あおげば熱い夏の空

三千字未満

「あなたの街の物語」コンテスト用作品



 私が生まれ育った街、埼玉県の北部に位置する熊谷市くまがやしは数えきれない程の魅力が溢れる街である。それら全てを伝えるには、私の街の物語コンテストの規定である二千四百字ではいささか心もとない。

 中でも世間的に有名なのは、夏場の名物である都心より北上してきた熱風による最高気温の高さだろう。一時期、日本一暑い街としてその名を全国に知らしめ、市がここぞとばかりにそれを町おこしへと起用する。猛暑を逆手に取り、通常より薄く氷を削ったご当地かき氷である雪くまや、自虐的にパタパタとうちわで自分を仰ぐ太陽を模したユニークなゆるキャラ、あつべえなどに力を入れたのもやぶさかではない。


 日本一暑い街を謳った熊谷市。それに異を唱えた岐阜県多治見市と、群馬県館林市と、今では毎年のように熱い最高気温争いをしているわけだが、当の熊谷市民としてはそれを応援する気にはならなかった。

 熊谷市の最高気温は2007年08月16日に観測された40.9℃であるが、私の家の風呂が40℃前後に設定されている事を考えれば恐ろしい数字だ。ただでさえ地球温暖化が騒がれる中、これ以上迷惑極まりない記録には更新してほしくはないと訴える私を一体誰が責められるだろう。一市民としては寧ろ負けてくれと思わざるを得なかったのだ。


 そんな私の愛する熊谷市を語る上でやはり忘れてはならないイベントがある。平日であろうと毎年文月の20日から22日にかけて、ジリジリと照り付ける太陽でアスファルトが溶け出しそうな猛暑の中、一般に開催される関東最大の祇園、熊谷うちわ祭りについて今回は語ろうと思う。


 うちわ祭りなどと言うと何も知らない人間が耳にすればうちわを称える祭りに聞こえてしまう。正しくは当地に鎮座する八坂神社を称える事を目的とする祭りであるが、この祭りを楽しみに訪れる人々の大半はその事を知らないと推測される。古くは赤飯を振る舞っていたが、そのかわりにうちわを配布したところこれが好評となり、その後はうちわが配られることになったという歴史があるのだ。

 これがうちわ祭りの語源となり、現在もその風習は脈々と受け継がれ続け、寄付金を支払う事により手に入れることのできる本格派なうちわや、居酒屋などの企業が無料で配布する簡易的なうちわまで様々だが、屋台が立ち並ぶ中うちわを片手に熊谷市を歩く人々の姿は見ていて何とも風情がある。


 私が初めてうちわ祭りを訪れたのは4歳の時であった。

 厳しい父と、これまた厳しい母に連れられ、夜道の人混みの中を心を躍らせながら進んでいたのをうっすらと覚えている。

 東京都から群馬県まで真っ直ぐ埼玉を貫き、普段は絶え間なく自動車が行き交う国道17号が銀座2丁目交差点から八木橋百貨店前の本石2丁目交差点まで、約1㎞に渡って封鎖される歩行者天国。屋台に挟まれながら行きかう人々で賑わう四車線を自由に渡り歩くことのできる状況に、毎日これが続けばいいのにと幼心は興奮したものだ。

 屋台で買ってもらったかき氷を左手に持ち、右手を引く母の背中を追っていた私が周りの人混みに目を取られ、段差につまづきかき氷を地面に食べさせたのはいい思い出だ。自業自得であるにも関わらず大声で泣きわめき、母に訴えるも同じものは買って貰えなかった事もはっきりと記憶に残っている。


 中学に入学するまで年を重ねると、私は同じクラスの学友達と共にうちわ祭りを堪能しに行った。

 祭りの風物詩である、浴衣を着た女性に憧れたのはきっと私だけではないだろう。

 回遊式庭園である星溪園せいけいえんから流れる星川ほしかわ沿いの星川通りで、私と同じくクラスメイトと共に訪れていた、当時思いを馳せていた野球部の男の子とばったり鉢合わせた瞬間は今も目を瞑ると鮮明に蘇る。

 無料で配布されたうちわを大量に抱え、自慢げに見せびらかせてきた彼のどこを好きになったのか、今でもわからないままだ。

 今思い返せばその後に勇気を出して告白したことも、付き合うことになり数か月の恋人に亢奮こうふんした事も、自分から告白しておいて勝手に幻滅し、一人泣きはらした事も底の見える星川と同じくらいの初恋であったと苦笑せざるを得ないが、あの時に貰った一枚のうちわは今も実家の勉強机に静かに眠っているはずだ。


 大学に入って一人上京した後も夏休みを利用し、実家に顔を出すついでにうちわ祭りを訪れた。憧れの浴衣の着付けに満足した私は、キャンパスで馴れ初めを済ませた今の旦那である、当時の彼を連れて高崎線を下った。

 すでに何度もうちわ祭りを訪れている私は見ても特に感想は出てこないが、彼は電線を潜り抜けやってきた各町十二台の巨大な山車だしが、互いに向かい合って違うリズムで太鼓を奏でる、「叩き合い」に感動したらしく、立ち止まり熱心に携帯で写真を撮っていた。

 近くで見ていると耳のみならず腹にまで響くその音色は、彼の心にまで響いていたという事だろう。太鼓のみならず彼の心までも打ったと言う方が正しいか。

 彼の楽しそうな笑顔になんだか私の生まれ育った街が褒められているようで、心から嬉しく思うと同時に無邪気な彼の横顔に私は再び恋をした。


 語る上で思い返すと、私の青春時代は常にうちわ祭りと共にあった事に気付く。

 これからもそうであって欲しいと願うと同時に、私のみならず、やはり熊谷周辺の住民からしてみれば様々な思い出が蘇る催し事だと思っている。

 私が毎年のように訪れ続けたうちわ祭りの記憶を思い出すと、その当時、私の傍らにいてくれた大切な人達の顔がはっきりと思い浮かぶことが幸福でならない。

 変わっていく街と私の環境の中、変わらない有難さがそこにある。


 肌寒い今からは少しばかり早い話ではあるが、うちわ祭りが開催される7月20日は私の母の命日である。

 私は来年も、年々規模が縮小していくうちわ祭りに墓参りのついでに家族で寄ろうと考えている。その際は、娘がかき氷を落とさない様に細心の注意を払って手を引こうと、心から思う。

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