4-6 行こう。俺達の家に

 雫が起きる約三十分ほど前。要の姿は旅館の玄関にあった。流石に女将は寝ているようであったが、呼び鈴を鳴らすと旅館名の書かれたハッピを着た職員が駆けつけて来た。

「少し散歩がしたいのですけど……」

 要がそう言うと、男の職員は歩いて二十分もすれば小さな神社がある。と教えてくれた。要は彼に礼を言い、案内の通りに歩いて行った。



 ザリッ、ザリッ。

 最初は舗装されていた道路が、勾配がきつくなるにつれて砂利のそれへと変じていく。朝の冷気が頬を突き、意識を呼び覚ましていく。運動不足かつ飲食過多の気配がある身体には、少々負担が大きいか。

 ともあれ、職員が言った通り二十分ほどで小さな鳥居が見えた。ペースを上げて正面から見れば、それは今も維持されているのが不思議な程に小さな神社であった。

 要は作法通りに拝礼を行い、僅かばかりの賽銭を納めた。胸の内の願いを吐き出す内に、いつしか意識が没入していく。雫の姿、彼方の姿、遙華の姿。脳裏に浮かんだ雫の姿が、上半身にワイシャツを着けただけの姿だったのは脇においておく。


「随分と真剣ね? 神様にもキャパってのがあるんだからもうちょっと納めてもいいのよ?」

「っ!? ……。あ、失礼しました」

 意識の没入を呼び覚ますように、その声は要の耳を切り裂いた。閉じた目を開け、その方へと向き直る。そこには、巫女がいた。

 ポニーテールにくくった髪。

 紅白で構成されたお決まりのスタイル。

 手には箒。

 勝ち気そうな目。


「まあ、良いんだけどね。こんな小さな所より、大きいお宮の方がご利益もあるんじゃないかな? ってだけで」

 巫女は超然として佇み、一切の呵責なく自らの社を卑下してのけた。

「旅先……でして」

「たまたま、と?」

「はい……。申し訳ない」

 それに対してなお、要は悪い方の意味でいつも通りの反応であった。それでも追加の賽銭を入れてはいたが。

「そういう反応されても困るんだけどね。あ、お賽銭の追加はまいどありー」

 金の鳴らす音を見逃さず、巫女はほころぶような笑顔を見せた。

(これがホントの『現金』ですかね)

 要はそんな考えを持ちつつ、挨拶をして踵を返そうとする。だが。

「まあ待ちなさいよ。賽銭にはそれ相応、ってね」

 腕を掴まれ、正対させられる。そして、巫女は拝殿に飛び込み。

「はい。せっかくだし、これくらいドーンと持ってけ!」

 出て来た時には両手いっぱいに、お守りやら破魔矢やらを取り揃えていた。

「ご利益はともかく、気持ちよ。気持ち」

 そんなセリフをそっと添えてはいたが。



「乗せられた気もするな……。まあ、心の支えにはなるか」

 なすがままに神社グッズを持たされてしまい、買い物袋を片手に、来た道を戻って行く要。しかし、不思議と悪い気分ではなかった。巫女がざっくばらんだったからか、あるいは、清浄な空気をその身に受けたからか。

 来た時よりも背筋が伸びた気がするのは、下りだから、という訳でもないだろう。


 そして、その前方に。

「要兄! 要兄、どこー!?」

 小さいシルエット。しかし悲痛で大きな声。要はその声を、幾度も聞いていた。故に、手を上げて応えた。

「雫、こっちだ! 俺はどこにも行かない!」

 置いて行かれる不安さ、はぐれた時の不安さ。形は違っても、きっとそれは、同じタイプの不安で。だから言葉を添えた。

「ようにいっ!」

 雫が駆けて来る。余程慌てていたのだろう。カラコロ、という音が耳に響く。そして。

「ように……痛っ!」

 足が絡まり、転倒する。そこに要はしゃがみ込み、目線を合わせた。手を差し伸べる。

「雫、行こう。俺達の家に」

 彼女は涙を浮かべつつ、コクリと頷いた。


 エピソード4・完

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