整理

三千字未満

https://www.youtube.com/watch?v=oxkX4rtZXbE&list=PLEcOCM3isWx__aziWMIMFc-DaFaWCOE0F&index=31



押入れを開くと、

そこには大量の物が押し込まれていた。

今まで使わなくなった物や貰い物をそこに詰め、

ロクに整理されてなかった空間は、

部屋の主である僕にすら、どこになにがあるのか

まるで把握できていなかった。


それを見て僕は深くため息をつく。

最近ではミニマリスト、物を持たない暮らし、

というのが流行っているが、僕にはそれが出来ない。

捨てるのがもったいない。

いつか使うかもしれない。

ついついそう考えてしまうのだ。


押入れを整理しようと僕が考えたのは、

不用品を捨てようなどと考えたからではない。

ただ、何かをしていないと落ち着かないから、

ふと押入れを開き、中に何があるのか見てみよう、

なんとなくそんな気になっただけの事である。


それにしても酷いありようだ。

例えるなら終盤のジェンガといったあたりか。

下にある物を引っこ抜くと、

その上に積まれている物まで一気に崩れるだろう。


僕は一番上に置いてある

段ボール箱を手に取り床に降ろした。


これを押し入れに詰め込んだのはつい最近だ。

さすがに中に何があるか覚えていた。

僕はガムテープを剥がし、中を覗き込む。


僕の予想通り、

中には書類が山のように入っていた。

その内の殆どに僕は目を通していない。

企業説明の書類。

そして内定をもらった後の新入社員向けのプリント。

社訓や雇用形態が書かれた冊子。

そう、この段ボールには僕が就職するまで、

そして就職してから渡された物が入っている。

どう考えても今後使うことは無さそうだが、

それでも僕は一枚一枚丁寧にとっておいた。

僕はそれをひとつづつ手に取り、

その時の様子を思い出していた。


この冊子、就活に焦ってた僕に

広報の人が手渡してくれたんだよな……

このプリントも覚えてる。

この講演会で面接に行こうと決めたんだった。

入社した後、研修会でこれを渡されたんだった。

面接のときとは話が大分違ったよなあ。


結局、この会社は僕には向いていなかったようだ。

会社内は体育会系のしきたりが多く、

入社後、なぜか山登りをさせられたりした後、

結局長くは続かなかった。

それでも母さんは、

また次を探せばいいと言ってくれたっけ。

つい最近の事だが、それら全てが懐かしく感じる。

一通り目を通し、

僕は再び段ボールにそれらを締まった。


僕はまた押入れに向き直り、

上に置かれている段ボールを取り出す。

同じようにガムテープを剥がし、中を覗き込んだ。


入っていたのは卒業アルバムと年賀状だった。

懐かしいな。

僕は高校の卒業アルバムを手に取る。

中を見るのは手渡された時以来だ。

開くと、忘れていた顔が僕に語り掛けてくるようだ。

こいつと、こいつ。

僕をいじめていた人達だ。

高校に入って僕は初めていじめを受けた。

一体僕の何が気に入らなかったのか、

今になってもわからない。

次第に他の生徒も僕に係わらなくなった。

一時期、学校に通えなくなったこともある。

両親には本当に心配をかけた。

あまり、高校時代にいい思い出は無かった。


気を取り直して年賀状を手に取った。

小学校と、中学校の同級生が送ってくれた物だ。

高校に入ってから段々と数は減り、

今では僕に年賀状を送るものはいない。

年賀状という存在さえ、僕は忘れていた。

でも、最近の人はメールやラインで済ませるらしい。

そういうものなのかもしれない。


僕が次に手に取ったのは、

中学校の卒業アルバムだ。

懐かしい同級生の顔が並ぶ。

林間、体育祭、卒業旅行。

いや、それだけじゃない。

ただの学校生活でさえ、本当に楽しかった。

ずっと、ずっと中学生でいたかった。

高校に入ってから電車通学になり、

会う機会も減って、

僕はこの中の誰とも連絡をとっていない。

今頃皆はなにをしてるのかなあ。

初恋のこの子はもう結婚してしまっただろうか。

そう考えるとなぜか切なくなる。

結局中学3年間、まともに話せもしなかった。


それでもいつか、いつか想いを伝えると、

あの頃はそう考えていたが、

当然ながら今までそんな機会は訪れなかった。


小学校の卒業アルバムを手に取る。

それを見ても、

僕は自分がどれなのかすらわからなかった。

名前を確認し、僕を見つける。

こんな子供だったのか。

懐かしいというより、なんか恥ずかしい気持ちになる。

それでも仲良くしていた周りの子は、

なんとなくだが面影を覚えていた。

先程中学の卒業アルバムを見たせいかもしれない。

こいつの家でよくスーファミやってたなあ。

ボンバーマンが4人で出来たからな。

スーファミのコントローラーは2つまでしか刺せない。

だがこの子の家にはそれを4つにする機械があった。

覚えてる覚えてる。

こいつは、ハハ、そうだ、いつも短パンだった。

こっちの子とはよく公園で遊んだなあ。

小学校時代の僕は何も知らなかった。

世界は僕たちの為にあり、

僕たち以上に仲の良い学校は無い。

本気でそう信じていた。

いつまでも、それこそ大人になっても、

僕たちは集まって一緒にゲームしたり、

公園でドッヂボールをして遊ぶと、

本気でそう思っていた。

日本の子供は世界一の幸せ者なのかもしれない。


僕は卒アルと年賀状を段ボールにしまうと、

また押入れの中から一つの段ボールを取り出した。

ここまで掘り起こせば、

かなり古いものなのかほこりがかぶっている。

部屋にあったティッシュでそれを軽く払うと、

僕はガムテープを剥がし、中を覗き込む。


中には写真のネガと、

簡易的なアルバムが入っていた。

おそらく写真屋で現像する時に、

サービスでつけてくれるアルバムだろう。

僕は早速それを手に取り、中を開く。

そこには小学校より以前の僕。


幼稚園の頃、赤ん坊の頃の僕が写っていた。


殆どが僕の写真だが、たまに両親も写っている。

今では考えられないほどの若さだ。

覚えているのかいないのか、

ところどころで懐かしいという感じが沸き起こる。

ディズニーランド皆で行ったな。

僕が母さんがせっかく作った弁当を

車でひっくり返しちゃったんだ。

キャンプも行った。これは覚えてる。

近くの湖で釣りもしたし、ボートも乗った。

海に連れてってくれた時の写真だ。

死んじゃったおじいちゃんも写ってる。

いつもこんな笑い顔してたなあ。


母さん、父さん。

ほんとに若い。


叱られたこともあったけど、いつも優しかった。

一緒に回転すしによく行ったなあ。

母さんが好きだからって、

あの頃はそれですし職人になるって言ってたっけ。


気付いたら僕の目から涙がこぼれていた。

押入れなんて開かなければよかった。


家のチャイムが鳴った。

窓から外を見ると赤色灯の赤が見える。

心の整理を終えると、僕は涙を拭き、玄関へと向かった。

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