10-6 悪鬼顛末・日常回帰

 全ては無事に終わった。廃ビルから脱出した後、二人はなんとかタクシーを捕まえて帰宅した。その後は抱き合って夜を明かし、朝を待って周辺人物への連絡を済ませたのであった。抱き合っていた間の雫の震え方は、今でも要の腕に感触が残っていた。


「ともあれ、貞操が無事でホッとしたぞ」

 あの夜から数日後。神楽坂邸の広間にて。要は遙華や大介と顔を合わせていた。諸々が整うのが待っての雫の家庭教師復帰初日。この日ばかりは要も雫に付き添ったのだ。開口一番、遙華が爆弾発言を放り投げた。

「間違ってないけどさ、もう少しオブラートに包めよ……」

 要は口を尖らせた。その対面では大介が苦笑いをしている。雫に至っては顔を伏せていた。

「こういうのはビシッと言わないと会話が探り探りになるんだよ。面倒臭いったらありゃしない」

「だからって……。いや。お前ぐらいしかそれ出来ないな。済まない」

「いいんだよ。大介もこう見えてホッとしてるし、無事にコトが済んだと聞いて、誰よりも安堵していたからな。いつもは冷静でございなのに」

「姉さん!? それは言わないって……」

 快活に笑う遙華と、恥部の暴露を押し止めようとする大介。微笑ましい姉弟の光景に、要達も思わず顔を綻ばせ、誰からともなく笑いが漏れた。


「じゃあ先生。そろそろ」

「そうね。始めましょう。要兄、今日はこちらに送って貰うから。今までの分も取り返したいからちょっと遅くなる」

「分かった。家でご馳走でも準備しておくとしよう」

「やった! じゃ、行こうか、大介君」

 師弟が連れ立ち、階段の向こうへと消えていく。残されたのは幼馴染の二人。

「ところで要。結局そのスプリングジャスティスってのは、誰だったんだい?」

 先に口火を切ったのは遙華だった。一連の事態の中で最後に残った謎。それこそがかの戦士の正体だったのである。

「んー……。推測は出来るけども、確証はないなあ。まあ、最大有力候補とはこの後ちょっと話をしてくるから、その時に聞いてみるさ」

「そうか。ああ、教えてくれなくとも良い。なんか無粋な気がする」

「オーケー。んじゃ、また会おう」

 そうして二人は、それぞれの道へと戻って行った。



「まあ、そういう訳で追儺は見事に勘当され、一切の支援もなく何処かに放り捨てられたらしい。生きて帰ってまたなにかするというのなら、私はむしろ評価する」

 春野のオフィス。休憩時間に目通りを許された要は、その後の追儺について情報を貰っていた。あの時要が想定した通り、追儺は日の当たる場所を歩いていけない状態に追い込まれたらしい。

「追儺の家も馬鹿ではないということだ。話に聞いた所によると、既に奴を外に出さないように画策していたらしい。アイツの動きが早かったのは、それを恐れたからだろう。やると決めたら早かったということだ」

「なるほど。その気になれば巷のワルを雇うのも容易いですからね」

 要は深く頷いた。結局あの訪問の時点で、決意だけは固めていた訳である。その点において要は、深く自身の油断を悔いていた。しかし、今日の本題は別にある。


「ところで……。俺が言っていた正義の戦士・スプリングジャスティスの件なんですけど……。アレ、先輩ですよね?」

「……なんの事だ? そういうのはロマンとでもしておけ。一夜の夢とか、そういう風に思っていた方が気楽だぞ。さて、そろそろ仕事に戻る。また来ると良い」

 そう言って彼女は部屋を後にする。要も特に引き止めようとはしなかった。ドアが閉まった後、要は彼女の机の上に小さな紙切れがあるのを見つけた。それを読んで、彼は苦笑いした。

「先輩も素直じゃないなあ」

 そこには小さな文字で。「yes」とだけ書かれていた。


 エピソード10・完

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