エピソード11 偽る恋のから騒ぎ
11-1 貸してくれないか?
「平和だなー……」
「平和ですねー……」
追儺明文による雫拉致事件も無事に解決し、要達に日常が帰って来た。九月も終わりに近づいたある休日、要は雫を膝上に乗せて居間に佇んでいた。
「んー。いい休日だー」
要は思わず声を漏らした。雫の柔らかい感触が心地よく、いい香りも漂ってくる。長い髪は手入れされていて触り心地もよく、ずっと乗せているにも関わらず、なお飽きることはなかった。
「ゆっくりしてていいからね?」
雫も満足そうな声で要に応じた。あの日の記憶は今でも僅かに夢に見たりするらしいが、目に見える分には平穏を取り戻したようだ。その証拠に、今は要に身を預けて抱かれるに任せていた。
「ほーんと、平和だなー……」
昼食も終え、半ばまどろみの中に漂う昼下がり。要は思い切り気が抜けていた。思えば気が休まる日よりも、波乱の方が多い日々であった。
雫が押し掛け、二人の女性と再会し、温泉旅行で告白。自分に挑み、記憶を取り戻し、僅かな、しかし大きいすれ違いを乗り越えて。それぞれの故郷に顔を出して覚悟を固め、ちょっとした事象や、かつての事件の残影にヤキモキしながら。とうとうここまでやってきた。
要は微睡んでいた。雫も幸せそうであった。しかし。
ピリリリリ!
沈黙を打ち破って、机に置いてあった要の携帯が鳴る。
「んお!?」
間の抜けた声を上げ、雫越しに携帯を取ろうとする要。
「要兄!」
その動きを見て、雫がサッと携帯を受け渡す。画面を見れば、『神楽坂遙華』の文字。
(一体なんの用だ?)
訝しみながら要は電話を取った。すると、即座に早口が飛んできた。
「おう、要か! 済まない、大事な頼みがある。二人揃って家に来て欲しい!」
常のそれより強めの、有無を言わさぬ声。しかし要にはなんとなく分かるものがあった。長い付き合いで、彼女の癖はよく知っていた。
(焦っているか、慌てているな)
「落ち着いてくれ。こちらも支度がある。一時間は見てほしい」
「いくらでも待つ! なんなら食事も出す! とにかく来てくれ!」
ひとまず宥めにかかる要だが、電話の向こうの声はやたらと気忙しない。要は沈静化を諦めると、落ち着いた声で語り掛けた。
「分かった。とにかくそちらへは行く。待っていて欲しい」
かくして一時間後。二人の姿は神楽坂邸の前にあった。
「覚悟は良いな」
「うん」
夕焼けに照らされて雫の顔は僅かに赤い。そしてどこか強張っていた。白のブラウスに黒のスカート。髪はポニーテール。
(童貞が死にそうな服だな……。その場合俺も死ぬけど)
あらぬ方向に思考を飛ばしながら、要はインターホンを押す。すると即座に返事が来た。
「待っていたぞ。今開ける!」
ドアの鍵が開き、邸内に迎え入れられる。玄関先に立っていたのは。
「……偶然、だよな?」
雫の服装を見て唖然としていた、同じ服装の遙華だった。
時間も時間だということで、要達は食堂へと通された。普段なら居間で済ませてしまうらしいが、今日に限っては大事な話だということで、こちらを使うらしい。
「シャンデリアに燭台……。イミテーションとはいえ暖炉まで……。これだから金持ちって凄いよな……」
「ほえー……」
要は呆気にとられ、空気に押されていた。隣では雫が、間の抜けた声を上げている。その眼前では大介と遙華が、夕食の準備に取り掛かっていた。
「まあ座っていてくれ。もう少しで完成だから、それから話そう」
「分かった。雫、こっちに」
二人が席に着くとそれから五分もせずに食事が整えられた。挨拶を済ませると早速、遙華が口火を切った。
「済まん。雫ちゃんを一時的に大介に貸してくれないか?」
「は!?」
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