ブロンドバブル(KAC9)

 二千字以内

 カクヨム三周年記念

 お題は『おめでとう』



 私と妻との結婚は、周囲にやはり、反対された。

 無理もない。若干24の、高卒で、工場勤務の整備工に過ぎない私が16の少女を娶るなど、世間一般から見れば、常識知らずの、所謂、無計画にしか映らない。

 しかし、私達は反対の声を押し切って、半ば強引に式を挙げた。式と言っても、当然ながら親族を呼ぶわけにもいかず、仲間内だけでの、簡素なものであった。

 妻には申し訳がたたなかった。人生で最大のイベントであるのに、ご両親の了承を得ずして、こんな中途半端な形で愛を確かめ合うなど、一生ものの負い目にも感じられた。

 それでも妻は、私と一緒に居られるならいいと、笑って返してくれた。

 私は愛おしいその笑顔に、一生尽くすと誓うのであった。


 同棲が始まれば、私は少しでも苦労をかけないようにと、勤務にうちこむようになった。決して遅刻はせず、定刻まで働いては、遊びもせず、真っ直ぐに家へと直帰した。

 決して給料は自慢できるほど貰えていたわけではなかったが、それでも私は、自分が考えられる限り、最善を尽くしたつもりだった。


 妻は、私の無理に負い目を感じたのかもしれない。

 同じ工場で働くと言い出し聞かなかった。

 そりゃあ家でずっと閉じこもっていれば退屈を持て余しもするだろう。だが別に、同じ職場を選ばなくてもいいだろうとは思ったのだが、私と出来るだけ一緒にいたいと主張するばかりであった。

 結局、私はこの提案に折れてしまい、受付嬢として働く事となった。


 私が言うと自慢に聞こえるが、決して誇称ではなく、妻は美人の部類だった。

 同僚、上司に、あんな美人と結婚しているのかと驚かれるのは、悪い気もしなかった。しかし、妻を交えて飲みに行こうだの、夜の営みについて尋ねられるのは、燃え盛る炉の近場で一日を過ごすが如く、不快ではあった。


 あくる日、工場の社長が、新卒の求人広告にと、妻をイメージガールに起用しようと提案してきた。

 当時、工場と言えば、徴兵を免れた男手くらいしかないもので、女性とは無縁の世界であったから、現職の、それもこんな美人の受付嬢をアピールすれば、世間からのイメージを一新できるとの考えだった。

 報酬額も、決して悪くはなかった。妻は迷っていたようだったが、私は断固として反対した。あくまで妻は受付として会社に貢献しているのであって、そう言った仕事は、プロのモデルでも雇ってすればいいと、主張した。


 そんな折、私は工場で事故を起こした。

 コンベアに指を巻き込み、なんとか再生は可能なものの、それでも一か月は骨がくっつかない状態であった。

 その一件で、私達の人生は大きく変わった。


 後日、張り出されたポスターには、でかでかと、妻の水着写真が掲載されていたのである。

 私は妻を咎めた。言い様のない怒りをぶつけた。なぜ勝手に引き受けたのか。私を信用していないのか。悔しくて、毎晩のように、妻を怒鳴りつけた。

 そうすると決まって、生活の為にやむはなく、それでも会社の社長も、社員も喜んでくれたのだからいいではありませんかと、胸の内をいくらか明かすのだった。


 私の指が完治し、職場に復帰した頃には、私達の関係は完全に破綻していた。

 職場でも目を合わさず、帰ってからもただ食事をして眠るだけ。休みの日には、妻は決まって、朝からどこかへ出かけてしまうのだった。


 あくる、仕事の休憩中。同僚はふざけて、妻に似ているとポルノ雑誌を私に見せてきた。

 似ているなんてものではなかった。顔は勿論のこと、体系から、ほくろの位置から、アンダーヘアーの毛並みまで、その女性は、妻そのものだった。


 私は仕事中にも関わらず、受付に座る妻に言及した。

 するとあっさりとこれを認め、報酬がよかったと白状した。


 私の愛した女性は、すっかり売春婦に変わり果てていた。

 金の心配など、普通に生活するには至らなかったはずである。

 彼女は、男から注目される快感に、肢体を褒められる悦に染まってしまったのだ。


 私は耐えきれず妻と離婚した。

 これ以上、同じ世界で生きていたくなかった。


 そして、私の願いは思わぬ形で叶う事となった。


 彼女はその美貌から、地元新聞社に取材を受けたのだ。

 後に映画に出演し、全米を代表するセックスシンボルの一人となった。

 ハリウッドスターとなった彼女は、野球選手と再婚して、彼との離婚後は、劇作家と再婚したそうだ。


 あの時、私から離れなければ、妻の成功はなかったかもしれない。

 だが、私はどうしても、当てつけにしか見受けられないのと共に、欝と薬物に翻弄され、36歳と言う若さで死んだ彼女には、おめでとうと言う気になれないのであった。




*アメリカのハリウッド女優、マリリン・モンローをモデルとしています。

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