10-5 正義の戦士・スプリングジャスティス
白煙に満たされる部屋。轟く声に耳を傾けるのもままならず、男達は咳き込んでいた。
「ゲホッ! ゲホゲホ! さが……ゲホォ!」
「なんだ、こ……ゲフンゲフン!」
視界もままならぬ中、要は姿勢を低くしたままジリジリと動き始めた。拘束を仕掛けていた男達もまた、白煙で咳き込んでいたのだ。
「こっちだ」
不意に耳元で声がした。煙を吸わないようにマスクを付け、目元を仮面で隠していた。
「問題ない、私は通りすがりだが、君達の味方だ」
マスクでくぐもった声と、現状に対する困惑が、正体を探る気力を奪っていく。その間も仮面の闖入者は煙玉と思しきものをばらまき、敵の動きを抑制していた。
「ふぉふひぃ(要兄)」
近くでくぐもった声が聴こえた。不思議とそちらは判別がついた。聞き違えるはずもない。愛する人の声。未だ視界ははっきりしない。手を伸ばすと柔らかい感触。しかし今だけは構っていられない。
「居ました!」
声と手で仮面の戦士に呼び掛け、要は半ば手探りで縄を解こうとする。やがて、少しずつ煙が晴れて来た。
「遅い」
寄って来た戦士が、刃物で雫の縄を切り裂く。そして、先程まで追儺が君臨していたチェアを指差した。
「行けと」
要が問うと、戦士は即座に頷いた。雫の手を取り、そちらへ向かう。
「テメエエエエ!」
ようやく恐慌から正気を取り戻した追儺が、手にしていた銃の引き金を引く。取り巻きの男共も武器を手にした。
「させるか!」
覆面戦士がそこに神速のタックルを仕掛けて転倒させる。銃弾はあらぬ方向へと逸れ、取り巻きに当たって悲鳴が上がる。戦士は追儺を素早く拘束し、先程雫を解放した武器を首筋に突きつけ、宣言する。
「武器を捨てて手を上げろ。さもなくば、雇い主が怪我をするぞ!」
瞬間、間が出来る。撃たれた男と、それを支える数人。それ以外の取り巻きの動きが止まった。その隙に要は、雫を連れて追儺を睥睨できるかのチェアへと座った。少しして、カラン、ゴトン、と武器を落とす音がした。覆面戦士が場を制したのだ。
そして戦士は顔の下半分を隠していたマスクを取り、高らかに宣言する。
「私は正義の戦士スプリングジャスティス! 義によってこの場に馳せ参じた! 今よりこの悪鬼に制裁を下す。関わり無き者は直ちに去れ!」
追儺を地面に踏み付けたまま、長身を高らかに誇り、堂々と正義を謳う戦士の姿に、取り巻き共は気圧された。一人、二人と徐々に動き出すと、遂には堰を切ったように出口を目指して逃げて行った。
(ねえ、あの人ってもしかして……)
(黙ってろ、『そういうこと』にしておけ)
スプリングジャスティスの堂々とした場の捌きを、二人は黙って見ていた。マスクを外したことで、要はその正体に察しが付いた。しかし、それを口にするのはやめておくことにした。『お約束』を大事にしたのだ。その瞬間、スプリングジャスティスが要の方を向いた。
「大島要」
「はい」
「この男をどうする」
追儺をなおも踏みつけにしたまま、戦士は問うた。追儺が何事かを口にしようとするが、スプリングジャスティスに踏みにじられて呻くに留まる。しかしその目は、慈悲を乞うていた。要はしばし瞑目した。雫が受けた仕打ち、自らの受けた仕打ちを思い返す。そして、目を開けた。
「……奴の家の前に罪状を貼っつけて寝かしておいて下さい。どうせ俺が手を下さずとも、司法の手によらずとも、これで日の下には出られなくなるでしょう」
追儺の目が思いっ切り開いた。何事か叫ぼうとして再び踏み潰される。要はその姿を目に焼き付けた。
「分かった。フンッ!」
スプリングジャスティスが追儺の頭を踏みつけると、遂に彼は動かなくなった。二人はその様を、ただただ無言で見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます