無駄な時間の片隅で(KAC3)
四千字以内
カクヨム三周年記念
お題は『ラブコメ』
〇
「ねえ、教えてくれる? なぜ、あの人たちはわざわざ早朝から長蛇の列を為しているのかしら?」
まるで幼稚園児の様に、皮肉なんて微塵も感じさせない純粋な眼で、真っ直ぐ伸びた行列を真っ直ぐ指さして、彼女は俺に尋ねた。
「それは、まあ。あそこはチケット売り場だからな。推測すれば、チケットを買う目的以外に終着点はない気がするが」
「それにしては、一向に行列が進んでいない様に見えるのだけれど。なに? 夢の国では、チケットを購入するのにも厳正な入国審査が必要とされているのかしら。子供たちの夢を壊さない為に、十八禁指定のいかがわしい物をくまなく探しているといったところ? あるいは、犯罪歴から補導歴まで、きれいさっぱり身分を洗っているといったところなの?」
「いや。俺も子供の頃に来て以来で、自信を持っては断言できなけど、確か軽い手荷物検査しか無かったはずだ。行ったことは無いが、恐らく台湾よりも入国審査は甘いだろうぜ。列が進まないのは単に開園前だと言うだけだ」
「非効率だわ。信じられない」
これが彼女の口癖だ。
「ならば答えて。なぜ、私達の記念すべき初デートに、開園前の夢の国をチョイスしたのかを。返答によっては、……タダじゃおかないから」
「安心しろよ。俺が女子と付き合うのが初めてだからって、別に開園前の夢の国で、雑談だけして終わる残念なデートなんか企画しねーよ。予定より少し早く着きすぎちまっただけだ。時間を持て余させちまったのは申し訳ないが、まあ、こんな待ち時間もデートの醍醐味と呼べるんじゃないのか?」
「ねえ、醍醐味の意味を知っているの? 醍醐って、牛や羊の乳を精製した濃厚で甘みのある液汁の事を言うのよ。この状況のどこに深みのある面白みを見出せばいいの? それともなにかしら。この待ち時間に恋人らしくキスでもして、レモンの味ってやつを味わえばいいわけ?」
「キスしていいのか?」
「嫌よ。口内の粘膜を合わせると、10秒間で8千万の細菌がお互いを行き来するのよ。そんなリスクを背負って、何が得られると言うのかしら。本当に、理解できない。誰が世界で初めてキスをしたのかしらね。まったく、非効率よ」
まあそう言うと思ったが……
さて、この空いた時間をどうしたものか。最も、俺のプランニングを全て時短と言う名のショートカットで躱し、結局持て余した時間をもったいないと言う理由で京葉線での移動に費やしたのは、この女の所業ではあるのだが。
俺達は初デートを……。
いや、そもそもこれはデートとは呼べないのかもしれない。
デートと言うよりは矯正と言うべきだし、矯正と言うよりも指導と言うべきだ。
所詮、これをデートと呼ぶかどうかを決めるのは読者の判断によるところ。はあ、こうなるのであれば最初から、デートに至った経緯から始めるべきであった。だが、人生は壮大なる暇つぶし。膨大なる限られた時間の無駄遣いに過ぎない。先を急ぐよりその道中を楽しんだ方が人生得するに決まっている。それが俺の持論。今までのやり取りは全部忘れてくれ。今一度最初から話すから。非常に非効率だけどね。
〇
俺と彼女は付き合う事になった。
高校の入学式が終わって、その直後である。
以上。終わり。
え? 情報が足りない?
わかった。
もう少し細かく話そう。
・理由0 俺が彼女に告白されたから
・理由1 入試で俺が首席だったから
・理由2 超効率厨の彼女は俺の勉強法を知りたがったから
・理由3 俺はそんなものない、たまたまだと答えても聞く耳をもたなかったから
・理由4 話す気がないなら傍にいさせろと言われたから
・番外1 彼女がとてつもなく美人だったから
以上。回想終わり。
つまり、彼女は一分一秒も無駄にすることが許せない超効率厨で、そんな自分が15年間かけて編み出した勉強法で俺に負けたものだから、どうしてもその神髄を突き止めてやりたいんだそうだ。
そんな事言われてもな。正直入試でいい点が取れたのはまぐれだったと思うし、これと言って特別な事をしているわけでもない。
「だったら普段、休日はなにをしているの?」と言われた俺は、素直に遊び歩いていると答えた。ならばそこに秘訣があるはずだ! とこの女はわけのわからない解釈をしたらしく、それが今こうして二人がここにいる理由だった。
〇
チケットを購入し、俺達は園内に入り込んだ。
週末の夢の国は、まあ、やはり想像通り、家族連れでにぎわっていた。
おそらくこいつは次にこう言うだろう。『なんでせっかくの休みにこんなところに金を払ってまできたがるのかしらね』
「なんでせっかくの休みなのに、貴重なお金を払って時間を浪費しにくるのかしら」
「せっかくの休みだから来るんだろう? 人間たまには息抜きが必要だと思うぞ」
「そう、それが高効率の勉強法ってわけ? つまり、短時間に集中できるように、余暇をストレス発散とか、蓄積されたメモリーの消去とか、システムの最適化に使用しいると言ったところかしら」
こいつは人間の脳内をハードディスクと同じに考えてやがるのか。
「なあ、おまえは普段、休日を使ってなにをしているんだ?」
「そうね。勉強が九時間、ジムが八時間、自分磨きの読書が三時間といったところかしら」
「おまえの一日は何時間あるんだよ。睡眠を削るのは、さすがにパフォーマンスが落ちて非効率だと、俺ですら思うぞ」
「そんなの、当たり前じゃない。睡眠は一日にきっちり六時間取っているわよ。ただ、ジムで運動していても、その間に勉強する方法なんていくらでもあるもの」
「ランニングマシーンを回しながら英単語を覚えたりとか?」
「そうよ。手元が空いたら、もったいないじゃない。時間が」
俺は本当にこいつに入試で勝ったのか!? 採点の間違いじゃないのか!?
「じゃあ、遊びに行ったりとかはしないのか」
「当たり前じゃない。気分転換なんて、都合のいい逃避に過ぎないわよ。上に行く人間は、そんな言い訳を吐いたりしない。きっちり自己管理すれば、そもそもストレスもたまりようがないもの」
「だったら、遊園地も初めてなんだな?」
「ええ。まさかこんなところに来るなんて、それこそ夢にも思わなかった」
「そうか。なら今日は俺がエスコートしましょう。お姫様、まずはあちらは如何でしょうか」
俺はこのテーマパークの目玉である、世界最高度、世界最速、世界最恐でギネス三冠を達成したジェットコースターを指さした。
一度、こいつの怖がる顔が見てみたいと思ったのである。
「あれは……なに?」
そこから説明しなければならないのか。
「ああ、あれはジェットコースターって言ってな。高いところにある新鮮な空気で脳をリフレッシュして、風を全身で浴びることで記憶力の上昇が期待されるとアメリカの研究機関でもっぱら話題のアトラクションなんだよ」
「そう。なら早く行きましょう。時間が惜しいわ」
開園してからまだそんなに経っていないと言うのに、すでにジェットコースターには行列が作られていた。
俺は待ち時間、同行者に「まだなの?」「本を持ってくればよかった」「ねえ、この人たちは自分の時間が有限だと知らないのかしら」と不満の声を投げかけられ続けたが、それに対し、「もう少しだから」「代わりに俺がすべらない話をしてやろう」「人の時間の使い方は自由だろう」となだめ続けた。
いよいよ俺達に番が廻ってきて、隣通しに腰かけては安全バーを下ろした。
〇
「なかなか。悪くないかもね。眺めも良かったし……ねえ、どうしたの?」
怖かったあああああ!!
なんだよあれ! 地上400メートルって東京タワーより高いじゃねえかよ! そこから時速400キロで急降下って内臓吐き出すかと思ったぞ! さすが世界最恐なだけはある。俺はすっかり腰が抜けてしまったのだ。……て言うより、なんでこいつはここまであっけらかんとしてられるんだよ!
「あ……あ、いや。なんでもない。なあ、おまえ、怖くなかった?」
「怖いって……なにがかしら?」
「だって、あの高さであの速さだぞ?」
「まあ、確かにスリルはあるのかもしれないけれど、安全の保障がされているのでしょう? だから営業許可がおりている。怖い怖くないで考える事事体、ナンセンスだと思うけど?」
あ、ああ、そうですよね。
どうやら、俺はこいつを人間だと勘違いしていたらしい。この薄皮一枚をはいだら、きっと革ジャンが似合うターミネーターが出てくるに違いないと俺は確信した。
「ねえ、次はなにをするの? 時間がもったいないでしょう。早く行きましょう」
「じゃあ、あそこに行こうか」
未だ足元がふらつく俺が指さしたのは、子供向けのお化け屋敷だった。
少し時間をおいて回復を図ろうと目論んだのである。あそこなら暗いからこの青ざめた顔いろも目立たないし、室内で空調も効いている。なにより近い事が一番の理由である。
こちらはジェットコースターとは違って、そこまで待ち時間は要さなかった。小学生ですら怖がらないような幼稚なアトラクションであるから仕方もない。
俺達が中に入ると、暗い通路にお化けの着ぐるみを着たスタッフが徘徊していた。
『バア!』
「キャアッ!!」
スタッフが驚かしてきた事より、こんな程度で彼女が驚いたことの方が俺には驚きだった。
「え? お化け、苦手なの?」
「まさか。こんな作り物、人が入っているに――」
『バア!』
「きゃあっ!! もうやだあああ!」
彼女は情けない悲鳴をあげて尻もちをついた。どうやら腰を抜かしてしまったらしい。
俺は手を差し伸べて起こしてやった。
しかし、彼女はそのまま手を放さなかった。
「なあ、知ってるか? 人間の手ってのはトイレの便座より細菌が多いそうだ。当然手を繋いでいると細菌感染を助長するらしいぜ? 握手って本当に非効率な行為だよな?」
彼女は手を握ったまま、顔を赤らめて俯いていた。
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