九段下生存戦略(KAC10)
四千字以内
カクヨム三周年記念
お題は『カタリアンドバーグ』
〇
「あまりに知名度が無さすぎると思わないか」
東京都千代田区九段下。
カタリとバーグさんの両名は、カクヨム宣伝プロデューサーからこっぴどく叱られて、角川本社ビルからほど近い、生中一杯180円の、所謂大衆居酒屋へ逃げるようにしけこんでいた。
スマートフォンを手に、彼はうなだれる。
それも無理はない。さんざん罵倒されたのもあるが、彼らのプロフィール募集後、ユーザーたちから批判の声が相次いでいたからだ。
「……これ見てよバーグさん。俺もう落ち込んじゃいそうだよ」
カタリが手にしたスマートフォンには、企画参加者たちからの悪辣な叫びがつらつらと寄せられていた。
誰だよこいつら。書けるわけねえ。
そんなのはまだいい。ひどいものになると、フハハ、カクヨムの黒歴史決定ワロス。など、初っ端から彼らを歓迎するどころか、貶めるコメントまで寄せられていたのだ。
「カタリ。まあそう落ち込まないで。最初はしょうがないよ。さあ、今日は飲もうよ」
バーグさんはそう言って、机に用意されたグラスを持ち上げようとしたが、AIなので当然それも叶わず、カタリはそんな様相に、また深くため息をつくばかり。
「大体俺達のせいだけじゃないとおもうんだよなあ」
「そうそう。そうだよねカタリ。責任を部下に押し付け過ぎだと思うの」
カクヨムイメージキャラクター。
名誉あるその職に抜擢されたまでは良かった。しかし、当の運営はというと、二人に大した宣伝費をかけるでもなく、例えば代名詞であるカクヨムコンでの起用や、YouTubeチャンネルでのバックアップすらも行わなかった。
たまに、カクヨムのサイト上でカタリのライトユーザー向けおすすめページを作成するのが関の山。二人の知名度が上がるはずもなく、サディスティックにいじめられる二人の人気は、入社後平行線であった。
それなのに、ここにきて、なんの成果も得られませんでした状態を、二人の努力不足と切り捨てたプロデューサーに、二人は落胆はおろか、軽い怒りを覚えたのも無理はない。巨人になって食いつぶしてやりたい心持だった。
「大体キャラ設定に無理があるんだよ。なんだよ世界の小説を救うって。意味わかんねーよ。なにをしたらいいんだ俺は」
「私もAIとか言われてもねえ。ただでさえVTuberなんてものが増えちゃって、珍しくもないのに、MODすら配布されないんだもの。エッチな格好でダンシング☆ヒーローや新宝島でも躍らせてくれるなら話は違うんだろうけど」
「このままいったら、俺達首なのかなあ」
カタリは焼き鳥を頬張りながら、ジョッキを傾け、金色に輝く麦酒に浮かぶ気泡を眺めた。まるでユーザーの不満と同様であるかの如く、ふつふつと新しい泡が湧いて出る。
イメージキャラクター。その主たる仕事はカクヨムの宣伝である。新規ユーザーの確保。そして人気作家のモチベーションの向上。だが、知名度さえ出なければ、やはりいてもいなくても変わりはしない。休日にゴルフクラブをピカピカに磨くお父さんばりに存在意義がない。
二人に残された最後のチャンス。それが今なのだ。やるしか今しかない。今でしょ。プロデューサーは論理感を微塵も感じさせない根性論だけでこの場を切り抜けようとしている。できなければ両者に見切りを付けようとしていた。
ここで二人が立ち上がらなければ、経費削減でカタリとバーグさんは路頭に迷う事になるだろう。
「カタリ。諦めるのはまだ早いよ。もうちょっと、頑張ってみよ」
「頑張るって言ったってなあ。なにをしたらいいのやら」
バーグさんは――うーんと唸って、そしてなにかを閃いたのか、手をポンと叩いた。
「カタリ。ゆるキャラになってバズを狙うってのはどう?」
「あのカワウソみたいに?」
「そうそう。そうだよ。SNSで二人の動画を拡散してさ。羽生市のゆるキャラサミットにも参加して――」
「でも俺ら、ゆるキャラじゃないじゃん……」
「そ、そりゃそうだけど! ――そ、そうだよね……」
カワウソをモチーフにしたあのゆるキャラの人気は凄いものであった。いや、それに飽き足らず、熊本の黒いクマや、船橋の基地外もまた、同様に。
しかしまず、彼らは緩くなかった。しっかりと細かく細部まで描かれていて、とても着ぐるみ一つで再現できそうにない。さらに、あんな激しくアピールしたら、お堅い角川上層部からお叱りを受ける事もまた、容易く想像できた。
「YouTube活動は? 経費が掛からないし、いいんじゃない?」
「最近生ポ芸人が頑張ってるしね。でも考えても見てよ。ゲーム実況でもするの? できるわけないよね。俺達小説サイトのキャラだもん。結局小説紹介チャンネルになるよ」
カタリはスマートフォンでYouTubeチャンネルを開き、なにやら検索してバーグさんに見せてやった。その動画はどれも小説紹介チャンネル。
「の、伸びてないね……」
「そう。伸びないんだよ。若者の本離れなんて言うけれど、YouTubeのユーザーって殆ど小説を買わないんだよ。しかもこれプロの本の紹介だよ? 所詮アマチュアの書き手紹介なんて需要無いって」
バーグさんは頭を抱えた。
その時、隣の席から中年男性の会話が聞こえてくる。
『あの台さー、ボーダー超えてたから打ってみたら確変が続かなくてさー』
――これだ!
彼女は確信した。
「パチンコなんていいんじゃない!? CRカクヨム。カタリとバーグさん物語!」
「ああ、パチンコがきっかけで原作に流れる人もいるね。人型決戦兵器で使途と戦うやつとか、猫に魔法少女にされちゃうやつとか。甲賀と伊賀の忍者が戦うやつなんてまさにその典型だよね」
なんて言いながらも、カタリは両手の人差し指を合わせて×を作った。
「ダメダメ。ギャンブルなんて角川が許すわけないって」
「だ、だよねえ……」
その時、カタリのスマートフォンに着信が入った。
画面を見ると、あのにっくきプロデューサーからのラインの着信である。
カタリはスマホの電源ボタンを長押しして、シカトした。
「で、出なくていいの? カタリ?」
「いいのいいの。もう勤務時間外なんだから。残業は受け付けませーん」
すると今度は、バーグさんに着信が入る。
彼女が文面を確認すると、『おい! そこにカタリいんだろ!? いますぐ電話かけさせろ!』とのお怒りメッセージが表示されていた。
バーグさんは彼に画面を見せると、カタリは大きくため息をついて、しぶしぶプロデューサーに電話をかけた。
「なんですかあ? プロデューサー」
『なんですかじゃないだろ! この給料泥棒が! カクヨムを確認して見ろ! おまえらの不満が湧いて仕方がない! 今一度イメージキャラクターを練り直せってクレームの電話までくる始末だぞ! どうしてくれるんだ!』
責任転化もいい加減にしとけよこのファッキンノウタリンクソメタボメガネが! とカタリは心の中で呟いて、それでも社会人らしく、真摯に受け止めた、風に装った。
「すいませんプロデューサー。我々の力が至りませんで。……今、バーグさんと対策を練っているんですが……、そうだなあ……」
もし金銭的余力があるのなら、角川の筆頭株主に躍り出てこいつを真っ先に解雇してやりたいと、カタリは思う。
同時に、あーラインうぜー。なんて呟きたかったから、カタリはそれを思いついた。
「そうだプロデューサー。僕達のラインスタンプを無料配布したらどうでしょう?」
ラインスタンプ。
これはなかなか悪くない一手だと、彼は確信した。
無表情うさぎや、本田翼と一緒に踊るきもいクマみたいに、書き手さえよければ、自分達にもチャンスはある、とカタリは思ったのだ。しかし、
『ラインスタンプ!? おまえ、それと小説とどういった関係があるんだ!?』
「いえ、ですからね。まずは使いやすいスタンプを無料配布して僕達の事を知ってもらって、事はそれからだと思うんですよ!」
『スタンプったって、まず絵師を雇わにゃならんだろう! それで成功するならまだいい! だがな! それだけのコストをかけてもし失敗でもしてみろ! 一体誰が責任を取ると思ってるんだ! 大体お前らの案はいつもいつも見切り発車でなあ――』
カタリは聞くに堪えず、スマートフォンをバーグさんに返した。
プロデューサーの怒声は、耳をあてていなくてもやかましく聞こえてくる。
そんなもんだから、先の会話も、彼女の耳に入っていたようだった。
『おい! カタリ! 聞いてるのか!?』
「あ、お電話変わりましたプロデューサー。バーグです」
『――あ、ああ。バーグさんか。話はまだ終わっておらんぞ。ほれ、カタリに代われい!』
「あの、プロデューサー? 経費をかけなければいいんですよね?」
電話口から、しばし沈黙が流れる。
『――あ、ああ。それに越したことはない』
「ならどうでしょう。カクヨム三周年記念の時に、いっそ、私達をお題にして、ユーザーに一筆書いてもらうと言うのは? さすがに角川も、三周年記念ともなればそれなりに経費も落ちますよね? 宣伝にもなるし、三周年のお題も決定するし、一石二鳥じゃありませんか?」
畢竟、このバーグさんの提案が採用され、2019年3月29日に出されるKAC10のお題は『カタリとバーグさん』に決まった。
諸君らの多くは、最後に出された無理難解なお題に頭を抱えて、こんなお題を提出してきた奴らをめっためたに八つ裂きにしてやる! くらいに思っているのかもしれない。しかし裏では、こうした、彼らの涙ぐましい努力が展開されていたのだ。
どうか、この度のお題にケチをつけないでやって欲しい。
カクヨム三周年記念。皆が笑顔で終われるように、願っている。
おらあ! 糞お題で書いてやったぞカクヨム! 三万円と図書カードよこせ!
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