第5話 マンハント

 一度目では戸惑ったことも、二度目となると適応できる。元々、順応速度は他人よりも速かった。

 朱里は慣れた様子で、輸送機の椅子に腰かけている。目前の作業台では大量の銃が並んでいる。丁度、三人分。朱里、ネフィリム、そして……常場の分だ。


「……」


 朱里は無言で常場を見つめた。無精ひげを生やした、朱里よりも一回り二回り、三回りほど年上の人物を。

 それほど年齢と経験を重ねた人物が、嘘を吐いて自分を謀殺しようとした。結果だけを見れば朱里は覚悟と武器を入手できたが、だからと言って許容はできない。終わり良ければ全て良し、とは言えなかった。命を落としかけたのだから。

 奇妙なのは、常場が朱里を同行者に指名したことだ。険悪関係にある自分を、いくら規約で守られているからとは言え、手放しで信用しているとは思えない。少なくとも、朱里の方は常場を信用していない。信じるのは自分と武器。背中を守ってくれるネフィリムだけだ。


「そんな目で俺を見るなよ」


 常場が素知らぬ顔で言った。では、どの眼で見ればいいのだろう。朱里は人差し指を自分の片目に向けて、


「義眼と肉眼、どっちがいい?」

「冗談のつもりか?」

「そうだと思う? 私はずっとあなたを監視してる。信用できないから」


 朱里は正直に話す。任務中もずっと常場を監視するつもりでいた。

 俺も人気者になったもんだ、と常場は苦笑する。常場はおもむろに立ち上がり、作業台の上に置いてある拳銃を手に取った。

 カットスロウト。対人用自動拳銃。反射的に朱里が身構える。


「そう構えるな。これは俺のだし、ハンター同士の交戦は禁じられている。前にも言ったろ?」

「じゃあ何で対人武器なんか持ってきたの」

「それはお互い様だろ。お前だって、バックパックに突っ込んでるじゃないか」

「……!」


 朱里は驚愕した。見抜かれている。朱里の背中を冷たいものが伝う。

 対して常場は余裕の表情だった。どんな状況に陥っても、焦ることはない。ベテランらしい風格だ。


「ばれてないと思ったか? 誰だって持ってくるだろ、自分を謀殺しようとした相手だ。……ヴィネは自分の創った武器での人殺しを、極端に嫌う。だが、ヴィネが既存の拳銃をカスタムしただけのカットスロウトなら、な」


 ――彼女ヴィネの良心を苛むことなく、殺人が可能である。

 ヴィネ・オリジナル・ウエポンは照準が人間へと向けられると、強制的にロックが掛かる。射撃訓練中の朱里に、彼女は饒舌に説明していた。撃つ対象を選択できる賢い子どもたちだと。それほど頭が良いのなら、軍隊に売ってもいいのではという疑問が再び脳裏をかすめたが、朱里は口に出さなかった。ヴィネはバカではない。それだと問題が生じるから、狩人にしか銃を売らないのだ。

 だが、発生する需要に応じない彼女ではない。人を殺したければ対人用の銃を使えば良い。だから、カットスロウトが売られていたのだ。それをどう使用するかは買い手次第。売り手に責任はない。銃があったから人を殺したと言い訳を述べる奴は、銃がなくとも他の武器を使って殺すに決まっている。重要なのは殺意の有無だ。


「お前、俺を殺すつもりか?」

「さぁ、どうだかね」


 常場が朱里を挑発し、朱里は睨み返した。正直なところ、殺すつもりはない。良心が痛むと言う理由ではなく、そうすれば日常に帰り辛くなるからだ。PHC内でのゴタゴタも避けられない。朱里が常場を殺さないのは、常場のためではなく自分のためだった。もし一切の制約なく、何の罰則も与えられないという状況下でなら、今の自分がどうするのか朱里にはわからない。

 以前の朱里なら、絶対に殺さないと胸を張って言えたのだが。


「……問題発言として、上に訴えることもできます」


 口火を切ったネフィリムが二人に警告する。ネフィリムの瞳は真剣だった。彼女の眼前では、誰だって殺人を犯せないだろう。そう思ってしまうほどの気迫を、瞳の中に秘めている。


「勘弁してくれよ、ネフィリム。冗談さ」

「……ええ、冗談よ。軽いジョーク」


 これのどこが軽いのだろうかと朱里は半ば真剣に悩みながら、常場と口裏を合わせた。


『降下地点へと到達。準備でき次第、ハンターは降下開始せよ』


 パイロットが機内アナウンスを使って通告する。

 朱里は指示通り、散弾銃モンストルを背負い、右太ももに付けられたホルスターへと大型拳銃レイジを差し入れた。

 ネフィリムは狙撃銃アンドロイド小型短機関銃ガーディアン。常場は名称不明のアサルトライフルを構える中距離装備だ。

 遠近中全距離を網羅した、理想的な装備の組み合わせとなっていた。


「レディファーストだ」

「……どうも」


 お礼を言いながら、朱里は狩場かくりちいきへと飛び降りる。




 今回の狩猟対象はゴブリン。群れで行動する小鬼だ。

 ネフィリム曰く、大した戦闘力は持っていないという。このタイプならば、対人兵器でも制圧可能らしかった。それでもPHCに日本政府が依頼するのは、自衛隊では手に余るからだ。倒せはする。しかし、死者が確実に出る。どうせもうめちゃくちゃに引っ掻き回されているのだ。今更自分たちでどうこうしようと足掻くなど、愚か以外の何物でもなかった。それに、今回は分が悪すぎる。

 一人でも容易に狩れるゴブリンに狩人が三人も動員されたのは、敵の数が多いからだった。


「うじゃうじゃいるわね」


 ガレキでできた高台に移動した朱里は姿勢を低くしながら、眼下で蠢く大量のゴブリンへと右眼を向ける。義眼が一瞬で敵の総数をスキャニング。――現在観測される敵総数は三十四体です。


「一人当たり、だいたい十体ってところか」

「ええ、約十体」


 応じながら、朱里は考える。現状把握できる敵の数は“三十五体”。眼下のゴブリンたちと、隣で屈む常場だ。恐らく、相手も同じことを考えているだろう。慎重に行動せねばならない。

 朱里にとって救いだったのは、狩場が前回と同じ廃墟街だったことだ。アスファルト製の道路を埋め尽くす小鬼たち。かつて人間がそうしていたように、我が物顔で街中を闊歩している。

 ふと、朱里の頭に疑問がもたげた。彼らは何をしにここへと来たのだろう。人並みの生活を送るためか? それとも、人を殺すためか? ――推測するに、後者だ。


「ネフィリム、援護をお願い」


 常場には助力を頼まず、朱里は高台から飛び降りて、ショットガンを撃ち始める。

 ヴィネオリジナルの高性能なショットガンは、ポンプアクション式のため、オートマチックよりも手間がかかるが、安定的な動作で朱里の求める火力を穿つ。近距離専用の散弾を驚く小鬼たちにぶち込んだ。ゴブリンは小柄で、醜い。赤色で、鬼のような顔をしている。手には棍棒を持っているが、朱里は打撃を喰らう前に肉塊へと変化させた。

 ぐちゃり、と血肉が舞う。怪物の名を持つショットガンは強力だった。一撃でゴブリンの首が弾け飛ぶ。引き金を引いた数だけ、ゴブリンの死体が散乱していく。一匹、一匹、さっき生きていたのが嘘のように、動かなくなっていく。敵が弾けるたびに朱里の気分は高まった。――ああ、愉しい。やはり狩りはいい。血が沸騰し、気分が高揚し、生きている実感を与えてくれる。


「調子に乗ると弾が切れるぞ」


 常場の忠告を聞き流し、朱里は狩りを続行した。弾切れなど前以て承知の上だ。此度の戦いを、朱里は訓練に利用するつもりでいた。今回の狩猟は、ショットガンの実射試験と、拳銃の使い心地の把握、義手を用いた格闘戦の練習だ。


「義手なら片手でも撃てるはず」


 朱里はショットガンの銃身を左手で掴んで、右手で五十口径のピストルを抜き取った。鍛えてもいないか弱い女性が撃つと手首が折れる危険性のある凶悪な拳銃を、朱里はアクションスターよろしく片手構えで引き金を引く。

 銃弾は精確に、ゴブリンの命を撃ち取った。朱里は少女ながら、反動を物ともせず別の敵へと狙いを定める。


(義手なら、どれだけ強い反動だとしても抑制できる。試射した時と相違ないみたいね)


 朱里はピストルの感触を確かめると、次は接近戦をゴブリンへ挑んだ。ピストルをポーチへと戻し、義手でゴブリンの頭に向けて、拳を振るう。潰れるトマトのように血が奔り飛んだ。素っ頓狂な悲鳴を上げて、ゴブリンがグロテスクな顔面を晒す。


「パワーが強すぎる、かな。でも――」


 ――銃撃と近接なら、近接の方が愉しい。

 朱里は愉悦していた。一番格闘が面白い。銃だと敵を狩った感覚は間接的だが、拳だと直接的な実感を感じられる。敵を殺したという、心地の良い感覚に身体が包まれる。

 右眼が教えてくれたデータによれば、人は接近戦を最も忌み嫌うという。銃器の発達した近代では、例え近距離だとしても、人は銃を使って殺しを行う。銃が便利という側面も否めないが、人が銃を好むのは、敵を殺す感覚が味わいにくいからだ。刃物や鈍器を使って敵を殺す時、人はしっかりと命の重さを手に感じながら敵を殺していく。そんな惨たらしいことが現代で可能なのは、しっかりと訓練を受けたプロか、頭のねじの飛んだバカ、もしくは、元々それができるようにと設計された戦士だけだ。朱里はどれが自分に当てはまるのかと思考を重ねる。たぶん、三番目にカテゴライズされるのが自分だ。


「ふっ!」


 息を吐いて、朱里は雑魚たちを薙ぎ払っていく。チュートリアルを終えたので、もう自由に戦闘をしてもいい。銃と近接を織り交ぜて、ゴブリンたちを皆殺しにしていく。

 狩りはいい。朱里は今一度思う。敵を殺せば、息の根を止めれば、嫌なことは全部忘れられる。例え、ほんの一時だとしても。



 ※※※



「すごいな、こりゃ」


 常場は高台から、朱里の虐殺ぶりを見下ろしていた。

 当初こそ援護を行っていたが、今や狩人プレイヤーではなく観戦者ギャラリーだ。横でネフィリムは真面目に狙撃しているが、朱里は彼女の殲滅力を大幅に上回っている。このままだと、朱里が報酬のほとんどを独占するだろう。


「……」


 常場は朱里を注視した。狩人同士ではあまり好まれない戦い方だ。報酬は最低分を除き、敵を倒した分だけ支払われる。報酬がなければ狩人たちはPHCに借金を返済できないし、新しい武器や弾薬を購入することもままならない。

 狩場での独占は、新しい敵を誘いかねない。無知な朱里は無防備に、敵を作る戦いを行っている。


「ネフィリム、ここは問題なさそうだ。周辺に敵がいないか偵察してきてくれ」


 常場はライフルを穿つネフィリムに頼んだ。スコープから顔を戻した彼女が訊き返す。


「ここはまず発見したビーストを殲滅するのがセオリーでは?」

「だが、現状考えられる一番最悪なパターンは、敵に不意を衝かれることだ。ゴブリンは弱いが、集団で行動するビーストだ。別働隊がいたら厄介だろ」


 常場の危惧は一理あったが、それでもネフィリムは動かない。納得しがたいようだ。

 そのため、常場は念押しすることにした。


「人間の言うことが聞けないのか?」

「っ! ……わかりました」


 ネフィリムはハッとし頷いて、常場の言う通り別働隊の捜索を開始した。

 その背中を見送って、常場は呟く。他人事のように。


「ネフィリムは信頼できる。……人の言うことならなんだって聞くからな」


 そして、朱里と同じようにジャンプした。



 ※※※



 ゴブリンを何体殺したのかもう覚えていない。だが、朱里が記憶していなくても右眼はきちんと記録していた。

 ――十六体目です。右眼は丁寧な声で殺害数を発声。


「十六体……。ノルマはとっくに越えた」


 二人は何をしているのかと朱里は高台へと目線を移した。だが、上から援護しているはずの二人はいない。一体どこに行ったのかと目を凝らす。と、急に右眼が叫んだ。――後ろから攻撃です。


「なッ!?」


 朱里が驚愕したのはゴブリンに一撃喰らったからではない。棍棒を振りかざしたゴブリンを、誰かが撃ち抜いたからだ。


「大丈夫か」


 と朱里を案じながらその男は近づいて来る。アサルトライフルを構える常場だ。


「あなたに助けられるなんてね」


 てっきり背中を預けられるのはネフィリムのみとばかり思っていた朱里が皮肉気に言う。


「狩場で油断は禁物だ。何があるかわからねえからな」

「忠告をどうも」


 常場を適当にあしらった後、じりじりと後退しつつあるゴブリンたちへと目を移す。このまま二人で突撃すれば、数分足らずで片が付きそうだった。ネフィリムがいれば言うことなしなのだが、彼女なりに思うことがあるのだろうと朱里は独自に結論付ける。

 さて、どう攻めるか。不本意ながらも、朱里はベテランの狩人である常場に助言を求めることにした。


「あなたはどうたたか――ッ!?」


 朱里が身を翻す。銃声が響く。朱里の足元に、銃弾が着弾する。


「おっと、外したか」


 にやにやと笑う常場。手に握られるは対人拳銃カットスロウト。

 常場が、朱里に弾丸を撃ち込んだ。振り返らなければ命中していたところだ。


「言ったろう? 狩場で油断は禁物だと。……ハンターはよく事故死するんだ。それも、獲物を独占したがる自分本位な奴がな。死因は……拳銃の暴発だ」


 常場はぴたりと朱里の頭部に狙いを付けている。おかげで、朱里は数体残っているゴブリンたちに背中を向けるはめとなった。


「やっぱり私を殺すつもりだった」

「そういうお前だって、俺を殺したくてたまらないだろう」


 否定はしない。朱里はショットガンを背中に掛ける。ピストルをホルスターに差し込んで、バックパックに入れっぱなしのカットスロウトへ手を伸ばした。

 が、拳銃を抜き取る前に、常場が発砲する。


「くッ!」


 朱里は右腕で身体を守った。銃口は右眼で捉えられるから、防御するだけでいい。強固な義手は弾丸すら弾き返せる。

 朱里が銃弾を防いだため、常場はアサルトライフルでゴブリンたちを掃射した。銃を撃たれて興奮する小鬼。敵へ――ちょうど目の前に立つ狩人あかりに、自衛のための攻撃を加え出した。


「くそっ!」


 舌打ちしながらゴブリンたちを相手取る。余裕の表情を浮かべる常場。朱里がゴブリンを殴り飛ばす合間にも、常場は語りかけてくる。


「お前はまだ希望があると思ってるな。言われた通りビーストを狩れば世間に戻れると。家族の元に帰れるとな。ああ、甘いな。絶望を知らないんだろう。だから、幻の希望に浸れる」


 常場の一方的な会話に応えず、朱里はゴブリンとの戦闘に集中した。一度は仕舞ったショットガンでゴブリンを撃ち裂く。フォアエンドを引いて薬莢を排出し、すぐに次弾発射しようとしたが、右眼が警告。――残弾数ゼロ。安全地帯での装填を推奨します。


「無知なお前にひとつ、昔話をしてやろう。ある父親の話だ。とてもバカで、マヌケで、アホな親父のお話だ。そいつには娘がいた。可愛らしく頭の良い女の子だったが、一つだけ、重大な問題があった」


 朱里はショットガンを再び背中に戻し、拳銃で抜き撃ち。クイックショットによって、ゴブリンが血の雨をまき散らす。だが、次の瞬間、二体のゴブリンが朱里を挟撃してきた。一方を上半身を逸らして躱し、もう片方を義手で受け止める。カットスロウトを左手でバックパックから引き抜き、二丁拳銃の構え。対人ピストルはゴブリンの中で比較的柔らかい瞳目掛けて撃ち放った。


「半身不随だったんだ。生まれつきな。地面を歩くという感覚がどういうものか知らぬまま、娘はすくすくと成長した。娘は不平や不満を漏らすことなく生活していたが、内心二本足で歩けるふつうの人間を羨ましがっていた。バカな父親は何とかしてやろうと奔走し、義足など色々試したが、満足のいく結果は出なかった」


 手近なゴブリンに朱里は銃杷での打撃を加えた。三回ほど殴れば血がドバドバあふれ出す。遠くの敵は撃ち、近くの敵は殴った。朱里が動けば動くほど、世界は血に染まっていく。残りは三体……いや、四体だ。


「だが、ある時、ひとりの男が父親の元へ訪ねてきた。ずっと笑顔の変な男だ。そいつは言った。僕の会社なら娘さんを歩けるようにできる、と。父親は大喜びでそいつの話に乗ったさ。やっと娘に二の足で歩く自由を与えられると思ったからな。娘が歩けるなら金なんて安いもの。父親は、愚かにもそんな風に考えていた」


 遠くの敵を拳銃で撃ち殺すと、ピストルのスライドが開いた。弾切れを知らせる合図だ。朱里は拳銃をホルスターへと突っ込んで、残りの二体へと殴りかかる。一体は殴打で叩き潰し、もう一体は首の骨を折った。

 魔獣は狩り終えた。朱里は最後の敵へと向き直る。


「随分な長話ね」


 右手にカットスロウトを握りしめながら言葉を漏らす。風が吹き、朱里の長髪がなびいた。

 常場は笑いながらピストルを向け直す。


「悪いが、もうちょっと付き合ってもらう」


 再度、撃発。朱里は飛びのいて銃撃を躱し、片手撃ちで応戦した。

 弾は外れる。否、外したのだ。これは警告よ、と前置きし、


「今度は当てる。正当防衛だものね」

「そう急くな。まだ話は終わってない」


 常場は崩れたガレキを遮蔽物にして、演説を続けた。動くタイミングを計りながら、朱里も廃車の影に隠れる。

 またもや銃声。常場は声を発しながらも、銃撃を止めなかった。


「娘は親切な男の会社で手術を受けた。まるで神の御業さ。半身不随だったはずなのに、娘は両足で歩けるようになった。一体どういう理屈かはわからないし、知るつもりもなかった。すぐに、そんな余裕はなくなったからな。男に法外な金額を請求され、最悪にも、会社内へと閉じ込められた。出たければ金を払えと言う。娘の治療費としていくらか金は持っていたが、奴の請求額はけた違いだった。払い切れず、娘ともども奴の会社で働くことになったよ。銃なんて撃ったこともないのに、ハンターとしてな」


 客観的だった常場の演説が、どんどん主観的となっていく。朱里は隙を窺いながらも、いつの間にか常場の話に耳を傾けていた。

 

「娘は最初、歩けたことを喜んでいた。でも、すぐに恨むようになったさ。足を切断しようとまでした。俺は何とか止めたが、あの時の、あの子の顔は今でも忘れられない。俺を糾弾する顔だった。そうだよな。原因は全て俺だ。俺は娘だけでも日本へ帰させるよう交渉を試みたが、奴は聞く耳を持たなかった。となれば、だ。狩りを続けて借金を返済するしかない。俺は娘と連携して、ビーストを狩り続けた。二人で協力し合えばいつか返済できる。何の根拠もないのに、妄信していた」

「…………」

「で、来るべき時が訪れた。娘がビーストの攻撃を受けて重傷を負ったんだ。俺は治療を試みたが、手遅れだった。あの子が死に逝くのを側で看取ったよ。恨み言を述べてた。ああ、勘違いするな。俺にじゃない。両足が不自由だった自分を恨んで死んでいったんだ。私が健康だったら、お父さんを不幸にせず済んだってな」

「だから、無駄な足掻きだと?」


 朱里は常場の意図を汲み取って、返答した。そうだ、と返す常場。


「家に帰れはしない。生きていても辛いだけだ。死んだ方がマシって気付いたか」


 常場は隠れ場所から姿を晒した。堂々と。朱里が潜む廃車の影までゆっくりと近づいていく。


「ここでは死こそが救済だ。小城は頑張っちゃいるが、アイツだってその内、死ぬ」


 常場は拳銃を朱里のいる方角へ向けた。出てこいよ、と言葉を添えて、


「俺が楽にしてやる――ッ!?」


 朱里は出てきた。隠れ場所から。常場の予想もしない方法で。

 朱里は勢いよく飛び出して、常場にタックルを加えた。ぐふっ、と息を漏らす常場。

 武装解除させようとしたが、さしもの常場もベテランだ。常場は朱里を蹴り飛ばして対応、朱里はアスファルトに着地を決めて、拳銃を構える。

 同じ拳銃を二人で向け合って、睨みあう。


「おい、わからねえのか。俺の言ったことが」

「わかるわ。あなたとあなたの娘の不幸もね。でも私にとって、家族が全てなの。私がいないと家族はダメで、家族がいないと私はダメになる」


 朱里は凛然とした態度で告げる。真っ直ぐで愚直なほどの想いだった。

 常場は呆れてため息を吐き、真剣な目つきとなって、


「だったら、無理やりにでもあの世へ送ってやる」


 指が引き金に掛かり、朱里へ弾丸を穿とうとした刹那、天使の声は響いた。

 高台に戻ってきたネフィリムが、ライフルで狙いを付けている。標的は常場の拳銃だ。


「そこまでです、二人とも! ハンター同士の交戦は規約で禁じられています」

「ネフィリム!」

「もう、戻ってきたのか」


 常場はあっさり拳銃を下ろした。降参したように。

 朱里へと歩み寄って、立ち止まる。そして、再び銃を掲げ、警戒した朱里とネフィリムにひらひらと左手を振った。


「案ずるな。交戦はしない。規約で禁じられてるからな」

「だったら、どうするの」


 朱里の問いかけに常場は頷き、


「何も知らないルーキーに逃げ方の手本をみせるのさ」


 と笑いながら拳銃を自分の側頭部へ突きつけた。

 慄く朱里とネフィリム。常場はずっと朱里だけを見つめていた。まるで、別の誰かを見出してるかのように。


「そんな目で見るなよ……」


 常場は息を吐く。苦りきった顔を浮かべる。


「娘と被るじゃないか」


 引き金が引かれ、弾丸が脳漿を掻き乱す。




 ――ツネバミヤビ。PHC所属のハンターであり、キメラとの戦闘によって負傷。同行者ツネバケンゾウによって治療を施されるも間に合わず、死亡。享年十六歳。


 朱里は輸送機内に設置された座席の上で、右眼が検索した常場雅――常場健三の娘――のプロファイルを閲覧していた。右眼を瞑って表示されたファイルを目にし、戦術義眼タクティカルアイが語る情報を耳にする。


「私と同い年、か」


 朱里は感慨深く独り言を呟いて、機内の作業台に放置されたままの常場の遺品を左眼で見つめた。

 常場の遺体は保管ケースに仕舞われて、貨物室に運び込まれた。取り出すのが面倒だからと、アサルトライフルと彼が持っていた携行品は台の上に無造作に置かれている。


「残念です、アカリ。私の不注意でした」


 朱里が残念がっているように思ったのか、ネフィリムは朱里に謝辞を述べた。自分はどう感じているのか、今の朱里には判断つかない。どうでもいいわけではないが、悲痛にもなれなかった。

 常場は自分を殺そうとしたのだ。なぜ悲しまなければいけないのだろう。


「理由はどうあれ……」


 朱里はネフィリムに答えず、右眼を開いて作業台へと近づいた。

 ふとアサルトライフルが目に入る。自動検索。戦術的な瞳は語る。――VOA44後悔リグレット。三点バーストの中距離用アサルトライフルです。


「後悔」


 朱里は復唱する。常場はずっと後悔していたのだろうか。あの男が何を考えていたのかについては、常場が死んだ今、真実は闇の底だ。

 朱里を憎み、邪魔な敵として認知し、本気で殺そうと思っていたのかもしれないし、はたまた、朱里を娘と重ね合わせて、救済しようとしていたのかもしれない。


「どっちでも同じこと」


 常場が死んでしまった今では、どちらだろうと意味はない。朱里は彼の願い通り死ぬつもりはさらさらなかったし、家族の元へ帰るつもりでいる。しかし、引っ掛かることもある。いくら何でも金額が膨大だからという理由だけで、朱里を諦めさせようとするだろうか。

 もしや、自分の知らない何かが、今まさに迫りつつあるのではないか?


「……これは」


 思考を追い払うように、朱里は目についた物品を手に取った。銀色の、くすんだライターだ。

 右眼が異常を検知したため、蓋を開けると中から紙が出てきた。どうやら常場は、ライターをずっと使っていなかったらしい。開ければすぐ見つかるそれを、常場は死ぬまで気付かなかったようだ。

 小さく折り畳まれた紙を広げる。少女らしい字で、短く一文が記されていた。


『パパへ。タバコの吸い過ぎは身体に毒だよ。雅より』

「……」


 朱里は無言で紙をたたみ直し、ポケットの中に突っ込んだ。

 首を傾げるネフィリムの視線を受けながら、ライターの蓋を開閉する。

 開けて、閉める。閉じて、開ける。

 輸送機がPHC日本支社へと到達するまで、朱里はずっとライターを弄んでいた。

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