踏襲爆砕トラベラーズ(KAC7)

 四千字以内

 カクヨム三周年記念

 お題は『幸福な目覚め』



 ◆第一部


 さあ勇者よ。目覚めるのです。


 我、弥終いやはての女神『セルニオン・ラーカ・シルレイヴィ慈愛と羊を愛する女神』の恩寵おんちょうを以てして、二千年の時を経て転生した悪神『ハイセント・ダリウス・サタニアータ世界を終焉へ導く王』の覇道に鉄槌を下すのです。

 あなたは天界に調和をもたらす八賢人の円卓会議にて選ばれたのです。

 今こそ立ち上がり、世界を平和へと導いて、子々孫々へ受け継がれたラルハーン家の勇猛なる血筋を示すのです。

 天は既に闇を切り裂いて、暖色たる息吹を生命に降り注いでいます。


――目覚めなさい、勇者。


 目を開けましたね。

 勇者よ。

 あなたの瞳に写る世界は、この日を以て全てが――って、駄目です勇者!

 目を瞑ってはダメです!

 目覚めなさい勇者。

 さあ……、ほら!

 起きるのです。

 二度寝をしている場合ではありません。

 あなたは選ばれたのです。

 さあ。

 立ち上がり、世界の混沌を切り裂――だ、駄目です!

 駄目です勇者!

 布団を被ってはいけません!

 確かに朝の陽ざしが眩しいのはわかります!

 それでもいい加減に起きるのです!

 欲望に負けてはいけません!

 さあほら!


 ……そう、それでいいのです。

 それでいいのですよ勇者。

――え? 私ですか?

 私はセルニオン・ラーカ・シルレイヴィ慈愛と羊を愛する女神

 あなたは私の加護を以て――って、夢じゃないから!

 夢じゃないの!

 現実なの勇者!

 私ホントに女神様なの!

 信じて勇者!


 ダメ!

 起きて勇者!

 寝ては駄目です!

 私の話を聞いてください!

 いい加減にしてください勇者!

 お願いだから!


 え?

 不法侵入?

 あ、確かにその事は謝罪します。

 謝罪しますが勇者。

 今、あなたの置かれている状況はそれどころじゃ……こら!

 目を開けなさい勇者!

 いい加減起きて!

 遊んでる場合じゃありません!

 目を!

 開けて!


 勇者!

 もう朝なの!

 ほら!

 布団から出なさい!

 ぬくぬくして、いつまでも気持ちよくなってないで!

 あなたには使命があるのです!

 私も伝えないと帰れないのです!

 勇者!

 協力して!

 すぐ終わるから!


 ゆ・う・しゃ!


――チッ


 いい加減にしろよマジで。

 誰だよこいつ勇者にしようって言った奴。

 起きねーじゃん。

 冒険に行くどころか布団から出ないじゃん。

 やれやれ系主人公もびっくりのやる気のなさだよ……

 人選マジセンスねえわ。

 マジセンスねえ。

 なんでこいつにした?

 トロールもいいとこじゃねえか。

 出て来いよマジで。

 SNSでぶっ叩いてやるわ。


 おい勇者。

 いやもうおまえ勇者じゃねえわ。

 大体こんな美人前にしてなにグーグー眠ってんだよ。

 『うわあ、めっちゃ綺麗な人だなあ。人間じゃないみたい』の一言も言えねえのかよ。

 「むにゃむにゃ、もう食べられないよ」じゃねえんだよ。

 古くせえテンプレ寝言いってんじゃねえよヴォケ!

 あれなの? まさかやる気ないのがかっこいいとか思ってんの?

 『文化祭マジだりいわ。おまえら勝手にやってくれよ』とか言っちゃう、クラスに一人はいる厨二ポジなの?

 マジきめえんだけど。超ひくわ。


 もういいわ。

 おまえ勇者じゃねえわ。ホントに。

 この田舎で一生寝てて?

 お願いだから金輪際村から出ないで?

 迷惑だから、おまえみたいなのがいると。

 集団行動できないやつ社会にいらないから。

 必要ねえから。ホント必要ねえ。

 じゃあな糞ニート。

 一生会わねえと思うけど、どこかですれ違っても絶対声かけんなよ。

 きもいのが移るから。


   〇


 勇者は目覚めた。

 なにか、嫌な夢を見ていたような気もする。

 その後には、平和なシュネイル村にて、幸せに暮らしたそうだ。


 結果的に、辛い冒険の旅に出なくて済んだのだから、ある意味で、人生最高の目覚めだったに違いない。




◆第二部


  俺は勇者である。

 正確には、今朝勇者になった。

 目が覚めたら、枕元にセルニオンなんとかと言う、自称羊好きな女神とやらがいて、彼女より更に偉い人が俺に白羽の矢を立てたそうだ。


 女神はなぜか不機嫌だった。

 俺の想像していたイメージとはかけ離れていた。

 少し……いや、普通に怖いくらいだった。

 清純そうな服装を着てたって、艶々の銀髪を揺らしていたって、俺からしたらヤンキーにしか見えなかった。


 だから俺は断れなかった。

 なんでも、世界のどこかにいるなんとかサタンと言う、とても強くて悪い奴を倒さなくてはならないらしかった。

 ホントに勘弁してほしい。

 しかし、女神に逆らう気にもなれなかった。

 と言うより、俺にはそのサタンより女神の方が怖かった。


 彼女は事細かに、色々一方的に押し付けて去って行ったが、俺の理解は未だ追いつけないままである。

 無理もないだろう。

 と言うより時間を考えてくれ。

 早朝から枕元で小難しい話を延々とされたって、人間の脳ってのは易々と受け入れられるようには出来てねーんだ。

 まあ、女神には人間の気持ちなんてハナから理解できないのかもしれないが。


 ともかく、俺は勇者になった。

 勇者とは言え一般人である。

 今までの人生で武芸に励んでいたわけでも、勇者の血筋を辿っているわけでもない。

 故に、運よく俺が悪者と対面できたって、勝てる見込みなんてありゃしなかった。


 そこで女神の力である。

 彼女は俺に一つだけ能力を授けた。

 勿論、一方的に。

 俺はこいつが自分で倒しに行けばいいのでは? とも思ったが、口には出さないでしまっておいた。


 力の名は『夢の住人スリーピングマスター』である。

 ざっくりと説明すると、今起こっている出来事を任意のタイミングで夢に出来る、強いのか、弱いのか今一釈然としない能力である。


 例えば、自分が死んだときに使えば、それは夢となり、俺は何事もなかったかのように布団で目覚めるのだろう。

 戦略が失敗した時に使ってもやり直せる。

 まあ確かに、強いと言えば強いのかもしれない。


 じゃあ早速、俺は女神との出会いを夢へと変えてみる。


   〇


 俺は目を覚まし、布団から身を起こした。

 外は光が差し込み、どうやら太陽がシュネイル村を照らしだした時分の様だった。


 俺の記憶が確かなら、そろそろやっかいな女神がやってきてもおかしくはない。

 そして俺にこう囁くのだ。


 勇者よ。目覚めなさい。


 そして俺はその声に反応して、女神の言葉を聞いてしまった。

 夢の中でも言ったが、女神は不機嫌であった。

 仕方のない事だった。


 それにしたってあんなに怒るなんて。

 何があったと言うのだろう。

 その答えはわからないし、まあ、別に、俺には関係のない話でもある。

 なぜならば、俺はもう、女神の提案を受けないと心に決めたからだ。


 そう、狸寝入りに徹しようといった腹積もりである。

 如何に女神が声をかけようとも、俺は一切合切無視するつもりなのだ。

 だって考えてもみろよ?

 どんな理由で俺を選んだにせよ、魔王盗伐の旅なんて行く義理なんかないのさ。

 世界が滅んだならそん時はそん時。

 俺はあったかい布団の中で、静かに眠る事にする。

 まあせいぜい、最高の目覚めを演じてみせてやる。




◆第三部


 儂は魔王である。

 名をハイセント・ダリウス・サタニアータ世界を終焉へ導く王と言う。

 今より二千年前、光の統率者によって儂は現世へと転生させられた。

 しかし……、統率者は転生先まで見据えていたのだろうか。

――いや、やはりそれは有り得ないだろう。

 所詮持たざる人間であった彼は、儂をあの時空より消し去る事で手一杯だったはずである。

 ならば、人間どもの言葉で表すなら、これは日頃の行いと言ったところなのか。


 儂が転生したのは、天界に調和をもたらす八賢人の一人だったのである。

 八賢人は一人欠ける毎に、新たにまた一人と追加して、そして歴の浅いものを変革者として長に定める世界の経典である。

 如何に儂としても、転生したばかりで魔力も乏しく、更に七人の賢人に囲まれていたのでは、迂闊に動きがとれようもなかった。


 儂は彼らに隠れ、偽りの王を作り出し、あたかも真実を占う事で他の目を欺いた。

 まさか転生先が儂であるとは、誰も予測は立てないだろう。

 儂でさえ、引いては二千年前の統率者ですら、奇跡とも言える確率のこの事態は頭になかったかのように思う。


 儂は人間の一人を光の統率者の生まれ変わりと詐称して、女神をこれに使えさせた。

 男に与える能力は現実を夢へと変える力である。


 安直な人間のことだ。

 きっと儂の転生を夢へと変える事だろう。

 儂にとって、それが最も好ましい展開であった。


 因果律の乱れで転生先が変わりさえすれば、その先でゆっくりと力を溜めることができる。

 そして機が熟した時、あっさりと世界を掌握して見せよう。

 その後で、二千年前へと舞い戻り、仮初の平和に浮かれるかの統率者の前に現れ、この儂に対する屈辱を、死を以て償わせてみせようぞ。


――さあ、愚かなる人間よ。儂に最高の目覚めを届けてくれ。





◆第四部


 拙僧は光の統率者であり、ある人物を待ちわびる。

 その者とは、二千年後に送った大魔王の動向を見届ける為、現世より送りだした女神、セルニオン・ラーカ・シルレイヴィ慈愛と羊を愛する女神に他ならない。


 真意を語れば、現世ではあの大魔王に対する手段がなく、そしてやむなく、我々の葛藤を後世に預けることとなった。

 拙僧共より、歴史と経験を積んだ、遥か優秀であろう子孫へと、その顛末を投げ捨てたのである。


 しかしながら、彼らの助力にと、サタニアータの潜伏をいち早く知らしめるため、彼女を共に送り出したのである。

 女神が時間流離を図らぬところを見ると、はては、大魔王に勘付かれたか。

 ならば、拙僧に恨みを持つ大魔王が現世に戻らぬのは、どういった道理であるのか。


 先でなにが起こるのか、拙僧共に知る術はない。

 ならば、せめてもの報いで、ここに予言を書き記し、君のところへ送るものとする。


 この言葉を聞いたなら、是非、役立てて欲しい。

 明日も明後日も、最高の目覚めを味わえるよう祈っている。





◆第五部 最終章


 僕は目が覚めた。

 どうやら長い夢を見ていたようだった。

 しかしなぜか鮮明に、一字一句残さず頭に記憶されていた。

 もしかしたらただの夢ではないのかもしれなかった。

 どこかの世界から送られた奇妙なSOS。


 まあ、ちょうどいいや。

 僕は最高の目覚めを手に入れて、三万円を狙うのであった。

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