眼の右眼、義手の右腕を持つ自分は間違いなく現実の上に立っている。


「どうかしました?」


 ヴィネは愛嬌を振りまいて訊いてくる。思わず疑問が朱里の口を衝いて出た。


「あなたは本当に、自分の意志でここにいるの? 年齢は私とそう変わらないのに」

「え? 私は三千歳ですが」

「え……?」

「ふふ、冗談です。ここには私の武器が必要な方がいますから、武器を売るのが大好きな私は、自ら惹かれてやってきたんです。私、先見の明があるんですよ。過去、現在、未来。全てを鑑みて、自分がどこに行けばいいかすぐわかっちゃうんです。あなたの秘密だって、暴いてしまうかもしれませんよ?」


 ヴィネはずっと笑顔だ。屈託ない笑みを朱里に向けている。

 しかし、朱里は笑う気分になれなかった。ここで無条件に信頼できる人間はもういない。


「例えば、あなたの秘密その一。あなたのハンターランクはCに上昇した」

「小城さんの蓄えを引き継いだからね」

「まぁここではランクなんて無意味なものですが。金さえ稼げばランクは上がる。つまり、雑魚だけ狩っていても、ランクは上がって行く。でも、実力がなければ死ぬ。ウチは実力主義ですからねー。弱い奴に強い武器は売ってやらないんです」

「じゃ、私は強いってこと?」


 朱里が問うと、ヴィネはどうでしょうかねぇ、と歩き出し、


「でも、強くなる素質がある、とは思っています。あなたの怪物は綺麗ですし」

「綺麗な怪物。美しき怪物」

「綺麗ってのはいいもんです。醜いよりずっといい」


 ヴィネは廊下を歩いて行く。その背姿を見ながら朱里は呟く。


「でも、怪物は所詮怪物よ」


 協力者を探すのは諦めて、朱里は部屋へと戻って行った。



 ※※※



 現状待機とは言え、それはただ部屋に閉じこもっていればいいというわけではない。

 狩人としての日常……狩猟はいつも通りに訪れる。

 しかし、いつもと違ったのは、今回の狩猟が大規模なものだったということだ。


「小城とつるんでたルーキーってのはお前かよ」


 対面の座席に座る若い狩人に絡まれたが、朱里は応えない。

 右眼だけを開いて、魔獣の情報を確認していた。此度の獣の特性は今のところ不明らしい。

 数も多いということで、二十人にも上る狩人が手配されていた。小城のケースを思い出し、朱里はますます疑念を強く持つ。


「かっ。無視かよ。そっちがその気なら、イイコトでもしようと思ってたのによー」


 下世話に語る狩人たちは、徒党を組んでいる。PHC日本支社内にはいくつか派閥が存在する。

 今回、群れをなしていないのは朱里だけ、正真正銘の一匹狼だった。ネフィリムはまだ休養中であり、言わば朱里は敵のど真ん中で魔獣を狩らなければならない。

 しかし、朱里は何の不安も感じていない。連中から意志や信念が窺えないからだ。恐怖に怯えて現状に振り回されて、仕方なしに集団を形成している。妥協と畏怖、依存の塊。そんな奴らが何人いたって怖くはない。


「ヤッたってここじゃ誰も文句言わねえよ。女のハンターってのは貴重なんだ。みんなでよろしくやろうぜ? 金は払うからさー」


 朱里は両眼で男を見る。声が上ずって、調子に乗っているのが見て取れる。不安を覆い隠すために、快楽へ身を落とそうとしている。

 ふと、不思議な気分に朱里はなった。なぜこんな男が生きて、小城が死んだのだろう。他人のために頑張れる人間が死んで、どうして自分のことしか考えられない人間が生き残るのだろうか。

 いや、仕方のないことかもしれない。自分だって生きているから。人は死んで怪物が生きる。それが世の理だから。


「どうせもう助からないんだしさー。気持ちよくなろうぜ? もしシてくれんなら俺たち全員君の味方になるからさー」

「本当?」


 試しに、訊いてみる。

 すると気色悪い笑顔を、狩人が朱里へ向けてきた。下心満載の顔だ。


「ホントホント。気持ちよくなって、金ももらえて、守ってすらもらえるんだぜ? 一石三鳥だろ? 最高だぜ、なぁ」


 狩人が仲間内に声を掛けて、下品な笑い声が響いた。朱里はそうと一言頷いて、


「でもあなたたち弱そうだし、儲けも少なそうだから、マイナスにしかならないわね」


 本音をぶちまけた。

 狩人たちの顔が一斉に殺気を帯びて、


「あ? なめてっとぶっ殺すぞ」

「群れてないと威勢のいいことが言えない雑魚に、殺されるとは思えないのだけど」

「テメエ」


 狩人が拳を強く握りしめるが、殴っては来ない。輸送機内での狩人同士の交戦は、PHCの狩人規約に違反する。

 だが、狩場では不幸な事故が起こる。常場の言っていた通りだ。信用できる狩人はごく僅か。


「泣いても赦してやんねー。ビースト片付けた後、みんなで輪姦まわしてやる」


 どうぞご自由に、と朱里は笑う。丁度気になっていたところだ。自分の中の怪物は対人戦でも興奮するのかどうか。




「じゃあ班分けしよーぜ。四班に別れて行動な。俺と一樹は――」


 と朱里にセックスしようと提案してきた男の班決めを朱里は適当に聞き流していた。

 狩場は森林地帯。ツノつきたちを一掃した場所と同じだ。敵はステルス性能に秀でているらしく、どんな攻撃をしてくるかわからないと彩月から説明があった。

 だから、纏まって動くのがセオリーらしいのだが、男の班分けを聞く限り、朱里の班はたったひとりだけのようだ。


「じゃあ、また後でな。……たっぷり啼かせてやるから覚悟しろ」

「会えたらね」


 朱里は男の殺意を受け流し、森の中へと入って行く。前回は拓けた広場だったが、今回は深い森の中へと入る。

 右眼を暗視モードにして、ショットガンを構えた。イヤーモニターからは男たちの朱里をどう凌辱するかなどという不快な話題が聞こえてくる。


「彩月」

『はい、何でしょう』


 不本意という気持ちを隠すつもりもなく、彩月が応対する。朱里はとりあえず耳障りな声を遮断して、彩月に戦術支援を要請した。


「狩場全体をスキャンしてみて」

『もうやってるんですけど』

「お願い」

『はいはい』


 彩月は面倒くさそうに了承した。

 彩月が狩場をスキャンする間に、朱里は肉眼と義眼の両方で索敵を行う。偵察ドローンや先行した狩人のゴーグルでは、敵を視認できなかったらしい。

 不意を衝かれて、殺された。となれば、敵の隠密スキルはPHCの技術力すら凌いでいると考えられるが――。


「……?」


 朱里は視界に違和感を感じて、左眼をまばたきした。

 だが、何も見えない。義眼では何も捉えていない。しかし、朱里はその異変を気のせいだとは思わなかった。

 魔獣たちに居場所がばれることを知りながらも、引き金を引いて散弾を穿つ。今度は明確な変化があった。地面が突然盛り上がり、大きな口が露出した。


「……ッ!」


 魔獣らしき土の塊は、細長い手を伸ばして朱里を捉えようとしてくる。散弾を撃って、手を打ち砕くが、すぐさま新しい手が生えてくる。何だコイツは。朱里は焦り、一度距離を取ることにした。


『あーやっぱり特に異常は見られません。……何をしてるんです?』

「ビーストに襲われてる!」


 彩月に怒鳴り返して、走って逃げる。ショットガンを背中に仕舞い、グレネードを取り出した。狙いは決めているが、行うにはリスキーだ。下手に木に引火すれば、大規模な森林火災が発生する。

 ゆえに朱里は、危険を承知で接近戦を挑んだ。方向転換し、ステップを踏んで腕を避ける。が、腕はどんどん地面から生えてきて、朱里は右足を強く掴んだ。

 きゅっ、と唇を強くかみしめ、朱里を喰らわんとする口の中へと強引にグレネードを投げ込む。魔獣は大きく口を開けて呑み込んだ。

 直後、爆発が起きる。爆風は魔獣が完全に押さえこんでくれた。弾け飛んだ土の塊が朱里を汚す。


「なんなのコイツ」


 ぼやきながら、魔獣の死体へと近づく。すかさず右眼が喋り出した。

 ――ビースト情報を更新します。今、朱里が討伐したのはミミックです。宝箱に擬態するモンスターとして有名ですが、本来のミミックはこの世の物質であれば何にでも擬態します。


「用意がいいわね」


 タイミングぴったりの魔獣情報更新に、朱里はため息を吐いた。

 恐らく候補がいくつか存在していたはずだが、魔獣の姿を確認するまで秘匿されていたようだ。


『たった今最新情報が届きました。現在狩猟中のビーストは――』

「ワンテンポ遅い。もう何者かは把握したわ」

『あらそうですか。おっと、救援信号が放たれています。ハンタータカミヤアカリ。救援に向かってください』


 気の抜けた声で彩月は指示を出す。それは命令? と朱里が訊き返すと、


『いえ、要請です。嫌なら放っておけばいいんじゃないですか? ま、助けた分だけ報酬は上乗せされますけど』


 追加報酬が発生するのなら、躊躇する理由は朱里にはない。


「わかった。すぐに向かう。死ぬなって言っておいて」


 自分を犯すというふざけた企てをした男たちを救うため、朱里は薄暗い森の中を駆けだした。



「何だ、何だよこれ! 誰か、誰か俺を助けろよ!」


 助けを求める声が響いて、朱里は右眼の表示するマップに示された狩人の所在と照らし合わせる。

 朱里が単独でミミックを狩っている間、狩人たちは被食者となり半数以上が食い殺されていた。一体何のためのチーム分けだったのかと朱里は呆れる。下手に徒党を組むから油断して、些細な兆しを見落とすのだ。


「助けろ! 俺を助けろ!」


 石像に追いかけられる狩人を救う者は見受けられない。狩人たちはバラバラとなり、各々が助けを求めていた。マップに写る救難信号が増えていく。誰もが他人任せで、救おうという気概のある狩人はこの場にいなかった。

 舌打ちしながら石像に向かってピストルを撃つ。ショットガンではギリギリ届かない。彼らを救う一番確実な方法は自分が狙われることだ。良識ある狩人なら援護に入ってくるはず。


「ああ、助かった助かった! ……あ、後は勝手にしやがれ!!」

「ま、予想通りよ」


 案の定良識なんてカケラも持ち合わせない狩人は、他の仲間と合流するため移動していった。朱里に狙いを付けた石像が、空を飛び、槍を突いて襲いかかってくる。右眼が解説――このビーストはガーゴイルです。


「殴って砕いた方が早そうね」


 敵を一目見ただけで、朱里の中では八割方攻略法が組み上がっている。朱里はあえてガーゴイルに先手を取らせ、槍を突いてきたところにカウンターを喰らわせた。アッパーで顎を打ち抜かれたガーゴイルは、核である頭部を破壊されて瓦解する。

 だが、まだ危険は過ぎ去っていない。朱里は近くの木が化けたミミックであることを見抜き、先んじて散弾の雨を降らせた。ズタズタになった木の幹から、だらりと大きな舌が垂れる。倒したかどうか不安なのでグレネードを放り込み、先程と同じように内部から爆破させた。


『あーハンターアカリ? また救難要請が』

「くそっ! 足手まといが過ぎるわ!」


 毒づきながらマップが示す信号場所へと向かうが、朱里が進む間にどんどん信号が途切れていく。ひとりひとりとやられているのだ。二十人いたはずの部隊はあっという間に二人となった。例え対抗できる手段を持ったとしても、魔獣の方が人間より強いという事実はまだ覆っていない。


「あなた、大丈夫!」


 最後の信号の主である狩人に投げかける。奇しくもそいつは、率先して朱里を犯そうと言っていたくそ野郎だった。


「あ、あ……お、おれ、いきたい」

「生かしてあげるわよ。これも報酬のためだもの」


 弱くても戦力には違いない。十八人もの狩人を駆逐した魔獣の群れと戦うには、流石の朱里も分が悪かった。報酬を貰うためなら、どんなくそ野郎とだって共闘してやる――。今の朱里はそんなことを考えていた。

 だが、どうやら相手は違ったようだ。急にぶるぶると震え出し、いきたい、いきたい、と叫び喚く。


「ちょっと、静かにしてよ。敵に居場所がばれるでしょ」

「いきたい、いきたい。女を抱きたいんだ!」

「ちょっ! このッ!」


 何を錯乱したのか、狩人が素手で襲いかかってきた。右手で容赦なく殴り返し、男を黙らせようとする。しかし、男は朱里の打撃をもらっても、平然と胸に触れようとした。有り得ない。朱里は驚愕する。


「義手で殴ったのに!」

「おんな、オンナ、オンナぁあああああ!!」


 瞬間、男の身体から触手のような物が生えてきて、朱里の身体に纏わりついてきた。拘束される前に脱し、体勢を整える。


「なにが……一体――?」


 朱里は驚きを隠せない。目を見開いて、彼の身に何が起こったのかを観察する。人らしい部分が残ってはいるが、顔や右手、左脇腹、右足、左足首……様々な個所から触手が生えている。オンナ、オンナと朱里を見ながら呟いて、両手を突出しゾンビめいて近寄ってきた。

 右眼でスキャンし、相手の状態を確認するが、右眼は語る。該当データなし。


「データなしって……!」


 肝心な時に使えない右眼へ文句を飛ばし、ショットガンを構える。だが、すぐに判断ミスに気が付いた。相手は狩人、ヴィネの銃器は使えない――。


「……これは」


 ――はずなのだが、トリガーはロックされずにそのままだ。ヴィネの賢い子どもたちは目の前の狩人を魔獣と判定していた。

 もはや訳がわからないまま、あなたは人間? と訊ねる。しかし、相手は性欲に支配され、朱里を犯すことしか考えていない。

 仕方なかったので、左足を撃ち抜いた。ショットガンの銃創は、他の銃器よりも群を抜いてエグくなる。

 完全に左足が撃ち奪われ、歩けなくなった狩人だったが、またもや触手を増殖させてアタックを仕掛けてきた。

 対応が遅れて、朱里が空中へと拉致される。


「……ッ!!」


 気色悪い感触がした。触手が朱里の身体を弄っている。本能的に危険を察知した朱里は、義手を振るって右腕を掴む触手を引きちぎった。ナイフを引き抜いて、左腕を解放。胸を撫でている触手を切って、下半身を犯そうと蠢く触手部分を拳銃で撃ち潰した。

 地面へと降り立ち、もうどうしようもないと諦める。右手に持った拳銃を、あはあは笑う狩人の頭へ突きつけた。


「恨まないでよ」


 人ではなく魔獣判定を受けた狩人を、射殺する。あまり気分がいいものだとは言えなかった。



 ※※※



 鼻歌を歌いながら、ヴィネはカウンターの前で頬杖をついていた。

 暇だが、暇こそ至上だ。暇というのはとても楽しい。暇を持て余せるという事実が嬉しい。

 退屈は嫌いだが、好きだった。こういう退屈なら大歓迎だ。歩ける自由があるし、暇をつぶせる道具がある。狭苦しい場所へ閉じこめられるのとは大違いだ。


「ん? ああ、出ちゃいましたか。しかし、あの男がおめおめと赦しますかねー」


 何もない前方を見て、何かを観ているように呟く。


「まぁ面白くはあるでしょうね。しかし、あの方の機嫌が悪くなる一方だ。常識ってモノを弁えて欲しいですよねー」


 同意を求めるように言うが、ここには誰もいないため、賛同の声は聞こえない。しかし、ヴィネは愉しそうに笑っている。


「まぁでも、彼にも非はありますしね。警告したのに。変な勧誘には乗っちゃいけないって。その点朱里は綺麗ですね。醜い怪物に身を落とすこともない。……美しき怪物」


 ヴィネはおもむろに立ち上がる。ショットガンコーナーの棚に飾ってある水平二連を見上げ、


「やはり彼女ですかね。綺麗なモノは穢れたモノを滅しますから」


 全てを知っているのかの如く呟いた。

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