第2話 散歩は男の社交場だぜ
久しぶりだな。
おっさんチワワのわびすけだ。
ここのところ雨が多くて、散歩になかなか出られないのが目下の俺のストレスの種だ。
俺は三度の飯より散歩が大好きだ。
ただし、犬のわりに鼻がきかない俺はマーキングに散歩の楽しみを見出してはいない。
散歩の醍醐味といえば、やはり他の犬達との交流だろう。
散歩は男の社交場なのだ。
散歩でよく行く俺のお気に入りの近所の公園は、だだっ広いくせに遊具の類がない。
すなわち俺の嫌いな人間のガキどもが少ないということだ。
ケヤキやエノキ、梅、ヤマモモなどの多彩な木々が程よい木陰を作り、舗装された遊歩道などもないから雑草が生え放題だ。
人間にとっては使いづらい公園らしく、犬を連れた人間以外あまり会うこともない。
その代わり、近所の犬という犬がこの公園を散歩コースにしている。
朝、昼、夕方、どんな時間に行っても必ず誰かには会う。
犬の近づく気配がすると、まず俺は耳をピンと立てる。
相手をじっと見つめたまま、姿勢を正して”おすわり”の姿勢をとる。
ここでご法度なのは吠えたてることだ。
相手に向かって吠えたてると、相手の反応はほとんどの場合二つに分かれる。
”あんだとやんのかコノヤロー!”と血気盛んに吠え返す奴。
”サーセン。勘弁してください”とわざと遠回りして避ける奴。
どちらにしても穏便な挨拶などできやしない。
還暦を過ぎて犬生の酸いも甘いも噛み分けた俺としては、ここはひたすらお行儀よく座り、紳士であることをアピールするのだ。
動いてはいけない。警戒される。
ひたすら置物のように座り、熱い視線だけを相手に送り続ける。
俺の視線に気づいた相手は、俺に敵意のないことを感じ取るとたいていは近寄ってくる。
犬の挨拶としては、相手の臭いをかぐというのがファーストステップだ。
だがここでも俺は微動だにしない。
相手の好きなように俺の臭いをかがせてやる。
このときの相手の鼻息、動き、臭いをかぐ部位によって、俺は瞬時に判断するのだ。
こいつは俺の遊び相手に足るかどうかを。
若すぎて落ち着きのない奴は不合格だ。
ルールもわきまえないし、己の体力にまかせてこちらを気遣うことをしない。
そういう奴がしつこく臭いをかいでくると、俺は年寄りの威厳をもって一喝する。
たいていは「すみません!もう~」とお互いのご主人にリードで首を引っ張られて強制終了だ。
臭いだけかいで、あっさりと去っていく奴も中にはいる。
俺は去る者は追わない主義だから、そういう輩は静かに見送ってやる。
年寄りで遊ぶ体力がなさそうな奴にも俺は情けをかける。
目上を敬うように臭いをかぎ返し、ひととおりの儀礼を終えると静かに別れる。
遊び方をわきまえ、かつ俺の遊び相手として申し分のないテンションをもつ奴。
そんな奴に出会えたときには俺のテンションも一気に上がる。
地蔵のように動かなかった俺が、相手を挑発させる絶妙のタイミングでモーションをかけるのだ。
突然立ち上がり、前足を折り曲げて腰を高くあげ、前傾姿勢をとる。
これは犬同士の”遊ぼうぜ”のサインなのだ。
軽くフットワークをきかせると、俺が見込んだ奴なら必ずといっていいほど誘いにのってくる。
お互いにフットワークをきかせて間合いを確かめ合いながら、ここぞというタイミングで体ごと突っ込む。
相手が突っ込んできたらさらりと身をかわし、カウンターでつっこんでいく。
このやりとりが最高にテンションが上がるのだ。
しかし俺も年を取った。
以前ならリードが絡まりまくるか、ご主人のストップがかかるまで、延々とこのコミュニケーションを楽しむことができた。
だが最近はフットワークをリズミカルにとるとすぐに動悸息切れが始まるのだ。
俺が遊びをやめると、”あれ?もう終わり?”という感じで相手に拍子抜けされることが多くなった。
かつては蝶のように舞い、蜂のように刺すということで”モハメド・ワビ”の異名をとった俺としては屈辱極まりない。
ただ、それでもやはりこの社交場に通いつめるのには理由がある。
俺の固定ファンのためなのだ。
マルちゃん、ココちゃん、ビターちゃん、チョコちゃんなどなど。
飼い主さんいわく「この子がこんなに遊ぼうって寄っていくの、わびちゃんだけなのよー」と。
だから明日も俺は老体に鞭打って公園に出かけるのだ。
友の待つ社交場にな。
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