フクロウロクフ(KAC1)

 四千字以内

 カクヨム三周年記念

 お題は『切り札はフクロウ』



 あるところに、地方活性化の波に乗る村があった。

 村の行政は広大な山々の木々を伐採して、そこへ新たに高速道路や温泉旅館、更にはショッピングモールまでもを建設し、観光客の呼び込みや若者の里帰り、そして雇用の創出を目論んだ。


 これに反対意見を挟んだのがイノシシを始めとした、山の住人たちであった。

 シカは人間がこの地に家々を建て構える遥か前より、我々はこの森で生きてきたと主張した。木々がなくなれば、温暖化に拍車がかかると野鳥も声をあげる。やがて蛇やリス、果ては、普段は物言わぬ川魚までもが賛同し、山側の異存は大きくなるばかりであった。


 開拓して村の繁栄を望む村民と、自然を保護して今までの暮らしを守ろうとする山の民たち。日に日にエスカレートしていく両者の対立は、かつてのアメリカとソ連の冷戦を彷彿とさせた。


 この一触即発の事態に終止符を打とうと、村長は話し合いの場を設ける。

 村からは大地主が腕利きのマタギたちを引き連れ参加し、対する森からは、サルがクマとスズメバチに護衛を頼み、この場に現れた。


 両者の主張は互いに膝を屈さず、言い争いは白熱するばかり。

 やがてマタギが銃に手をかけると、それを見て熊が低く唸った。

 いよいよ村長は間に入って、平和的解決を提案した。その提案とは、両面から代表者をそれぞれ選出し、三問のクイズにて、血を流すことなくこの問題に快刀乱麻を断とうというものだった。

 負傷者を出す事を危惧したサルは、頭を掻きながらもこの提案を飲み、続いて大地主も渋々了承した。


 大地主は早速全国から希望者を募り、その中から、クイズ番組でレジェンドと呼ばれる国立大生を雇う。

 一方森では会議が開かれ、賢者と呼ばれるフクロウがこれに参加する事となった。


 後日、会場は村の役場に決定した。

 この騒動を、マスコミは面白おかしく取り上げて、当日の会場にも、多くの取材関係者が押し寄せていた。村人もすべからく学生を応援しようと、現地に駆け付けている。森からは猿、猪、熊、蛇、鹿、虫や、バケツに入れられた魚まで、大所帯で梟の健闘を祈り馳せつけていた。


 フクロウと学生が設置された壇上に上がると、両者を応援する大歓声が上がり、それを抑えるように、メガネをかけたスーツ姿の男が会場をなだめた。


「会場にお集まりの皆様方、どうかご静粛にお願いします」


 浮足立つ村は、一時、普段通りの閑静さを取り戻す。


「ありがとうございます。それでは早速、この度の司会を仰せつかった私より、森林存続を懸けたクイズの、一問目を読み上げたいと思います。まずは両者様、後ろをお向きになってください」


 フクロウと学生は観客達に背中を向けた。

 二人の視界に入るのは、立てかけられた簡易的な木製の壁だけである。


「それでは、問題です。今、この会場に訪れている人間の女性は、何人になるでしょう? お分かりでしたら手元の回答スイッチを押してお答えください!」


 学生は思わぬ問題に動揺した。

 今まで数多のクイズ番組に出場し、そして見事優勝を納めてきた彼であったが、そんなクイズの申し子からしてみても予想外の出題であったのだ。

 しかしこれは、人間の知識と、動物たちのそれの偏りを公平化させる、出題者からの便宜であった。


――ピンポン!


 フクロウがボタンを押し、回答権はフクロウのかぎ爪に落ちた。


「さあ! フクロウ選手! お答えください!」


「四十人ホ~」


「さあ~四十人! 合っているのか~?」


――ピポピポピポピポーン!


「正解です! 先手フクロウ選手! まずは1ポイント!」


 先制をとられた学生であったが、心は穏やかなままである。百戦錬磨の彼は、すでに次なる出題に向けて、会場に振り向いて端から端まで記憶し始めていた。

 フクロウの記憶力がずば抜けていた。あるいは夜行性のフクロウであるから、普段人に遭遇することすら珍しいのだろう。すなわち、会場の人間の数は印象深かったのだと分析していた。


 しかしフクロウはそんな数、覚えちゃいなかった。

 会場の誰しもが気付いていなかっただけなのである。首を捻り、会場を横目でちらちらと確認していた事を。フクロウの首は人間のそれと比べて、遥かに骨の数が多い。故に、背面まで振り向くなど造作もない事だったのである。


「では、第二問目に取り掛かりましょう」


 学生はまた後ろを向くように命令されるのではないかと想像していたが、どうやらそうでもないらしい。ただの早押し問題だったようだ。少しがっかりしたような面持ちでボタンに手を掛ける。


「それでは、問題です。フクロウとミ――」


――ピンポン!


 学生がボタンを押した。

 ロクに問題が読まれていなかったものだから、フクロウは驚いて目をぱちくりさせている。観客も間違えて押したのかと思った。しかし、学生の表情は自信に満ちていた。


「早い! それでは学生選手! どうぞ!」


「はい。アオバズク」


「答えはアオバズク! さあどうだ! 合っているのか~?」


――ピポピポピポピポーン!


「おおーっと! 正解だぁ! これは凄いぞ! 学生選手、どうしてアオバズクだと思ったんですか?」


 会場はどよめいた。学生を呼んだ大地主は大げさに拍手して喜んでいる。

 司会者からの質問に、学生は『やれやれこの程度もわからないのか』といった表情で解説を始めた。


「はい。フクロウと言う単語が出た時点で、フクロウ関係の問題だと確信しました。次に生態、歴史、伝承、いずれの分野か考察することになるのですが、ミと聞き取れた時点で、フクロウとミミズクの違いを述べよ、という問題が浮かびました。しかしそれだとあまりにも短絡的すぎるので、耳羽のないフクロウと耳羽のあるミミズクがいるが、例外となる種類を述べよ、という終着点に着地しました。シマフクロウには耳羽があるのにフクロウと呼ばれ、反対にアオバズクには耳羽がないのにミミズクと呼ばれます。ここでシマフクロウを選ばなかったのは、第一問目で公平を喫してきたのに、同種を答えさせるのはフクロウさんに有利すぎると感じたためです。故に、最終的に問題は『フクロウとミミズク。両者の違いは耳羽があるかないかであるが、では、耳羽のないミミズクの例外を一種あげなさい』となります。いや、いい問題だと思いますよ。フクロウさんが『両者の違い』の時点でお手付きするのを待っても良かったんですけどね。まあ、先取点をとられているんで、やり返すつもりで回答させて頂きました。やられっぱなしは性に合わないんで」


「凄い! 凄ーい! 学生選手! 問題文まで当ててみせたー! さすがはクイズ界のエンペラーだぁあ!!」


 会場に訪れていた村人は一斉に沸き立った。対する森の住民たちは、完璧すぎる回答に落胆した表情を見せる。

 フクロウは得意分野を答えられて、ホーホー泣いて悔しがっていた。


 両者互角のまま、遂に最終問題を迎えることになった。


「それではいよいよ最終問題を読み上げたいと思います。勝っても負けても、村も、森も、その事実を受け止めて、これからも仲良くしてもらいたいと思います。学生選手、意気込みを!」


「ええ、まあ僕はこの村の者ではないんですけどね。でもオファーを受けたからには、クイズの帝王の名に恥じないよう、確実に勝利して見せますよ。フクロウに負けたとなったら帰って笑われますし」


 村民が拍手と期待の眼差しを送る。


「ではフクロウさん。意気込みをどうぞ!」


「頑張るホ~」


 森のみんなが雄たけびと期待の眼光を送った。


「それでは最終問題です。まずはこちらをどうぞ!」


 司会からフクロウと学生にヘッドホンが手渡され、それぞれが怪訝そうに受け取った。


「お二人には今から、私がなんと言ったか当てていただきます。それでは、ヘッドホンをお付けください!」


 フクロウと学生はそれを頭に被った。

 スピーカーからは大音量で音楽が流れていて、周囲の音を遮断しているようだった。


「それでは、問題です! 『――』。さあ、お二人とも、お答えください!!」


――ピンポン!


 学生のボタンが押された。

 会場にいる全員が手に汗を握っていた。


「さあ、学生選手! お答えください!」


「三万円よこせ!」


「さあ! どうだ! 合っているのか!?」


――ブーッ!


「あーっと学生選手! ここにきて外してしまったぞー!」


――ピンポン!


 呆気にとられる学生をよそ目にフクロウがボタンを押した。


「さあ! フクロウ選手! 答えをどうぞ!」


「カクヨム三周年おめでとうだホ~!」


――ピポピポピポピポーン!


「正解だぁあ!! 優勝者はフクロウ選手! 山は開拓されずにこのまま残される事になります! それではこれにてお開きです! またの機会を~!」


 悔しがる学生。

 しかしあれだけ大きな音が流れていたら司会の声なんて聞こえるはずがない。学生は知識と経験を以て勘で答えていたのである。それも仕方がなかった。


 一方フクロウはというと、実は司会者の声が聞こえていたのだ。なぜならば、フクロウの耳は左右対称ではなく、実は片耳は顎の近くにありヘッドホンがかかっていなかったのである。司会者の声が丸聞こえだったのである。それでも早押しに勝てなかったのは、学生の気迫に押されていたからなのかもしれなかった。


 森の住民たちはフクロウを胴上げした。小さい体は軽々と宙を舞う。

 悔しそうに優勝者を見つめる村民たちは、それでも学生は十分やってくれたよと、温かい拍手を送り、この場は締まることになる。


 その後、行政は約束を守り、山に手を掛けることはなかった。

 豊かな自然は今まで通りに保護され、そこに住む彼らは、末永く幸せに暮らした。


 だが、村はそうはいかなかった。

 クイズの中継を見ていた視聴者たちが興味をもったのだ。観光や、定年後のスローライフや、あるいは一度はフクロウを見てみようと、理由こそ様々であったが、この村に各地から人が押し寄せたのだ。結果的に、山は守られたまま、村は大きく発展した。

 福をもたらすと言われているフクロウ。彼は偶然とはいえ、この村の切り札となったのである。

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