10-4 悪鬼哄笑

 追儺に指定された、廃れた雑居ビル。扉を乱暴に開けてそこに入ると、中のホコリが要を一斉に襲った。

「大分管理されてないな……。カビの臭いまでするぞ」

 持って来ていたハンカチで口元を覆いながら、要は追儺の居る階へと進んで行く。無論、武器の類など持って来られるはずもなかった。道中での襲撃にも気を配りながら、要は慎重に階段を上っていく。そして脳内で、再度状況を整理する。


 現在雫は、追儺の手の内にある。

 追儺は、こちらが住居や電話を変える等のアクションを取っていなかったことをあの訪問で悟り、オマケに雫の存在まで知られてしまった。

 結果的には自分があの時、冷静でいられなかったのが。巡り巡って仇となったのだ。


「くそっ……!」

 低く唸り、足を強く床に叩き付ければ、溜まっているホコリが舞い上がる。その攻撃をモロに喰らって要は僅かに目を擦り、咳き込んだ。

「……っ!」

 煮え滾る感情を理性で押さえ込み、要はなおも上を目指した。敵は、そして愛する人は。最上階の一番奥の部屋に居るのだ。



「入れよ」

 最上階、そして最奥。どん詰まりの行き詰まり。その部屋のドアを叩いた後の声を受けて、要は入室した。

「バカと煙は高い所へ登る。当たってるな」

「黙れ。手を上げろ」

 気圧されるのを避けて軽口を叩いた要だったが、追儺は語気も荒くそれを押し止めた。特別に用意させたのか、彼は黒のマネージャーチェアに腰を据えていた。その傍らには雫がスーツの上から縛られ、猿ぐつわも噛まされていた。彼女の周りには、あからさまにガラの悪そうな男共が数人、武器を手にして立っていた。要はそれらを確認すると、静かに手を上げた。


「俺は来たぞ、雫を解放してくれ」

 要は堂々と乞うた。しかし。

「お前、立場分かってるのか? なあ? それが人にお願いする立場かよ!」

 追儺は懐から黒光りする銃器のようなものを取り出し、要を威圧した。そのまま凄むような目線を、要に投げる。

「まず膝を付け」

 要は大人しく従った。コンクリートの冷たい感覚が、要の膝を襲う。

「分かってるよな? さあ、やるんだよ」

 要の両隣に男が二人立った。だが、それでも。要はその先の行動を取らない。

「やれよ!」

 追儺が激昂した。それを合図に、二人の男が要を床に押さえ付ける。強制的な土下座の状態である。満足気な足音が、要の耳にも聴こえてきた。そして、足が頭に乗せられた。

「なあ……分かってるんだろ? 土下座だよ。無様に乞い願ってみろよ、大島要ぇ!」

 床と足でプレスされ、要はうめいた。雫が声を上げようとし、残りの男達がそれを威圧する。

「うぐあああ……。わかった、やってやる!」

 要は振り絞るように言った。それを受けて、男達が離れる。雫が何かを叫んでいるのが聞こえるが、猿ぐつわに阻まれて不明瞭だった。両手を付き、頭を垂れて。要は――

「お願いします、追儺様……。雫を……解放して、下さい……!」

 ――ついに無様に懇願してしまう。が。

「クヒャハハハハ! アーッハッハッハッハ! 俺の望みを教えてやろう、大島要! そんな無様な懇願に……『NO!』を叩き付けてやることだ!」

 要の髪を持ち上げ、嘲笑し、追儺はケタケタと笑い舞う。そして。

「オイ、ヤッちまえ。コイツの目の前でな」

 男共に指示を下す。

「んな!? ……ぐわっ!」

 抗議しようとした要は再び地面に押し付けられた。その眼前で雫が服を剥かれていく。

「んー! んんーっ!」

 抵抗も虚しく服が破かれ、下着が露わにされていく。最早絶体絶命か。要が覚悟を決めたその時。

「男の覚悟を打ち砕き、おなごの貞操を喰らわんとする悪鬼共よ、ここが貴様達の死に場所である!」

 突如部屋が謎の白煙で満たされ、奇妙な声が一面に轟いたのであった。

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