ジズ・イズ・ジャパニーズホラー

三千字未満

カクヨム異聞選集参加作品

稲川淳二さんが審査員を務めていらしたのでそれっぽく書いてます。



 この話はね。

 一週間前の友人の話なんですが、仮にこの方をSさんとしておきましょうか。まあ、本名が相良さがらさんって言うんですけどね。

 このSさんときたら金にルーズな男でしてね。当時周りのわかいもんに散々金を借りて一向に返さないときたもんだ。でもねえ、そんな事ぁ本人も分かってたんですよ。

 そんなSさんがある日家に帰るとね、もう日が落ちて暗くなっていたんですが。Sさんに金を貸してた連中が家の前で待ち伏せしてたんですよ。「今日こそは耳を揃えて返してもらうぞ」「今日は観念しねえ」そんな事を言いながらね。


「はっはーぁ。出やがったな……。どうしてやろう?」


 家の前の連中を遠くから見ながらSさんはそう思うわけですよ。このまま帰ったら大騒ぎですよね。下手したらおまわりさんまで呼ばれちまいますよ。「この男が金を返さないんです」ってね。

 いや、それは冗談じゃない、ってSさんはひとまず、ひたひたひたひた……って奴らに気付かれる前にその場を去る事にしたんですね。

 自宅を離れて最寄り駅近くの居酒屋にSさんは逃げ込むんですねえ。一人なんで、とりあえずカウンター席に座ってね。燗とあてを頼むんですよ。

 「連中が諦めて帰るまでここで時間を潰そう」ってSさんが考えてるとね。店の奥に座ってた奴がこっちをチラッ、チラッ、って見てくるんですよ。

 変だなー、変だなー、やだなー、怖いなー、ってSさんが思っていますとね、そいつがSさんの方に来るわけですね。スーッと、スーッと来るわけです。

 Sさんが頼んだ燗をぐびりと呑んだら、男の様なそうでない声で呼ばれるんですよ。「おい相良、金返せ」ってね。そいつはSさん行きつけのおかまバーの店員だったんですね。

 「やったなあ。まいったなあ。まさかこんなところに出るとはなあ」ってSさんは思うんですけどね、もったいないから今日は金がないって言い返すんですよ。でもね、悠々と酒を呑んでる場面を見せられちゃあ相手も引き下がりませんよね。置いてけ、置いてけ、持ってる分だけでも置いてけって言うんですよ。

 その声の悲痛な事、悲痛な事。思わずSさんの背筋がゾクゾクゾクッ、っとするんですよ。おかまの声色に背筋が凍ったんですね。

 いやあこれはちょっとシャレになんないな。Sさんはそう思うんですよね。何年かに一度はある事なんだけどそれでもこれは不味いなって、Sさんはそう思うんです。仕方ないから会計を済まして財布ごとそいつにくれてやるんですよ。

 そしたらSさんふしぎー……な気持ちになるんですね。借りてたものを返しただけなのに、なぜかいい事をしたような気持ちになるんですよ。

 でもね、財布を受け取って中身を確認したそのおかまは言うんですよ。「足りない、足りない、もっと、もっと」ってね。

 こうなると状況変わっちゃった。状況が変わっちゃったって、Sさんは思うんですよ。だってもう何も持ってないんだから。返しようがないんだから。


 「ふざけんな。冗談じゃない」


 Sさんはそう言い残して居酒屋から出るんですよ。

 「待て、逃がさないぞ」って追ってくるおかまを振り切るように走るんですね。自宅に向けて。


 Sさんは追われ慣れてますからね。なんとか振り切って自宅まで着くんですよ。


 家に着くとね。さっきまでいたはずの連中が不思議な事にだぁれもいなくなってたんですね。そりゃあもう人っ子一人いないんです。連中も諦めて帰ったのかなー、それにしても今日はいつもより早いんじゃないかなー、ってSさんは違和感を持つんですよ。

 それでもね。変だなー、変だなー、おかしいなー、なんて思いながら自宅のカギを開けてね、Sさんは部屋に入るんですね。

 『に゛ぃ』っと扉を開けてね、家に入ったその時です。連中から逃げれた事に安心したSさんは胸にポン、と手を置いたんです。その時初めて、全身が濡れていた事に気付くんですよ。そりゃあもうシャツを絞ればポタポタ垂れてくるんじゃないんかなー、ってくらいぐっしょり濡れてたんですね。

 駅から全力で走ってきたSさんは、全っ身にいやーな汗をびっしり掻いてたんです。

 こりゃあ不味いな。このままじゃ風邪引いちまうなってSさんは思いましてね。気付くんですよ。ああそうだ。シャワーに入ればいいじゃないか、ってね。シャワーで汗を流すんです。そうしてやって新しい服に着替えてやれば風邪を引かなくてすむなー、って気付いたんですよ。

 そうと決まりゃあこうしちゃいられない、ってSさんは服を脱いでシャワーを浴びるんですね。一通り汗を流してシャワーを止めようってノズルをキュッ、キュッ、って捻るんですが、シャワーヘッドからポタ、ポタ、って水が垂れるんです。そろそろ買い替え時かもしれません。

 全身をタオルで拭いて部屋着に着替えたSさんは寝室に向かいます。「今日は疲れたなー、早く寝たいなー」ってそんな事を言いながらね。

 真っ……暗だった部屋を明るくしようとして電気のスイッチを押すんですよ。

 パチ、って部屋の電気が付いた瞬間、Sさんの目の前に……いたんですよ。


「でやがったな。こんちくしょう」


 Sさんのベッドの上にね。いたんですよ。さっきのおかまが。どうやら居酒屋からずっと後をついてきたみたいでしてね。Sさんはそれに全然気づかなかった。気付いてれば家に鍵をかけれたもんですが。

 Sさんが「帰れ」と言ってもね。そいつは一向に帰ろうとしない。そして言うんですよ。「金で払えなければ体で払え」ってね。そう言いながらそのおかまは、スッ、っと服を脱ぐんです。

 その姿を見た瞬間にSさんは思うんですよ。このおかま、この世のものじゃないんだな、って。

 おかまはSさんの手を強引に掴んでぐいぐい引っ張ります。引きづりこまれたら死ぬ。死んじまうってSさんは本能的に直感したんでしょうね。全力で抵抗するんです。でもね、このおかまの力、人間のものとは思えない程強かった。


 後日、その自宅からSさんの遺体が発見されたんですね。


――いやあ、それにしても……

 もしこの話がカクヨム異聞選集で受賞しちまったら私はどんな顔をして賞状を受け取ればいいんでしょうねえ。

 他の投稿者や審査員の稲川淳二さんからどんな事を思われるのかって想像すると、……怖いですねえ。


 ――相良さんを殺害した男は以上の様に意味不明な供述をしており、捜査当局では余罪について追及していく方針です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る