三周年狂騒曲(KAC8)

 二千字以内

 カクヨム三周年記念

 お題は『三周年』



「やっべえ! こんなことしてる場合じゃねえ!」


 俺は家を飛び出した。

 焦って駆けだしたものだから、サンダルも片方しか履けていなかった。だが、今はそれどころではない。


――なぜならば、三周年だからである


 三周年だから、俺は家でジッとしているわけにはいかなかったのである。

 アパートの二階から、カンカンと片足から足音を響かせて、階段から降り立ったところで美人の大家さんとバッタリ鉢合わせた。


「あの、お出かけですか?」

「ええ! 急いでるんです!」


 大家さんは、「おやおや、まあまあ」なんて言いながら、口に軽く手を当てる。

 そんな何気ない一つ一つの所作が、彼女の育ちの良さを象徴している様だった。


「すいません! じゃあ俺もう行きます!」

「待ってください。今日言おうと思っていたことがあるんですが……」


 なんだよこんな時に!?

 俺はいら立ちを吐き出してしまいそうになったが、グッと堪え、大家さんに「なんですか?」と聞いてみた。


「前から好きだったんです。付き合ってくれませんか?」


 マジか。


 マジかよ。

 どうしたってんだいきなり。大家さんは美人である。美人であって気品高い。美人であって気品高くて優しい。言わば大和撫子。男の理想。彼女いない歴=年齢の俺からすれば、当然の如く憧れの存在であることは言うまでもない。

 言うまでもないから、彼女の提案はその真意をほっぽりだしても受け入れるべきである。彼女は俺が好き。ならば言ってしまえ! 俺! 俺もあなたが好き! 多分最初に出会った時から! ガスと水道の開設で立ち合わせたあの日から! でもだめだ! 今はそれどころじゃないんだ! だって、三周年なんだから!


「ごめんなさい! 大家さん!」


 俺は一言だけ残して走り出した。

 大家さんは今にも泣きそうな顔をしていたが、許してくれ。許してくれ大家さん。今はそれどころじゃないんだ。


 走り続け、俺は商店街までやってきた。

 平日の夕方。商店街は地域に住む住民が晩御飯を準備する為、愛も変わらず賑わっている。

 が、俺は構わず走り続けた。走れ、俺。どこまでも。

 するとやはり忙しい時には決まって事が重なり、俺は商店街の会長さんに話しかけられた。


「おいおい待ちな。そんなに急いでどこ行こうってんだ?」

「ごめんなさい! 今日は勘弁!」

「いーや。そうはいかねえ。ほら、こっちにこい」


 くそう。なんでいつもいつもこの人はこんなにも強引なのだろう。

 俺はポケットから千円札を取り出し、会長が取り出した福引マシーンを回した。

 いつからか、俺達の間では、顔を合わせばこの福引マシーンでギャンブルをすることが日課となっていた。


 出てきた玉は金色。


 マジか。


 一等賞だった。


「あちゃあ。今日はついてやがんなあ。ほれ、今景品持ってくるから、ちょっと待ってろ」

「ごめん! 急いでるんだ!」


 俺は走り出した。

 会長さんは今にも泣き出しそうな顔をしていたが、今はそれどころではない。なぜならば、三周年であるのだから! 英語で言えばサードアニバーサリーであるのだから!

 許してくれ会長さん!


 俺は走った。走り続けた。

 気づけば日は落ちようとしている。と言うよりも、すでに星が出始めていた。

 そんな星に混じって、一際輝くまばゆい流れ星が俺の前に落ちてきた。

 正確には星ではなかった。それはUFOだった。中から如何にもな宇宙人が出てきた。


「ニンゲンヨ。オマエハエラバレタ」

「選ばれたって何に!?」

「コノホシハチカヂカホロブ。オマエニチカラヲヤルカラ、ソレデナントカシロ」

「悪い! 急いでるんだ!」


 俺は走り出した。

 宇宙人は今にも泣き出しそうな顔をしていたが、今はそれどころではない。例え地球が滅びようとも知った事ではない。なぜならば、三周年であるのだから! 記念すべき三周年であるのだから!


 俺は走り続けた。朝も夕もなく、ただひたすらに走り続けた。

 そして唐突に足を止めた。

 なんの三周年なのか、わからなくなったから。


 カクヨムが始まってから、がむしゃらに、手探りで走り続けた三年間。

 時には相互の打診があったり、書籍化の話も出た。そして、担当をつけてみないかと提案された事もある。

 それでも俺は、自分の書きたいものを書くだけだと、ひたすら自分の道を突き進んできた。突き進み、気付けば三年が経ち、俺の手元には何一つ残ってやしなかった。


 あの時、大家を抱きしめれば、会長から景品を貰っていれば、宇宙人の手をとっていたのなら、今頃書店の本棚には、俺の名前が陳列されていたのかもしれない。


――それでも


 俺は再び走り出した。

 行先はわからないし、この先に何があるかも同様だ。

 それでも俺は自分の道を自分で切り開いていく。

 これが俺の三周年である。

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