一ゑ(KAC2)
二千字以内
カクヨム三周年記念
お題は『二番手』
〇
初めてお会いした時のことを覚えていますでしょうか。
あの日は、照り付ける日差しがまるで、炭火のように体の芯まで届き、焦がしたのは皮だけに収まらぬ盛夏でございました。
コンビニの店長を務める私は、あの頃、新規開店したばかりだと言うのに期待通りの売り上げを書録することが出来ず、失意の底におりました。
本部はオープンセールなのだから、更に発注を増やすように催促するばかり。結果、売れ残りの弁当やおにぎり等は、どう考えても、個人で消費しきれない分量でありました。
とどのつまり、私が意気揚々と始めたビジネスは、搾取するが為の養鶏場に過ぎなかったのです。
その時点で売り上げはトントンであるのに、やがてこのセールが無くなれば、宣伝効果も薄まりそして、いずれは赤字営業に突入するだろうことが、火を見るよりも明らかだったのです。陳列棚に並ぶ廃棄の山は、私の胃を焼くばかりでした。
問題は数字に起こせないところにも及びました。開店一か月目にして、オープニングスタッフは三分の一にまで減ってしまったのです。
私の力が及ばなかったのかもしれません。見通しが甘かったのかもしれません。
フランチャイズで研修を受けていたとは言え、どこにでもある変哲のないコンビニとは言え、それでもやはり経営というものは、生ものであり、素人の私は一筋縄ではいかないことを痛感するばかりでございました。
うだつの上がらぬこの店を見限ったのか、次々と辞めていくスタッフに紛れ、残ってくれた戦力も、やがて得手勝手にシフトへ穴を空けるようになりました。
私はそれを補おうとして、一日中家に帰れない日も増していきました。常に寝不足が続き、自分でも、頭がよく回っていないと自覚する事も少なくはありませんでした。肉体的にも、精神的にも、金銭的にだって、私は、限界まで追い詰められていたのです。
そんな折、縋るようにかけたアルバイト募集の求人に、声を挙げてくれたのがあなたでありました。
当時、あなたは近くに越してきた女子大生でしたね。面接時、あなたはその齢の割に、妙に落ち着いて見えたのが私の印象でした。俗世から離れた、マイペースなお嬢様のように見えたのです。今だから言えますが、私は、この子に接客を任せて大丈夫なのかな? と不安にもなりました。とは言え、人手不足で困っていましたから、猫の手を借りるつもりと、あなたをその場で採用したのです。
畢竟、私の焦燥感は杞憂に終わりました。
あなたは現場に立つと、誰よりも大きな声で『いらっしゃいませ』と明るく挨拶をしてくれたのです。初対面のときに私が抱いたイメージとは、まるで別人のようでした。あなたがいるだけで、店は著しく活気を取り戻したように思います。
店長がこんなことを五つも年下のアルバイトに言うのは恥じるべきなのでしょうが、高校時代にコンビニ勤務経験があったと仰るあなたは、私なんかよりも、遥かに八面六臂に長けていたのです。
あなたは大学の講義が終わる度、毎日のようにシフトに入ってくれました。
年頃の女の子でしたから、もっと自分の時間を欲したでしょう。せっかく上京したのだから、友人と街に出掛けたかったでしょう。
たまには休みなよ、なんて声をかけると、決まって笑顔で、仕事が楽しいからと返してくれるあなたに、私はどれだけ救われた事かわかりません。
あなたが働くようになってから、まるで今までの経営不振が嘘のように回復していきました。コップの水に熱した鉄球を入れたかの様に、あなたの情熱が他のスタッフにも伝導していったのです。
こんなことを言っても、きっと、たまたまだとか、私の力ではないだとか、あなたは謙遜すると思いもうけます。でも、三丁目のおばあちゃんも、そのご友人も、あなたが来るまでの店は本当にひどかったと、今では笑って話してくれていますよ。
あなたが大学に通い続けた四年間。短い様で、様々な事がありましたね。
配送のトラックが事故を起こして商品が補充できなかった事。嵐の夜に、木の枝が飛んできて正面ガラスが割れてしまった事。店内で、お客様同士の警察沙汰の喧嘩があった事。発注を間違えて、大量に商材が到着してしまった事。
一緒に夜勤を回した事。毎日のように、挨拶を交わした事。冗談を言って、笑ってくれた事。私が寝坊した時、あなたが代わりを務めてくれていた事。
本当に無我夢中で、なにもかもが手探りで、先の見えない闇をさ迷い歩いていた私が、それでもなんとか前に進んでこれたのは、一縷の光が希望を照らしてくれたおかげだったと感謝しています。本当にありがとう。
あなたが守ってくれたこのコンビニを、私はどこよりも明るく、そしてお客様から愛されるように、これからも努力していくつもりです。
この度は就職おめでとうございます。
新しい土地でも、どうかお元気で。
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