不死身

六千字未満

https://www.youtube.com/watch?v=UJAwUV77vvc&index=12&list=PLEcOCM3isWx__aziWMIMFc-DaFaWCOE0F



適当に焼きそばを作り、昼飯を食べ終えた後は、

だらだらとテレビでごきげんようを見ていた。

昼間っからすることはないのか、

と、突っ込みたくなるのもわかるが

その通り、俺はすることがない。

ノリで仕事を辞めてからただただ、

貯金を食いつぶす生活をしていた。

実家暮らしなのもあり、さほど焦ってはいなかった。


家の扉が開いた。


外出に行っていた母さんが帰ってきたのだ。

母さんは部屋に入るなり、俺をみてため息をつく。

次に言うセリフはもう決まってる。


「あんた、いつまでもダラダラしてないで

 そろそろ仕事探してきたら?」


わかったわかったと、俺はいつものように流した。

ここ最近いつも同じセリフを俺に投げかけてくる。


「それよりどこ行ってたの?

 買い物じゃなさそうだけど」


俺は帰ってきた母さんが手ぶらだったので、

なにをしていたのか気になった。


「神社にお参りよ。

 最近あそこ、願い事が叶うって評判でね」


俺の家の近くにある神社なんて一つしかない。

家の近くにあるが、初詣以外に赴く事はなかった。


「あんたも暇なら行ってくれば?

 仕事探すついでに」


このまま家にいても、

母さんにネチネチ言われるだけだ。

散歩がてら、

神社でコーヒーでも買って一服でもしてこよう。



埼玉県の某所。

東京から群馬まで、

真っ直ぐ埼玉を貫く国道沿いにこの神社はある。

初詣ともなればきれいな巫女さんが迎え入れ、

おみくじや破魔矢を売る売店が出され、

溢れる人込みで大いに賑わう神社だが、

やはりこんな平日の真昼間である。

何台かの車は止まっているが、

見渡す限り参拝客はいなかった。

太い神木が風にその葉を揺らす音が心地よい。


母は最近願い事が叶うと評判だと言っていたが、

どうやらこの様子じゃそれはただのデマだろう。

大方、参拝した後に

たまたま宝くじでも当たった人がいて、

その噂が町内中にでも流れたりしたんだろう。

とは言ってもここまで来て何もしないのも味気ない。

俺は財布から10円玉を取り出すと、

それを賽銭箱へと投げ入れた。


(彼女が出来ますように、彼女が出来ますように)


叶わないことが分かっていても、

せっかく現金を投入したのである。

何か願わなくては損した気分になるではないか。

別に彼女が欲しかったわけじゃない。

ただ、たまたま、本当にたまたま、

頭にそう浮かんできただけだ。

もう一度言う。


別に彼女が欲しかったわけじゃない。

俺は目をつむり、手をそろえ、

全力で顔も知らぬ神にそう願った後、

手を解き、目を開けた。


俺の目に入ったのは、

賽銭箱に腰かける少女の姿だった。

足をブラブラさせ、俺に微笑みかけている。

僕が目をつぶっていたのはほんの数秒だ。

その間に後ろから来て座ったのか?

下は砂利だ。

歩けば音がするだろう。

いや、そんな事より、

ここは良識のある社会人として注意せねば。


「えっと、君、駄目だよそんなとこに座っちゃあ。

 神様が怒って罰が当たっちゃうよ」


相手が明らかに幼かったので、

俺はなるべく優しく注意をした。

するとその少女は「カッカッカ」と笑い出した後、

俺に向かって話しかけてきた。


「心配はいらぬ、我は寛大じゃ。

 賽銭箱を足蹴にしたとして、怒りはせぬ」


えーと、どうゆう事?

神様ごっこって事?


「えと、ハハ。そうだね、まずそこから降りようか」


呆気にとられた俺がそう言っても、

少女は相変わらず足をブラブラさせ、

俺に微笑み続けている。


「わからんやつじゃのう。

 我がこの神社の主じゃと言っておる」


人間離れした透き通った肌。

艶のありしなやかな髪。

そして頭の中にまで響く美声。

なるほど、もし神というのがいるのなら、

まさしくこの娘のような容姿をしているのかもしれない。


だが、どう見てもただの女の子だ。

そもそも神なんてこの世にいるわけがない。

ましてやこんな簡単に人前に現れる神は、

化物語の千石撫子くらいのものだろう。

あれだってフィクションだ。


「わかったよ嬢ちゃん。いや、神様。

 名前はなんて言うんだ? 家は近いのか?」

「我の家はここじゃと言っておろう。

 それに今は我の名前などどうでもよい」


まったく、手の込んだ遊びだ。

最近の子供はままごとでは物足りていないのか。


「わかったわかったよ。それで?

 俺になんか用なのか?」


少女は俺のセリフを聞くとフフッと鼻で笑ってきた。


「用があるのは我ではない。

 お主の方であろう?

 お主が我に願った由、我はそれを叶えに来た」

「ほう、願い事を叶えてくれるってか。

 そいつぁ助かる。

 でも、俺の願い事なんて知らないだろ?」

「お主、我を誰じゃと思っておる?

 我は神じゃぞ。お前ら人間の考えることくらい、

 容易く読むことが出来るわ」


少女が自信たっぷりにそう言うものだから、

気圧され、俺はちょっと焦った。

さっきのがもし口に出てしまっていたとしたら

かなり恥ずかしい。


「そ、そこまで言うなら当ててみろよ!」

「人間の分際で我を試すというのか。

 他の神なら祟られているぞ。

 だがまあよい。我は寛大じゃ。

 お主、不死身になりたいのじゃろう?」

「いや、全然ちげーよ」


それまで微笑んでいた神を名乗る少女は、

急に無表情になり頭をポリポリと描きだした。


「その、な。 人間。

 神にも間違いはあるというか……」

「わかったわかった。べつに構わねえさ。

 それじゃあ俺はそろそろ帰るから、

 お前も遅くならないうちに家に帰れ」

「待て、人間。実は、な。

 我はもうお主に力を使ってしまったのじゃ」


言ってる意味が分からない。

俺が帰ると言ったからか少女は焦っている。


「えっと、つまり、どうゆう事だ?」

「怒らないで聞いてほしいのじゃ。

 我を怒ってはいけないのじゃ。

 その、な。もうお主は不死身になっておる。

 我の力に寄ってな」


申し訳なさそうにするその少女が、

相変わらず何を言ってるのかわからなかったが、

俺は早く帰りたかったのでこう答えた。


「ああ、別に構わん。不死身? いいよそれで」


俺がそう言うと少女は満面の笑みになり、

盛大にガッツポーズをした。


「本当じゃな!? 本当じゃな!?

 我は不死身にはできるけど元の体に戻せんのじゃ

 それでは、お主の願い、確かに叶えたぞ!

 さらばじゃ 人間」


少女はそう言うと両手をパンと合わせた。

軽く合わせただけなのに、

その音は神社中に響き渡った。

余りの音の大きさに俺は耳を塞いだ。


「な、なんだよこの音っ!?」


俺は少女にそう問いかけようとしたが、

目の前から少女は消えていた。



俺は家に戻り、

先ほど起きた信じられない出来事を、

頭の中で整理していた。

突然目の前に現れた神と名乗る少女。

手を合わせただけで轟音を轟かせた少女。

そして瞬きの瞬間に消え去った少女。

いたずらなのか?

いや、あんな事出来るわけがない。

だとしたら本物……本物の神様か!?

つまり、今の俺は……不死身!?

不死身、不死身ってええっとなんだっけ。

俺の頭は完全に混乱していた。


なにをされても死なないって事!?


もしそれが本当ならすごい事だ。

おそらく人類史上初の不死身になった男だろう。

人類の夢を俺が叶えてしまった事になる。

俺は体のあちこちを触った。

特に異常はない。いつも通りだ。


「あんた、ちょっとなにやってんのよ。

 することないなら夜のドラマの録画、

 予約しといてよ」


録画くらい自分でやればいいのに、

俺はそう思ったが、口にはしない。

なぜならそんなことを言おうものなら、

また就職しろと、

口うるさく言われるのが分かっているからだ。

録画予約の為、俺は新聞を手に取る。


「イテッ」


指が新聞紙に沿い、

俺は人差し指を軽く切ってしまった。

傷は浅くすぐに治るだろうが、血がにじみ出る。

俺はハッとし、傷口をジッと見つめた。


治らない……


もし俺が不死身ならこんな傷、

あっという間に治せるはずだ。

なんだ、やっぱりいたずらだったのか。

ホッとしたような、ちょっと残念なような、

複雑な気持ちの中テレビのリモコンを手に取り、

電源を付けると、CMが流れていた。

新発売のバイオハザードの最新作のCMだった。

ゾンビがうごめき、とてもおもしろそう……


まて、まてよ……


このゾンビたちも、

ある意味不死身と言えるのではないだろうか?

銃で撃てばケガをし、血も出る。

それでも死なずに主人公に襲い掛かる。

俺はもしかしたら、

このゾンビタイプの不死身かもしれない。

そう考えるとゾッとした。

だってそうだろう?

自分が死に、体が腐っても動き続ける。

意識があったらなお最悪だ。

そんな不死身、俺は絶対に嫌だ!!

気付いたら俺は部屋を飛び出していた。


もう一度、さっきの娘に会わなければ!!



「ハァ、ハァッ」


息を荒げつつも、俺は先程の神社にたどり着いた。

ここまで全力で走ったせいで、

シャツが汗でべっとりしている。

賽銭箱の前に行くと俺は財布から10円を取り出し、

そのなかに放り投げた。


(あの娘に会えますように、あの娘に会えますように)


目を閉じ、手を合わせ、

頭の中でそう願った俺が目を開くと、

そこにはやはり、足をブラブラさせている少女がいた。


「お前……やっぱり、神様なのか……」

「何度も言っておろう。人間、我は神じゃ」

「て、ことは俺は今不死身なのか!?」

「何度も言っておろう。人間、お主は不死身じゃ」


俺は新聞紙で切った指を少女に見せた。

少女は不思議そうにその傷を覗き込む。


「これを見ろ!! 傷が治らねえんだ!!」


少女はクッと吹き出すと笑いながら言った。


「安心しろ人間。

 この程度の傷であれば、

 つばでもつけとけばすぐに治るわい。

 まったく、大げさな奴じゃのう」

「違う違う!!

 傷の事じゃなくて!!

 不死身なのになんでケガをする!?」


少女は納得したかのようにコクコクとうなずく。


「なるほどな。

 しかしいくら不死身だとて、

 傷の治りは普通の人間と変わらん。

 そんなの当たり前じゃろう?

 普通に老いもするし、病気もかかる。

 不死身というのは死なないという意味じゃ。

 それ以外は普通の人間と変わらんよ」


待て待て待て、それじゃあ俺はやっぱり、

予想していた通りゾンビタイプって事か!?


「心臓が止まったらどうなる?

 頭が吹き飛んだら!?

 もし骨だけになったらどうなるんだ!?」

「心臓が止まっても生き続ける。

 頭が吹き飛んでも生き続ける。

 骨だけになっても生き続ける。

 魂は消えん。

 何千年も、何億年も、

 お主はこの世界に居続ける。

 人間、それが不死身というものじゃ」


肉体が無くなっても……

何億年も生き続けるだと!?

それはもう生きてないじゃないか!!

ただの地獄だ!!


「ふざけるなっ!!

 今すぐ俺を直せ!!

 元の体にっ、俺を直せ!!」

「ふあぁぁ~!!

 我を怒ってはならんぞ、人間。

 我は怒られるのが嫌いなのじゃ!

 残念だが、人間。

 先ほども言った通り、

 我にお主を戻すことなどできぬ。

 お主もそれでよいと言っていたではないか」


少女の言葉に俺は絶望する。


「まさか本当だと思ってなかったんだ……

 なんで、なんでこんな事に……

 俺が何をしたって言うんだ!!」

「人間、なぜそう悲観する。

 お主は今まで生きてるか、死んでるか、

 自分でもわからぬ暮らしを送ってきたではないか」

「なに、言ってんだ……?」

「我は神じゃ。

 お主の今までの行いなど知ることは容易い。

 お主は仕事もせず、だらだらと、

 ただ今まで生きてきたではないか。

 その生活が未来永劫続くだけの事じゃ。

 悲観することも無かろうて」

「違う!!

 生きてなければ、出来ない事だ!!

 それに死んでまでそんなことやりたくない!!」

「死んでまでやりたくないことを、

 なぜお主は生きてるときに散々続けるのじゃ。

 我にはさっぱりわからぬぞ」

「それは……息抜きだっ!!

 俺はこれからちゃんと仕事をするつもりだった!!

 精一杯! この世を生きるつもりだった!!」


少女はそれを聞くとにやりと笑った。

不気味で、不吉で、優しい笑顔だった。


「人間、そこまで言うならお主の不死身を解く方法、

 教えてやらんことも無いぞ?」

「なっ、お前、不死身は解けないって……」

「我には解けぬと言ったのじゃ。

 だが人間、お主になら解ける方法がある。

 たった一つだけな」


俺はその言葉に縋った。

何億年も、一人で生き続けるのはまっぴらごめんだ。

このチャンスを逃せば、もう後はないかもしれない。


「頼む。教えてくれ。

 俺は不死身でなくなるのなら、なんでもする」

「なに、簡単なことじゃ、人間。

 さっきの言葉を現実替えられた時、

 お主の不死身は勝手に解けるじゃろう」

「さっきの言葉……!?

 一体どうゆう事だ!?」

「なに、そのままの意味じゃよ。

 ちゃんと就職し、精一杯生き抜く。

 それが実現出来たら、お主の不死身は解ける」


そんな簡単なことでいいのか!?

大体どうゆう関係があるんだ!?

でも俺はこれにしがみつくしかない。


「わかった。約束する!!」


少女はにっこり微笑むと、パンと手を合わせた。

相変わらずの轟音に俺は目を伏せ、

再び向き直った時には少女は消えていた。

俺は決意を固め、

そのままハローワークへと走り出した。



「ただいま」


ハローワークで面接の日取りを組んだ俺は、

そのまま家に帰ってきていた。

俺が手に持つ求人のプリントを見ると、

母さんが目を丸くしていた。


「あんた、仕事探してきたの!?」

「ああ、やむを得ない理由があってな」

「やっぱり、すごいわねえ。

 こんど宝くじもお願いしてこようかしら」

「?」


母さんが何を言っているのかわからなかったが、

聞き返す気にもならなかった。

俺は不死身を解くため、

その後は就職し、一生懸命働いた。

同じ職場の女の子に声をかけられた話は、

また後日、話すことにしよう。

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